1999年〜 ソフトバンク傘下のVC子会社から独立金融グループへの分離
- 1999年ソフトバンク・インベストメント株式会社を東京都千代田区に設立
- 1999年株式交換によりソフトバンクベンチャーズ等を完全子会社化
- 2000年大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場に上場
- 2001年本店所在地を東京都港区に変更
- 2002年東京証券取引所市場第一部に上場
- 2003年イー・トレード株式会社と合併しオンライン証券・証券子会社を子会社化
- 2005年商号をSBIホールディングス株式会社に変更しファンド運営事業を分割承継
SBIホールディングスの業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
野村證券出身の北尾吉孝氏が孫正義氏の依頼で立ち上げたVC子会社
1999年7月、ソフトバンクグループの常務取締役だった北尾吉孝氏は、孫正義氏の依頼を受けて東京都千代田区にソフトバンク・インベストメント株式会社を設立し、代表取締役社長に就任した。北尾氏は1974年に野村證券へ入社し、ロンドンのワッサースタイン・ペレラ・インターナショナル社で常務取締役を務めるなど投資銀行業務を経験してから、1995年にソフトバンクの常務取締役へ転じた経歴を持つ。インターネット事業の急拡大期にあったソフトバンクは、グループのベンチャー・キャピタル機能を独立法人として切り出す方針を採り、設立直後の11月にはソフトバンクベンチャーズ・ソフトトレンドキャピタル等を株式交換で全額出資の子会社としてVC事業の体制を築いた。設立翌年の2000年12月には大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場へ上場し、独立法人として資金調達基盤を築いた。 [1][2][3][4][5][6][7]
- SBIホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [1]1999年7月 ソフトバンク・インベストメント株式会社を東京都千代田区に設立
- [6]1999年11月 株式交換でソフトバンクベンチャーズ・ソフトトレンドキャピタル等を完全子会社化
- [7]2000年12月 大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場へ上場
- SBIホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
- [2]北尾吉孝氏が設立し代表取締役社長に就任
- [3]北尾吉孝氏は1974年に野村證券へ入社
- [4]ロンドンのワッサースタイン・ペレラ・インターナショナル社で常務取締役を務めた
- [5]1995年にソフトバンクの常務取締役へ転じた
ソフトバンク・インベストメントの出発時点での事業領域は、未公開株式への投資と投資ファンドの運営に限定されていた。1990年代後半のインターネット投資ブームに乗り、同社は2000年代初頭にかけて投資先のIPO益とファンド組成手数料を主たる収益源として成長した。しかし2001年の米国ITバブル崩壊で投資先企業の株価が急落し、VC事業単独での収益変動の大きさが経営課題に転じた。北尾社長は2001〜2002年に、VC一本足の収益構造からの転換を意識し、決済・金融サービス・証券業務など金融周辺領域への事業拡張を検討する方針を取締役会で共有した。2002年2月には東京証券取引所市場第一部に上場し、同年11月には大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場から市場第一部へも上場して、上場企業としての制度的基盤を整えた。 [8][9]
- SBIホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [8]2002年2月 東京証券取引所市場第一部に上場
- [9]2002年11月 大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場から市場第一部へ上場
- SBIホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [1]1999年7月 ソフトバンク・インベストメント株式会社を東京都千代田区に設立
- [6]1999年11月 株式交換でソフトバンクベンチャーズ・ソフトトレンドキャピタル等を完全子会社化
- [7]2000年12月 大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場へ上場
- [8]2002年2月 東京証券取引所市場第一部に上場
- [9]2002年11月 大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場から市場第一部へ上場
- SBIホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
- [2]北尾吉孝氏が設立し代表取締役社長に就任
- [3]北尾吉孝氏は1974年に野村證券へ入社
- [4]ロンドンのワッサースタイン・ペレラ・インターナショナル社で常務取締役を務めた
- [5]1995年にソフトバンクの常務取締役へ転じた
イー・トレード証券吸収合併と「強い金融コングロマリット」構想
2003年6月、ソフトバンク・インベストメントは同じソフトバンクグループのイー・トレード株式会社を吸収合併し、ネット証券のイー・トレード証券株式会社・ソフトバンク・フロンティア証券株式会社を子会社化した。北尾氏はこのとき代表取締役執行役員CEOに就任し、VC事業に加えて証券・金融サービスを束ねる持株会社的な事業体への組み換えを始動した。イー・トレード証券は1999年に開業した日本最初期のオンライン証券会社で、株式売買委託手数料の低価格戦略によって個人投資家口座を急増させていた。吸収合併によりVC事業のキャピタルゲインとネット証券の取引手数料を1つの上場会社の傘下に置く構造が、SBIグループ後年の「強い金融コングロマリット」構想の出発点となった。2004年2月にはファイナンス・オール、7月にはモーニングスター(投資情報・投信評価会社)を順次子会社化し、決済・投資情報領域までを取り込んだ。 [10][11][12]
- SBIホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [10]2003年6月 イー・トレード株式会社を吸収合併しイー・トレード証券・ソフトバンク・フロンティア証券を子会社化
- [12]2004年2月 ファイナンス・オール、7月 モーニングスターを子会社化
- SBIホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
- [11]北尾氏はこのとき代表取締役執行役員CEOに就任
2005年7月、同社は商号を「SBIホールディングス株式会社」へ変更し、同時に持株会社体制へ移行する組織再編を実施した。VC事業はソフトバンクベンチャーズ(旧称)を承継したSBIベンチャーズ(同年10月にSBIインベストメントへ改称)に分割移管し、SBIホールディングスは持株会社として証券・銀行・保険・VCの各事業子会社を統括する体制を採った。商号変更と同月に、ワールド日栄フロンティア証券もSBI証券へ改称し、「SBI」ブランドの全社統一が進んだ。商号の「SBI」はStrategic Business Innovatorの略称で、ソフトバンク傘下のVC子会社という出自から離れ、独立した金融グループとしての事業展望を対外的に提示した。2006〜2008年にかけてソフトバンクとの資本関係も整理が進み、孫正義氏率いるソフトバンクグループから北尾氏率いる独立金融グループへの分離が事実上完了した。 [13][14]
- SBIホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [13]2005年7月 商号をSBIホールディングス株式会社へ変更し持株会社体制へ移行
- [14]2005年7月 ワールド日栄フロンティア証券がSBI証券へ改称
- SBIホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [10]2003年6月 イー・トレード株式会社を吸収合併しイー・トレード証券・ソフトバンク・フロンティア証券を子会社化
- [12]2004年2月 ファイナンス・オール、7月 モーニングスターを子会社化
- [13]2005年7月 商号をSBIホールディングス株式会社へ変更し持株会社体制へ移行
- [14]2005年7月 ワールド日栄フロンティア証券がSBI証券へ改称
- SBIホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
- [11]北尾氏はこのとき代表取締役執行役員CEOに就任