カルビー の歴史

更新:

1949年、松尾孝氏が広島で松尾糧食工業を設立。かっぱえびせんとじゃがりこ、カルビーポテトによる原料内製化、松本晃氏の収益改革までの沿革と経緯を執筆。

創業

1949年

創業者

松尾孝

創業地

広島県広島市

直近売上高(2026/3)

3,402億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ広島の小さな菓子メーカーだったカルビーが1964年に全国ブランドへ届いたのか
A 全国流通網を持たない広島の地方メーカーが大手と同じ土俵で戦っても勝てず、新しい菓子カテゴリで足場を築くしかなかったためである。1949年に松尾孝氏が被爆4年後の広島で松尾糧食工業を設立し、1955年には安く大量に輸入されていた小麦粉から日本初の小麦あられ「かっぱあられ」を作った。1964年発売の「かっぱえびせん」はエビを練り込んだ新カテゴリのスナックで、定番商品として首都圏の問屋網に乗り、広島の地方メーカーが全国ブランドを擁する量産メーカーへと位置を変えた
Q なぜ1973年に主原料を小麦からじゃがいもへ切り替えたのか
A じゃがいもは小麦と異なりほぼ全量を国内産で調達する必要があり、調達網を自社で組まない限り量産できなかったためである。1973年に主原料を芋へ切り替えたカルビーは、1980年にカルビーポテトを北海道帯広市に設立し、契約農家との直接取引で原料の品質と数量を確保した。生鮮の芋を短時間で処理する工場を宇都宮から広島まで全国に並べ、原料・生産・物流を自社で束ねた。この垂直統合がポテトチップス市場での寡占と、フルグラ・じゃがりこへの多角化を支えた
Q なぜ2009年に創業家経営から外部資本と外部経営者を受け入れたのか
A 少子化で国内市場が伸び悩むなか、長年棚上げしていたペプシコとの提携を決着させ、上場で成長資金を得る決断が必要だったためである。2009年7月、カルビーはカーライル・グループとPepsiCo, Inc.の資本提携を受け入れ、ペプシコ傘下のジャパンフリトレーを子会社化した。同年6月にはジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人を率いた松本晃氏を代表取締役会長兼CEOに招き、就任時に1〜2%だった営業利益率を集中購買と稼働率改善で約10%へ引き上げ、2011年3月の東証一部上場につなげた

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1949年〜 米国産の輸入小麦をあられに変え、かっぱえびせんで全国の流通網を掴む

  1. 1949年 松尾糧食工業所を法人に改組し松尾糧食工業を設立
  2. 1955年 カルビー製菓に商号変更
  3. 1964年 「かっぱえびせん」発売
  4. 1968年 宇都宮工場操業開始
  5. 1969年 千歳工場(現北海道工場)操業開始
  6. 1970年 Calbee America, Inc.を設立

未利用の食糧資源を小麦あられに変えた出発

1949年4月、原爆投下から4年後の広島市で、松尾孝氏[1]は松尾糧食工業所を法人に改組し、松尾糧食工業株式会社を設立した[2]。1955年5月には社名をカルビー製菓株式会社へ改め[3]、カルシウムの「カル」とビタミンB1の「ビー」を組み合わせた造語[4]を商号に据えた。同じ年、松尾氏は米国から安く大量に輸入されていた小麦粉が米とほとんど同じ成分であることに着目[5]し、小麦粉でも米と同じようにあられが作れるはずだと考えて実験を重ね、日本初の小麦あられ「かっぱあられ」[6]を生んだ。松尾氏は未利用の食糧資源を活用するという考えを掲げ[7]、20歳のときに聴いた「一人・一研究」という言葉[8]を仕事の指針としていた。

  • カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
    • [1]創業者 松尾孝
    • [4]社名の由来 カルシウムの「カル」とビタミンB1の「ビー」の造語
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1949年4月 松尾糧食工業所を法人改組し松尾糧食工業㈱(広島県広島市)を設立
    • [3]1955年5月 カルビー製菓㈱へ社名変更
  • カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
    • [5]1955年 輸入小麦粉が米とほぼ同成分という着目
    • [6]日本初の小麦あられ「かっぱあられ」
    • [7]松尾孝の指針「未利用の食糧資源を活用する」
    • [8]20歳で聴いた「一人・一研究」が指針

1964年1月、カルビー製菓は「かっぱえびせん」を発売した[9]。松尾氏が瀬戸内海で干されていた小えびを見かけ、子どものころに母が丸ごと天ぷらにしてくれた小えびを思い出し、大好物のえびを小麦あられに入れられないかと着想した[10]ことが開発の始まりであった。試行錯誤の末に新鮮な天然えびを殻ごと使う製法[11]へたどり着き、風味とカルシウムを併せ持つ菓子ができた。ここで固まった自然のおいしさを丸ごと使うという考え方[12]は、その後の商品開発にも引き継がれた。

  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [9]1964年1月「かっぱえびせん」発売
  • カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
    • [10]瀬戸内海の小えびと幼時の記憶から着想
    • [11]天然えびを殻ごと使う製法
    • [12]「自然のおいしさを丸ごと使用する」考え方の確立
  • カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
    • [1]創業者 松尾孝
    • [4]社名の由来 カルシウムの「カル」とビタミンB1の「ビー」の造語
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1949年4月 松尾糧食工業所を法人改組し松尾糧食工業㈱(広島県広島市)を設立
    • [3]1955年5月 カルビー製菓㈱へ社名変更
    • [9]1964年1月「かっぱえびせん」発売
  • カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
    • [5]1955年 輸入小麦粉が米とほぼ同成分という着目
    • [6]日本初の小麦あられ「かっぱあられ」
    • [7]松尾孝の指針「未利用の食糧資源を活用する」
    • [8]20歳で聴いた「一人・一研究」が指針
    • [10]瀬戸内海の小えびと幼時の記憶から着想
    • [11]天然えびを殻ごと使う製法
    • [12]「自然のおいしさを丸ごと使用する」考え方の確立

需要地への工場配置と、最初の海外拠点

1967年、カルビー製菓はニューヨークの国際菓子博覧会へ出展し、好評を得た[13]。生産の拠点も広島の外へ広がり、1968年4月に栃木県宇都宮市で宇都宮工場が操業を開始した[14]。1969年11月には北海道千歳市の千歳工場(現北海道工場)[15]が続き、広島の一拠点から、消費地の関東と原料産地の北海道へ生産を分けて置く形へ移った。かっぱえびせんはのちに売上高100億円規模の商品へ育ち[16]、広島の地場メーカーだった同社に全国で売れる定番をもたらした。

  • カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
    • [13]1967年 ニューヨークの国際菓子博覧会に出展
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1968年4月 宇都宮工場(栃木県宇都宮市)操業開始
    • [15]1969年11月 千歳工場(北海道千歳市、現北海道工場)操業開始
  • カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
    • [16]かっぱえびせんは売上高100億円規模へ

1970年3月、カルビー製菓は米国カリフォルニア州にCalbee America, Inc.を設立[17]し、最初の海外拠点を置いた。かさばるスナック菓子は輸送費が高くつく割に単価が安く、日本からの輸出では採算が合わない[18]。そのため同社の海外事業は現地で製造して現地で売る形を基本とし[19]、進出のたびに工場を建てるところから始める必要があった。単独では出て行かず現地の相手と組む方針も重なって[20]、海外での製造販売がまとまった売上を生むまでには長い時間がかかった。

  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [17]1970年3月 Calbee America, Inc.(米国カリフォルニア州)を設立
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [18]スナック菓子は輸送費が高く単価が安いため輸出では採算が合わない
    • [19]海外事業は現地での製造販売が基本で工場建設から始まる
    • [20]自社単独ではなくパートナーと組む戦略のためめぼしい成果が出ていなかった
  • カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
    • [13]1967年 ニューヨークの国際菓子博覧会に出展
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1968年4月 宇都宮工場(栃木県宇都宮市)操業開始
    • [15]1969年11月 千歳工場(北海道千歳市、現北海道工場)操業開始
    • [17]1970年3月 Calbee America, Inc.(米国カリフォルニア州)を設立
  • カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
    • [16]かっぱえびせんは売上高100億円規模へ
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [18]スナック菓子は輸送費が高く単価が安いため輸出では採算が合わない
    • [19]海外事業は現地での製造販売が基本で工場建設から始まる
    • [20]自社単独ではなくパートナーと組む戦略のためめぼしい成果が出ていなかった

1973年〜 主原料を小麦から芋へ移し、契約農家と全国の工場を自社に取り込む

  1. 1973年 本社を移転
  2. 1973年 カルビーに商号変更
  3. 1976年 宇都宮第2工場操業開始
  4. 1976年 滋賀工場(現関西びわこ工場)操業開始
  5. 1980年 Calbee Tanawat Co., Ltd.を設立
  6. 1980年 主原料を小麦から芋へ移し、カルビーポテト設立で原料調達を内製化した垂直統合 全国流通を掴んだ小麦菓子の量産メーカーは、なぜ原料調達網ごと芋の装置産業へ踏み込んだか
  7. 1983年 各務原工場(現岐阜かかみがはら工場)操業開始

本社の東京移転と、社名から「製菓」を外した業態転換

1973年6月、カルビー製菓は本社を広島市から東京都北区へ移した[21]。同年12月には社名をカルビー株式会社へ改め[22]、商号から「製菓」を外した。1975年2月に鹿児島工場[23]、9月に茨城県下妻市の下妻工場が操業を開始し、下妻工場の稼働と同時にポテトチップスを発売した[24]。主原料は輸入小麦から国産のじゃがいもへ移り[25]、調達の前提が入れ替わった。生のじゃがいもには輸入規制があって海外からの調達が難しく[26]、原料はほぼ全量を国内で確保する必要があった。

  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [21]1973年6月 本社を東京都北区へ移転
    • [22]1973年12月 カルビー㈱へ社名変更
    • [23]1975年2月 鹿児島工場(鹿児島県鹿児島市)操業開始
    • [24]1975年9月 下妻工場(茨城県下妻市)操業開始・ポテトチップス発売
  • カルビー 公式サイト 沿革(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/)
    • [25]主力を小麦菓子から芋のスナックへ移した
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [26]生のじゃがいもは輸入規制があり海外調達が難しい

1974年から、カルビーはじゃがいもを契約栽培で集め始めた[27]。北海道を中心に約2,000戸の農家と契約し、技術指導員の派遣や優良生産者への報奨[28]で栽培の質を管理した。1980年4月にタイ・バンコクへCalbee Tanawat Co., Ltd.を設立[29]し、同年10月には北海道帯広市にカルビーポテト株式会社を置いた[30]。カルビーポテトは原料の馬鈴しょを管理するグループ会社で、農家と栽培契約を結ぶ役割[31]を担った。日本で収穫されるじゃがいもの約1割を使う調達規模[32]となり、作柄の振れがそのまま生産量に響く構造も同時に抱えた。

  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [27]1974年からじゃがいもの調達体制を整備
    • [28]北海道中心に約2,000農家と契約・技術指導員派遣・優良生産者への報奨
    • [32]国内収穫量の約1割を使用し安定調達が課題
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [29]1980年4月 Calbee Tanawat Co., Ltd.(タイ バンコク)を設立
    • [30]1980年10月 カルビーポテト㈱(北海道帯広市)を設立
  • カルビー 公式サイト 沿革(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/)
    • [31]カルビーポテトは原料馬鈴しょを管理し農家と栽培契約を結ぶ会社
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [21]1973年6月 本社を東京都北区へ移転
    • [22]1973年12月 カルビー㈱へ社名変更
    • [23]1975年2月 鹿児島工場(鹿児島県鹿児島市)操業開始
    • [24]1975年9月 下妻工場(茨城県下妻市)操業開始・ポテトチップス発売
    • [29]1980年4月 Calbee Tanawat Co., Ltd.(タイ バンコク)を設立
    • [30]1980年10月 カルビーポテト㈱(北海道帯広市)を設立
  • カルビー 公式サイト 沿革(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/)
    • [25]主力を小麦菓子から芋のスナックへ移した
    • [31]カルビーポテトは原料馬鈴しょを管理し農家と栽培契約を結ぶ会社
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [26]生のじゃがいもは輸入規制があり海外調達が難しい
    • [27]1974年からじゃがいもの調達体制を整備
    • [28]北海道中心に約2,000農家と契約・技術指導員派遣・優良生産者への報奨
    • [32]国内収穫量の約1割を使用し安定調達が課題

全国への工場配置と、シリアル・じゃがりこという新カテゴリ

1976年5月に宇都宮第2工場[33]、同年11月に滋賀県湖南市の滋賀工場(現関西びわこ工場)[34]、1983年7月に岐阜県各務原市の各務原工場(現岐阜かかみがはら工場)[35]、1986年11月に広島県廿日市市の広島西工場(現広島はつかいち工場)が操業を開始し[36]、生鮮のじゃがいもを短い時間で処理する工場が産地と消費地の双方へ並んだ。1983年には包装に初めてアルミ蒸着フィルムを使い、1985年には全商品のパッケージへ広げた[37]。1990年4月には栃木県宇都宮市にスナックフード・サービス株式会社(現カルビーロジスティクス株式会社)を設立[38]して物流も自社に取り込み、1995年10月には宇都宮工場と宇都宮第2工場を統合した新宇都宮工場が操業を始めた[39]

  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [33]1976年5月 宇都宮第2工場操業開始
    • [34]1976年11月 滋賀工場(滋賀県湖南市、現関西びわこ工場)操業開始
    • [35]1983年7月 各務原工場(岐阜県各務原市、現岐阜かかみがはら工場)操業開始
    • [36]1986年11月 広島西工場(広島県廿日市市、現広島はつかいち工場)操業開始
    • [38]1990年4月 スナックフード・サービス㈱(現カルビーロジスティクス㈱)を設立
    • [39]1995年10月 宇都宮工場と宇都宮第2工場を統合し新宇都宮工場が操業開始
  • カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
    • [37]1983年に初めてアルミ蒸着フィルムを採用、1985年に全商品へ拡大

1988年、カルビーは中京地区でグラノーラとコーンフレークを発売し、シリアル市場へ参入した[40]。当時の国内シリアル市場は小売ベースで1986年の90億円から1988年に200億円へ伸び、1989年には320億円が見込まれる[41]急拡大の途中にあった。市場シェアは日本ケロッグが7割強を占め、残りをシスコ、ネッスル、カルビーが1割前後ずつ分け合い[42]、カルビーは穀物3種類とナッツ2種類を混ぜた日本初のグラノーラ[43]で割って入った。1989年7月には栃木県宇都宮市の清原工場が操業を開始し、シリアルを全国で発売した[44]。1991年3月には「フルーツグラノーラ」(現フルグラ)を[45]、1995年10月には「じゃがりこ」を発売した[46]

  • カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
    • [40]1988年 中京地区でグラノーラ・コーンフレークを発売しシリアル市場へ参入
  • 日経ビジネス 1989年9月11日号
    • [41]シリアル市場規模は小売ベースで1986年90億円→1988年200億円→1989年見込み320億円
    • [42]日本ケロッグが7割強、残りをシスコ・ネッスル・カルビーが1割前後ずつ
    • [43]カルビー製品は穀物3種類とナッツ2種類を混ぜた日本初登場のグラノーラ
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [44]1989年7月 清原工場(栃木県宇都宮市)操業開始・シリアル全国発売
    • [45]1991年3月「フルーツグラノーラ」(現フルグラ)発売
    • [46]1995年10月「じゃがりこ」発売
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [33]1976年5月 宇都宮第2工場操業開始
    • [34]1976年11月 滋賀工場(滋賀県湖南市、現関西びわこ工場)操業開始
    • [35]1983年7月 各務原工場(岐阜県各務原市、現岐阜かかみがはら工場)操業開始
    • [36]1986年11月 広島西工場(広島県廿日市市、現広島はつかいち工場)操業開始
    • [38]1990年4月 スナックフード・サービス㈱(現カルビーロジスティクス㈱)を設立
    • [39]1995年10月 宇都宮工場と宇都宮第2工場を統合し新宇都宮工場が操業開始
    • [44]1989年7月 清原工場(栃木県宇都宮市)操業開始・シリアル全国発売
    • [45]1991年3月「フルーツグラノーラ」(現フルグラ)発売
    • [46]1995年10月「じゃがりこ」発売
  • カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
    • [37]1983年に初めてアルミ蒸着フィルムを採用、1985年に全商品へ拡大
    • [40]1988年 中京地区でグラノーラ・コーンフレークを発売しシリアル市場へ参入
  • 日経ビジネス 1989年9月11日号
    • [41]シリアル市場規模は小売ベースで1986年90億円→1988年200億円→1989年見込み320億円
    • [42]日本ケロッグが7割強、残りをシスコ・ネッスル・カルビーが1割前後ずつ
    • [43]カルビー製品は穀物3種類とナッツ2種類を混ぜた日本初登場のグラノーラ

国内首位のシェアと、1%台にとどまった営業利益率

1994年2月に香港でCalbee Four Seas Co., Ltd.を設立[47]し、1997年11月に北海道帯広市のカルビーポテト帯広工場[48]、1999年6月に京都府綾部市の綾部工場(現京都工場)[49]が操業を開始した。2002年10月には中国広東省にCFSS Co. Ltd.を設立[50]し、2004年7月に栃木県宇都宮市でカルビーR&DDEセンター(現R&Dセンター)が稼働した[51]。2006年2月に広島県廿日市市の広島工場(現広島みやじま工場)が操業を開始し[52]、同年8月には米国オレゴン州にRDO-CALBEE FOODS, LLC[53]、11月には滋賀県湖南市にカルビー・イートーク株式会社[54]が加わった。

  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [47]1994年2月 Calbee Four Seas Co., Ltd.(香港)を設立
    • [48]1997年11月 カルビーポテト帯広工場(北海道帯広市)操業開始
    • [49]1999年6月 綾部工場(京都府綾部市、現京都工場)操業開始
    • [50]2002年10月 CFSS Co. Ltd.(中国広東省)を設立
    • [51]2004年7月 カルビーR&DDEセンター(現R&Dセンター)稼動開始
    • [52]2006年2月 広島工場(広島県廿日市市、現広島みやじま工場)操業開始
    • [53]2006年8月 RDO-CALBEE FOODS, LLC(米国オレゴン州)を設立
    • [54]2006年11月 カルビー・イートーク㈱(滋賀県湖南市)を設立

2004年のカルビーは、各務原工場を中核とする中部カンパニーのように、工場と事業を束ねたカンパニー制[55]を敷いていた。中部カンパニーの最高執行責任者を兼ねた長沼孝義取締役兼執行役員[56]は、消費者が求める品質水準が上がっているのに現場の意識が変わらない点に危機感を持った。各務原工場では小集団活動や全社的自主保全、品質管理サークルといった手法を一通り試したものの、短期的な成果は出てもすぐ元へ戻る[57]状態が続いていた。そこでトヨタ自動車とリクルートが合弁で設立したオージェイティー・ソリューションズへ指導を求め[58]、40歳前後の若手社員を選抜したプロジェクトチーム[59]が、じゃがいもの皮をむいて芽を取るラインの清掃時間を縮めるなどの改善を積んだ。国内スナック菓子市場で4割を超えるシェア[60]を握りながら、2008年3月期の営業利益率は1.4%にとどまった[61]

  • 日経ビジネス 2004年4月12日号
    • [55]2004年時点で各務原工場を中核とする中部カンパニーを置くカンパニー制
    • [56]長沼孝義取締役兼執行役員が中部カンパニーの最高執行責任者を兼務
    • [57]小集団活動・全社的自主保全・品質管理サークルを一通り試したが短期的成果は元へ戻った
    • [58]トヨタ自動車とリクルートの合弁オージェイティー・ソリューションズへ指導を依頼
    • [59]40歳前後の若手社員を選抜しプロジェクトチームを結成、清掃時間短縮などの改善
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [60]国内スナック菓子市場のシェアは4割超
    • [61]2008年3月期の営業利益率1.4%
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [47]1994年2月 Calbee Four Seas Co., Ltd.(香港)を設立
    • [48]1997年11月 カルビーポテト帯広工場(北海道帯広市)操業開始
    • [49]1999年6月 綾部工場(京都府綾部市、現京都工場)操業開始
    • [50]2002年10月 CFSS Co. Ltd.(中国広東省)を設立
    • [51]2004年7月 カルビーR&DDEセンター(現R&Dセンター)稼動開始
    • [52]2006年2月 広島工場(広島県廿日市市、現広島みやじま工場)操業開始
    • [53]2006年8月 RDO-CALBEE FOODS, LLC(米国オレゴン州)を設立
    • [54]2006年11月 カルビー・イートーク㈱(滋賀県湖南市)を設立
  • 日経ビジネス 2004年4月12日号
    • [55]2004年時点で各務原工場を中核とする中部カンパニーを置くカンパニー制
    • [56]長沼孝義取締役兼執行役員が中部カンパニーの最高執行責任者を兼務
    • [57]小集団活動・全社的自主保全・品質管理サークルを一通り試したが短期的成果は元へ戻った
    • [58]トヨタ自動車とリクルートの合弁オージェイティー・ソリューションズへ指導を依頼
    • [59]40歳前後の若手社員を選抜しプロジェクトチームを結成、清掃時間短縮などの改善
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [60]国内スナック菓子市場のシェアは4割超
    • [61]2008年3月期の営業利益率1.4%

2009年〜 外部資本と外部経営者を迎え、営業利益率を1.4%から11.4%へ引き上げる

ペプシコを迎えた資本再編と東証一部上場

2009年7月、カルビーは米PepsiCo, Inc.と資本提携し、ペプシコ日本法人のジャパンフリトレー株式会社(茨城県古河市)を子会社化した[62]。ペプシコがカルビーの発行済み株式の20%を取得する一方、カルビーはジャパンフリトレーの全株を取得した[63]。同年6月には、ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人の社長を務めた松本晃氏が代表取締役会長兼CEOに就任し、創業家出身者は経営から退いた[64]。松本氏は1947年生まれで、1972年に京都大学大学院を修了して伊藤忠商事へ入り[65]、1999年からジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人の社長を務めた経歴[66]を持つ。

  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [62]2009年7月 PepsiCo, Inc.と資本提携・ジャパンフリトレー㈱(茨城県古河市)を子会社化
  • 日本食糧新聞(2009年6月25日)
    • [63]ペプシコがカルビー発行済み株式の20%を取得、カルビーがジャパンフリトレー全株を取得
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [64]2009年6月 松本晃が代表取締役会長兼CEOに就任し創業家出身者は経営から退いた
  • 週刊東洋経済 2016年9月3日号
    • [65]松本晃は1947年生まれ・1972年京大大学院修了で伊藤忠商事入社・1999年J&J日本法人社長
    • [66]松本晃の前職はジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人社長

2010年6月、カルビーは本社を東京都北区から千代田区へ移した[67]。2011年3月11日、東京証券取引所市場第一部に株式を上場した[68]が、当日に東日本大震災が発生して新宇都宮工場など4つの工場が生産を止め、春商戦の商機を失った[69]。上場にあたり伊藤秀二社長は毎年増配を基本とし、配当性向は単体で30%を最低ラインとする方針[70]を示した。上場直後の株主構成は、創業家松尾家系の一般社団法人幹の会が22.06%、ペプシコ傘下のフリトレー・グローバル・インベストメンツが20.99%[71]を持つ二本柱であった。

  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [67]2010年6月 本社を東京都千代田区へ移転
    • [68]2011年3月11日 東京証券取引所市場第一部に上場
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [69]上場当日の東日本大震災で新宇都宮工場など4工場が一時停止し春商戦の商機を失った
  • 日本経済新聞(2011年3月)
    • [70]伊藤秀二社長は毎年増配を基本とし配当性向は単体30%を最低ラインとする方針を表明
  • カルビー 有価証券報告書(2011年3月期)【大株主の状況】
    • [71]2011年3月期 幹の会22.06%・フリトレー・グローバル・インベストメンツ20.99%
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [62]2009年7月 PepsiCo, Inc.と資本提携・ジャパンフリトレー㈱(茨城県古河市)を子会社化
    • [67]2010年6月 本社を東京都千代田区へ移転
    • [68]2011年3月11日 東京証券取引所市場第一部に上場
  • 日本食糧新聞(2009年6月25日)
    • [63]ペプシコがカルビー発行済み株式の20%を取得、カルビーがジャパンフリトレー全株を取得
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [64]2009年6月 松本晃が代表取締役会長兼CEOに就任し創業家出身者は経営から退いた
    • [69]上場当日の東日本大震災で新宇都宮工場など4工場が一時停止し春商戦の商機を失った
  • 週刊東洋経済 2016年9月3日号
    • [65]松本晃は1947年生まれ・1972年京大大学院修了で伊藤忠商事入社・1999年J&J日本法人社長
    • [66]松本晃の前職はジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人社長
  • 日本経済新聞(2011年3月)
    • [70]伊藤秀二社長は毎年増配を基本とし配当性向は単体30%を最低ラインとする方針を表明
  • カルビー 有価証券報告書(2011年3月期)【大株主の状況】
    • [71]2011年3月期 幹の会22.06%・フリトレー・グローバル・インベストメンツ20.99%

集中購買と値下げによる稼働率の引き上げ

松本会長は、2008年3月期に1.4%だった営業利益率を10%へ引き上げる目標[72]を掲げた。就任当初のカルビーを「いい会社だが甘い会社」と評し[73]、いい商品を作ることには熱心でもコストへの関心がまったくない[74]点を最大の問題とみていた。2009年、各事業所や各工場の裁量に任せていた原材料と固定資産の購買を本社の集中管理へ移し、包装用フィルムや調味料といった資材の共通化と、調達への競争原則の導入[75]を進めた。2008年以前は年間100億円に達していた設備投資額が、2009年以降はおおむね半分へ下がった[76]

  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [72]営業利益率を1.4%から10%へ引き上げる目標
    • [74]商品作りには熱心でもコストへの関心がなかった
    • [75]2009年に原材料・固定資産の購買を本社の集中管理へ移行し資材共通化と競争原則を導入
    • [76]設備投資額は2008年以前の年間100億円から2009年以降約半分へ
  • 週刊東洋経済 2016年9月3日号
    • [73]松本晃はカルビーを「いい会社だが甘い会社」と評した

削減したコストは利益として抱え込まず、販売価格の引き下げに充てた[77]。カルビーの商品は競合品より15%ほど高く売られていたが、これを競合並みまで下げたことで販売数量が増え[78]、工場の稼働率が上がった。松本会長は経営の根幹をコスト・リダクションとイノベーションの2つに置き[79]、評価も「過程ではなく結果」を問う形へ改めた[80]。連結営業利益率は2010年3月期の6.5%から2016年3月期には11.4%へ上がり、同期の売上高は2,461億円、営業利益は281億円に達した。2016年度まで8年連続で過去最高益を更新した[81]

  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [77]コスト削減分を販売価格の引き下げの原資とした
    • [78]競合品より15%高かった価格を競合並みへ引き下げ、数量増と稼働率向上
  • ダイヤモンド・オンライン(2017年2月13日)
    • [79]経営の根幹はコスト・リダクションとイノベーションの2つ
  • 週刊東洋経済 2016年9月3日号
    • [80]松本晃は「過程ではなく結果」を問う評価へ改めた
  • 週刊東洋経済 2018年1月13日号
    • [81]2016年度まで8年連続で過去最高益を更新

海外では拠点の設置と組み替えが続き、2011年7月に韓国のHaitai-Calbee Co., Ltd.[82]、2013年7月にインドネシアのPT. Calbee-Wings Foodを設立[83]した。2012年7月にはRDO-CALBEE FOODS, LLCをCalbee North America, LLCへ社名変更し[84]、Calbee America, Inc.のスナック事業を移した。2012年4月には台湾・頂新グループの康師傅と中国で合弁を組み、カルビーが51%、康師傅が45%、伊藤忠商事が4%を出資した[85]。2014年3月に英国のCalbee(UK)Ltd[86]、2015年4月にシンガポールのMoh Seng Marketing Pte. Ltd.[87]、2016年9月にオーストラリアのCalbee Australia Pty Limited[88]が加わり、2017年1月にはCalbee North America, LLCを子会社化した[89]

  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [82]2011年7月 Haitai-Calbee Co., Ltd.(韓国江原道原州市)を設立
    • [83]2013年7月 PT. Calbee-Wings Food(インドネシア ジャカルタ)を設立
    • [84]2012年7月 RDO-CALBEE FOODSをCalbee North America, LLCへ社名変更しCalbee Americaのスナック事業を継承
    • [86]2014年3月 Calbee(UK)Ltd(英国ウェスト・ヨークシャー州)を設立
    • [87]2015年4月 Moh Seng Marketing Pte. Ltd.(シンガポール、現Calbee Moh Seng Pte. Ltd.)を子会社化
    • [88]2016年9月 Calbee Australia Pty Limited(オーストラリア メルボルン)を設立
    • [89]2017年1月 Calbee North America, LLCを子会社化
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [85]2012年4月 康師傅と中国での合弁を発表、カルビー51%・康師傅45%・伊藤忠商事4%
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
    • [72]営業利益率を1.4%から10%へ引き上げる目標
    • [74]商品作りには熱心でもコストへの関心がなかった
    • [75]2009年に原材料・固定資産の購買を本社の集中管理へ移行し資材共通化と競争原則を導入
    • [76]設備投資額は2008年以前の年間100億円から2009年以降約半分へ
    • [77]コスト削減分を販売価格の引き下げの原資とした
    • [78]競合品より15%高かった価格を競合並みへ引き下げ、数量増と稼働率向上
    • [85]2012年4月 康師傅と中国での合弁を発表、カルビー51%・康師傅45%・伊藤忠商事4%
  • 週刊東洋経済 2016年9月3日号
    • [73]松本晃はカルビーを「いい会社だが甘い会社」と評した
    • [80]松本晃は「過程ではなく結果」を問う評価へ改めた
  • ダイヤモンド・オンライン(2017年2月13日)
    • [79]経営の根幹はコスト・リダクションとイノベーションの2つ
  • 週刊東洋経済 2018年1月13日号
    • [81]2016年度まで8年連続で過去最高益を更新
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [82]2011年7月 Haitai-Calbee Co., Ltd.(韓国江原道原州市)を設立
    • [83]2013年7月 PT. Calbee-Wings Food(インドネシア ジャカルタ)を設立
    • [84]2012年7月 RDO-CALBEE FOODSをCalbee North America, LLCへ社名変更しCalbee Americaのスナック事業を継承
    • [86]2014年3月 Calbee(UK)Ltd(英国ウェスト・ヨークシャー州)を設立
    • [87]2015年4月 Moh Seng Marketing Pte. Ltd.(シンガポール、現Calbee Moh Seng Pte. Ltd.)を子会社化
    • [88]2016年9月 Calbee Australia Pty Limited(オーストラリア メルボルン)を設立
    • [89]2017年1月 Calbee North America, LLCを子会社化

頭打ちのシリアルを立て直し、中国へ持ち込む

1988年の参入から20年あまり、シリアルの売上高は年間30億円で頭打ちのまま[90]であった。2009年に就任した松本会長がこの商品に目を留め、販売の強化を指示して売上高100億円という目標を課した[91]。マーケティング本部は牛乳の宅配ルートでのサンプル配布やスーパーでの試食会に加え、ヨーグルトと組み合わせる食べ方を提案[92]した。朝の時短につながる大人向けのシリアルとして働く単身者や共働き世帯に受け入れられ、2012年の途中から販売が伸び始めた[93]。以後は毎年3割を超える伸びが続き、2017年度の製品売上高は300億円突破が確実な水準[94]へ達した。

  • 週刊東洋経済 2018年1月13日号
    • [90]フルグラは1991年発売後も年間30億円で頭打ちが続いた
    • [91]松本晃がフルグラに着目し販売強化を指示、売上高100億円を目標に課した
    • [92]牛乳宅配ルートでのサンプル配布・スーパーでの試食会・ヨーグルトとの組み合わせ提案
    • [93]2012年の途中から販売が伸び始めた
    • [94]毎年3割超のペースで伸び2017年度の製品売上高は300億円突破が確実

フルグラの人気は訪日中国客にも広がり、SNSでの拡散を受けて日本で買い付けた商品を高値で転売する現地業者が現れ、一時は出荷量の2割相当が中国へ流れた[95]。ただし中国政府は2011年に福島県で起きた原子力発電所の事故を理由として、福島県周辺10都県で生産された食品の輸入を禁じており、フルグラを作る清原工場からは輸出できなかった[96]。清原工場の増設余地も限界に近く、カルビーは2015年に北海道と京都で計90億円を投じる2工場の建設を決めた[97]。生産地を打ち出すため、中国人に観光地として人気の高い京都と北海道を選んだ[98]。2017年8月、北海道工場でフルグラの生産を始め、アリババが運営する越境EC「天猫国際」で販売を開始した[99]。同年11月11日には、800グラム入りの標準パックが31万袋売れた[100]

  • 週刊東洋経済 2018年1月13日号
    • [95]訪日中国客の人気とSNS拡散で転売業者が現れ一時は出荷量の2割相当が中国へ
    • [96]福島第一原発事故を理由に中国政府が福島県周辺10都県産食品の輸入を禁止、清原工場から輸出できず
    • [97]2015年に北海道・京都の2工場建設を決定、投資額計90億円
    • [98]生産地を訴求するため中国人に人気の京都と北海道を選んだ
    • [99]2017年8月 北海道工場でフルグラ生産開始・越境EC「天猫国際」で販売開始
    • [100]2017年11月11日に800グラム入り標準パックが31万袋

一方、スナック菓子の海外事業は伸び悩み、松本会長が2009年の就任時に掲げた国内・米国・中国で売上を3分の1ずつという目標に対し、2017年時点の海外比率は1割強にとどまった[101]。米国ではサヤエンドウを原料とするスナックが最初の数年こそ順調だったものの、その後は失速した[102]。中国では2012年に組んだ康師傅との合弁が事業方針をめぐって対立し、「じゃがビー」などの製造コストを下げられずに赤字が膨らみ、3年で合弁を解消して現地工場を引き渡し撤退した[103]。松本会長は原因を「合弁会社のマネジメントを相手企業に任せてしまい、管理しきれなかった」[104]と説明した。国内ではスナック菓子市場のシェアが5割近く、ポテトチップスでは7割を超え[105]、これ以上の拡大は望みにくくなっていた。

  • 週刊東洋経済 2018年1月13日号
    • [101]国内・米国・中国で売上3分の1ずつの目標に対し海外比率は1割強
    • [102]米国のサヤエンドウ原料スナックは最初の数年は順調だったがその後失速
    • [103]2012年の康師傅との合弁は方針対立で3年で解消し現地工場を引き渡して撤退
    • [104]松本晃は撤退の原因を合弁会社のマネジメントを相手企業に任せた点と説明
    • [105]国内スナック菓子のシェアは5割近く、ポテトチップスでは7割超
  • 週刊東洋経済 2018年1月13日号
    • [90]フルグラは1991年発売後も年間30億円で頭打ちが続いた
    • [91]松本晃がフルグラに着目し販売強化を指示、売上高100億円を目標に課した
    • [92]牛乳宅配ルートでのサンプル配布・スーパーでの試食会・ヨーグルトとの組み合わせ提案
    • [93]2012年の途中から販売が伸び始めた
    • [94]毎年3割超のペースで伸び2017年度の製品売上高は300億円突破が確実
    • [95]訪日中国客の人気とSNS拡散で転売業者が現れ一時は出荷量の2割相当が中国へ
    • [96]福島第一原発事故を理由に中国政府が福島県周辺10都県産食品の輸入を禁止、清原工場から輸出できず
    • [97]2015年に北海道・京都の2工場建設を決定、投資額計90億円
    • [98]生産地を訴求するため中国人に人気の京都と北海道を選んだ
    • [99]2017年8月 北海道工場でフルグラ生産開始・越境EC「天猫国際」で販売開始
    • [100]2017年11月11日に800グラム入り標準パックが31万袋
    • [101]国内・米国・中国で売上3分の1ずつの目標に対し海外比率は1割強
    • [102]米国のサヤエンドウ原料スナックは最初の数年は順調だったがその後失速
    • [103]2012年の康師傅との合弁は方針対立で3年で解消し現地工場を引き渡して撤退
    • [104]松本晃は撤退の原因を合弁会社のマネジメントを相手企業に任せた点と説明
    • [105]国内スナック菓子のシェアは5割近く、ポテトチップスでは7割超

2018年〜 生え抜き社長の単独体制を経て、伊藤忠出身の社長が海外を広げる

カルビーの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2018年 Seabrook Crisps Limited(ウェスト・ヨークシャー州)を子会社化
  2. 2020年 Calbee(UK)LtdがSeabrook Crisps Limitedを統合
  3. 2020年 ポテトかいつかを子会社化
  4. 2022年 Greenday Global Co., Ltd.を子会社化
  5. 2025年 せとうち広島工場 操業開始

稼働率頼みの成長が限界に達した2017年度

2017年度、カルビーは上場来初の減収減益となった[106]。2018年6月に松本会長兼CEOが退任し、社長兼COOだった伊藤秀二氏が社長兼CEOとして単独で指揮を執る体制へ移った[107]。伊藤氏は1957年生まれで、法政大学経営学部を卒業して1979年にカルビーへ入社し、じゃがりこカンパニーのCOOなどを経て2009年に社長兼COOへ就いた[108]生え抜きの経営者である。退任にあたり松本氏は「経営は不連続が理想。引き継ぎメモは一切、作らない」[109]と述べ、海外事業の育成と生産拠点の再編を後任の課題として残した[110]

  • 週刊東洋経済 2018年8月25日号
    • [106]2017年度は上場来初の減収減益
    • [107]2018年6月 松本晃が退任し伊藤秀二が社長兼CEOとして単独で指揮を執る体制へ
    • [108]伊藤秀二は1957年生まれ・法政大学経営学部卒・1979年カルビー入社・2009年社長兼COO
  • 日本経済新聞(2018年6月20日)
    • [109]松本晃は退任時に「経営は不連続が理想。引き継ぎメモは一切、作らない」と述べ海外事業と生産拠点再編を課題に挙げた
    • [110]後任の課題は海外事業の育成と生産拠点の再編

伊藤社長は、2011年の上場以来の増収増益が単年度の業績への意識を強め、中長期の投資を欠いた[111]と総括した。同社の工場の稼働率はすでに100%に近く、稼働率を上げて短期の利益を出す手法は通用しなくなっていた[112]。そこで自動化と省人化への設備投資に資金を振り向け、少量で素材にこだわる小容量品によって新規の顧客を開拓する方針[113]を示した。じゃがいもの調達網と加工技術という同社の強みは最終製品に限らず、ふかしたじゃがいもなどの中間加工品を他の食品事業者へ供給する中食事業[114]も、新規事業として掲げた。

  • 週刊東洋経済 2018年8月25日号
    • [111]伊藤秀二は上場以来の増収増益で単年度業績を意識しすぎ中長期投資ができていなかったと総括
    • [112]工場稼働率は100%近くで稼働率改善による短期の利益創出は通用しない
    • [113]自動化・省人化投資と小容量品による新規顧客開拓
    • [114]じゃがいも調達網と加工技術を生かした中間加工品の中食事業を新規事業に
  • 週刊東洋経済 2018年8月25日号
    • [106]2017年度は上場来初の減収減益
    • [107]2018年6月 松本晃が退任し伊藤秀二が社長兼CEOとして単独で指揮を執る体制へ
    • [108]伊藤秀二は1957年生まれ・法政大学経営学部卒・1979年カルビー入社・2009年社長兼COO
    • [111]伊藤秀二は上場以来の増収増益で単年度業績を意識しすぎ中長期投資ができていなかったと総括
    • [112]工場稼働率は100%近くで稼働率改善による短期の利益創出は通用しない
    • [113]自動化・省人化投資と小容量品による新規顧客開拓
    • [114]じゃがいも調達網と加工技術を生かした中間加工品の中食事業を新規事業に
  • 日本経済新聞(2018年6月20日)
    • [109]松本晃は退任時に「経営は不連続が理想。引き継ぎメモは一切、作らない」と述べ海外事業と生産拠点再編を課題に挙げた
    • [110]後任の課題は海外事業の育成と生産拠点の再編

英米の買収と、さつまいもへ広げた原料の内製化

2018年2月に中国浙江省でカルビー(杭州)食品有限公司を設立[115]し、同年8月には中国輸出専用の京都工場が稼働した[116]。京都工場で作るフルグラのパッケージには「日本京都産」と大きく記され[117]、越境EC、中国内EC、実店舗を合わせた2018年度の中国でのフルグラ売上高は70億円と前年度の2倍になった[118]。2018年10月には英国ウェスト・ヨークシャー州のSeabrook Crisps Limitedを[119]、2019年10月には米国カリフォルニア州のWarnock Food Products, Inc.を子会社化した[120]。2020年1月にCalbee(UK)LtdがSeabrookを統合してCalbee Group (UK) Ltdへ社名を変え[121]、同月には中国上海市にカルビー(中国)管理有限公司を設立した[122]

  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [115]2018年2月 カルビー(杭州)食品有限公司(中国浙江省)を設立
    • [119]2018年10月 Seabrook Crisps Limited(英国ウェスト・ヨークシャー州)を子会社化
    • [120]2019年10月 Warnock Food Products, Inc.(米国カリフォルニア州)を子会社化
    • [121]2020年1月 Calbee(UK)LtdがSeabrookを統合しCalbee Group (UK) Ltdへ社名変更
    • [122]2020年1月 カルビー(中国)管理有限公司(中国上海市)を設立
  • 週刊東洋経済 2019年9月7日号
    • [116]2018年8月 中国輸出専用の京都工場が稼働、パッケージに「日本京都産」と表示
    • [117]京都工場産フルグラのパッケージに「日本京都産」を大きく表示
    • [118]中国でのフルグラ売上高は2018年度70億円で前年度比2倍

2020年4月、茨城県かすみがうら市の株式会社ポテトかいつか(現カルビーかいつかスイートポテト株式会社)を子会社化し[123]、じゃがいもに続いてさつまいもの調達も自社へ取り込んだ。2022年7月にはタイ・サムットプラカーンのGreenday Global Co., Ltd.を子会社化し[124]、2023年4月にCalbee North America, LLCとWarnock Food Products, Inc.をCalbee America, Inc.へ統合した[125]。2022年4月には東京証券取引所の市場区分の見直しにより、市場第一部からプライム市場へ移った[126]。連結売上高は北海道のじゃがいも不作を受けた2022年3月期に2,454億円へ落ち、2023年3月期は売上2,793億円に対して営業利益222億円、営業利益率8.0%まで下がった。

  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [123]2020年4月 ㈱ポテトかいつか(茨城県かすみがうら市、現カルビーかいつかスイートポテト㈱)を子会社化
    • [124]2022年7月 Greenday Global Co., Ltd.(タイ サムットプラカーン)を子会社化
    • [125]2023年4月 Calbee North America・Warnock Food ProductsをCalbee America, Inc.へ統合
    • [126]2022年4月 市場第一部からプライム市場へ移行
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [115]2018年2月 カルビー(杭州)食品有限公司(中国浙江省)を設立
    • [119]2018年10月 Seabrook Crisps Limited(英国ウェスト・ヨークシャー州)を子会社化
    • [120]2019年10月 Warnock Food Products, Inc.(米国カリフォルニア州)を子会社化
    • [121]2020年1月 Calbee(UK)LtdがSeabrookを統合しCalbee Group (UK) Ltdへ社名変更
    • [122]2020年1月 カルビー(中国)管理有限公司(中国上海市)を設立
    • [123]2020年4月 ㈱ポテトかいつか(茨城県かすみがうら市、現カルビーかいつかスイートポテト㈱)を子会社化
    • [124]2022年7月 Greenday Global Co., Ltd.(タイ サムットプラカーン)を子会社化
    • [125]2023年4月 Calbee North America・Warnock Food ProductsをCalbee America, Inc.へ統合
    • [126]2022年4月 市場第一部からプライム市場へ移行
  • 週刊東洋経済 2019年9月7日号
    • [116]2018年8月 中国輸出専用の京都工場が稼働、パッケージに「日本京都産」と表示
    • [117]京都工場産フルグラのパッケージに「日本京都産」を大きく表示
    • [118]中国でのフルグラ売上高は2018年度70億円で前年度比2倍

生産能力の限界と、海外比率25%への到達

2023年4月、江原信氏が代表取締役社長兼CEOに就いた[127]。江原氏は1958年生まれで、1981年に慶應義塾大学を卒業して伊藤忠商事へ入り、2001年にジョンソン・エンド・ジョンソンへ移った後、2011年にカルビーへ入社し[128]、子会社ジャパンフリトレーの社長やカルビー副社長を務めた[129]。原材料高への対応では、2024年3月期に包材で16億円、食油で6億円、国内ばれいしょで4億円、動力費で8億円のコスト増[130]を見込み、価格改定による94億円の増益効果[131]を織り込んだ。1,300あったSKUのうち約半分の製品で売上の9割を占めていたため、300程度を減らして[132]生産効率を上げる方針も打ち出した。

  • 週刊東洋経済 2024年5月18日号
    • [127]2023年4月 江原信が代表取締役社長兼CEOに就任
    • [128]江原信は1958年生まれ・1981年慶応大卒で伊藤忠商事入社・2001年J&J・2011年カルビー入社
    • [129]江原信はジャパンフリトレー社長・カルビー副社長を経て社長へ
  • カルビー 2023年3月期決算説明会 主な質疑応答(2023年5月9日開催)
    • [130]2024年3月期の原材料・動力費コスト増は包材16億円・食油6億円・国内ばれいしょ4億円・動力費8億円
    • [131]価格改定による営業利益への増益効果は94億円
    • [132]SKUは1,300で約半分の製品が売上の9割、300程度の削減を目途

カルビーは、過去に売上と利益を右肩上がりで伸ばす一方で設備投資を含む大きな投資ができておらず、それが現在の生産能力の限界を招いた[133]と総括した。2024年4月にアイルランド・ダブリンのCalbee Ireland Limited[134]、同年6月にニュージーランド・オークランドのCalbee New Zealand Limitedを設立[135]し、2025年1月には広島県広島市でせとうち広島工場が操業を開始した[136]。せとうち広島工場は100億円程度の生産能力を積み増す規模[137]で、創業の地に新たな主力工場が置かれた。2025年3月期の連結売上高は3,226億円、営業利益は291億円で、営業利益率は9.0%まで戻した。

  • カルビー 2023年3月期決算説明会 主な質疑応答(2023年5月9日開催)
    • [133]右肩上がりの成長の一方で設備投資を含む大きな投資ができず生産能力の限界を招いたとの自己診断
    • [137]せとうち広島工場による生産能力の増加は100億円程度
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [134]2024年4月 Calbee Ireland Limited(アイルランド ダブリン)を設立
    • [135]2024年6月 Calbee New Zealand Limited(ニュージーランド オークランド)を設立
    • [136]2025年1月 せとうち広島工場(広島県広島市)操業開始

2025年3月期の売上を顧客の所在地別にみると、日本が2,432億円、北米が247億円、中国が99億円、その他が447億円で、海外比率は約25%に達した[138]。江原社長は中期経営計画「Change2025」の下で国内の収益性強化と海外への投資を進め[139]、その次の3年間の中期経営計画を議論する段階に入っている。人事では、2010年4月に5.9%だった女性管理職比率が2018年4月には26.4%まで上がった[140]ものの、準備を欠いたまま登用された管理職が本人も周囲も苦労する結果を招き、いったん比率を下げて体制を立て直した[141]。主任クラスから毎年20名程度の候補者を選ぶ人材プールを設け、管理職研修を施したうえで登用する仕組みへ改め[142]、2024年4月には24.8%まで戻した[143]

  • カルビー 有価証券報告書(2025年3月期・連結)セグメント情報
    • [138]2025年3月期の顧客所在地別売上 日本2,432億円・北米247億円・中国99億円・その他447億円、海外比率約25%
  • カルビー 2025年3月期決算説明会 主な質疑応答(2025年5月12日開催)
    • [139]中期経営計画「Change2025」の下で国内の収益性強化と海外投資を進め次の3年の中計を議論
  • 週刊東洋経済 2024年5月18日号
    • [140]女性管理職比率は2010年4月5.9%から2018年4月26.4%へ
    • [141]準備不足の登用で本人も周囲も苦労し、いったん女性管理職を減らして体制を立て直した
    • [142]主任クラスから毎年20名程度の女性候補者を選ぶ人材プールと管理職研修
    • [143]女性管理職比率は2024年4月に24.8%へ回復
  • 週刊東洋経済 2024年5月18日号
    • [127]2023年4月 江原信が代表取締役社長兼CEOに就任
    • [128]江原信は1958年生まれ・1981年慶応大卒で伊藤忠商事入社・2001年J&J・2011年カルビー入社
    • [129]江原信はジャパンフリトレー社長・カルビー副社長を経て社長へ
    • [140]女性管理職比率は2010年4月5.9%から2018年4月26.4%へ
    • [141]準備不足の登用で本人も周囲も苦労し、いったん女性管理職を減らして体制を立て直した
    • [142]主任クラスから毎年20名程度の女性候補者を選ぶ人材プールと管理職研修
    • [143]女性管理職比率は2024年4月に24.8%へ回復
  • カルビー 2023年3月期決算説明会 主な質疑応答(2023年5月9日開催)
    • [130]2024年3月期の原材料・動力費コスト増は包材16億円・食油6億円・国内ばれいしょ4億円・動力費8億円
    • [131]価格改定による営業利益への増益効果は94億円
    • [132]SKUは1,300で約半分の製品が売上の9割、300程度の削減を目途
    • [133]右肩上がりの成長の一方で設備投資を含む大きな投資ができず生産能力の限界を招いたとの自己診断
    • [137]せとうち広島工場による生産能力の増加は100億円程度
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
    • [134]2024年4月 Calbee Ireland Limited(アイルランド ダブリン)を設立
    • [135]2024年6月 Calbee New Zealand Limited(ニュージーランド オークランド)を設立
    • [136]2025年1月 せとうち広島工場(広島県広島市)操業開始
  • カルビー 有価証券報告書(2025年3月期・連結)セグメント情報
    • [138]2025年3月期の顧客所在地別売上 日本2,432億円・北米247億円・中国99億円・その他447億円、海外比率約25%
  • カルビー 2025年3月期決算説明会 主な質疑応答(2025年5月12日開催)
    • [139]中期経営計画「Change2025」の下で国内の収益性強化と海外投資を進め次の3年の中計を議論

カルビーの沿革1949〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
松尾糧食工業所を法人に改組し松尾糧食工業を設立
カルビー製菓に商号変更
「かっぱえびせん」発売★★
宇都宮工場操業開始
千歳工場(現北海道工場)操業開始
Calbee America, Inc.を設立
本社を移転
カルビーに商号変更
宇都宮第2工場操業開始
滋賀工場(現関西びわこ工場)操業開始
Calbee Tanawat Co., Ltd.を設立
主原料を小麦から芋へ移し、カルビーポテト設立で原料調達を内製化した垂直統合全国流通を掴んだ小麦菓子の量産メーカーは、なぜ原料調達網ごと芋の装置産業へ踏み込んだか 詳細を読む★★★
各務原工場(現岐阜かかみがはら工場)操業開始
広島西工場(市、現広島はつかいち工場)操業開始
清原工場操業開始。シリアル全国発売
スナックフード・サービスを設立
「フルーツグラノーラ」発売
Calbee Four Seas Co., Ltd.を設立
「じゃがりこ」を発売
綾部工場(現京都工場)操業開始
CFSS Co. Ltd.を設立
カルビーR&DDEセンター(現R&Dセンター)稼動開始
広島工場(市、現広島みやじま工場)操業開始
RDO-CALBEE FOODS,LLC(オレゴン州)を設立
伊藤秀二カーライル・ペプシコを迎えた資本業務提携と東証一部上場創業家のオーナー会社は、外部資本と外部経営者をどう受け入れて公開会社へ移ったか 詳細を読む★★★
伊藤秀二東京証券取引所市場第一部に株式を上場
伊藤秀二PT. Calbee-Wings Foodを設立
伊藤秀二松本晃氏による収益体質の改革——「算数の会社」への作り替え商品力はあるのに稼げない会社を、外部から来た経営者はどのように「儲かる体質」へ変えたか 詳細を読む★★★
伊藤秀二Calbee North America, LLCを子会社化
伊藤秀二フルグラによる中国市場への再進出と、越境EC・現地専用工場の展開国内スナックが寡占の天井に達した菓子最大手は、育て直したシリアルをどう巨大市場へ持ち込もうとしたか 詳細を読む★★★
伊藤秀二Seabrook Crisps Limited(ウェスト・ヨークシャー州)を子会社化★★
伊藤秀二Calbee(UK)LtdがSeabrook Crisps Limitedを統合
伊藤秀二ポテトかいつかを子会社化
伊藤秀二Greenday Global Co., Ltd.を子会社化
江原信せとうち広島工場 操業開始
出典・参考
  • カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
  • カルビー 有価証券報告書【沿革】
  • カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
  • 週刊東洋経済 2012年4月20日号
  • カルビー 公式サイト 沿革(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/)
  • 日経ビジネス 1989年9月11日号
  • 日経ビジネス 2004年4月12日号
  • 日本食糧新聞(2009年6月25日)
  • 週刊東洋経済 2016年9月3日号
  • 日本経済新聞(2011年3月)
  • カルビー 有価証券報告書(2011年3月期)【大株主の状況】
  • ダイヤモンド・オンライン(2017年2月13日)
  • 週刊東洋経済 2018年1月13日号
  • 週刊東洋経済 2018年8月25日号
  • 日本経済新聞(2018年6月20日)
  • 週刊東洋経済 2019年9月7日号
  • 週刊東洋経済 2024年5月18日号
  • カルビー 2023年3月期決算説明会 主な質疑応答(2023年5月9日開催)
  • カルビー 有価証券報告書(2025年3月期・連結)セグメント情報
  • カルビー 2025年3月期決算説明会 主な質疑応答(2025年5月12日開催)

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