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  "updated": "2026-09-05",
  "license": "© 2026 Yutaka Sugiura. All rights reserved.",
  "attribution": "The社史 (the-shashi.com) — https://the-shashi.com/tse/2811/",
  "title": "カゴメの歴史概略",
  "summary": {
    "title": "サマリー",
    "text": "",
    "description": "カゴメの歴史。1899年、蟹江一太郎氏が愛知で西洋野菜の栽培に着手し、トマトソースとケチャップへ。デルモンテとの合弁提案の拒否、野菜生活100、個人株主10万人構想までの沿革と経緯を執筆。"
  },
  "eras": [
    {
      "title": "売れなかったトマトを加工品に変え、契約栽培で原料を握るまでの創業期",
      "start_year": 1899,
      "end_year": 1962
    },
    {
      "title": "資本自由化で上陸した外資を契約栽培で退け、農産物自由化への備えに転じた時代",
      "start_year": 1963,
      "end_year": 1990
    },
    {
      "title": "商品数の膨張と米国事業の失敗を経て、非創業家社長が立て直しに動いた時期",
      "start_year": 1991,
      "end_year": 2009
    },
    {
      "title": "生鮮トマトの黒字化から「野菜の会社」へ、海外事業を膨らませていった時期",
      "start_year": 2010,
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  "founding": [
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      "start_year": 1899,
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      "main_title": "売れなかったトマトを加工品に変え、契約栽培で原料を握るまでの創業期",
      "subsections": [
        {
          "title": "軍隊で受けた助言から始まった西洋野菜の栽培と加工への転身",
          "text": "1899年、愛知県知多郡東海町（現・東海市）で農業を営んでいた蟹江一太郎氏は、軍隊で上官から『これからは米や麦だけ作っているのでは駄目だ。西洋野菜をやれ』と勧められ、除隊後に玉ネギ・キャベツ・トマトの栽培を始めた。同年に最初のトマトの発芽を見たものの、トマトは日本人の食生活になじまず、さっぱり売れなかった。蟹江一太郎氏は売れ残るトマトを加工へ回す道を選び、1903年にトマトソース（現在のトマトピューレー）の試作に成功した。わが国で最初のトマトの加工品であった。1908年にはトマトケチャップとウスターソースの製造・販売にも乗り出した。\n\n1914年12月、蟹江一太郎氏は愛知トマトソース製造合資会社を設立し、個人経営から法人へ移った。1917年4月には六角形の籠目模様による『カゴメ印』を商標登録した。1919年6月に上野工場が竣工して製造設備が整い、1923年4月には株式会社へ組織を変更して商号を愛知トマト製造株式会社とした。1933年8月にはトマトジュースを発売し、ケチャップ・ピューレー・ジュースという三つの製品群がそろった。創業者が唱えた社是は『和風協力』で、人と和し、協力して仕事をするという意味を込めたものであった。",
          "references": [
            {
              "title": "証券アナリストジャーナル 1979年1月号（下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨）",
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        {
          "title": "契約栽培の組織化と関係5社の合併による全国メーカー化",
          "text": "1916年、蟹江一太郎氏は原料調達を安定させるため愛知県の農業組織と契約し、加工用トマトの栽培を組織化した。農家と毎年、面積・品種・価格を取り決め、収穫したトマトを決められた価格で全量買い取り、その栽培については責任をもって指導にあたる方式であった。品質を加工に合わせて作り込める原料を、安定した価格で確保するための仕組みであった。この契約栽培は創業以来続き、1970年代末には農協および経済連を通じた農家との直接契約という形をとっていた。加工用トマトは畑で真赤に完熟したものを収穫してすぐ工場へ運び、ジュースであれば搬入から缶詰になるまで6〜7分しかかからない。青いうちに採って流通段階で赤くする生食用と比べ、栄養価には大きな差が生まれた。\n\n第二次大戦から戦後にかけては極度の物資不足が続き、愛知トマト製造株式会社の関係事業は5社に分かれていた。1949年8月、同社は創業50周年を機に関連事業の集約を図り、愛知商事・愛知罐詰興業・滋賀罐詰・愛知海産興業の関係4社を吸収合併して、資本金1,500万円の愛知トマト株式会社となった。本店は名古屋市に置いた。同じ年の4月に東京連絡所（現・東京支店）、7月に大阪出張所（現・大阪支店）を開き、東京と大阪に販売拠点を設けた。1950年代を通じて化学肥料が普及し、日本の食卓にキャベツなどの西洋野菜が並ぶなかで、カゴメは乾物問屋を中心にケチャップの販路を整えた。\n\n生活水準の向上とともに食生活の洋風化が進み、ソースやトマトケチャップの需要が増えた。これに応じて原料の契約栽培は愛知県から1952年に長野県、1961年に栃木県、1962年に茨城県へと産地を広げ、1970年代末には9県に及んだ。主要な原料産地には工場を置き、1961年7月に栃木工場（現・那須工場）、1962年6月に茨城工場が竣工した。1961年4月にはカゴメビル株式会社（現・カゴメアクシス株式会社）を本社ビルの管理会社として設立し、1962年7月に名古屋支店、同年9月に研究所を開いた。売上高は1955年の14億7,800万円から伸び、1962年に蟹江一太郎氏は長男の蟹江一忠氏へ経営を譲った。",
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              "title": "証券アナリストジャーナル 1979年1月号（下浦静平・カゴメ専務取締役 講演要旨）",
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          "text": "1960年、日本政府が資本自由化の方針を決め、巨大外資の日本上陸が現実味を帯びた。この頃、対日進出をうかがった米デルモンテが三井物産を介して合弁会社の設立を持ちかけたが、社長の蟹江一太郎氏はこれを断った。断った理由について蟹江一太郎氏は、製品が全く同じでカゴメにとっての利点はなく、同じ国内での競争なら負けない自信があったからだと語った。カゴメは1916年から加工用トマトの契約栽培を組織してきており、原料を押さえたまま単独で外資を迎え撃つ道を選んだ。トマト加工食品のパイオニアとして『トマトはカゴメ』というブランドイメージも浸透していた。\n\n提携を断られたデルモンテは、キッコーマンおよび三井物産と組んで1963年に日本カルパックを設立し、両社の販路でケチャップを売り出した。米ハインツも日魯漁業との合弁で参入したため、カゴメはトマト分野で二つの外資連合を同時に相手取った。1963年4月には商号をカゴメ株式会社に変更し、商品ブランドと社名を一致させた。ブランド名と社名は同じほうがよいという考えからであった。1962年に父から経営を継いだ蟹江一忠氏がこの競争を引き受け、外資の側も原料は国内に求めるほかない以上、競争はカゴメが長年耕してきた土俵の上で起きた。\n\n1960年代を通じて、ハインツ・日魯連合とデルモンテ・キッコーマン連合はいずれも日本のトマト市場でカゴメに敗れた。外資の進出から10年を経た1972年、カゴメのシェアはケチャップで82%、トマトジュースで64%を保っていた。カゴメが早くから原料トマトの生産に契約栽培の制度を導入し、加工用トマト畑の74%を確保していたことが、その強さの最大の理由に数えられた。原料の国内調達義務も、外資に対する守りとして働いた。1965年以降は業界への新規参入が活発になり、キリンも1976年頃からトマトジュースと野菜ジュースを手がけた。カゴメはこれをマイナスとは受け止めず、参入の増加がそれだけ市場を広げ、新規需要の開拓に役立ったと見ていた。",
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          "text": "1967年10月、カゴメは台湾に現地資本との合弁で台湾可果美股份有限公司を設立した。出資比率は40%、工場は台南市に置いた。設立の趣旨は日本への原料供給ではなく台湾全土での販売と東南アジア・中近東への輸出にあったが、のちにカゴメは同社からトマトペーストを輸入し、原料調達の多様化にも使った。1968年7月に富士見工場が竣工し、1971年3月にはカゴメ興業株式会社（のちのカゴメ物流サービス株式会社）を物流子会社として設立、1972年4月に東京本部を開いた。台湾可果美は1970年代末までに軌道へ乗り、業績も伸びていた。\n\n1976年11月、カゴメは名古屋証券取引所市場第二部に株式を上場した。公募増資で得た資金を借入金の返済にあて、自己資本比率は1976年3月期の16.8%から翌期には25.9%へ上がり、固定比率も153.9%から95.1%へ改善した。1978年9月に名古屋証券取引所市場第一部へ指定替となり、同年11月1日には4,520千株を1株1,145円で公募して東京証券取引所市場第一部に上場した。上場時の資本金は24億7,000万円、従業員数は1,345人であった。事業所は名古屋本社と東京本部、栃木工場ほか7工場、東京支店ほか10支店、宇都宮営業所ほか2営業所、青森出張所ほか11出張所に及んでいた。\n\n上場時点のカゴメは、1978年3月期の売上高のうちトマトケチャップが263億円で38.9%、トマトジュースが196億円で28.9%、ソース製品が101億円で15.0%を占めていた。同期の市場占有率はトマトケチャップ73.3%、トマトジュース50.9%、ソース製品27.6%、リンゴジュース26.2%、野菜ジュース23.4%で、いずれも第1位である。契約栽培で確保する原料トマトは全国の加工用トマト生産量の52%にのぼり、販売を受け持つ特約店は166社を数えた。売上高は1955年の14億7,800万円から1978年3月期には675億4,900万円に達した。ただし1977年3月期には大手ビールメーカーがトマトジュース分野へ新規参入し、これに応じた販売促進費と広告宣伝費の増加が営業利益率を下げた。",
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          "title": "スカイ計画による原料の海外シフトと米国自社工場の決断",
          "text": "1983年、カゴメは経営体質を一新する5カ年計画『スカイ計画』を始めた。輸入自由化への対応を急ぎ、それまで原料の8割近くを占めていた国産トマトの比率を1988年には3割まで下げた。1982年からの2年間で世界中のトマト産地を回り、カゴメの製品に最も適したペーストを作る国を探した結果、トルコのタット社とチリのマヨワ社と原料供給の契約を結んだ。台湾を加えた三つの産地で、ジュースを除くトマト関連製品に必要なペースト約13万トンを確保できるまでになった。スカイ計画は1,000億円企業を目標に掲げ、1988年にこれを達成した。1983年5月にはブランドマークも変更した。\n\n1988年2月2日、ジュネーブで開かれたガット理事会で日本は農産物10品目の自由化勧告を受諾し、トマトケチャップ・トマトジュース・トマトソースを含む8品目の輸入割当枠撤廃が決まった。原料の加工用トマトの価格は国産が1キロ約50円、米国は約10円と5分の1で、缶のコストも米国は日本の半分程度であった。1988年6月、カゴメは米国カリフォルニア州に現地法人を設立し、2年後をめどに自社工場を建てて米国内で調達した原料から業務用トマトケチャップを生産する計画を発表した。蟹江英吉社長は『食品業界も国境のないビジネスになったということです』と語った。\n\n米国進出は、当時カゴメと契約していた加工用トマトの栽培農家の反発を招いた。契約農家は全国に約3,700戸あり、カゴメは国内生産量14万6千トンのうち約7万トンを買い取る最大のユーザーであった。1978年をピークに国内のトマトジュース需要が減り、ペーストの輸入が増えたため契約量は激減して、2万戸近くあった契約農家は半分に減り、副業として作っていた農家はすべて脱落した。蟹江英吉社長は米国進出が報じられた直後に『ジュースの国内生産はやめない』と表明したが、日本最大のトマト産地である長野県の農家からは、実施時期も決まっていない自由化を理由に初の値下げに応じさせられた直後の工場進出だとして猛反発が起きた。",
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              "title": "カゴメ社史「カゴメの歴史」（2017年）",
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              "title": "証券 1978年11月号（30巻11号）",
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              "title": "日経ビジネス 1972年8月21日号",
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              "title": "証券アナリストジャーナル 1993年12月号 別冊付録（蟹江嘉信・カゴメ社長 講演要旨）",
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  "overview": [
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      "label": "創業",
      "text": "1899年、蟹江一太郎氏が愛知県知多郡で西洋野菜の栽培に着手し、最初のトマトの発芽を見た。ところが生のトマトは日本の食卓になじまず、作っても売れずに捨てるほかなかった。保存と輸送の利く加工品なら値が付くと見て、1903年にトマトソース、1908年にトマトケチャップとウスターソースの製造・販売を始めている。1914年12月に愛知トマトソース製造合資会社を設立し、1917年4月にカゴメ印を商標登録した。商号は1923年に愛知トマト製造、1949年に関係5社の合併で愛知トマト、1963年4月にカゴメへと改まる。1933年にはトマトジュースを発売し、畑から加工までを一社で抱える形が創業から三十年あまりで固まった。"
    },
    {
      "label": "決断",
      "text": "多角化で行き詰まるたび、農業と商品開発という自前の工程へ戻ってきた。1980年代に薬草飲料・パスタ・米国での現地生産へ広げた多角化は実らず、1991年に社長へ就任した蟹江嘉信氏は約1,000あった商品を600品目ほどへ絞った。1996年には『農業への原点回帰』を掲げ、1998年に茨城県美野里町の農家と農業法人を設立して[自社の大型温室で生食用トマトの生産を始めた](/tse/2811/decisions/fresh-tomato-farming-1998/)。加工用トマトを農家に作らせて買い取る会社が、生食用の野菜を自ら育てる側へ回った転換で、生鮮野菜が黒字を確保するまでに十年余りを要した。2002年10月には喜岡浩二氏が[単発のヒットに依存しない開発の仕組みを入れ](/tse/2811/decisions/yasen-reform-2002/)、売上高に占める新商品比率20%以上を数値目標に据えて全社員から提案を募った。『野菜一日これ一本』など年商100億円級の商品が続き、2007年3月期は売上高・経常利益とも過去最高を更新した。"
    },
    {
      "label": "現況",
      "text": "国内で売る野菜飲料と、米国で作る加工用トマトが現在の二つの収益源である。2025年12月期の連結売上高は2,942億円、営業利益は226億円で、いずれも前期を下回った。国内加工食品事業が売上1,573億円・利益155億円、国際事業が1,148億円・92億円で、米国売上は803億円にのぼる。国際事業は2024年1月のインゴマー社の子会社化で2023年12月期の631億円から翌期に1,295億円へ倍増したが、2025年12月期は1,148億円へ戻り、利益も139億円から92億円へ減った。2001年8月には[金融機関の放出株を個人投資家へ振り向け](/tse/2811/decisions/fan-shareholders-2001/)、株主数は2025年12月末で24万1,577人、個人・その他が63.02%を占める。トマトジュースを飲む人が株主名簿に載る構造が、持ち合い解消後の安定株主を作った。"
    },
    {
      "label": "競合",
      "text": "外資に対して守ったのは商標ではなく、加工用トマトの畑だった。1960年、資本自由化を前に米デルモンテが三井物産を介して合弁を持ちかけると、蟹江一太郎氏は[これを断って契約栽培による国産・自主路線を選んだ](/tse/2811/decisions/delmonte-rejection-1960/)。デルモンテはキッコーマン・三井物産との合弁で1963年に日本カルパックを設立して上陸し、ハインツも[日魯漁業との合弁で参入した](/tse/1331/)。カゴメは1916年から組織化してきた契約栽培で加工用トマト畑の74%を確保し、外資の進出から約10年後の1972年もケチャップ82%・トマトジュース64%のシェアを保った。ただし畑を握る競争優位は国内の作付面積に縛られ、気候変動で農業用水の制限が厳しくなると増産が利かない。2024年1月の米インゴマー社の子会社化は、外資の本拠地であるカリフォルニアの畑と一次加工を自らの側へ移した。"
    }
  ],
  "profile": [
    {
      "key": "founding_business",
      "label": "祖業",
      "value": "トマトの栽培とトマトソースの製造"
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      "key": "current_issue",
      "label": "現在の注力課題",
      "value": "加工用トマトの海外調達と国際事業の拡大",
      "tags": [
        "海外展開",
        "垂直統合"
      ]
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  "foundingChapters": 2
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