創業1952年8月、東京都中央区において日本真空技術株式会社が「各種真空装置の輸入販売」を目的に資本金600万円で設立された。社名そのものに「真空」を冠した日本最初の専業メーカーである。1955年4月に大森工場を新設し国産装置の製造に着手、1956年11月の東洋精機真空研究所合併で真空ポンプ・真空化学装置の規格品製造に参入し、創業4年で輸入商社から国産メーカーへ転身した。1968年5月に本社・横浜工場を神奈川県茅ヶ崎市に移転し、以後現在まで本社所在地は茅ヶ崎で固定されている。
決断1990年5月の富士裾野工場新設で半導体製造装置事業の生産体制を確立、1995年〜2003年に韓国・中国・東南アジアへの拠点配置を完了して真空技術専業メーカーとして世界市場での事業展開を本格化した。2001年7月、商号を株式会社アルバックへ変更し(英文ULVAC Inc.)、創業期の「日本真空技術」からグローバルブランド「ULVAC」への自己定義の転換を果たした。2004年4月に東京証券取引所市場第1部に上場、創業52年で公開市場への移行を実現した。
課題FY11-FY13のリーマンショック後3期連続業績下振れ(FY11純損失500億円・FY12純損失38億円)と、FY18-FY19の半導体・FPD設備投資調整局面(FY19売上1,854億円)といった2度の市場調整期を経て、岩下節生代表取締役社長CEO(FY16就任)の下で中国半導体投資本格化局面のFY17 売上ピーク2,492億円を実現した。FY24(2025年6月期)連結売上高2,512億円・営業利益265億円と高水準を維持しつつ、SiCパワー半導体・EV電池・有機EL向け装置への先行投資を続ける段階にある。
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歴史概略
1952年〜1990年真空技術専業の輸入販売から国産化への転換と高度成長期の事業基盤確立
1952年創業──「真空」を社名に冠した日本最初の専業メーカー
1952年8月、東京都中央区において日本真空技術株式会社が設立された。設立目的は「各種真空装置の輸入販売」で、資本金は600万円という小規模な出発であった。創業期の日本産業界には半導体・ディスプレイ・電子部品といった現在の真空応用領域はまだ存在せず、真空技術は研究室レベルの応用が主であった。日本真空技術は黎明期の真空装置市場に対し、まず海外(米国・欧州)からの装置輸入販売で事業を立ち上げた。社名そのものに「真空」を冠した日本最初の専業メーカーで、この戦略的選択が以後70年以上にわたる事業の方向性を決定づけることになる。
設立から3年弱の1955年4月、大森工場を新設し国産装置の製造に開始した。輸入販売から国産設計・製造への転換である。続く1956年11月には株式会社東洋精機真空研究所を合併し、尼崎工場として真空化学装置・真空ポンプの規格品製造に着手した。創業4年で輸入商社から国産メーカーへの転身を実現し、真空装置の専業製造メーカーとしての事業基盤を整えた。1961年7月には真空冶金事業を開始、1962年9月には真空材料株式会社、1962年10月には熱分析機器メーカー真空理工株式会社を設立し、真空応用の周辺領域へ事業を多角化した。創業10年で輸入商社から国産化、さらに材料・計測機器までを擁する真空技術専業グループへと発展した。
1963年──新生産業による吸収合併と組織再編
1963年10月、創業者個人による経営から、1929年創立の旧会社・新生産業株式会社による吸収合併へと組織再編が行われた。旧会社による吸収という形で、合併後の社名は日本真空技術株式会社のまま継続されている。この組織再編は、戦後復興期の創業企業が、戦前から続く別の老舗法人格との結合により、財務基盤と組織格の引き上げを図った典型的な事例である。1968年5月には本社・横浜工場を神奈川県茅ヶ崎市に移転し、以後現在に至るまで本社所在地は茅ヶ崎市で固定されている。
1960〜1970年代──米国・台湾合弁と海外展開の起点
1964年1月、米国Reliance Electric and Engineering Co.と共同出資で日本リライアンス株式会社を設立した。米国企業との合弁開始で、米国の真空技術・電気機器技術を国内に取り込む狙いがある。同年7月には香港万豊有限公司と共同出資でHong Kong ULVAC Co. Ltd.を設立、アジア展開の起点とした。1975年12月には北米現地法人ULVAC North America Corp.を設立、対米輸出の拠点として米国市場での販売・サービス体制を確立した。創業から25年で米国・アジアへの拠点展開を完了した。
1981年10月、米国Helix Technology Corp.と共同出資でアルバック・クライオ株式会社を設立し、クライオポンプ(極低温ポンプ)事業を確立した。1982年1月には台湾にULVAC TAIWAN Co. Ltd.を設立、同年11月には米国The Perkin Elmer社と共同出資でアルバック・ファイ株式会社を設立して計測分析事業を強化した。1982年12月には茨城県つくば市に筑波超材料研究所を設立、研究開発体制を強化した。1985年3月には核融合臨界プラズマ実験装置「JT-60」の真空排気系を納入、大型科学装置への参入を果たした。1987年2月には西独にULVAC GmbHを設立して欧州市場へ進出、同年9月には英文社名をULVAC JAPAN Ltd.に変更してグローバルブランドの統一を図った。創業30〜40年で米国・台湾・欧州への拠点配置を完了し、真空技術専業メーカーとして世界市場での事業展開の素地を整えた。
1990年──富士裾野工場と半導体製造装置への参入
1990年5月、静岡県裾野市に富士裾野工場を新設した。半導体製造装置の生産体制強化を目的としたもので、創業期からの真空応用領域に半導体製造装置という大型成長市場を加えた転換点となる。1990年代の日本半導体産業の成長期に重ねて、ULVAC の半導体製造装置事業は事業の中核へと発展していく。
各種真空装置の輸入販売を目的として、日本真空技術株式会社を設立する。輸入装置の販売を起点に、将来的には国産化と真空応用領域への事業展開を志向する。
以降は執筆中