カゴメ の歴史

更新:

創業

1899年

創業者

蟹江一太郎

創業地

愛知県知多郡東海町

直近売上高(2025/12)

2,943億円

長期業績と転換点(1996/3〜2025/12)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ蟹江一太郎氏は1903年にトマト栽培者から加工業へ転じたのか
A 生鮮のトマトが日本人の食生活になじまず、さっぱり売れなかったからである。蟹江一太郎氏は1899年に西洋野菜の栽培へ着手したものの、生のトマトには家庭料理の需要がなく、栽培しても捨てるほかなかった。保存と流通の利く加工品なら値が付くと見て、1903年にトマトソース、1908年にトマトケチャップの製造・販売へ回した。栽培者から加工業へ転じたこの判断が、原料生産から加工までを自社で抱えるカゴメの体質を決めた。
Q なぜ1996年以降、カゴメは株主を約6,000人から17万人超へ広げ個人株主中心にしたのか
A 蟹江家が代々握ってきた経営を、市場と個人株主に開く理念のためである。1996年に創業97年目で初の非創業家社長・伊藤正嗣氏を据えて資本と経営を分け、2000年に企業理念「開かれた企業」を掲げた寺田直行氏によれば構想前の株主は約6,000人で総会出席はわずか約120人にとどまっていた。株主10万人構想で株主を17万人超へ広げ99.5%を個人とし、ブランドと資本政策を一体化する独特の株主構造を築いた
Q なぜ2024年に米インゴマー社を子会社化し海外トマト調達と農業を経営の中心に置いたのか
A 国内のトマト栽培が気候とコストで限界に達し、加工用原料の安定確保を経営の基盤に置く必要があったからである。1967年の台湾合弁以来カゴメは海外調達を広げてきたが、2024年1月に米国カリフォルニア州の加工用トマト最大手インゴマー社を持分追加取得で連結子会社化し、原料生産から加工までを自社で抱える体制を完成させた。海外統合を主導した奥谷晴信氏を2026年に社長へ据え、海外成長を経営の主軸に定めた

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1899年〜 売れなかったトマトを加工品に変え、契約栽培で原料を握るまでの創業期

カゴメの業績推移:単体

売上高(億円)
  1. 1899年 創業者蟹江一太郎西洋野菜の栽培に着手、最初のトマトの発芽を見る
  2. 1903年 トマトソースの製造・販売を開始
  3. 1908年 トマトケチャップ・ウスターソースの製造・販売を開始
  4. 1914年 愛知トマトソース製造設立
  5. 1933年 トマトジュースを発売
  6. 1949年 愛知トマト製造・愛知海産興業・滋賀罐詰・愛知商事・愛知罐詰興業の5社が合併
  7. 1960年 米デルモンテとの合弁提携の拒否と、契約栽培による国産・自主路線 資本自由化で迫る巨大外資に、蟹江一太郎社長はなぜ提携の手を取らず単独で迎え撃ったか

軍隊で受けた助言から始まった西洋野菜の栽培と加工への転身

1899年、愛知県知多郡東海町(現・東海市)で農業を営んでいた蟹江一太郎氏[1]は、軍隊で上官から「これからは米や麦だけ作っているのでは駄目だ。西洋野菜をやれ」と勧められ、除隊後に玉ネギ・キャベツ・トマトの栽培を始めた[3]。同年に最初のトマトの発芽を見た[4]ものの、トマトは日本人の食生活になじまず、さっぱり売れなかった[5]。蟹江一太郎氏は売れ残るトマトを加工へ回す道を選び、1903年にトマトソース(現在のトマトピューレー)の試作に成功した[6]。わが国で最初のトマトの加工品[7]であった。1908年にはトマトケチャップとウスターソースの製造・販売にも乗り出した[8][2]

  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [1]創業者 蟹江一太郎(知多半島で農業に従事)
    • [2]軍隊の上官の助言「これからは米や麦だけ作っているのでは駄目だ。西洋野菜をやれ」
    • [3]明治32年(1899年)除隊後に玉ネギ・キャベツ・トマトの栽培に着手
    • [5]トマトが日本人の食生活になじまず売れなかった当時の状況
    • [6]1903年 トマトソース(現トマトピューレー)の試作に成功
    • [7]トマトソースはわが国初のトマト加工品
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [4]1899年 最初のトマトの発芽
    • [8]1908年 トマトケチャップ・ウスターソースの製造・販売を開始

1914年12月、蟹江一太郎氏は愛知トマトソース製造合資会社を設立し[9]、個人経営から法人へ移った[10]。1917年4月には六角形の籠目模様による「カゴメ印」を商標登録した[11]。1919年6月に上野工場が竣工して製造設備が整い[12]、1923年4月には株式会社へ組織を変更して商号を愛知トマト製造株式会社とした[13]。1933年8月にはトマトジュースを発売し[14]、ケチャップ・ピューレー・ジュースという三つの製品群がそろった。創業者が唱えた社是は「和風協力」で、人と和し、協力して仕事をするという意味を込めたもの[15]であった。

  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [9]1914年12月 愛知トマトソース製造合資会社(現カゴメ)設立
    • [11]1917年4月 カゴメ印(六角形の籠目模様)を商標登録
    • [12]1919年6月 上野工場竣工
    • [13]1923年4月 愛知トマト製造株式会社へ改組
    • [14]1933年8月 トマトジュースを発売
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [10]大正3年 愛知トマトソース製造合資会社の設立(個人経営から法人へ)
    • [15]社是「和風協力」(人と和し、協力して仕事をする)
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [1]創業者 蟹江一太郎(知多半島で農業に従事)
    • [2]軍隊の上官の助言「これからは米や麦だけ作っているのでは駄目だ。西洋野菜をやれ」
    • [3]明治32年(1899年)除隊後に玉ネギ・キャベツ・トマトの栽培に着手
    • [5]トマトが日本人の食生活になじまず売れなかった当時の状況
    • [6]1903年 トマトソース(現トマトピューレー)の試作に成功
    • [7]トマトソースはわが国初のトマト加工品
    • [10]大正3年 愛知トマトソース製造合資会社の設立(個人経営から法人へ)
    • [15]社是「和風協力」(人と和し、協力して仕事をする)
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [4]1899年 最初のトマトの発芽
    • [8]1908年 トマトケチャップ・ウスターソースの製造・販売を開始
    • [9]1914年12月 愛知トマトソース製造合資会社(現カゴメ)設立
    • [11]1917年4月 カゴメ印(六角形の籠目模様)を商標登録
    • [12]1919年6月 上野工場竣工
    • [13]1923年4月 愛知トマト製造株式会社へ改組
    • [14]1933年8月 トマトジュースを発売

契約栽培の組織化と関係5社の合併による全国メーカー化

1916年、蟹江一太郎氏は原料調達を安定させるため愛知県の農業組織と契約し[16]、加工用トマトの栽培を組織化した。農家と毎年、面積・品種・価格を取り決め[17]、収穫したトマトを決められた価格で全量買い取り、その栽培については責任をもって指導にあたる方式[18]であった。品質を加工に合わせて作り込める原料を、安定した価格で確保するための仕組み[19]であった。この契約栽培は創業以来続き、1970年代末には農協および経済連を通じた農家との直接契約という形をとっていた[20]。加工用トマトは畑で真赤に完熟したものを収穫してすぐ工場へ運び、ジュースであれば搬入から缶詰になるまで6〜7分[21]しかかからない。青いうちに採って流通段階で赤くする生食用と比べ、栄養価には大きな差[22]が生まれた。

  • カゴメ社史「カゴメの歴史」(2017年)
    • [16]1916年 愛知県の農業組織と契約しトマト栽培を組織化
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [17]契約栽培の内容(面積・品種・価格を毎年契約)
    • [21]加工用トマトは完熟収穫で工場搬入から缶詰まで6〜7分
    • [22]生食用は青いうちに収穫し流通段階で赤くするため栄養価に大きな差
  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
    • [18]契約栽培の内容(全量買取と栽培指導)
    • [19]契約栽培の狙い(高品質で加工に適した原料を安定価格で調達)
    • [20]創業以来の契約栽培、農協・経済連を通した農家との直接契約(1978年時点)

第二次大戦から戦後にかけては極度の物資不足が続き[23]、愛知トマト製造株式会社の関係事業は5社に分かれていた[24]。1949年8月、同社は創業50周年を機に関連事業の集約を図り[25]、愛知商事・愛知罐詰興業・滋賀罐詰・愛知海産興業の関係4社を吸収合併して[26]、資本金1,500万円の愛知トマト株式会社となった[27]。本店は名古屋市[28]に置いた。同じ年の4月に東京連絡所(現・東京支店)[29]、7月に大阪出張所(現・大阪支店)[30]を開き、東京と大阪に販売拠点を設けた。1950年代を通じて化学肥料が普及し、日本の食卓にキャベツなどの西洋野菜が並ぶなかで、カゴメは乾物問屋を中心にケチャップの販路[31]を整えた。

  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [23]戦中戦後の極度の物資不足
    • [24]戦後まで関係事業が5社に分割されていた
  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
    • [25]1949年8月 創業50周年を機に関係4社を吸収合併し愛知トマト株式会社を設立
    • [26]合併した関係4社は愛知商事・愛知罐詰興業・滋賀罐詰・愛知海産興業
    • [27]設立時資本金 1,500万円
    • [28]本店は名古屋市
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [29]1949年4月 東京連絡所(現東京支店)開設
    • [30]1949年7月 大阪出張所(現大阪支店)開設
  • カゴメ社史「カゴメの歴史」(2017年)
    • [31]1950年代の化学肥料の普及と西洋野菜の家庭への浸透、乾物問屋を軸としたケチャップ販路の整備

生活水準の向上とともに食生活の洋風化が進み、ソースやトマトケチャップの需要が増えた[32]。これに応じて原料の契約栽培は愛知県から1952年に長野県、1961年に栃木県、1962年に茨城県へと産地を広げ、1970年代末には9県に及んだ[33]。主要な原料産地には工場を置き、1961年7月に栃木工場(現・那須工場)[34]、1962年6月に茨城工場が竣工した[35]。1961年4月にはカゴメビル株式会社(現・カゴメアクシス株式会社)を本社ビルの管理会社として設立し[36]、1962年7月に名古屋支店[37]、同年9月に研究所を開いた[38]。売上高は1955年の14億7,800万円から伸び[39]、1962年に蟹江一太郎氏は長男の蟹江一忠氏へ経営を譲った[40]

  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
    • [32]食生活の洋風化によるソース・トマトケチャップの需要増
    • [33]契約栽培の産地拡大 長野県1952年・栃木県1961年・茨城県1962年、計9県
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [34]1961年7月 栃木工場(現那須工場)竣工
    • [35]1962年6月 茨城工場竣工
    • [36]1961年4月 カゴメビル(現カゴメアクシス)を本社ビル管理会社として設立
    • [37]1962年7月 名古屋支店開設
    • [38]1962年9月 研究所開設
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [39]1955年(昭和30年)売上高 14億7,800万円
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【役員の状況】
    • [40]1962年 蟹江一太郎から長男・蟹江一忠へ経営承継
  • カゴメ社史「カゴメの歴史」(2017年)
    • [16]1916年 愛知県の農業組織と契約しトマト栽培を組織化
    • [31]1950年代の化学肥料の普及と西洋野菜の家庭への浸透、乾物問屋を軸としたケチャップ販路の整備
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [17]契約栽培の内容(面積・品種・価格を毎年契約)
    • [21]加工用トマトは完熟収穫で工場搬入から缶詰まで6〜7分
    • [22]生食用は青いうちに収穫し流通段階で赤くするため栄養価に大きな差
    • [23]戦中戦後の極度の物資不足
    • [24]戦後まで関係事業が5社に分割されていた
    • [39]1955年(昭和30年)売上高 14億7,800万円
  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
    • [18]契約栽培の内容(全量買取と栽培指導)
    • [19]契約栽培の狙い(高品質で加工に適した原料を安定価格で調達)
    • [20]創業以来の契約栽培、農協・経済連を通した農家との直接契約(1978年時点)
    • [25]1949年8月 創業50周年を機に関係4社を吸収合併し愛知トマト株式会社を設立
    • [26]合併した関係4社は愛知商事・愛知罐詰興業・滋賀罐詰・愛知海産興業
    • [27]設立時資本金 1,500万円
    • [28]本店は名古屋市
    • [32]食生活の洋風化によるソース・トマトケチャップの需要増
    • [33]契約栽培の産地拡大 長野県1952年・栃木県1961年・茨城県1962年、計9県
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [29]1949年4月 東京連絡所(現東京支店)開設
    • [30]1949年7月 大阪出張所(現大阪支店)開設
    • [34]1961年7月 栃木工場(現那須工場)竣工
    • [35]1962年6月 茨城工場竣工
    • [36]1961年4月 カゴメビル(現カゴメアクシス)を本社ビル管理会社として設立
    • [37]1962年7月 名古屋支店開設
    • [38]1962年9月 研究所開設
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【役員の状況】
    • [40]1962年 蟹江一太郎から長男・蟹江一忠へ経営承継

1963年〜 資本自由化で上陸した外資を契約栽培で退け、農産物自由化への備えに転じた時代

カゴメの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1963年 カゴメに商号変更
  2. 1967年 台湾可果美股份有限公司を合弁・設立、海外トマト原料調達に着手
  3. 1968年 富士見工場竣工
  4. 1971年 カゴメ興業(カゴメ物流サービス)を物流子会社として設立(2019年 F-LINEに統合)
  5. 1972年 東京本部開設
  6. 1976年 名古屋証券取引所市場第二部に株式上場
  7. 1978年 名古屋証券取引所市場第一部に指定替

デルモンテの合弁提案を断り単独で外資を迎え撃った判断

1960年、日本政府が資本自由化の方針を決め[41]、巨大外資の日本上陸が現実味を帯びた。この頃、対日進出をうかがった米デルモンテが三井物産を介して合弁会社の設立を持ちかけた[42]が、社長の蟹江一太郎氏はこれを断った[43]。断った理由について蟹江一太郎氏は、製品が全く同じでカゴメにとっての利点はなく、同じ国内での競争なら負けない自信があったからだ[44]と語った。カゴメは1916年から加工用トマトの契約栽培を組織してきており[45]、原料を押さえたまま単独で外資を迎え撃つ道を選んだ。トマト加工食品のパイオニアとして「トマトはカゴメ」というブランドイメージ[46]も浸透していた。

  • カゴメ社史「カゴメの歴史」(2017年)
    • [41]1960年 政府が資本自由化の方針を決定、外資の日本上陸が現実化
    • [42]1960年頃 米デルモンテが三井物産を通じて合弁会社設立を提案
    • [43]社長 蟹江一太郎が合弁提案を拒否
    • [44]拒否の理由(製品が全く同じで利点なし・国内競争なら負けない自信)
    • [45]1916年からの加工用トマト契約栽培の組織化
  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
    • [46]トマト加工食品のパイオニアとしての「トマトはカゴメ」のブランドイメージ

提携を断られたデルモンテは、キッコーマンおよび三井物産と組んで1963年に日本カルパックを設立し、両社の販路でケチャップを売り出した[47]。米ハインツも日魯漁業との合弁で参入したため[48]、カゴメはトマト分野で二つの外資連合を同時に相手取った[49]。1963年4月には商号をカゴメ株式会社に変更し、商品ブランドと社名を一致させた[50]。ブランド名と社名は同じほうがよいという考えから[51]であった。1962年に父から経営を継いだ[52]蟹江一忠氏がこの競争を引き受け、外資の側も原料は国内に求めるほかない以上[53]、競争はカゴメが長年耕してきた土俵の上で起きた。

  • カゴメ社史「カゴメの歴史」(2017年)
    • [47]1963年 デルモンテがキッコーマン・三井物産と日本カルパックを設立し上陸
    • [48]米ハインツが日魯漁業と合弁で日本市場に参入
    • [49]カゴメがハインツ・デルモンテ両外資と対峙
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [50]1963年4月 商号をカゴメ株式会社へ変更
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [51]商号変更の理由(ブランド名と社名を同じにする)
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【役員の状況】
    • [52]1962年 蟹江一忠が経営を継承(在任1962〜1979)
  • 日経ビジネス 1972年8月21日号「自由化の"嵐"に耐えられるか」
    • [53]外資も国内に原料を求める「自分の土俵」での戦い

1960年代を通じて、ハインツ・日魯連合とデルモンテ・キッコーマン連合はいずれも日本のトマト市場でカゴメに敗れた[54]。外資の進出から10年を経た1972年、カゴメのシェアはケチャップで82%、トマトジュースで64%を保っていた[55]。カゴメが早くから原料トマトの生産に契約栽培の制度を導入し、加工用トマト畑の74%を確保していたことが、その強さの最大の理由に数えられた[56]。原料の国内調達義務も、外資に対する守りとして[57]働いた。1965年以降は業界への新規参入が活発になり、キリンも1976年頃からトマトジュースと野菜ジュース[58]を手がけた。カゴメはこれをマイナスとは受け止めず、参入の増加がそれだけ市場を広げ、新規需要の開拓に役立ったと見ていた[59]

  • カゴメ社史「カゴメの歴史」(2017年)
    • [54]1960年代 両外資連合が日本のトマト市場でカゴメに敗北
    • [57]原料の国内調達義務が防衛に働いた
  • 日経ビジネス 1972年8月21日号「自由化の"嵐"に耐えられるか」
    • [55]1972年 シェア ケチャップ82%・トマトジュース64%
    • [56]加工用トマト畑の74%を契約栽培で確保
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [58]昭和40年(1965年)以降の新規参入の活発化とキリンのトマトジュース・野菜ジュース参入
    • [59]新規参入による市場拡大と新規需要開拓というカゴメの受け止め
  • カゴメ社史「カゴメの歴史」(2017年)
    • [41]1960年 政府が資本自由化の方針を決定、外資の日本上陸が現実化
    • [42]1960年頃 米デルモンテが三井物産を通じて合弁会社設立を提案
    • [43]社長 蟹江一太郎が合弁提案を拒否
    • [44]拒否の理由(製品が全く同じで利点なし・国内競争なら負けない自信)
    • [45]1916年からの加工用トマト契約栽培の組織化
    • [47]1963年 デルモンテがキッコーマン・三井物産と日本カルパックを設立し上陸
    • [48]米ハインツが日魯漁業と合弁で日本市場に参入
    • [49]カゴメがハインツ・デルモンテ両外資と対峙
    • [54]1960年代 両外資連合が日本のトマト市場でカゴメに敗北
    • [57]原料の国内調達義務が防衛に働いた
  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
    • [46]トマト加工食品のパイオニアとしての「トマトはカゴメ」のブランドイメージ
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [50]1963年4月 商号をカゴメ株式会社へ変更
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [51]商号変更の理由(ブランド名と社名を同じにする)
    • [58]昭和40年(1965年)以降の新規参入の活発化とキリンのトマトジュース・野菜ジュース参入
    • [59]新規参入による市場拡大と新規需要開拓というカゴメの受け止め
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【役員の状況】
    • [52]1962年 蟹江一忠が経営を継承(在任1962〜1979)
  • 日経ビジネス 1972年8月21日号「自由化の"嵐"に耐えられるか」
    • [53]外資も国内に原料を求める「自分の土俵」での戦い
    • [55]1972年 シェア ケチャップ82%・トマトジュース64%
    • [56]加工用トマト畑の74%を契約栽培で確保

台湾合弁と株式上場、圧倒的シェアで迎えた創業80年

1967年10月、カゴメは台湾に現地資本との合弁で台湾可果美股份有限公司を設立[60]した。出資比率は40%、工場は台南市[61]に置いた。設立の趣旨は日本への原料供給ではなく台湾全土での販売と東南アジア・中近東への輸出にあった[62]が、のちにカゴメは同社からトマトペーストを輸入し、原料調達の多様化にも使った[63]。1968年7月に富士見工場が竣工し[64]、1971年3月にはカゴメ興業株式会社(のちのカゴメ物流サービス株式会社)を物流子会社として設立[65]、1972年4月に東京本部を開いた[66]。台湾可果美は1970年代末までに軌道へ乗り、業績も伸び[67]ていた。

  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [60]1967年10月 台湾可果美股份有限公司を合弁で設立
    • [64]1968年7月 富士見工場竣工
    • [65]1971年3月 カゴメ興業(のちのカゴメ物流サービス)を物流子会社として設立
    • [66]1972年4月 東京本部(現東京本社)開設
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [61]台湾可果美への出資比率40%・工場は台南市
    • [62]設立趣旨は台湾全土での販売と東南アジア・中近東への輸出
    • [67]台湾可果美は1970年代末までに軌道に乗り業績が伸びた
  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
    • [63]原料調達の多様化のため台湾可果美からトマトペーストを輸入

1976年11月、カゴメは名古屋証券取引所市場第二部に株式を上場[68]した。公募増資で得た資金を借入金の返済にあて、自己資本比率は1976年3月期の16.8%から翌期には25.9%へ上がり[69]、固定比率も153.9%から95.1%へ改善した[70]。1978年9月に名古屋証券取引所市場第一部へ指定替となり[71]、同年11月1日には4,520千株を1株1,145円で公募して東京証券取引所市場第一部に上場した[72]。上場時の資本金は24億7,000万円、従業員数は1,345人[73]であった。事業所は名古屋本社と東京本部、栃木工場ほか7工場、東京支店ほか10支店、宇都宮営業所ほか2営業所、青森出張所ほか11出張所[74]に及んでいた。

  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [68]1976年11月 名古屋証券取引所市場第二部に上場
    • [71]1978年9月 名古屋証券取引所市場第一部へ指定替
  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
    • [69]公募増資資金による借入金返済で自己資本比率16.8%→25.9%
    • [70]固定比率 153.9%→95.1%
    • [72]1978年11月1日 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [73]上場時の資本金 24億7,000万円・従業員数 1,345人
    • [74]1978年時点の事業所(名古屋本社・東京本部・栃木工場ほか7工場・東京支店ほか10支店ほか)

上場時点のカゴメは、1978年3月期の売上高のうちトマトケチャップが263億円で38.9%、トマトジュースが196億円で28.9%、ソース製品が101億円で15.0%を占めていた[75]。同期の市場占有率はトマトケチャップ73.3%、トマトジュース50.9%、ソース製品27.6%、リンゴジュース26.2%、野菜ジュース23.4%で、いずれも第1位である[76]。契約栽培で確保する原料トマトは全国の加工用トマト生産量の52%にのぼり[77]、販売を受け持つ特約店は166社を数えた[78]。売上高は1955年の14億7,800万円から1978年3月期には675億4,900万円に達した[79]。ただし1977年3月期には大手ビールメーカーがトマトジュース分野へ新規参入し、これに応じた販売促進費と広告宣伝費の増加が営業利益率を下げた[80]

  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
    • [75]1978年3月期 売上高構成 ケチャップ263億円38.9%・トマトジュース196億円28.9%・ソース101億円15.0%
    • [76]1978年3月期 市場占有率 ケチャップ73.3%・トマトジュース50.9%・ソース27.6%・リンゴジュース26.2%・野菜ジュース23.4%(いずれも1位)
    • [77]契約栽培による原料確保は全国の加工用トマト生産量の52%
    • [80]1977年3月期 大手ビールメーカーのトマトジュース分野への新規参入と販促費・広告費の増加
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [78]特約店 166社
    • [79]売上高 1955年14億7,800万円→1978年3月期675億4,900万円
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [60]1967年10月 台湾可果美股份有限公司を合弁で設立
    • [64]1968年7月 富士見工場竣工
    • [65]1971年3月 カゴメ興業(のちのカゴメ物流サービス)を物流子会社として設立
    • [66]1972年4月 東京本部(現東京本社)開設
    • [68]1976年11月 名古屋証券取引所市場第二部に上場
    • [71]1978年9月 名古屋証券取引所市場第一部へ指定替
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
    • [61]台湾可果美への出資比率40%・工場は台南市
    • [62]設立趣旨は台湾全土での販売と東南アジア・中近東への輸出
    • [67]台湾可果美は1970年代末までに軌道に乗り業績が伸びた
    • [78]特約店 166社
    • [79]売上高 1955年14億7,800万円→1978年3月期675億4,900万円
  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
    • [63]原料調達の多様化のため台湾可果美からトマトペーストを輸入
    • [69]公募増資資金による借入金返済で自己資本比率16.8%→25.9%
    • [70]固定比率 153.9%→95.1%
    • [72]1978年11月1日 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [73]上場時の資本金 24億7,000万円・従業員数 1,345人
    • [74]1978年時点の事業所(名古屋本社・東京本部・栃木工場ほか7工場・東京支店ほか10支店ほか)
    • [75]1978年3月期 売上高構成 ケチャップ263億円38.9%・トマトジュース196億円28.9%・ソース101億円15.0%
    • [76]1978年3月期 市場占有率 ケチャップ73.3%・トマトジュース50.9%・ソース27.6%・リンゴジュース26.2%・野菜ジュース23.4%(いずれも1位)
    • [77]契約栽培による原料確保は全国の加工用トマト生産量の52%
    • [80]1977年3月期 大手ビールメーカーのトマトジュース分野への新規参入と販促費・広告費の増加

スカイ計画による原料の海外シフトと米国自社工場の決断

1983年、カゴメは経営体質を一新する5カ年計画「スカイ計画」を始めた[81]。輸入自由化への対応を急ぎ、それまで原料の8割近くを占めていた国産トマトの比率を1988年には3割まで下げた[82]。1982年からの2年間で世界中のトマト産地を回り、カゴメの製品に最も適したペーストを作る国を探した結果、トルコのタット社とチリのマヨワ社と原料供給の契約を結んだ[83]。台湾を加えた三つの産地で、ジュースを除くトマト関連製品に必要なペースト約13万トンを確保できるまでになった[84]。スカイ計画は1,000億円企業を目標に掲げ、1988年にこれを達成[85]した。1983年5月にはブランドマーク[86]も変更した。

  • 日経ビジネス 1988年6月6日号「カゴメの農産物自由化対策 慎重?及び腰?米国への第一歩」
    • [81]1983年(昭和58年)スカイ計画(経営体質を一新する5カ年計画)を開始
    • [82]国産トマト比率 8割近く→3割(1988年時点)
    • [83]1982年からの2年間で世界のトマト産地を調査しトルコ・タット社、チリ・マヨワ社と原料供給契約
    • [84]台湾を加えた3産地でペースト約13万トンを確保
  • 証券アナリストジャーナル 1993年12月号 別冊付録「企業」「カゴメ」(蟹江嘉信・カゴメ社長 講演要旨)
    • [85]スカイ計画の目標「1,000億円企業」を1988年に達成
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [86]1983年5月 ブランドマークを変更

1988年2月2日、ジュネーブで開かれたガット理事会で日本は農産物10品目の自由化勧告を受諾し[87]、トマトケチャップ・トマトジュース・トマトソースを含む8品目の輸入割当枠撤廃が決まった[88]。原料の加工用トマトの価格は国産が1キロ約50円、米国は約10円と5分の1で、缶のコストも米国は日本の半分程度であった[89]。1988年6月、カゴメは米国カリフォルニア州に現地法人を設立し[90]、2年後をめどに自社工場を建てて米国内で調達した原料から業務用トマトケチャップを生産する計画[91]を発表した。蟹江英吉社長は「食品業界も国境のないビジネスになったということです[92]」と語った。

  • 日経ビジネス 1988年6月6日号「カゴメの農産物自由化対策 慎重?及び腰?米国への第一歩」
    • [87]1988年2月2日 ガット理事会で農産物10品目の自由化勧告を受諾
    • [88]8品目(ケチャップ・ジュース・ソースを含む)の輸入割当枠撤廃
    • [89]加工用トマト価格 国産1キロ約50円・米国約10円、缶コストは米国が日本の半分程度
    • [90]1988年6月 米国カリフォルニア州に現地法人を設立、2年後をめどに自社工場を建設する計画を発表
    • [91]米国自社工場で業務用トマトケチャップを生産する計画
    • [92]蟹江英吉社長の発言「食品業界も国境のないビジネスになったということです」

米国進出は、当時カゴメと契約していた加工用トマトの栽培農家の反発を招いた[93]。契約農家は全国に約3,700戸あり[94]、カゴメは国内生産量14万6千トンのうち約7万トンを買い取る最大のユーザー[95]であった。1978年をピークに国内のトマトジュース需要が減り[96]、ペーストの輸入が増えたため契約量は激減して、2万戸近くあった契約農家は半分に減り、副業として作っていた農家はすべて脱落した[97]蟹江英吉社長は米国進出が報じられた直後に「ジュースの国内生産はやめない[98]」と表明したが、日本最大のトマト産地である長野県の農家からは、実施時期も決まっていない自由化を理由に初の値下げに応じさせられた直後の工場進出だとして猛反発が起きた[99]

  • 日経ビジネス 1988年6月6日号「カゴメの農産物自由化対策 慎重?及び腰?米国への第一歩」
    • [93]米国進出に対する国内トマト契約栽培農家の不安と反発
    • [94]カゴメと契約する加工用トマト栽培農家 全国約3,700戸
    • [95]全国の加工用トマト生産量14万6千トン・カゴメの購入量約7万トン(最大のユーザー)
    • [96]1978年(昭和53年)をピークに国内トマトジュース需要が減少
    • [97]ペースト輸入増で契約量が激減、契約農家2万戸近くが半減し副業農家は全て脱落
    • [98]蟹江英吉社長の表明「ジュースの国内生産はやめない」
    • [99]長野県産地の反発(自由化を理由とした初の値下げ直後の米国工場進出)
  • 日経ビジネス 1988年6月6日号「カゴメの農産物自由化対策 慎重?及び腰?米国への第一歩」
    • [81]1983年(昭和58年)スカイ計画(経営体質を一新する5カ年計画)を開始
    • [82]国産トマト比率 8割近く→3割(1988年時点)
    • [83]1982年からの2年間で世界のトマト産地を調査しトルコ・タット社、チリ・マヨワ社と原料供給契約
    • [84]台湾を加えた3産地でペースト約13万トンを確保
    • [87]1988年2月2日 ガット理事会で農産物10品目の自由化勧告を受諾
    • [88]8品目(ケチャップ・ジュース・ソースを含む)の輸入割当枠撤廃
    • [89]加工用トマト価格 国産1キロ約50円・米国約10円、缶コストは米国が日本の半分程度
    • [90]1988年6月 米国カリフォルニア州に現地法人を設立、2年後をめどに自社工場を建設する計画を発表
    • [91]米国自社工場で業務用トマトケチャップを生産する計画
    • [92]蟹江英吉社長の発言「食品業界も国境のないビジネスになったということです」
    • [93]米国進出に対する国内トマト契約栽培農家の不安と反発
    • [94]カゴメと契約する加工用トマト栽培農家 全国約3,700戸
    • [95]全国の加工用トマト生産量14万6千トン・カゴメの購入量約7万トン(最大のユーザー)
    • [96]1978年(昭和53年)をピークに国内トマトジュース需要が減少
    • [97]ペースト輸入増で契約量が激減、契約農家2万戸近くが半減し副業農家は全て脱落
    • [98]蟹江英吉社長の表明「ジュースの国内生産はやめない」
    • [99]長野県産地の反発(自由化を理由とした初の値下げ直後の米国工場進出)
  • 証券アナリストジャーナル 1993年12月号 別冊付録「企業」「カゴメ」(蟹江嘉信・カゴメ社長 講演要旨)
    • [85]スカイ計画の目標「1,000億円企業」を1988年に達成
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [86]1983年5月 ブランドマークを変更

1991年〜 商品数の膨張と米国事業の失敗を経て、非創業家社長が立て直しに動いた時期

カゴメの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1991年 東京本部を東京本社に商号変更し2本社制に移行
  2. 1995年 野菜飲料「野菜生活100」を発売
  3. 1998年 「農業への原点回帰」による生鮮トマト事業への参入と自社菜園の全国展開 加工用トマトの契約栽培で育った会社は、なぜ自ら生食用トマトを栽培する道を選んだか
  4. 1998年 KAGOME INC.設立
  5. 1998年 現在地(日本橋浜町三丁目21番1号日本橋浜町Fタワー)に東京本社を移転
  6. 2001年 株主を「ファン」に変える——個人株主10万人構想と安定株主基盤の構築 持ち合い解消の受け皿を誰に求めるか——カゴメが選んだ「個人こそ最大の安定株主」という解
  7. 2002年 連続ヒットを生む「野戦型」商品開発改革 単発のヒットに頼らず、なぜ喜岡社長は新商品比率を指標に据えて開発の体質そのものを変えようとしたのか

商品数1000への膨張と押し込み販売からの営業改革

スカイ計画の開始時に300〜400品目だった商品数は、5年後には1000品目まで[100]増えた。その後も新製品を出し続けたものの売上高は1100億円前後で伸び悩み、販売管理費などの経費増が利益をむしばみ始める[101]。大手ビールメーカーが一斉にソフトドリンク市場へ本格参入して競争は激化し[102]、米ハインツの日本市場参入をにらんで1988年に投入したケチャップの新容器は消費者に不評で、収益の柱であったケチャップまで売り上げが低迷した[103]。1987年度の商品構成はトマト製品31.5%、飲料製品49.3%、ソース製品13.8%、パスタ製品など5.8%[104]で、飲料が最大の柱になっていたが、その飲料事業は10年ほど赤字[105]が続いた。

  • 日経ビジネス 1993年3月15日号「カゴメ 押し込み販売体質を転換 小売店密着で"脱トマト"」
    • [100]スカイ計画開始時300〜400品目→5年後1000品目
    • [101]売上高1100億円前後で伸び悩み、販売管理費など経費増が利益を圧迫
    • [102]大手ビールメーカーのソフトドリンク市場への本格参入
    • [103]1988年 ハインツの日本市場参入をにらんで投入したケチャップ新容器が不評、ケチャップの売上が低迷
    • [105]飲料事業は10年ほど赤字が継続
  • 日経ビジネス 1988年6月6日号「カゴメの農産物自由化対策 慎重?及び腰?米国への第一歩」
    • [104]1987年度 商品構成 トマト製品31.5%・飲料製品49.3%・ソース製品13.8%・パスタ製品など5.8%

1991年6月に蟹江嘉信氏が社長へ就いたのを機にリストラが始まり[106]、約1,000あった商品は600アイテムほどまで絞り込まれた[107]。改革の焦点は営業戦略の刷新にあり、伊藤正嗣氏・常務営業管理本部長は「営業力ではなく、商品力だけで会社を維持していた時期があった[108]」と反省を口にした。1992年11月に宇都宮営業所を関東支店へ格上げし、1993年3月には甲府市に営業所を置いて[109]、営業拠点数は1991年3月期末の25から37へ増えた[110]。1993年4月には大手問屋に支払っていた「二次店リベート」を廃止し[111]、問屋依存の営業から小売店に直接働きかけるやり方へ転じた。

  • 日経ビジネス 1993年3月15日号「カゴメ 押し込み販売体質を転換 小売店密着で"脱トマト"」
    • [106]1991年6月 蟹江嘉信が社長に就任
    • [108]伊藤正嗣氏・常務営業管理本部長の発言「営業力ではなく、商品力だけで会社を維持していた時期があった」
    • [109]1992年11月 宇都宮営業所を関東支店へ格上げ、1993年3月に甲府市へ営業所設置
    • [110]営業拠点数 1991年3月期末25→37
    • [111]1993年4月 大手問屋への「二次店リベート」を廃止
  • 証券アナリストジャーナル 1993年12月号 別冊付録「企業」「カゴメ」(蟹江嘉信・カゴメ社長 講演要旨)
    • [107]商品数を約1,000から600アイテムほどへ絞り込み

1991年6月、カゴメは日本アイ・ビー・エムと共同開発した「カゴメロジスティクスシステム」の運用[112]を始めた。欠品を恐れる営業が販売計画を高めに設定し、工場も多めに作り置きする体質を改めた結果、全社の製品在庫量は1990年の平均と比べて月単位で最高40%、平均20%程度減った[113]。1992年2月に発売した新搾汁方式による「キャロットジュース」[114]は、それまで年10万箱程度だった人参ジュースを年100万箱へ押し上げた[115]。1993年3月期の営業利益は40億円と前期の2倍以上[116]になり、10年ほど赤字が続いた飲料事業が黒字へ転じた。1995年2月には野菜飲料「野菜生活100」を発売[117]した。

  • 日経ビジネス 1993年3月15日号「カゴメ 押し込み販売体質を転換 小売店密着で"脱トマト"」
    • [112]1991年6月 日本IBMと共同開発した「カゴメロジスティクスシステム」の運用開始
    • [113]全社製品在庫量が1990年平均比で月単位最高40%・平均20%程度減少
    • [116]1993年3月期 営業利益40億円(前期の2倍以上)・飲料事業が10年ぶり黒字
  • 証券アナリストジャーナル 1993年12月号 別冊付録「企業」「カゴメ」(蟹江嘉信・カゴメ社長 講演要旨)
    • [114]1992年2月 新搾汁方式による「キャロットジュース」発売
    • [115]人参ジュース 年10万箱程度→年100万箱
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [117]1995年2月 野菜飲料「野菜生活100」を発売
  • 日経ビジネス 1993年3月15日号「カゴメ 押し込み販売体質を転換 小売店密着で"脱トマト"」
    • [100]スカイ計画開始時300〜400品目→5年後1000品目
    • [101]売上高1100億円前後で伸び悩み、販売管理費など経費増が利益を圧迫
    • [102]大手ビールメーカーのソフトドリンク市場への本格参入
    • [103]1988年 ハインツの日本市場参入をにらんで投入したケチャップ新容器が不評、ケチャップの売上が低迷
    • [105]飲料事業は10年ほど赤字が継続
    • [106]1991年6月 蟹江嘉信が社長に就任
    • [108]伊藤正嗣氏・常務営業管理本部長の発言「営業力ではなく、商品力だけで会社を維持していた時期があった」
    • [109]1992年11月 宇都宮営業所を関東支店へ格上げ、1993年3月に甲府市へ営業所設置
    • [110]営業拠点数 1991年3月期末25→37
    • [111]1993年4月 大手問屋への「二次店リベート」を廃止
    • [112]1991年6月 日本IBMと共同開発した「カゴメロジスティクスシステム」の運用開始
    • [113]全社製品在庫量が1990年平均比で月単位最高40%・平均20%程度減少
    • [116]1993年3月期 営業利益40億円(前期の2倍以上)・飲料事業が10年ぶり黒字
  • 日経ビジネス 1988年6月6日号「カゴメの農産物自由化対策 慎重?及び腰?米国への第一歩」
    • [104]1987年度 商品構成 トマト製品31.5%・飲料製品49.3%・ソース製品13.8%・パスタ製品など5.8%
  • 証券アナリストジャーナル 1993年12月号 別冊付録「企業」「カゴメ」(蟹江嘉信・カゴメ社長 講演要旨)
    • [107]商品数を約1,000から600アイテムほどへ絞り込み
    • [114]1992年2月 新搾汁方式による「キャロットジュース」発売
    • [115]人参ジュース 年10万箱程度→年100万箱
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [117]1995年2月 野菜飲料「野菜生活100」を発売

初の非創業家社長と農業への原点回帰による生鮮トマト参入

1996年、カゴメは初の非創業家社長として伊藤正嗣氏を社長に据えた[118]。創業から97年目のことで、それまで第2代・蟹江一忠氏、第3代・小島要治氏、第4代・蟹江英吉氏、第5代・蟹江嘉信氏と続き[119]、第3代を除いて蟹江家が社長を務めてきた。伊藤正嗣氏は就任当時のカゴメについて「売り上げは一〇年間ステイ、利益もキャロットジュースのヒット以降、減少が続いていた[120]」と振り返った。世の中が「選択と集中」を唱えるなかであえて「集中と成長」を掲げ、利益ではなく売上高を優先すると明言した[121]。1998年には事業部ごとに責任を明確にするビジネスユニット制を導入[122]している。

  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【役員の状況】
    • [118]1996年 初の非創業家社長として伊藤正嗣が社長に就任(創業97年目)
    • [119]歴代社長 第2代蟹江一忠・第3代小島要治・第4代蟹江英吉・第5代蟹江嘉信
  • 週刊東洋経済 2002年1月19日号「〔特集〕不屈の経営者21人の神髄 意識改革へあえて「集中と成長」カゴメ 伊藤正嗣社長」
    • [120]伊藤正嗣の発言「売り上げは一〇年間ステイ、利益もキャロットジュースのヒット以降、減少が続いていた」
    • [121]「選択と集中」に対して「集中と成長」を掲げ売上高を優先
    • [122]1998年 事業部ごとに責任を明確化するビジネスユニット制を導入

前社長の蟹江嘉信氏は1996年、1980年代からの多角化路線を見直して「農業への原点回帰」を掲げた[123]。食の原点は農業だという発想に立ち返り、素材から土壌、種子の段階までさかのぼって高品質と安定供給を目指す[124]という内容である。これを受けてカゴメは1998年、茨城県美野里町の農家と農業法人を設立し[125]、加工用トマトの契約栽培とは別に、自社の大型温室で生食用トマトを直接栽培する生鮮トマト事業へ参入した[126]。総工費約4億円をかけた施設は生産管理をコンピューターで行い、作業員は20人程度[127]であった。カゴメは同様の大型温室を全国10カ所程度に建てる考えで、建設費用は行政の補助金を含め運営する農業法人に負担してもらう意向[128]であった。

  • カゴメ社史「カゴメの歴史」(2017年)
    • [123]1996年 蟹江嘉信社長が多角化路線を見直し「農業への原点回帰」を決定
    • [124]蟹江嘉信の発言(食の原点は農業、素材から土壌・種子までさかのぼり高品質・安定供給を目指す)
    • [125]1998年 茨城県美野里町の農家と農業法人を設立し生鮮トマトの生産を開始
    • [126]自社の大型温室で生食用トマトを直接栽培する生鮮トマト事業への参入
  • 日経流通新聞(1999年)
    • [127]美野里町の施設 総工費約4億円・コンピューター管理・作業員20人程度
    • [128]大型温室を全国10カ所程度に建設、建設費用は補助金を含め農業法人が負担する意向

一方、1988年から米国カリフォルニア州で続けてきた飲料・調味料の製造販売は、とりわけ飲料の販売不振から赤字が続いた[129]。カゴメは1998年3月期に販売子会社のカゴメUSAと製造孫会社のカゴメフーズを、特別損失43億円を計上して清算した[130]。1998年1月には改めて100%子会社のKAGOME INC.を設立し、野菜を素材とした調味料の製造販売に絞って[131]米国事業をやり直した。同じ時期、キリンビールとともに商品化を目指していた遺伝子組み換えトマトについても、カゴメは1997年8月に商品化の凍結を決め[132]、行政の対応が整っておらず消費者の同意も得られないと感じたことを理由に挙げた[133]

  • 週刊東洋経済 1998年4月18日号「〔特集〕リストラ地獄の恐怖 97年度の特別大損失を総ざらい」
    • [129]1988年からカリフォルニア州で飲料・調味料の製造販売、飲料の販売不振で赤字継続
    • [130]1998年3月期 カゴメUSA・カゴメフーズを特別損失43億円を計上して清算
    • [131]1998年1月 KAGOME INC.を設立し野菜素材の調味料製造販売に特化して再出発
  • 週刊東洋経済 1999年10月2日号「〔特集〕全内幕「遺伝子組み換え食品」表示義務化の全内幕」
    • [132]1997年8月 遺伝子組み換えトマトの商品化凍結を決定(キリンビールと共同で商品化を目指していた)
    • [133]凍結の理由(行政の対応が整っておらず消費者のコンセンサスが得られない)
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【役員の状況】
    • [118]1996年 初の非創業家社長として伊藤正嗣が社長に就任(創業97年目)
    • [119]歴代社長 第2代蟹江一忠・第3代小島要治・第4代蟹江英吉・第5代蟹江嘉信
  • 週刊東洋経済 2002年1月19日号「〔特集〕不屈の経営者21人の神髄 意識改革へあえて「集中と成長」カゴメ 伊藤正嗣社長」
    • [120]伊藤正嗣の発言「売り上げは一〇年間ステイ、利益もキャロットジュースのヒット以降、減少が続いていた」
    • [121]「選択と集中」に対して「集中と成長」を掲げ売上高を優先
    • [122]1998年 事業部ごとに責任を明確化するビジネスユニット制を導入
  • カゴメ社史「カゴメの歴史」(2017年)
    • [123]1996年 蟹江嘉信社長が多角化路線を見直し「農業への原点回帰」を決定
    • [124]蟹江嘉信の発言(食の原点は農業、素材から土壌・種子までさかのぼり高品質・安定供給を目指す)
    • [125]1998年 茨城県美野里町の農家と農業法人を設立し生鮮トマトの生産を開始
    • [126]自社の大型温室で生食用トマトを直接栽培する生鮮トマト事業への参入
  • 日経流通新聞(1999年)
    • [127]美野里町の施設 総工費約4億円・コンピューター管理・作業員20人程度
    • [128]大型温室を全国10カ所程度に建設、建設費用は補助金を含め農業法人が負担する意向
  • 週刊東洋経済 1998年4月18日号「〔特集〕リストラ地獄の恐怖 97年度の特別大損失を総ざらい」
    • [129]1988年からカリフォルニア州で飲料・調味料の製造販売、飲料の販売不振で赤字継続
    • [130]1998年3月期 カゴメUSA・カゴメフーズを特別損失43億円を計上して清算
    • [131]1998年1月 KAGOME INC.を設立し野菜素材の調味料製造販売に特化して再出発
  • 週刊東洋経済 1999年10月2日号「〔特集〕全内幕「遺伝子組み換え食品」表示義務化の全内幕」
    • [132]1997年8月 遺伝子組み換えトマトの商品化凍結を決定(キリンビールと共同で商品化を目指していた)
    • [133]凍結の理由(行政の対応が整っておらず消費者のコンセンサスが得られない)

株主10万人構想と喜岡浩二氏による野戦型の商品開発改革

2000年1月、カゴメは企業理念として「感謝」「自然」「開かれた企業」を掲げた[134]。金融機関の持ち合い解消で放出される株の受け皿を個人投資家に定め、2001年8月から金融機関保有株の売り出しを実施した[135]。年2回の株主優待や、トップが出席して自社製品を試食する株主懇親会といった個人向けIRを重ねた[136]結果、株主数は2002年度末に6.7万人と2年前の10倍に増え、一般個人の持ち株比率は39%に達して創業者グループを超える最大勢力となった[137]。2003年6月の株主総会には前年の3倍にあたる約1,000人が出席[138]し、懸念されていた定足数不足も解消した。この構想を打ち出す前の株主数は約6,000人で、株主総会に出席するのは120人ぐらい[139]であった。カゴメは取引先企業との持ち合いも解消しつつ、2007年3月までに株主数を10万人へ広げる目標[140]を掲げていた。

  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [134]2000年1月 企業理念「感謝」「自然」「開かれた企業」を発表
  • 週刊東洋経済 2003年9月13日号「〔The Headline/ニュース最前線〕5th 持ち合い株解消対策 個人株主は"売らない"! 先駆者カゴメの結論」
    • [135]2001年8月から金融機関保有株の売り出しを実施し個人投資家を受け皿とした
    • [136]年2回の株主優待とトップ出席の株主懇親会など個人向けIR
    • [137]株主数 2002年度末6.7万人(2年前の10倍)・一般個人の持ち株比率39%で最大勢力
    • [138]2003年6月の株主総会 出席者は前年の3倍の約1,000人、定足数不足を解消
    • [140]取引先企業との持ち合い解消と2007年3月までに株主数10万人という目標
    • [139]株主10万人構想を打ち出す前の株主数 約6,000人・株主総会の出席 約120人

2002年10月1日、伊藤正嗣氏は健康上の理由で代表権のない会長へ退き、喜岡浩二副社長が社長へ昇格[141]した。カゴメはその直前に米ハインツとの提携解消を発表しており、北米事業を単独で進める課題[142]が新社長に残された。喜岡浩二氏は「籠城型ではなく野戦型[143]」を掲げ、社内イントラで全社員から提案を募る「商品開発知恵袋」と、売上高に占める新商品比率20%以上を目標とする「新需要創造力指標」[144]を導入した。2002年11月には雪印ラビオの全株式を取得し、植物性乳酸菌ラブレの研究テーマ[145]をカゴメへ移した。

  • 週刊東洋経済 2002年10月12日号「〔News&Forecast/主役脇役〕カゴメ 注目は"内政型"新社長の外交手腕」
    • [141]2002年10月1日 伊藤正嗣が健康上の理由で代表権のない会長へ退き喜岡浩二副社長が社長に昇格
    • [142]2002年 米ハインツとの提携解消を発表、北米事業は単独で進める課題が残った
  • 週刊東洋経済 2007年7月28日号「大ヒット飲料連打の裏側 新しい市場創出に実る カゴメの「野戦型」改革」
    • [143]喜岡浩二の発言「籠城型ではなく野戦型」
    • [144]「商品開発知恵袋」と新商品比率20%以上を目標とする「新需要創造力指標」の導入
    • [145]2002年11月 雪印ラビオ(現カゴメラビオ)の全株式を取得しラブレ菌の研究テーマを移管

2002年度、「野菜生活」の売上高は前期比4.9%減と、1995年の市場投入以来はじめて前年を割った[146]。販売促進費が前年比8.5%増と膨らんで収益を圧迫した[147]ため、喜岡浩二氏は2003年にブランド価値戦略への転換を指示し、2月のリニューアルで甘さを抑えて食物繊維を5割増やした[148]。2004年夏に発売した「野菜一日これ一本」は1年で約50億円を売り、購入者の約4割を20代[149]が占めた。2007年2月にはアサヒビールと資本・業務提携を結び、第三者割当増資によってアサヒビールがカゴメの発行済株式の10%を持つ筆頭株主[150]となった。2007年3月期の単体売上高は1,870億円、経常利益は83億円[151]と、いずれも前期を上回った。

  • 週刊東洋経済 2003年8月2日号「〔特集〕「高く売る」マーケティング 値下げ競争よ、さようなら」
    • [146]2002年度「野菜生活」売上高 前期比4.9%減(1995年の市場投入以来初のマイナス)
    • [147]2002年度 販売促進費(単体)前年比8.5%増で収益を圧迫
    • [148]2003年 喜岡浩二社長がブランド価値戦略への転換を指示、2月のリニューアルで甘さを抑え食物繊維を5割増
  • 週刊東洋経済 2005年8月20日号「マーケティングの達人に会いたい 第91回カゴメ 「野菜一日これ一本」 「驚き」と「言い切り」で20代を攻略」
    • [149]「野菜一日これ一本」発売1年で約50億円・購入者の約4割が20代
  • 週刊東洋経済 2007年7月28日号「大ヒット飲料連打の裏側 新しい市場創出に実る カゴメの「野戦型」改革」
    • [150]2007年2月 アサヒビールと資本・業務提携、第三者割当増資でアサヒビールが発行済株式の10%を持つ筆頭株主に
  • カゴメ 有価証券報告書(2007年3月期・単体)
    • [151]2007年3月期(単体)売上高1,870億円・経常利益83億円
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [134]2000年1月 企業理念「感謝」「自然」「開かれた企業」を発表
  • 週刊東洋経済 2003年9月13日号「〔The Headline/ニュース最前線〕5th 持ち合い株解消対策 個人株主は"売らない"! 先駆者カゴメの結論」
    • [135]2001年8月から金融機関保有株の売り出しを実施し個人投資家を受け皿とした
    • [136]年2回の株主優待とトップ出席の株主懇親会など個人向けIR
    • [137]株主数 2002年度末6.7万人(2年前の10倍)・一般個人の持ち株比率39%で最大勢力
    • [138]2003年6月の株主総会 出席者は前年の3倍の約1,000人、定足数不足を解消
    • [140]取引先企業との持ち合い解消と2007年3月までに株主数10万人という目標
    • [139]株主10万人構想を打ち出す前の株主数 約6,000人・株主総会の出席 約120人
  • 週刊東洋経済 2002年10月12日号「〔News&Forecast/主役脇役〕カゴメ 注目は"内政型"新社長の外交手腕」
    • [141]2002年10月1日 伊藤正嗣が健康上の理由で代表権のない会長へ退き喜岡浩二副社長が社長に昇格
    • [142]2002年 米ハインツとの提携解消を発表、北米事業は単独で進める課題が残った
  • 週刊東洋経済 2007年7月28日号「大ヒット飲料連打の裏側 新しい市場創出に実る カゴメの「野戦型」改革」
    • [143]喜岡浩二の発言「籠城型ではなく野戦型」
    • [144]「商品開発知恵袋」と新商品比率20%以上を目標とする「新需要創造力指標」の導入
    • [145]2002年11月 雪印ラビオ(現カゴメラビオ)の全株式を取得しラブレ菌の研究テーマを移管
    • [150]2007年2月 アサヒビールと資本・業務提携、第三者割当増資でアサヒビールが発行済株式の10%を持つ筆頭株主に
  • 週刊東洋経済 2003年8月2日号「〔特集〕「高く売る」マーケティング 値下げ競争よ、さようなら」
    • [146]2002年度「野菜生活」売上高 前期比4.9%減(1995年の市場投入以来初のマイナス)
    • [147]2002年度 販売促進費(単体)前年比8.5%増で収益を圧迫
    • [148]2003年 喜岡浩二社長がブランド価値戦略への転換を指示、2月のリニューアルで甘さを抑え食物繊維を5割増
  • 週刊東洋経済 2005年8月20日号「マーケティングの達人に会いたい 第91回カゴメ 「野菜一日これ一本」 「驚き」と「言い切り」で20代を攻略」
    • [149]「野菜一日これ一本」発売1年で約50億円・購入者の約4割が20代
  • カゴメ 有価証券報告書(2007年3月期・単体)
    • [151]2007年3月期(単体)売上高1,870億円・経常利益83億円

2010年〜 生鮮トマトの黒字化から「野菜の会社」へ、海外事業を膨らませていった時期

カゴメの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2010年 Kagome Australia Pty Ltd.と子会社2社を設立
  2. 2017年 Kagome Senegal Sarl設立
  3. 2019年 国内食品メーカー5社で物流会社F-LINEを設立
  4. 2020年 カゴメアグリフレッシュ設立
  5. 2022年 プライム市場に移行
  6. 2022年 DXAS Agricultural Technology Lda設立
  7. 2024年 Ingomar Packing Company, LLCの持分を追加取得し子会社化

苦節14年の生鮮トマト黒字化と「野菜の会社」への転換

生鮮トマト事業の赤字は長く続き、広島の世羅菜園、福島のいわき小名浜菜園、和歌山の加太菜園、福岡の響灘菜園という連結4子会社はいずれも赤字で、この4菜園には累計で約100億円[152]が投じられた。和歌山の加太菜園は関西国際空港の埋め立て用土砂を採った跡地に建てたもので[153]、和歌山県が土地開発公社から借り上げた用地のうち37ヘクタールをカゴメへ貸す形をとった[154]。2007年度の生鮮トマトの売上高は66億円で、家庭用トマト市場に占める割合は金額ベースで3.6%[155]にとどまった。加太菜園は2009年までに水耕栽培施設を3棟建て、2005年8月に5ヘクタールの1棟で操業を始める計画で、最終的には年間6,000トンの出荷と300人の雇用[156]を見込んでいた。

  • 週刊東洋経済 2007年7月28日号「大ヒット飲料連打の裏側 新しい市場創出に実る カゴメの「野戦型」改革」
    • [152]菜園4子会社(世羅・いわき小名浜・加太・響灘)はいずれも赤字、累計投資約100億円
  • 週刊東洋経済 2004年9月11日号「地方発Reborn 和歌山 塩漬け状態に終止符打つ関空の土取り跡地 特区援用しカゴメ誘致に成功はしたものの…」
    • [153]加太菜園は関西国際空港の埋め立て用土砂採取跡地(コスモパーク加太)に立地
    • [154]和歌山県が公社から借り上げた用地のうち37ヘクタールをカゴメへ賃貸
    • [156]加太菜園 2009年までに水耕栽培施設3棟・2005年8月に5ヘクタールで操業開始・年6,000トン出荷と300人雇用を計画
  • 週刊東洋経済 2008年11月15日号「特集 円高で強くなる! 変わる業界地図 新成長への5つのエンジン【1】川上シフト」
    • [155]2007年度 生鮮トマト売上高66億円・家庭用トマト市場シェア3.6%(金額ベース)

カゴメは温室内の温度・湿度と二酸化炭素濃度をコンピューターで制御する菜園を各地に置き、各菜園の生産情報を1週間に一度まとめて相互に[157]やり取りした。フランスの技師が2カ月に一度全国の菜園を回って生産を指導し[158]、微生物農薬の利用や養液への植物性ワクチンの添加といった改良を重ねた[159]。全国11カ所の自社菜園で生育を確認する体制を徹底した[160]結果、生鮮野菜セグメントの売上高は2011年3月期の約72億円から2013年3月期の約89億円へ伸び[161]、2012年3月期の赤字から2013年3月期には営業利益8億円の黒字へ転じた[162]。参入から14年目の黒字化[163]であった。

  • 週刊東洋経済 2008年11月15日号「特集 円高で強くなる! 変わる業界地図 新成長への5つのエンジン【1】川上シフト」
    • [157]温度・湿度・二酸化炭素濃度をコンピュータ制御する菜園と生産情報の共有(週1回の報告書)
    • [158]フランスの技師が2カ月に一度全国の菜園を回り生産指導
    • [159]微生物農薬の利用と養液への植物性ワクチン添加によるカイゼン
  • 日経産業新聞(2014年)「苦節10余年で収穫期へ」
    • [160]全国11カ所の自社菜園で生育を確認する体制
  • カゴメ 有価証券報告書(連結セグメント情報)
    • [161]生鮮野菜セグメント売上高 2011年3月期約72億円→2013年3月期約89億円
  • 週刊東洋経済 2014年1月31日号「【特集 強い農業】 PART2 企業が農業を変える 企業参入 第3次ブームの幕開け」
    • [162]生鮮トマト事業 2013年3月期に営業利益8億円で参入14年目の初黒字
    • [163]1998年の参入から14年目(2012年度)の初黒字

2014年、寺田直行氏が社長に就き、「トマトの会社から、野菜の会社に」を長期ビジョン[164]に掲げた。2015年12月期からは会計基準を日本基準から国際会計基準へ移した[165]。2016年2月には1933年発売のロングセラーである「カゴメトマトジュース」に「血中コレステロールが気になる方に」という機能性表示を加えて売り出し、中身も値段も変えないまま出荷数量を表示追加前と比べて73%[166]増やした。表示の裏づけとして、トマトに含まれるリコピンの健康機能について1,300本以上の論文を調べた[167]。2019年4月には国内の食品メーカー5社で物流会社F-LINEを設立[168]した。海外では2010年7月にKagome Australia Pty Ltd.と子会社2社を設立[169]している。連結の営業利益は2014年12月期の43億円から2018年12月期には122億円へ増えた。

  • 週刊東洋経済 2019年12月28日号「【特集 2020大予測】 Part6 消費・生活 Interview 094 食品 カゴメ 社長 山口聡 野菜の需要は拡大していく」
    • [164]2014年 寺田直行が社長に就任し「トマトの会社から、野菜の会社に」を長期ビジョンに掲げた
  • カゴメ 有価証券報告書(連結財務諸表 作成の基本となる事項)
    • [165]2015年12月期から会計基準を日本基準(JGAAP)から国際会計基準(IFRS)へ移行
  • 週刊東洋経済 2017年3月25日号「ニュース最前線02 急増する機能性表示食品 問われる企業の倫理性」
    • [166]2016年2月 1933年発売のカゴメトマトジュースに機能性表示を追加、出荷数量73%増
    • [167]リコピンの健康機能について1,300本以上の論文を調査
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [168]2019年4月 国内食品メーカー5社で物流会社F-LINEを設立
    • [169]2010年7月 Kagome Australia Pty Ltd.と子会社2社を設立
  • 週刊東洋経済 2007年7月28日号「大ヒット飲料連打の裏側 新しい市場創出に実る カゴメの「野戦型」改革」
    • [152]菜園4子会社(世羅・いわき小名浜・加太・響灘)はいずれも赤字、累計投資約100億円
  • 週刊東洋経済 2004年9月11日号「地方発Reborn 和歌山 塩漬け状態に終止符打つ関空の土取り跡地 特区援用しカゴメ誘致に成功はしたものの…」
    • [153]加太菜園は関西国際空港の埋め立て用土砂採取跡地(コスモパーク加太)に立地
    • [154]和歌山県が公社から借り上げた用地のうち37ヘクタールをカゴメへ賃貸
    • [156]加太菜園 2009年までに水耕栽培施設3棟・2005年8月に5ヘクタールで操業開始・年6,000トン出荷と300人雇用を計画
  • 週刊東洋経済 2008年11月15日号「特集 円高で強くなる! 変わる業界地図 新成長への5つのエンジン【1】川上シフト」
    • [155]2007年度 生鮮トマト売上高66億円・家庭用トマト市場シェア3.6%(金額ベース)
    • [157]温度・湿度・二酸化炭素濃度をコンピュータ制御する菜園と生産情報の共有(週1回の報告書)
    • [158]フランスの技師が2カ月に一度全国の菜園を回り生産指導
    • [159]微生物農薬の利用と養液への植物性ワクチン添加によるカイゼン
  • 日経産業新聞(2014年)「苦節10余年で収穫期へ」
    • [160]全国11カ所の自社菜園で生育を確認する体制
  • カゴメ 有価証券報告書(連結セグメント情報)
    • [161]生鮮野菜セグメント売上高 2011年3月期約72億円→2013年3月期約89億円
  • 週刊東洋経済 2014年1月31日号「【特集 強い農業】 PART2 企業が農業を変える 企業参入 第3次ブームの幕開け」
    • [162]生鮮トマト事業 2013年3月期に営業利益8億円で参入14年目の初黒字
    • [163]1998年の参入から14年目(2012年度)の初黒字
  • 週刊東洋経済 2019年12月28日号「【特集 2020大予測】 Part6 消費・生活 Interview 094 食品 カゴメ 社長 山口聡 野菜の需要は拡大していく」
    • [164]2014年 寺田直行が社長に就任し「トマトの会社から、野菜の会社に」を長期ビジョンに掲げた
  • カゴメ 有価証券報告書(連結財務諸表 作成の基本となる事項)
    • [165]2015年12月期から会計基準を日本基準(JGAAP)から国際会計基準(IFRS)へ移行
  • 週刊東洋経済 2017年3月25日号「ニュース最前線02 急増する機能性表示食品 問われる企業の倫理性」
    • [166]2016年2月 1933年発売のカゴメトマトジュースに機能性表示を追加、出荷数量73%増
    • [167]リコピンの健康機能について1,300本以上の論文を調査
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [168]2019年4月 国内食品メーカー5社で物流会社F-LINEを設立
    • [169]2010年7月 Kagome Australia Pty Ltd.と子会社2社を設立

初の技術系社長とインゴマー子会社化による海外事業の拡大

2020年1月、山口聡氏が社長に就いた[170]。1960年生まれ、1983年に東北大学農学部食糧化学科を卒業してカゴメに入り、商品企画部やイノベーション本部を経た技術系出身[171]で、同社では初めての経歴である。就任前のインタビューで山口聡氏は「国内は人が減っているので海外市場は重要[172]」と述べ、東アジアでの野菜飲料の販売に力を入れる方針を示した。当時の農事業は全社売上高2,000億円のうち5%にとどまり[173]、長期的には海外でも農事業を広げたいと語った[174]。2020年の食品業界については人手不足と健康志向を注目点に挙げ、調理の手間を減らす商品と、野菜を取りたい消費者に絞った商品づくりが要る[175]と述べた。

  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【役員の状況】
    • [170]2020年1月 山口聡が社長に就任
  • 週刊東洋経済 2019年12月28日号「【特集 2020大予測】 Part6 消費・生活 Interview 094 食品 カゴメ 社長 山口聡 野菜の需要は拡大していく」
    • [171]山口聡は1960年生まれ、1983年東北大学農学部食糧化学科卒でカゴメ初の技術系出身社長
    • [172]山口聡の発言「国内は人が減っているので海外市場は重要」
    • [173]当時の農事業は全社売上高2,000億円のうち5%
    • [174]長期的には海外でも農事業を拡充する方針
    • [175]2020年の食品業界の注目点として人手不足と健康志向を指摘

2024年1月、カゴメは米国カリフォルニア州で加工用トマトの一次加工を手がけるインゴマー・パッキング・カンパニーの持分を追加取得し、連結子会社と[176]した。山口聡氏は判断の理由として、気候変動で干ばつなどの災害が増え農業用水の制限が年々厳しくなってトマトの作付面積を急に増やしにくくなったこと[177]、カリフォルニアの一次加工の過剰生産能力が3社4工場の撤退によって解消されたこと[178]を挙げた。従来は5年ごとに上下してきた一次加工品の市況が、以前のように急落する状況ではなくなった[179]という読みであった。国際事業の売上高は2023年12月期の631億円から2024年12月期には1,295億円へ倍増し[180]、連結売上高は3,069億円、営業利益は362億円、純利益は250億円となった。

  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [176]2024年1月 Ingomar Packing Companyの持分を追加取得し連結子会社化
  • カゴメ 2023年12月期決算説明会 質疑応答(2024年2月2日)
    • [177]子会社化の理由(気候変動による農業用水制限で作付面積を急拡大しにくい)
    • [178]カリフォルニアの一次加工の過剰生産能力が3社4工場の撤退で解消
    • [179]5年ごとに上下してきた一次加工品市況が以前のようには急落しないとの見通し
  • カゴメ 有価証券報告書(連結セグメント情報)
    • [180]国際事業売上高 2023年12月期631億円→2024年12月期1,295億円

2025年12月期の売上高は2,943億円、営業利益は226億円、純利益は148億円と、いずれも前期を下回った。2025年9月29日、カゴメは2026年1月1日付で常務執行役員の奥谷晴信氏を社長に、山口聡氏を会長とする人事[181]を発表した。奥谷晴信氏はインゴマー社の経営統合を主導した実績を買われての登用で[182]、「海外成長をさらに加速させていくことが大きな役割、使命だ[183]」と述べた。カゴメは2035年に目指す姿を「農から食にわたる技術革新をリードし、自然の可能性を共に拓く会社[184]」と定めている。株主数は2025年12月31日時点で24万1,577人にのぼり、個人・その他が保有比率の63.02%[185]を占めた。

    • [181]2025年9月29日 2026年1月1日付で奥谷晴信を社長・山口聡を会長とする人事を発表
    • [182]奥谷晴信はインゴマー社の経営統合を主導した実績で社長に登用
    • [183]奥谷晴信の発言「海外成長をさらに加速させていくことが大きな役割、使命だ」
    • [184]2035年に目指す姿「農から食にわたる技術革新をリードし、自然の可能性を共に拓く会社」
  • カゴメ「株主の状況」(2025年12月31日現在)
    • [185]株主数 2025年12月31日時点 24万1,577人・個人その他の保有比率63.02%
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【役員の状況】
    • [170]2020年1月 山口聡が社長に就任
  • 週刊東洋経済 2019年12月28日号「【特集 2020大予測】 Part6 消費・生活 Interview 094 食品 カゴメ 社長 山口聡 野菜の需要は拡大していく」
    • [171]山口聡は1960年生まれ、1983年東北大学農学部食糧化学科卒でカゴメ初の技術系出身社長
    • [172]山口聡の発言「国内は人が減っているので海外市場は重要」
    • [173]当時の農事業は全社売上高2,000億円のうち5%
    • [174]長期的には海外でも農事業を拡充する方針
    • [175]2020年の食品業界の注目点として人手不足と健康志向を指摘
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
    • [176]2024年1月 Ingomar Packing Companyの持分を追加取得し連結子会社化
  • カゴメ 2023年12月期決算説明会 質疑応答(2024年2月2日)
    • [177]子会社化の理由(気候変動による農業用水制限で作付面積を急拡大しにくい)
    • [178]カリフォルニアの一次加工の過剰生産能力が3社4工場の撤退で解消
    • [179]5年ごとに上下してきた一次加工品市況が以前のようには急落しないとの見通し
  • カゴメ 有価証券報告書(連結セグメント情報)
    • [180]国際事業売上高 2023年12月期631億円→2024年12月期1,295億円
    • [181]2025年9月29日 2026年1月1日付で奥谷晴信を社長・山口聡を会長とする人事を発表
    • [182]奥谷晴信はインゴマー社の経営統合を主導した実績で社長に登用
    • [183]奥谷晴信の発言「海外成長をさらに加速させていくことが大きな役割、使命だ」
    • [184]2035年に目指す姿「農から食にわたる技術革新をリードし、自然の可能性を共に拓く会社」
  • カゴメ「株主の状況」(2025年12月31日現在)
    • [185]株主数 2025年12月31日時点 24万1,577人・個人その他の保有比率63.02%

カゴメの沿革1899〜2024年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
創業者蟹江一太郎西洋野菜の栽培に着手、最初のトマトの発芽を見る
トマトソースの製造・販売を開始★★
トマトケチャップ・ウスターソースの製造・販売を開始
愛知トマトソース製造設立
カゴメ印 商標登録
上野工場竣工、製造設備を近代化
愛知トマト製造に改組
トマトジュースを発売★★
愛知トマト製造・愛知海産興業・滋賀罐詰・愛知商事・愛知罐詰興業の5社が合併★★
愛知トマトを設立
米デルモンテとの合弁提携の拒否と、契約栽培による国産・自主路線資本自由化で迫る巨大外資に、蟹江一太郎社長はなぜ提携の手を取らず単独で迎え撃ったか 詳細を読む★★★
栃木工場竣工
研究所を新設
カゴメに商号変更
台湾可果美股份有限公司を合弁・設立、海外トマト原料調達に着手★★
富士見工場竣工
カゴメ興業(カゴメ物流サービス)を物流子会社として設立(2019年 F-LINEに統合)
東京本部開設
名古屋証券取引所市場第二部に株式上場
名古屋証券取引所市場第一部に指定替
東京証券取引所市場第一部に株式上場
蟹江英吉ブランドマークを に変更
蟹江嘉信東京本部を東京本社に商号変更し2本社制に移行
蟹江嘉信野菜飲料「野菜生活100」を発売★★
伊藤正嗣「農業への原点回帰」による生鮮トマト事業への参入と自社菜園の全国展開加工用トマトの契約栽培で育った会社は、なぜ自ら生食用トマトを栽培する道を選んだか 詳細を読む★★★
伊藤正嗣KAGOME INC.設立
伊藤正嗣現在地(日本橋浜町三丁目21番1号日本橋浜町Fタワー)に東京本社を移転
伊藤正嗣企業理念(「感謝」「自然」「開かれた企業」)を発表
伊藤正嗣株主を「ファン」に変える——個人株主10万人構想と安定株主基盤の構築持ち合い解消の受け皿を誰に求めるか——カゴメが選んだ「個人こそ最大の安定株主」という解 詳細を読む★★★
喜岡浩二連続ヒットを生む「野戦型」商品開発改革単発のヒットに頼らず、なぜ喜岡社長は新商品比率を指標に据えて開発の体質そのものを変えようとしたのか 詳細を読む★★★
喜岡浩二可果美(杭州)食品有限公司設立(2017年 清算結了)
西秀訓Kagome Australia Pty Ltd.と子会社2社を設立
寺田直行Kagome Senegal Sarl設立
寺田直行国内食品メーカー5社で物流会社F-LINEを設立★★
山口聡カゴメアグリフレッシュ設立
山口聡プライム市場に移行
山口聡DXAS Agricultural Technology Lda設立
山口聡Ingomar Packing Company, LLCの持分を追加取得し子会社化★★
出典・参考
  • 証券アナリストジャーナル 1979年1月号「カゴメ 食生活の洋風化を背景に急伸」(下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨)
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【沿革】
  • カゴメ社史「カゴメの歴史」(2017年)
  • 証券 1978年11月号(30巻11号)「新規上場会社紹介 カゴメ株式会社」
  • カゴメ 有価証券報告書 第81期(2024年12月期)【役員の状況】
  • 日経ビジネス 1972年8月21日号「自由化の"嵐"に耐えられるか」
  • 日経ビジネス 1988年6月6日号「カゴメの農産物自由化対策 慎重?及び腰?米国への第一歩」
  • 証券アナリストジャーナル 1993年12月号 別冊付録「企業」「カゴメ」(蟹江嘉信・カゴメ社長 講演要旨)
  • 日経ビジネス 1993年3月15日号「カゴメ 押し込み販売体質を転換 小売店密着で"脱トマト"」
  • 週刊東洋経済 2002年1月19日号「〔特集〕不屈の経営者21人の神髄 意識改革へあえて「集中と成長」カゴメ 伊藤正嗣社長」
  • 日経流通新聞(1999年)
  • 週刊東洋経済 1998年4月18日号「〔特集〕リストラ地獄の恐怖 97年度の特別大損失を総ざらい」
  • 週刊東洋経済 1999年10月2日号「〔特集〕全内幕「遺伝子組み換え食品」表示義務化の全内幕」
  • 週刊東洋経済 2003年9月13日号「〔The Headline/ニュース最前線〕5th 持ち合い株解消対策 個人株主は"売らない"! 先駆者カゴメの結論」
  • 日経リスキリング(2018年5月8日)「「開かれたカゴメ」へ サラリーマン社長たちの改革魂」
  • 週刊東洋経済 2002年10月12日号「〔News&Forecast/主役脇役〕カゴメ 注目は"内政型"新社長の外交手腕」
  • 週刊東洋経済 2007年7月28日号「大ヒット飲料連打の裏側 新しい市場創出に実る カゴメの「野戦型」改革」
  • 週刊東洋経済 2003年8月2日号「〔特集〕「高く売る」マーケティング 値下げ競争よ、さようなら」
  • 週刊東洋経済 2005年8月20日号「マーケティングの達人に会いたい 第91回カゴメ 「野菜一日これ一本」 「驚き」と「言い切り」で20代を攻略」
  • カゴメ 有価証券報告書(2007年3月期・単体)
  • 週刊東洋経済 2004年9月11日号「地方発Reborn 和歌山 塩漬け状態に終止符打つ関空の土取り跡地 特区援用しカゴメ誘致に成功はしたものの…」
  • 週刊東洋経済 2008年11月15日号「特集 円高で強くなる! 変わる業界地図 新成長への5つのエンジン【1】川上シフト」
  • 日経産業新聞(2014年)「苦節10余年で収穫期へ」
  • カゴメ 有価証券報告書(連結セグメント情報)
  • 週刊東洋経済 2014年1月31日号「【特集 強い農業】 PART2 企業が農業を変える 企業参入 第3次ブームの幕開け」
  • 週刊東洋経済 2019年12月28日号「【特集 2020大予測】 Part6 消費・生活 Interview 094 食品 カゴメ 社長 山口聡 野菜の需要は拡大していく」
  • カゴメ 有価証券報告書(連結財務諸表 作成の基本となる事項)
  • 週刊東洋経済 2017年3月25日号「ニュース最前線02 急増する機能性表示食品 問われる企業の倫理性」
  • カゴメ 2023年12月期決算説明会 質疑応答(2024年2月2日)
  • 日本経済新聞(2025年9月29日)
  • 日本経済新聞(2025年12月9日)
  • カゴメ 社長メッセージ(公式サイト)
  • カゴメ「株主の状況」(2025年12月31日現在)

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