歴史概要 — 現在に至るあゆみ 主要な意思決定と帰結のまとめ
創業2001年、ITバブル崩壊後の停滞期に、谷村尚永が東京都世田谷区で有限会社ファイナンシャル・プロダクト・グループを個人創業した。リース匿名組合契約のアドバイザリーを業務とし、海上コンテナや船舶・航空機のオペレーティングリースを匿名組合形式で組成して、減価償却の前倒し計上による法人税の繰延べを富裕層・中堅企業に提供した。海外リース市場の実物資産の供給力と、国内の節税ニーズを匿名組合で結ぶ金融商品の組成と販売が、谷村ひとりの手で始まった。
決断主力のコンテナ匿名組合商品の経済が回り始めると、谷村はリース対象と金融業免許を順に広げていった。リース対象は船舶・航空機へ、免許は2008年の第二種金商業に始まり、FPG証券の子会社化による第一種金商業、信託、宅建、貸金、金融商品仲介へと積み増した。リース対象だった航空機の運航事業そのものにも進出した。一品の節税商品を売るベンチャーは、創業社長の主導で金融業免許を重ねて扱える商品を増やし、総合金融グループになった。
決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く
- Q なぜ2001年に、谷村尚永はリース匿名組合の節税スキーム専業という狭い土俵で創業したのか
- A 大手金融機関や証券会社がひしめく分野で正面から競っても勝ち目は薄く、誰も占めていない隙間を選ぶほうが少人数のベンチャーには分があった。谷村尚永氏は「競争の激しいところにいくのではなく、人と違うことをやりたい」と語っている。2001年11月、ITバブル崩壊後の停滞期に東京都世田谷区で有限会社ファイナンシャル・プロダクト・グループを設立し、海上コンテナや航空機のオペレーティングリースを匿名組合で組成して、減価償却の前倒しで法人税を繰り延べる商品を中堅企業・富裕層に提供する一点に絞った。
- Q なぜ2008年以降、FPGは金融業の免許を次々に取得して総合金融グループへ広げたのか
- A 節税商品が一つだけでは、税制改正で前提が崩れたとき事業が止まる。扱える商品を増やして収益源を分散させる必要があり、免許を一つ重ねるごとに設計・販売・運用・仲介と自社で完結する工程が増え、同じ顧客に売れる商品の幅も広がった。2008年の第二種金融商品取引業の登録を皮切りに、2013年のFPG証券子会社化による第一種金商業、2014年の信託、宅地建物取引業、貸金業、金融商品仲介業と免許を積み増し、リース対象だった航空機の運航事業そのものにも進出して、一品売りのベンチャーから総合金融グループへ事業構造を組み替えた。
- Q なぜ2025年に、富裕層・中堅企業に絞ってきた節税商品を個人投資家へ開いたのか
- A 主力の節税商品は税制改正に前提を握られており、2026年度税制改正大綱が不動産小口化商品の相続税評価を実勢価格ベースへ見直す方針を示したことで、節税効果が薄れる懸念が強まった。法人向けの一品依存から抜けるには、税制変更の影響を受けにくい新たな客層が要る。2025年5月、FPGはFPG証券で受益証券発行信託を用いた小口化商品「F.bit」を出し、最低投資額が1,000万円規模だった商品を1口100万円に下げて個人投資家へ広げた。谷村尚永氏は航空機投資について「個人向け市場を育成する」と述べ、中小企業オーナーを中心に想定を上回る申し込みを集めた。
歴史詳細 - 3つの時代区分で読み解く
2001年〜2014年 オペレーティングリース匿名組合のアドバイザリーから上場金融ベンチャーへ
谷村尚永による創業とリース匿名組合事業の確立
2001年11月、谷村尚永は東京都世田谷区で有限会社ファイナンシャル・プロダクト・グループを設立した[1]。リース匿名組合契約のアドバイザリーサービスを主たる業務とする、節税スキーム設計の専業ベンチャーである[3]。当時の日本では、海上輸送用コンテナや航空機・船舶を対象とするオペレーティングリースを匿名組合形式で組成し、減価償却の前倒し計上による法人税の繰延べを提供する商品が一部の専門業者で扱われていた。ITバブル崩壊後の日本経済の停滞期に、中堅・大企業の節税ニーズと、海外リース市場の供給力(船舶・航空機・コンテナの実物資産)を組み合わせる金融商品ビジネスを、設立来単独の代表取締役を務める谷村のもとで立ち上げた[2]。2002年10月にエフ・ピー・ジー、同年11月にFPGへ商号変更、2004年2月に株式会社化して株式会社FPGとして法人形態を整えた[4][5]。
2004年8月、海上輸送用コンテナのオペレーティングリースを対象とする匿名組合出資持分の販売を開始した[6]。これがFPGの主力事業の起点であり、以後20年以上にわたり同社の連結売上の中核を担う商品ラインの始まりとなった。2005年1月には本社を東京都千代田区丸の内に移転し、2008年5月に第二種金融商品取引業者の登録を完了(登録番号関東財務局長(金商)第1832号)して、金融商品取引業として正式に営業基盤を整えた[7][8]。2008年7月の大阪営業部、2009年6月の福岡営業所、2009年10月の名古屋支店と、富裕層・中堅企業の節税ニーズに対応する地方拠点の展開を開始した[9]。
JASDAQ上場・東証一部昇格と事業領域の段階的拡張
2009年7月、船舶を対象とするオペレーティングリース事業の取扱いを開始し、リース対象を海上コンテナから船舶へ拡張した[10]。2010年9月には大阪証券取引所JASDAQ市場に株式を上場(2012年1月に上場廃止)、創業から9年で初の株式公開を果たした[11]。2010年10月にM&Aアドバイザリー業を開始(現M&A事業)、2011年4月には航空機を対象とするオペレーティングリース事業の取扱いを開始し、コンテナ・船舶・航空機の三領域でのリース匿名組合商品を揃えた[12][13]。2011年10月、東京証券取引所市場第二部に株式を上場、2012年10月には東京証券取引所市場第一部への昇格を完了した[14][15]。創業から11年で、東証一部上場の中堅金融ベンチャーへ駆け上がった。
事業拡張は2012年以降も継続した。オランダにFPG Asset & Investment Management B.V.を設けて欧州拠点を確保し、2012年11月にはシンガポールにFPG Asset & Investment Management Asia Pte.Ltd.を設立してアジア拠点を整備した[16][17]。2013年3月にFPG証券を子会社化して第一種金融商品取引業に参入、2013年4月に宅地建物取引業者免許を取得、同年6月にFPGリアルエステートを設立して不動産特定共同事業法に基づく許可を取得し、不動産関連事業へ参入する基盤を整えた[18][19][20]。2013年11月にはアイルランドのAMENTUM CAPITAL LIMITEDを関連会社化し、航空機リース管理基盤を整えた[21]。2014年10月にはベルニナ信託(現FPG信託)を子会社化して信託事業を開始し、信託機能を活用した不動産小口化商品の提供(2016年4月)への布石を打った[22]。
2015年〜2021年 信託・PE・不動産・航空への事業領域拡張と業績変動
信託機能を核とする金融商品の多角化
2015年4月、仙台支店・広島支店・高松支店を開設して国内営業網をさらに拡張した[23]。同年5月にはAMENTUM CAPITAL(アイルランド)を子会社化(FPG Amentum Limitedに改称)し、航空機投資管理サービス事業(リースファンド事業)を開始した[24]。2015年6月に信託契約代理店登録を完了、同年12月に信託契約代理業の業務を開始(2025年9月廃業)した[25]。2016年4月、FPG信託の信託機能を活用した不動産小口化商品の提供を開始、同年6月に札幌支店・金沢支店、同年8月に岡山支店を開設して全国主要都市への展開を概ね完了させた[26][27]。2016年12月にはFPG信託で航空機リース事業案件の提供を開始し、信託機能を航空機リース領域でも活用する商品設計を行った[28]。
2019年6月、FPG証券で投資運用業の登録を完了、同年10月にプライベートエクイティ事業を開始し、PE事業に参入した[29][30]。2019年11月には北日本航空(現オンリーユーエア)を子会社化して航空事業を開始、リース対象だった航空機の運航事業そのものへ事業領域を広げた[31]。2020年4月にFPG AIM Americas Inc.を設立して米州拠点を整備、2021年1月に貸金業の登録を完了し、リース・信託・証券・PE・航空・不動産・貸金の7領域を抱える総合金融グループの形態へ移行した[32][33]。連結売上はFY15(2015年9月期)153億円からFY19(2019年9月期)266億円へ5年で1.7倍に拡大、連結営業利益はFY15 101億円・FY17 134億円・FY19 144億円と高水準を維持した。
コロナ禍による航空機リース市場の混乱と業績の急落
2020年(FY20)、新型コロナウイルス感染症拡大による世界航空需要の急減で、航空機リース市場が停止した。航空機の貸付先である航空会社(JAL・ANA系列・東南アジア・欧州キャリア)の運航停止に伴い、リース料の延滞・再交渉・契約見直しが世界規模で発生した。FPGの連結売上はFY19の266億円からFY20(2020年9月期)127億円へ52%減少、連結営業利益は144億円から19億円へ87%減少、親会社株主帰属純利益は100億円から11億円へ89%減少した。創業以来最大の業績悪化で、信託・不動産・コンテナ・船舶領域の収益が航空機リース事業の収益急減を一部補ったものの、本体の連結利益は創業以来最低水準まで落ちた。
FY21(2021年9月期)は連結売上149億円・営業利益52億円・純利益29億円と部分的に回復したものの、航空機リース市場の正常化には時間を要し、コロナ禍以前のFY19水準には届かなかった。一方、コロナ禍を経て富裕層・中堅企業の節税ニーズは継続的に存在し、コンテナ・船舶領域の匿名組合商品は安定的に組成・販売された。2022年4月の東京証券取引所プライム市場への移行、同年6月の海外不動産投資商品の提供開始、同年12月の英文社名変更(Financial Products Group → Financial Partners Group)と、リース商品の節税専業から事業領域を広げる動きが、FY22に向けて続いた[34][35][36]。
2022年〜2025年 プライム市場移行後の業績急回復と事業領域拡張
コロナ禍後の航空機リース正常化とFY24過去最高益
2022年4月、東京証券取引所プライム市場への移行を実施した[37]。2010年JASDAQ上場・2011年東証二部・2012年東証一部・2022年プライムと、創業以来4回目の市場区分移行で、流通株式比率・時価総額・収益基準の充足を維持してプライム市場の上場を継続した[38]。同年6月、海外不動産投資商品の提供を開始し、節税スキームの対象を国内不動産・海上コンテナ・航空機・船舶から海外不動産へ拡張した[39]。同年12月、英文社名をFinancial Products Group Co., Ltd.からFinancial Partners Group Co., Ltd.へ変更した[40]。設立来の和名「ファイナンシャル・プロダクト・グループ」を起点とする英文名のうち「Products」を「Partners」へ改めた変更で、商品を売る事業者から顧客に伴走する立場へという含意を読み取ることもできるが、会社による意味づけの公式説明は確認できない。
FY22(2022年9月期)以降の連結業績は急回復した。連結売上はFY21の149億円からFY22の592億円、FY23の711億円、FY24の1,078億円、FY25(2025年9月期)の1,298億円へ4年で約8.7倍に拡大した。連結営業利益はFY22 117億円・FY23 183億円・FY24 286億円・FY25 254億円、親会社株主帰属純利益はFY22 85億円・FY23 125億円・FY24 205億円・FY25 182億円と、創業以来最高水準の収益を更新した。コロナ禍後の航空機リース市場の正常化と、信託・不動産・PE・コンテナ・船舶領域の商品ラインの拡充が同時に効いた結果で、複数事業領域からの収益貢献が連結業績の安定性を高めた。
共同保有プラットフォーム・小口化商品の追加と総合金融グループ化
2023年11月、AND ART(現AND OWNERS)を子会社化し、共同保有プラットフォーム事業を開始した[41]。アート・実物資産の共同保有を匿名組合・信託機能で実現する商品で、富裕層向けに加えて個人投資家層にも広げる事業領域である。2023年12月に金融商品仲介業の登録を完了(登録番号関東財務局長(金仲)第1022号)し、自社で扱わない金融商品の仲介ビジネスに参入した[42]。2024年4月にはオンリーユーエアでプライベートジェット事業を開始、航空事業の高付加価値領域へ進出した[43]。2024年10月の今治営業所、2025年4月の盛岡営業所、2025年7月の水戸営業所・京都営業所と、地方都市への営業拠点の追加開設が続いた[44]。
2025年5月、FPG証券で受益証券発行信託による小口化商品「F.bit」の取扱いを開始した[45]。従来の節税商品は最低投資額が1,000万円から数千万円規模で、対象は富裕層・中堅企業の経営者層に限定されていたが、「F.bit」は個人投資家層への拡張を狙う商品設計である。創業から24年で、FPGは富裕層・中堅企業向けの節税スキーム専業から、信託・PE・不動産・航空・共同保有・個人向け小口化商品を抱える総合金融グループへと事業構造を組み替えた。一方、本業の収益貢献は依然として航空機・船舶・コンテナのオペリース匿名組合商品が中心で、これらは税制改正・国際金利動向・実物資産市況に強く規定される性質を持つ。創業社長・谷村尚永の24年継続経営が、税制環境の変化に対する商品設計の柔軟性と、事業領域拡張の継続性を支えてきた構造は、次代の経営者への継承を視野に入れる局面に近づいている[46]。