1949年〜 米国産の輸入小麦をあられに変え、かっぱえびせんで全国の流通網を掴む
- 1949年 松尾糧食工業所を法人に改組し松尾糧食工業を設立
- 1955年 カルビー製菓に商号変更
- 1964年 「かっぱえびせん」発売
- 1968年 宇都宮工場操業開始
- 1969年 千歳工場(現北海道工場)操業開始
- 1970年 Calbee America, Inc.を設立
未利用の食糧資源を小麦あられに変えた出発
1949年4月、原爆投下から4年後の広島市で、松尾孝氏[1]は松尾糧食工業所を法人に改組し、松尾糧食工業株式会社を設立した[2]。1955年5月には社名をカルビー製菓株式会社へ改め[3]、カルシウムの「カル」とビタミンB1の「ビー」を組み合わせた造語[4]を商号に据えた。同じ年、松尾氏は米国から安く大量に輸入されていた小麦粉が米とほとんど同じ成分であることに着目[5]し、小麦粉でも米と同じようにあられが作れるはずだと考えて実験を重ね、日本初の小麦あられ「かっぱあられ」[6]を生んだ。松尾氏は未利用の食糧資源を活用するという考えを掲げ[7]、20歳のときに聴いた「一人・一研究」という言葉[8]を仕事の指針としていた。
- カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
- [1]創業者 松尾孝
- [4]社名の由来 カルシウムの「カル」とビタミンB1の「ビー」の造語
- カルビー 有価証券報告書【沿革】
- [2]1949年4月 松尾糧食工業所を法人改組し松尾糧食工業㈱(広島県広島市)を設立
- [3]1955年5月 カルビー製菓㈱へ社名変更
- カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
- [5]1955年 輸入小麦粉が米とほぼ同成分という着目
- [6]日本初の小麦あられ「かっぱあられ」
- [7]松尾孝の指針「未利用の食糧資源を活用する」
- [8]20歳で聴いた「一人・一研究」が指針
1964年1月、カルビー製菓は「かっぱえびせん」を発売した[9]。松尾氏が瀬戸内海で干されていた小えびを見かけ、子どものころに母が丸ごと天ぷらにしてくれた小えびを思い出し、大好物のえびを小麦あられに入れられないかと着想した[10]ことが開発の始まりであった。試行錯誤の末に新鮮な天然えびを殻ごと使う製法[11]へたどり着き、風味とカルシウムを併せ持つ菓子ができた。ここで固まった自然のおいしさを丸ごと使うという考え方[12]は、その後の商品開発にも引き継がれた。
- カルビー 有価証券報告書【沿革】
- [9]1964年1月「かっぱえびせん」発売
- カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
- [10]瀬戸内海の小えびと幼時の記憶から着想
- [11]天然えびを殻ごと使う製法
- [12]「自然のおいしさを丸ごと使用する」考え方の確立
- カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
- [1]創業者 松尾孝
- [4]社名の由来 カルシウムの「カル」とビタミンB1の「ビー」の造語
- カルビー 有価証券報告書【沿革】
- [2]1949年4月 松尾糧食工業所を法人改組し松尾糧食工業㈱(広島県広島市)を設立
- [3]1955年5月 カルビー製菓㈱へ社名変更
- [9]1964年1月「かっぱえびせん」発売
- カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
- [5]1955年 輸入小麦粉が米とほぼ同成分という着目
- [6]日本初の小麦あられ「かっぱあられ」
- [7]松尾孝の指針「未利用の食糧資源を活用する」
- [8]20歳で聴いた「一人・一研究」が指針
- [10]瀬戸内海の小えびと幼時の記憶から着想
- [11]天然えびを殻ごと使う製法
- [12]「自然のおいしさを丸ごと使用する」考え方の確立
需要地への工場配置と、最初の海外拠点
1967年、カルビー製菓はニューヨークの国際菓子博覧会へ出展し、好評を得た[13]。生産の拠点も広島の外へ広がり、1968年4月に栃木県宇都宮市で宇都宮工場が操業を開始した[14]。1969年11月には北海道千歳市の千歳工場(現北海道工場)[15]が続き、広島の一拠点から、消費地の関東と原料産地の北海道へ生産を分けて置く形へ移った。かっぱえびせんはのちに売上高100億円規模の商品へ育ち[16]、広島の地場メーカーだった同社に全国で売れる定番をもたらした。
- カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
- [13]1967年 ニューヨークの国際菓子博覧会に出展
- カルビー 有価証券報告書【沿革】
- [14]1968年4月 宇都宮工場(栃木県宇都宮市)操業開始
- [15]1969年11月 千歳工場(北海道千歳市、現北海道工場)操業開始
- カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
- [16]かっぱえびせんは売上高100億円規模へ
1970年3月、カルビー製菓は米国カリフォルニア州にCalbee America, Inc.を設立[17]し、最初の海外拠点を置いた。かさばるスナック菓子は輸送費が高くつく割に単価が安く、日本からの輸出では採算が合わない[18]。そのため同社の海外事業は現地で製造して現地で売る形を基本とし[19]、進出のたびに工場を建てるところから始める必要があった。単独では出て行かず現地の相手と組む方針も重なって[20]、海外での製造販売がまとまった売上を生むまでには長い時間がかかった。
- カルビー 有価証券報告書【沿革】
- [17]1970年3月 Calbee America, Inc.(米国カリフォルニア州)を設立
- 週刊東洋経済 2012年4月20日号
- [18]スナック菓子は輸送費が高く単価が安いため輸出では採算が合わない
- [19]海外事業は現地での製造販売が基本で工場建設から始まる
- [20]自社単独ではなくパートナーと組む戦略のためめぼしい成果が出ていなかった
- カルビー 公式サイト 会社の歴史(https://www.calbee.co.jp/corporate/history/company.php)
- [13]1967年 ニューヨークの国際菓子博覧会に出展
- カルビー 有価証券報告書【沿革】
- [14]1968年4月 宇都宮工場(栃木県宇都宮市)操業開始
- [15]1969年11月 千歳工場(北海道千歳市、現北海道工場)操業開始
- [17]1970年3月 Calbee America, Inc.(米国カリフォルニア州)を設立
- カルビー 公式サイト カルビーのDNA「一人・一研究〜かっぱえびせん誕生物語〜」(https://www.calbee.co.jp/rd/dna/)
- [16]かっぱえびせんは売上高100億円規模へ
- 週刊東洋経済 2012年4月20日号
- [18]スナック菓子は輸送費が高く単価が安いため輸出では採算が合わない
- [19]海外事業は現地での製造販売が基本で工場建設から始まる
- [20]自社単独ではなくパートナーと組む戦略のためめぼしい成果が出ていなかった