カゴメ の歴史

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創業 1899年
創業者 蟹江一太郎
創業地 愛知県知多郡東海町
創業 1899年、蟹江一太郎氏が愛知県知多郡で西洋野菜の栽培に着手し、最初のトマトの発
1899年、蟹江一太郎氏が愛知県知多郡で西洋野菜の栽培に着手し、最初のトマトの発芽を見た。ところが生のトマトは日本の食卓になじまず、作っても売れずに捨てるほかなかった。保存と輸送の利く加工品なら値が付くと見て、1903年にトマトソース、1908年にトマトケチャップとウスターソースの製造・販売を開始している。1914年12月に愛知トマトソース製造合資会社を設立し、1917年4月にカゴメ印を商標登録した。商号は1923年に愛知トマト製造、1949年に関係5社の合併で愛知トマト、1963年4月にカゴメへと改まる。1933年にはトマトジュースを発売し、畑から加工までを一社で抱える形が創業から三十年あまりで固まった。
決断 多角化で行き詰まるたび、農業と商品開発という自前の工程へ戻ってきた。1980年代
多角化で行き詰まるたび、農業と商品開発という自前の工程へ戻ってきた。1980年代に薬草飲料・パスタ・米国での現地生産へ広げた多角化は実らず、1991年に社長へ就任した蟹江嘉信氏は約1,000あった商品を600品目ほどへ絞った。1996年には"農業への原点回帰"を掲げ、1998年に茨城県美野里町の農家と農業法人を設立して自社の大型温室で生食用トマトの生産を開始した。加工用トマトを農家に作らせて買い取る会社が、生食用の野菜を自ら育てる側へ回った転換で、生鮮野菜が黒字を確保するまでに十年余りを要した。2002年10月には喜岡浩二氏が単発のヒットに依存しない開発の仕組みを入れ、売上高に占める新商品比率20%以上を数値目標に据えて全社員から提案を募った。"野菜一日これ一本"など年商100億円級の商品が続き、2007年3月期は売上高・経常利益とも過去最高を更新した。
現況 国内で売る野菜飲料と、米国で作る加工用トマトが現在の二つの収益源である。2025
国内で売る野菜飲料と、米国で作る加工用トマトが現在の二つの収益源である。2025年12月期の連結売上高は2,942億円、営業利益は226億円で、いずれも前期を下回った。国内加工食品事業が売上1,573億円・利益155億円、国際事業が1,148億円・92億円で、米国売上は803億円にのぼる。国際事業は2024年1月のインゴマー社の子会社化で2023年12月期の631億円から翌期に1,295億円へ倍増したが、2025年12月期は1,148億円へ戻り、利益も139億円から92億円へ減った。2001年8月には金融機関の放出株を個人投資家へ振り向け、株主数は2025年12月末で24万1,577人、個人・その他が63.02%を占める。トマトジュースを飲む人が株主名簿に載る構造が、持ち合い解消後の安定株主を作った。
競合 外資に対して守ったのは商標ではなく、加工用トマトの畑だった。1960年、資本自由
外資に対して守ったのは商標ではなく、加工用トマトの畑だった。1960年、資本自由化を前に米デルモンテが三井物産を介して合弁を持ちかけると、蟹江一太郎氏はこれを断って契約栽培による国産・自主路線を選んだ。デルモンテはキッコーマン・三井物産との合弁で1963年に日本カルパックを設立して上陸し、ハインツも日魯漁業との合弁で参入した。カゴメは1916年から組織化してきた契約栽培で加工用トマト畑の74%を確保し、外資の進出から約10年後の1972年もケチャップ82%・トマトジュース64%のシェアを保った。ただし畑を握る競争優位は国内の作付面積に縛られ、気候変動で農業用水の制限が厳しくなると増産が利かない。2024年1月の米インゴマー社の子会社化は、外資の本拠地であるカリフォルニアの畑と一次加工を自らの側へ移した。
長期業績の推移 1950〜2025年
カゴメ:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円)純利益率(%)
1996年3月期〜2025年12月期

第1章 1899-1932 (気が向いたら執筆します!) 蟹江一太郎のトマト栽培からトマトソース・ケチャップ、カゴメ印の誕生

第2章 1933-1962 (気が向いたら執筆します!) トマトジュースの発売と戦時、5社合併の愛知トマトとデルモンテ提案の拒否

第3章 1963-1997 (気が向いたら執筆します!) カゴメへの改称と台湾での原料調達、名証・東証上場と野菜生活100

第4章 1998-2026 (気が向いたら執筆します!) 生鮮トマト事業への参入と個人株主づくり、海外農業と物流共同化

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歴史年表 1899〜2024年

カゴメの沿革1899〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1899〜1932年蟹江一太郎のトマト栽培からトマトソース・ケチャップ、カゴメ印の誕生創業者蟹江一太郎西洋野菜の栽培に着手、最初のトマトの発芽を見る★
トマトソースの製造・販売を開始★★
トマトケチャップ・ウスターソースの製造・販売を開始★
愛知トマトソース製造設立★
カゴメ印 商標登録★
上野工場竣工、製造設備を近代化★
愛知トマト製造に改組★
1933〜1962年トマトジュースの発売と戦時、5社合併の愛知トマトとデルモンテ提案の拒否トマトジュースを発売★★
愛知トマト製造・愛知海産興業・滋賀罐詰・愛知商事・愛知罐詰興業の5社が合併★★
愛知トマトを設立★
合弁の申し出を退け、契約栽培で原料を握る国産・自主路線の選択

1960年頃、資本自由化を背景に対日進出をうかがった米デルモンテが、三井物産を介してカゴメ(当時の商号は愛知トマト)に合弁会社の設立を持ちかけた。創業者で社長の蟹江一太郎氏はこれを断り、契約栽培による国産原料の囲い込みを軸に、単独で外資を迎え撃つ道を選んだ経営判断である。

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★★★
栃木工場竣工★
研究所を新設★
1963〜1997年カゴメへの改称と台湾での原料調達、名証・東証上場と野菜生活100カゴメに商号変更★
台湾可果美股份有限公司を合弁・設立、海外トマト原料調達に着手★★
富士見工場竣工★
カゴメ興業(カゴメ物流サービス)を物流子会社として設立(2019年 F-LINEに統合)★
東京本部開設★
名古屋証券取引所市場第二部に株式上場★
名古屋証券取引所市場第一部に指定替★
東京証券取引所市場第一部に株式上場★
蟹江英吉ブランドマークを に変更★
蟹江嘉信東京本部を東京本社に商号変更し2本社制に移行★
蟹江嘉信野菜飲料「野菜生活100」を発売★★
1998〜2026年生鮮トマト事業への参入と個人株主づくり、海外農業と物流共同化伊藤正嗣「農業への原点回帰」の旗の下での、自社菜園の全国展開

1996年、社長の蟹江嘉信氏は1980年代の多角化路線を見直し、"農業への原点回帰"を掲げた。これを受けてカゴメは1998年、加工用トマトの契約栽培とは別に、自社の大型温室で生食用トマトを直接栽培する生鮮トマト事業へ参入した。約4.8億円を投じた美野里町の"野菜工場"から、全国各地へ自社菜園を広げていく新規事業の判断である。

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★★★
伊藤正嗣KAGOME INC.設立★
伊藤正嗣現在地(日本橋浜町三丁目21番1号日本橋浜町Fタワー)に東京本社を移転★
伊藤正嗣企業理念(「感謝」「自然」「開かれた企業」)を発表★
伊藤正嗣株主を「ファン」へ変えることによる、値動きで動かない持ち手の厚み付け

2001年8月、カゴメは株式持ち合いの解消で放出される金融機関保有株の受け皿を個人投資家に定め、株主優待や株主懇親会など個人向けIRとあわせて個人株主を大量に迎え入れた。株主数を約6,000人規模から数万人へ広げ、個人を最大の安定株主とする構造を築いた経営判断である。1999年に動き出し、2003年に対外的に確立した。

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★★★
喜岡浩二ヒット商品を連続して生み出すことをねらった、社内の進め方の作り替え

全社員から提案を募る仕組みと新商品比率の数値目標を導入し、野菜飲料を軸に年商100億円級のヒットを相次いで放った経営判断。

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喜岡浩二可果美(杭州)食品有限公司設立(2017年 清算結了)★
西秀訓Kagome Australia Pty Ltd.と子会社2社を設立★
寺田直行Kagome Senegal Sarl設立★
寺田直行国内食品メーカー5社で物流会社F-LINEを設立★★
山口聡カゴメアグリフレッシュ設立★
山口聡プライム市場に移行★
山口聡DXAS Agricultural Technology Lda設立★
山口聡Ingomar Packing Company, LLCの持分を追加取得し子会社化★★
出典・参考

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