北尾吉孝氏がソフトバンク傘下で興した金融
この会社は、自前の元手を一円も持たずに始まった。1999年7月に設立されたソフトバンク・インベストメントの資本金は5,000万円、従業員は55人、株主はソフトバンク・ファイナンス1社だけで、売上高はゼロだった。運用する資金はソフトバンクの信用で集めた組合出資であり、看板もまた親会社のものである。借りた元手と借りた名前で始めた会社は、七年をかけてその両方を返した。返し方は二段構えだった。名前は2005年7月の商号変更で返し、元手は2006年8月に47,155百万円を投じた自己株式の取得で買い戻した。
名前と資本を返せたのは、そのあいだに稼ぎ方を入れ替えていたからである。ベンチャー投資の利益は投資先の値動きがすべてを決め、2002年9月期の売上は128億円まで減少し、当期純損失18億円を計上した。この振れに耐えられないと見た北尾吉孝氏は、2003年6月にイー・トレードとの合併でオンライン証券を抱え込み、以後は売買のたびに手数料が入る収益へ軸足を移す。2006年3月期の連結売上高は1,372億円、当期純利益は459億円まで伸びた。親会社が保有株を手放したとき、この会社には47,155百万円を投じて自らの株を買い戻すだけの体力ができていた。
1999年3月、ソフトバンクが純粋持株会社へ移る事業再編を受けて、同社管理本部がソフトバンク・ファイナンス株式会社として独立し、金融関連分野の事業会社を統括する事業持株会社となった。同年7月、ベンチャー・キャピタル事業を営む目的で、ソフトバンク・ファイナンスの子会社としてソフトバンク・インベストメント株式会社が東京都千代田区に設立された。代表取締役社長に就任したのは、野村證券で事業法人三部長を務めたのち1995年6月にソフトバンク株式会社の常務取締役へ移り、1999年3月からソフトバンク・ファイナンスの代表取締役を兼ねていた北尾吉孝氏である。創設時の資本金は5,000万円、純資産も5,000万円、従業員は55人、連結子会社はゼロ、株主は1社、売上高もゼロだった。
元手も看板も、親会社から借りていた。1999年11月、株式交換でソフトベンチャーキャピタル、ソフトバンクベンチャーズ、ソフトバンク・コンテンツ・パートナーズ、ソフトトレンドキャピタルの4社を完全子会社とし、ソフトバンクグループのベンチャー投資を担う運営会社を一手に集めた。2000年3月から7月にかけては、自らを業務執行組合員とするソフトバンク・インターネットテクノロジー・ファンド1号から3号を相次いで設立する。当初出資金総額は1号が688億円、2号が1,152億円、3号が195億円にのぼった。同年12月、大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場へ上場した。
2001年4月、投資顧問業への事業展開を図るため、ソフトバンク・アセット・マネジメント株式会社の株式を取得して子会社とした。同年7月には、企業再生ファンドの運用・管理を目的とするエスビーアイ・キャピタル株式会社を設立し、資産運用業務の強化を図るためあおぞらアセットマネジメント株式会社の株式も取得している。2002年5月、資産運用ニーズの多様化と高度化へ迅速に応じるため両社を合併させ、エスビーアイ・アセット・マネジメント株式会社として初の公募投資信託の運用を始めた。連結売上高は2000年9月期の466億円から2001年9月期は208億円へ減少したが、当期純利益は25億円から82億円へ増えている。投資の利益が投資先の値動きに従う以上、運用報酬という別の稼ぎ方を並べておく必要があった。
2002年9月期の連結売上高は128億円、当期純損失は18億円となり、前期の売上208億円・当期純利益82億円から赤字へ転じた。決算期を3月へ移した第5期は2002年10月1日から2003年3月31日までの6か月間の変則決算となり、連結売上高は35億円、当期純損失は44億円だった。この2期のあいだの2002年2月に東京証券取引所市場第一部へ上場し、同年11月には大阪証券取引所のナスダック・ジャパン市場から市場第一部へ移っている。2002年1月には不動産投資信託の資産運用業務へ進むため株式会社東京リート投信の株式を取得し、事業の裾野は広げていた。市場での格は上がったが、損益が投資先の値動きだけで決まる構造は変わらなかった。
2003年6月、総合的な金融サービスを提供する企業グループとして積極的な事業展開を推進するため、イー・トレード株式会社と合併し、イー・トレード証券株式会社、ソフトバンク・フロンティア証券株式会社、イー・コモディティ株式会社、エスエフ・リアルティ株式会社を子会社とした。同年10月にはワールド日栄証券株式会社、12月には日商岩井証券株式会社の株式を取得して子会社とし、後者は2004年3月にフィデス証券株式会社へ商号を変えている。2004年3月期の連結売上高は353億円、当期純利益は42億円と、6か月決算の赤字から黒字へ転じた。ベンチャー投資の会社が、売買のたびに手数料の入るオンライン証券を抱え込んだことで、収益の入り方そのものが変わった。
2004年2月、ワールド日栄証券株式会社とソフトバンク・フロンティア証券株式会社が合併し、ワールド日栄フロンティア証券株式会社へ商号を変えた。2005年4月にはイー・トレード証券株式会社とフィデス証券株式会社が、前者を存続会社として合併している。証券以外でも、2004年3月に消費者金融や決済を手がけるファイナンス・オール株式会社とその子会社群を、同年7月には投資情報のモーニングスター株式会社を取得した。会社は当時、顧客中心主義の徹底・仕組みの差別化・企業生態系の形成という三つの基本観に基づいて組織を構築すると記している。2005年3月期の連結売上高は815億円、当期純利益は256億円へ伸びた。買い集めた会社を並べて置くのではなく、互いに顧客を送り合う一つの生態系として組み替える方針が、この時期に固まった。
2005年3月、公募及び第三者割当による増資を実施し、ソフトバンク株式会社の連結子会社から持分法適用関連会社へ移った。同年7月、自社のファンド運営事業等を分割して連結子会社のSBIベンチャーズ株式会社へ承継させ、同社の商号をソフトバンク・インベストメント株式会社に、自社の商号を現在のSBIホールディングス株式会社へ改めている。承継先の商号は2006年10月にSBIインベストメント株式会社へ再び変わった。創業以来の本業だったベンチャー・キャピタル事業は子会社へ移り、本体には傘下の金融各社を統括する役だけが残った。ソフトバンクの名を商号から外したことは、資本関係の解消に先立つ一歩だった。
2006年3月、株式交換によりSBI証券株式会社を完全子会社とした。このSBI証券は、2005年8月にワールド日栄フロンティア証券株式会社が商号を変えた会社である。2006年7月にはイー・トレード証券株式会社がSBIイー・トレード証券株式会社へ商号を変え、グループの証券会社が揃ってSBIを冠した。同年5月にはSBI損保設立準備株式会社を設立し、損害保険業への準備にも入っている。同じ月には連結子会社のSBIパートナーズ株式会社とファイナンス・オール株式会社を、自社を存続会社として吸収合併している。2006年3月期の連結売上高は1,372億円、営業利益は496億円、当期純利益は459億円で、売上は前期の815億円から1.7倍になった。
2006年7月31日、取締役会は上限1,111,000株・49,995百万円の自己株式取得を決議し、取得期間を翌8月1日の1日限りとした。実際に取得したのは1,047,900株、取得価額の総額は47,155百万円、1株当たり45,000円である。ソフトバンク側が完全子会社ソフトバンク・エーエム名義で保有していた3,245,899株は同じ月にすべて手放され、議決権の26.6%を占めていた資本関係は消滅した。この取得により自己株式は発行済株式総数の8.95%にあたる1,109,186株まで積み上がり、2007年3月末の大株主第1位は自社となった。北尾吉孝氏は資本関係の解消について『株価の相関関係の解消や、より柔軟な財務戦略・事業戦略の展開が可能になるものと認識しております』と記している。免許事業である金融を営む側にとって、株価と信用力が相手方と連動する関係は制約でしかなかった。
資本から独立した会社が最初に手を付けたのは、稼ぎの振れを止めることだった。証券の手数料も投資先の評価損益も相場の上下にそのまま従う。だから2007年から2008年にかけて、住信SBIネット銀行・SBI損害保険・SBIアクサ生命保険という三つの会社を続けて開業させ、有価証券報告書には株式市況のみに立脚しない収益体質の構築と書いた。預金と保険料は、相場が下がっても入ってくる種類の収入である。証券・銀行・損害保険・生命保険・決済サービスの五つを金融の中核に据えるペンタゴン経営は、この考えを箱の形で言い直したものだった。
備えは間に合わなかった。2009年3月期、売上高は41.2%減の1,309億円、経常利益は99.9%減の37百万円まで落ち、投資有価証券の売却損と評価損で183億75百万円の当期純損失を出す。新しい三社はまだ収益を生む段階になく、支えたのは結局のところ証券だった。以後の六年は、空いていた箱を外から埋める作業に費やされる。2013年の韓国・現代スイス貯蓄銀行は現地当局の求める増資の引き受けであり、2015年のピーシーエー生命保険は生命保険の枠の穴埋めだった。2015年3月期に当期純利益457億円まで戻したとき、収益源は五つに分かれていた。
2007年10月、SBIイー・トレード証券株式会社を存続会社として同社とSBI証券株式会社が合併し、2008年7月に商号を株式会社SBI証券へ改めた。翌8月には株式交換により完全子会社としている。2007年8月にはSBIジャパンネクスト証券株式会社が夜間の私設取引システムを開業し、2008年10月からは昼間取引も始めた。取引所の外に自前の売買の場を持つ試みで、当時の課題は参加者の増加と流動性の向上にあった。会社は株式会社SBI証券の取引シェアを背景に、ホールセール分野とインベストメントバンキング分野の強化も課題に挙げていた。オンラインと対面に分かれていた証券会社を一社へ統合したことで、グループ内で顧客を融通する余地が生まれた。
2007年9月、住友信託銀行株式会社との折半出資で住信SBIネット銀行株式会社が開業した。2008年1月にはSBI損害保険株式会社が、続いてSBIアクサ生命保険株式会社が営業を始め、会社はこの三社を三大新事業と呼んでいる。狙いは明快で、株式市況のみに立脚しない収益体質の構築を目指す新規事業だと有価証券報告書に書かれた。証券の手数料も投資の評価損益も相場に従って振れるため、預金と保険料という別の入り方をする収益を並べる必要があった。2008年11月には、外国為替証拠金取引の流動性を株式会社SBI証券へ供給するSBIリクイディティ・マーケット株式会社も開業している。
2008年3月期の連結売上高は2,226億円、営業利益は426億円で、売上は前期の1,446億円から1.5倍に増えた。一方で当期純利益は前期の464億円から42億円へ減少している。会社は自らをインターネットを中心とした世界的にも極めてユニークな金融コングロマリットと位置づけ、構成企業が互いに送客し合う企業生態系の形成を組織構築の基本に据えていた。住宅ローンのSBIモーゲージ株式会社、保険比較サイトの保険の窓口インズウェブ、電子商取引の決済を担うSBIベリトランス株式会社と、証券以外の入口を並べたのも同じ考えによる。グループの成長を根幹より支える基盤として、システムソリューション事業も自前で抱えていた。
2009年3月期、連結売上高は1,309億22百万円と前年度比41.2%減少し、営業利益は44億3百万円で同89.7%の減少、経常利益は37百万円と99.9%減った。特別損失には投資有価証券売却損120億40百万円と投資有価証券評価損75億47百万円を計上し、当期純損失は183億75百万円となって前年度の当期純利益42億28百万円から転落した。米国のサブプライム・ローン問題に端を発した世界的な金融経済の混乱で企業業績が大幅に悪化し、設備投資も個人消費も低調に推移していた。アセットマネジメント事業の売上高は580億8百万円から159億81百万円へ落ち、構成比は26.1%から12.2%へ下がっている。
会社は極めて厳しい経済環境を、投資の好機をうまく捉えることで将来の収益拡大につながる局面でもあると位置づけた。アセットマネジメント事業では国内の株式市場のみに依存しない収益基盤の確立を掲げ、アジア地域を中心とした潜在成長力の高い新興諸国での投資機会を重要課題として、シンガポールや香港に海外拠点網を整えた。割安になった上場株式への投資も組み合わせ、ファンドの運用成績を引き上げる方針だった。2010年3月期の連結売上高は1,245億円と横ばいだったが、当期純利益は24億円で黒字へ回復している。2010年2月16日には保有するSBIアクサ生命保険株式会社の全株式をアクサ ジャパン ホールディング株式会社へ譲渡し、売却価額は190億18百万円にのぼった。
2011年3月期の有価証券報告書で、会社はインターネットを通じた金融サービスを中核に据えた総合金融グループとしての事業構築を、日本国内において既にほぼ完成させたと記した。そのうえで、形成された金融生態系のうち証券・銀行・損害保険・生命保険・決済サービスの五つを金融サービス事業のコア事業とするペンタゴン経営を推進するとしている。住信SBIネット銀行株式会社との連携を中心にグループ内の金融各社と結び、インターネットによる金融ワンストップサービスを展開する方針だった。ネットとリアルの融合を図り、仲介業を活用してコストを抑えた対面型チャネルの拡大も続けるとしている。五つの箱のどこが空いているかが、以後の買収と出資の順番を決めていくことになる。
2011年4月14日、普通株式を原株とする香港預託証券を香港証券取引所のメインボード市場へ上場した。募集したのは普通株式1,750,000株にあたる17,500,000香港預託証券で、1香港預託証券が普通株式0.1株を表章した。日本の上場企業が香港証券取引所メインボード市場へ上場したのはこれが初めてで、狙いは上場に伴うアジア地域での信用力と知名度の向上を、同地域での事業の拡大へつなげることにあった。しかし2014年3月4日に上場廃止を決議し、同年6月25日に廃止となっている。上場から3年2か月での撤退であり、香港市場で得た信用と知名度は、二重上場の維持に見合うものにはならなかった。
2013年3月、純投資目的で株式を保有していた韓国の株式会社現代スイス貯蓄銀行の株式を追加取得し、その子会社である株式会社現代スイス2貯蓄銀行の株式も取得して、両行を連結子会社とした。韓国の貯蓄銀行業界では政府主導の規制強化と再編促進が進み、現地当局が両行にガバナンスの強化と自己資本比率の改善を求めていたところへ、増資を引き受けた形である。会社は責任者を派遣してガバナンスを整え、グループ各社との連携を通じた収益力の改善を進めた。同行の税引前利益は2014年3月期の40億円から2015年3月期には約167億円まで伸び、アセットマネジメント事業の業績を牽引するまでになった。
2015年2月、プルデンシャル・ファイナンシャルグループ傘下の日本法人であるピーシーエー生命保険株式会社の株式を取得して子会社とし、同社は同年5月1日にSBI生命保険株式会社へ商号を変えた。買収に伴う負ののれん発生益として20億円を認識している。証券・銀行・損害保険・生命保険・決済サービスという五つのコアのうち、生命保険の枠がこれで埋まった。2015年3月期の連結売上高は2,474億円、営業利益は682億円、当期純利益は457億円で、183億75百万円の損失を出した2009年3月期から六期で立て直した。株式会社SBI証券の口座数は2014年6月にオンライン証券として初めて300万口座を超え、2015年3月末には324万6千口座に達している。相場に左右されない収益源を並べるという2008年の課題に、ここで一応の答えが出た。
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| 1999〜2006年業態転換と資本独立 | 北尾吉孝 | ソフトバンク・インベストメントを設立 | ★ | |
| 北尾吉孝 | 大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場に上場 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | イー・トレードと合併しオンライン証券・証券子会社を子会社化 | ★★ | ||
| 北尾吉孝 | モーニングスターを子会社化 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | 資本の切り離しとSBIブランドの確立 2005年7月、ソフトバンク・インベストメントは商号を"SBIホールディングス"へ改め持株会社体制へ移行した。2006年8月、議決権の26.6%を保有していたソフトバンクが完全子会社ソフトバンク・エーエム名義の保有株を手放し、両社の資本関係は消滅する。孫正義氏の企業グループの一員から、北尾吉孝氏が率いる独立した金融グループへ転じた経営判断である。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 北尾吉孝 | 株式交換によりSBI証券を完全子会社化 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | SBI損保設立準備を設立 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | 傘下のネット証券と対面証券の一社への統合と、上場子会社の解消 2006年7月、SBIホールディングスは中核のイー・トレード証券をSBIイー・トレード証券へ改称した。2007年10月には同社を存続会社として対面のSBI証券を吸収合併し、2008年8月には株式交換によって完全子会社とし、ジャスダックの上場を廃止した。合弁出自のネット証券を「SBI証券」の一枚看板へ集約した三段階の組織再編で、株式交換の取得原価は152,525百万円、計上したのれんは83,851百万円にのぼった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2007〜2015年収益源の分散と海外展開 | 北尾吉孝 | 米ゴールドマン・サックスとの折半出資で始めた私設取引システム(PTS)事業への参入 2007年8月27日、SBIホールディングスと米ゴールドマン・サックスが折半出資で設立したSBIジャパンネクスト証券が、株式の夜間私設取引システム「ジャパンネクストPTS」の運営業務を開始した。取扱銘柄は国内証券取引所の上場銘柄から選んだ約4,000銘柄、取引時間は19時00分から23時50分まで、売買価格の決定は指値注文のみの顧客注文対当方式とした。 運営業務の認可は開業に先立つ2007年6月27日に金融庁から得ている。初日に取引を開始したのはゴールドマン・サックス証券とSBIイー・トレード証券の2社で、9月7日にGMOインターネット証券が加わった。 詳細を読む | ★★★ | |
| 北尾吉孝 | 住友信託銀行との折半出資で銀行業へ入り、連結子会社にはしなかった選択 2005年10月、SBIホールディングスは住友信託銀行との間で、証券業務と親和性の高い「新ネット銀行」の設立について基本合意した。2006年4月に折半出資の設立準備会社である株式会社SBI住信ネットバンク設立準備調査会社を東京都港区に設け、2007年3月末の資本金は9,000百万円、SBIの議決権の所有割合は50.0%だった。 同社は2007年9月11日に住信SBIネット銀行株式会社へ商号を変更し、同月18日に金融庁から銀行営業免許を取得、24日に営業を開始した。SBIの出資額は2007年3月期に6,997百万円、2008年3月末の関係会社株式で12,497百万円となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 北尾吉孝 | SBIイー・トレード証券を存続会社として同社とSBI証券が合併 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | 普通株式を原株とする香港預託証券(HDR)を香港証券取引所メインボードに上場 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | SBI AXESが韓国取引所KOSDAQ市場に上場 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | 現代スイス貯蓄銀行を子会社化 | ★★ | ||
| 北尾吉孝 | 香港証券取引所メインボードに上場していた香港預託証券(HDR)を上場廃止 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | ピーシーエー生命保険を子会社化 | ★ | ||
| 2016〜2026年リップルとの暗号資産事業、島根銀行から新生銀行の子会社化、株式売買手数料の無料化 | 北尾吉孝 | 提携を足がかりとした暗号資産事業への参入 2016年、SBIホールディングスは国際送金基盤を開発する米リップルへ出資し、同年5月18日に合弁会社SBI Ripple Asiaを設立した。出資比率はSBIが60%、リップルが40%で、日本を含むアジア地域を対象に、リップルの分散台帳技術を用いた決済基盤を金融機関へ提供する体制を組んだ。 リップル本体へもFinTechファンドを通じて11.3%を出資し、外部の筆頭株主となった。並行して仮想通貨の交換・取引を担うSBIバーチャル・カレンシーズ(現SBI VCトレード)を同年11月に設立し、証券・銀行に続く柱として暗号資産・ブロックチェーン事業へ参入した経営判断。 詳細を読む | ★★★ | |
| 北尾吉孝 | SBIインシュアランスグループが東京証券取引所マザーズに上場 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | 複数の地方銀行への出資を重ねて広げる地域金融連合の形成 2019年9月、SBIホールディングスは島根銀行との資本業務提携を皮切りに、地方銀行を一行ずつ資本で結ぶ「第4のメガバンク構想」を打ち出した。出資は相手方の同意のもとで第三者割当増資の引受けか既存株主からの取得により行い、比率も相手方の意向に沿って決める。中央から統べるのではなく、SBIの運用力とシステムを共通の基盤として供給し、各行の自立を残したまま連ねる分散型の連合を築く経営判断であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 北尾吉孝 | 負ののれん2,637億円を生んだ企業結合と、非公開化までの追加取得 2021年12月17日、SBIホールディングスは新生銀行の議決権47.77%を握って支配を獲得した。支払対価の公正価値は113,844百万円、公開買付け前から保有していた持分を公正価値で測り直した85,391百万円と合わせ、取得原価は199,235百万円となった。 受け入れた資産の公正価値は10,260,501百万円、引き受けた負債は9,287,596百万円、非支配持分は509,916百万円で、差額として負ののれん発生益263,754百万円が生じた。取得日において株式時価総額が純資産価額を下回る水準であったことなどによる。 詳細を読む | |||
| 北尾吉孝 | 同意なき部分買付けで議決権47.77%を握り、過半に届かないまま連結子会社とした 2021年9月9日、SBIホールディングスと完全子会社のSBI地銀ホールディングスは各取締役会で新生銀行の普通株式を対象とする公開買付けを決議し、翌10日、相手方の同意を得ないまま買付けを開始した。買付期間は12月10日まで。公開買付者は普通株式56,922,199株を取得し、支払対価は113,844百万円、1株当たり2,000円にあたる。 決済の開始日である12月17日をもって、SBIグループが保有する新生銀行株は間接保有分を含め99,659,999株、議決権の47.77%となり、新生銀行はSBIホールディングスの連結子会社となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 北尾吉孝 | アルヒを子会社化 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | 住信SBIネット銀行が東京証券取引所スタンダード市場に上場 | ★ | ||
| 北尾吉孝 | オンラインの国内株式売買手数料の放棄と、金融収益・口座数での取り返し 2023年8月31日に発表し、9月30日注文受付分から始めた「ゼロ革命」。インターネットコースの顧客を対象に、オンラインの国内株式売買手数料を現物・信用の別なく無料にした。日本の証券会社で初めての恒久無料化にあたる。 逸失収益はSBI証券の試算で2024年3月期が158億円、通期で影響した2025年3月期が約380億円。営業収益に占めるオンライン国内株式委託手数料は、2023年3月期の19,595百万円(11.2%)から2025年3月期には1,596百万円(0.7%)まで減少した。 詳細を読む | ★★★ |
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事実根拠:出所(SBIホールディングス)