セコム の歴史

更新:

創業

1962年

創業者

飯田亮

創業地

東京都

直近売上高(2026/3)

12,569億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1960年代後半に、巡回警備から機械警備へ主力を切り替えたのか
A 人手に頼る巡回警備は、契約が増えるほど警備員も増やさねばならず、需要に人の採用が追いつかないと成長が頭打ちになる。1964年の東京オリンピック選手村警備で認知が広がり、1965年には法人からの警戒注文が殺到したが、人を増やしても捌ききれなかった。そこで飯田亮氏は1966年6月に日本初のオンライン安全システム「SPアラーム」を発売し、センサーが異常を検知して監視センターへ通報し駆けつけ要員が向かう仕組みへ主力を移した。契約が積み上がるほど初期投資が薄まり、人件費に比例しない収益構造を警備業で初めて成立させた。
Q なぜ1983年に社名を「セコム」へ変え、警備業からの脱却を掲げたのか
A 機械警備が生んだ継続課金の収益で資金を蓄えても、「警備会社」の看板のままでは売り先が防犯・防災の現場に縛られ、扱える市場が頭打ちになる。全国の拠点網と監視センター、異常を検知して人が駆けつける仕組みは、医療や保険にも転用できる資産であった。そこで飯田亮氏は社内の反対を押し切り、1983年12月に日本警備保障をセコムへ改名し、安全・安心で快適な社会をつくる社会システム産業への転身を掲げた。1986年にはAI等を研究するセコムIS研究所を設けて、後の在宅医療・損害保険・防災への参入を社内外で正当化する地ならしとした
Q なぜ2024年以降、ため込んだ資本を買収ではなく株主還元へ向けたのか
A 2010年代に現金管理・BPO・通信などを次々に買収して売上は1兆円超へ伸びたものの、取り込んだ領域は人手依存度が高く、営業利益は2020年3月期から2025年3月期まで1,400億円前後で横ばいにとどまった。事業を足しても1株あたりの価値が増えにくいなら、厚い自己資本と機械警備のストック収益が生む手元資金は、配当と自己株取得で還元するほうが資本効率に資する。2024年4月に就いた吉田保幸社長は、同年10月に1株を2株へ分割して株主優待を新設し、2025年5月に上限600億円・1,800万株の自己株式取得を決議した

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1962年〜 「安全はタダ」の国に警備を売り、人手から機械へ切り替える

セコムの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1962年 セコム創業——巡回ガードマンから日本初のオンライン警備「SPアラーム」へ 「安全はタダ」とされた日本で、酒問屋を出た29歳・飯田亮氏は、戸田壽一氏との民間警備会社をどう機械警備の事業へ育てたか
  2. 1964年 東京オリンピックの選手村警備を単独で担当
  3. 1966年 人海警備から機械警備へ——日本初のオンライン安全システム「SPアラーム」 需要が人手の限界を超えたとき、飯田亮氏はなぜ「無人警備以外の注文をとるな」と号令したか
  4. 1974年 東京証券取引所市場第二部に上場
  5. 1975年 世界初のコンピュータ安全システムCSSを確立
  6. 1977年 東京電力・関西電力・中部電力との合弁で日本原子力防護システムを設立
  7. 1977年 安全機器を自社生産するセコム工業を設立

産業として存在しない市場へ、前金で売る

1962年7月7日、飯田亮氏と戸田壽一氏は日本警備保障株式会社を東京に設立した[1]。資本金600万円、社員5名の陣容で、飯田氏は29歳だった[2]。当時の日本では治安の維持を警察が無償で担う通念が根強く[3]、企業が代金を払って安全を買うという発想は浸透していない。飯田氏は赤坂の酒問屋「岡永」の三男[4]で、家業では代金の回収が長期にわたる。前金で対価を受け取れる業態を条件に独立先を探し[5]、欧米で既に機能していた民間警備に行き着いた[6]。飯田氏は独立の動機を「わたしが日本警備保障を設立した動機は、何も高邁なものはなく、何が何でも独立したいというガムシャラな独立心からである[7]」(日経ビジネス 1973/8/6)と振り返っている。創業初年度は法人顧客の開拓が難航し[8]、売上はごく小さい水準にとどまった。

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [1]1962年7月7日 日本警備保障株式会社を設立
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「安心産業夢見る草分けガードマン」(日経マグロウヒル社)
    • [2]飯田亮氏 1933年生まれ(創業時29歳)
    • [3]治安維持を警察が無償で担う通念が根強く民間警備という業態が未確立
    • [4]赤坂の酒問屋「岡永」の三男に生まれ家業へ入った
    • [5]前金で代金を受け取れる業態を条件に独立先を探し民間警備という未開拓領域に行き着いた
    • [6]欧米で機能していた民間警備の事例に着目し戸田壽一氏を共同創業者に誘った
    • [7]独立の動機を「何も高邁なものはなく、何が何でも独立したいというガムシャラな独立心から」と回想
    • [8]創業初年度は法人顧客の開拓が難航し売上はごく小さい水準

1964年10月の東京オリンピックで、日本警備保障は選手村などの警備を単独で担い[9]、創業から2年で国家的行事の警備を任された。請け負える民間警備会社がほかにほとんど存在しなかった[10]事情も、単独受注の背景にあった。日本の警備業は同社が1962年に創業したことに始まり、東京オリンピックによって業界は一挙に拡大している[11]。1965年末には法人からの「警戒」注文が殺到[12]した。ところが警備員を常駐・巡回させる人手警備は、契約が増えるほど警備員を増やさねばならず[13]、人件費が売上に比例して膨らむ。1966年末の人員は約790人[14]まで増えており、採用が需要の伸びに追いつかなければ成長が頭打ちになる構造を抱えていた。

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [9]1964年10月 東京オリンピックの選手村などの警備を単独で担当
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「安心産業夢見る草分けガードマン」(日経マグロウヒル社)
    • [10]請け負える民間警備会社がほかにほとんど存在しない事情が単独受注の背景
    • [13]警備は人海作戦が必要という従来の考え方が根強く、人手警備は契約増が人件費増に直結
    • [14]1966年末の人員 約790人
  • 証券アナリストジャーナル 1998年6月号(36巻7号)「東洋テック」
    • [11]日本の警備業は日本警備保障の昭和37年創業に始まり東京オリンピックで一挙に拡大
  • 読売新聞(1965年12月23日)
    • [12]1965年末 法人からの「警戒」注文が殺到
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [1]1962年7月7日 日本警備保障株式会社を設立
    • [9]1964年10月 東京オリンピックの選手村などの警備を単独で担当
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「安心産業夢見る草分けガードマン」(日経マグロウヒル社)
    • [2]飯田亮氏 1933年生まれ(創業時29歳)
    • [3]治安維持を警察が無償で担う通念が根強く民間警備という業態が未確立
    • [4]赤坂の酒問屋「岡永」の三男に生まれ家業へ入った
    • [5]前金で代金を受け取れる業態を条件に独立先を探し民間警備という未開拓領域に行き着いた
    • [6]欧米で機能していた民間警備の事例に着目し戸田壽一氏を共同創業者に誘った
    • [7]独立の動機を「何も高邁なものはなく、何が何でも独立したいというガムシャラな独立心から」と回想
    • [8]創業初年度は法人顧客の開拓が難航し売上はごく小さい水準
    • [10]請け負える民間警備会社がほかにほとんど存在しない事情が単独受注の背景
    • [13]警備は人海作戦が必要という従来の考え方が根強く、人手警備は契約増が人件費増に直結
    • [14]1966年末の人員 約790人
  • 証券アナリストジャーナル 1998年6月号(36巻7号)「東洋テック」
    • [11]日本の警備業は日本警備保障の昭和37年創業に始まり東京オリンピックで一挙に拡大
  • 読売新聞(1965年12月23日)
    • [12]1965年末 法人からの「警戒」注文が殺到

府中3億円事件と、無人警備への一本化

1966年6月、日本警備保障は日本初のオンラインによる安全システム「SPアラーム」を開発・発売した[15]。センサーが異常を検知し、専用電話回線で監視センターへ通報し[16]、駆けつけ要員が現場へ向かう仕組みで、警備は契約先に社員を常駐させる方式と機械的に監視する無人化警備とに分かれた。飯田氏は機械化したのちも保証金とレンタル制を採り[17]、契約が続くかぎり利用料が積み上がる収益の仕組みを設計している。創業当時は業種がサービス業で担保もなく、銀行からの融資が厳しかったため、創業時から前払い制を採っていた[18]。学校・銀行・店舗など夜間の無人時間が長い施設が初期の顧客となった[19]

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [15]1966年6月 日本初のオンライン安全システム「SPアラーム」を開発・発売
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「安心産業夢見る草分けガードマン」(日経マグロウヒル社)
    • [16]契約先に社員を常駐させる警備と専用電話回線で機械的にチェックする無人化警備に分かれていた
    • [19]学校・銀行・店舗など夜間無人時間の長い施設が初期顧客
  • 週刊東洋経済 2002年1月19日号「不屈の経営者21人の神髄 キャッシュフロー経営を徹底追求 セコム 飯田亮取締役最高顧問」
    • [17]機械化後も保証金・レンタル制を採用しキャッシュフローを生む仕組みを作った
    • [18]創業時は業種がサービス業で担保がなく銀行融資が厳しかったため前払い制を採用

1968年12月に東京府中で3億円事件が起きる[20]と、機械では犯行を防げないという批判が向けられた。飯田氏はむしろ機械警備への確信を強め、1969年に「今後は無人警備以外の注文をとるな[21]」と社内へ指示した。人手警備の新規受注を断つ号令であり、当時の無人化警備はまだ売上の0.5%[22]にすぎない。号令の後、無人化警備は1972年に全売上の55%、1973年には60%近くへ広がった[23]。1972年からは大会社・大工場向けに人と機械を併用した大規模警備システムも投入している[24]。創業10年で売上は約82億円、人員は5,500人規模[25]に達した。

  • 読売新聞(1969年4月8日)
    • [20]1968年12月 東京府中で3億円事件が発生
    • [21]飯田亮氏 1969年「今後は無人警備以外の注文をとるな」と社内へ指示
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「安心産業夢見る草分けガードマン」(日経マグロウヒル社)
    • [22]1969年時点で無人化警備は売上の0.5%
    • [23]無人化警備 1972年に全売上の55%・1973年に60%近く
    • [24]1972年から大会社・大工場向けに人と機械を併用した大規模警備システムを投入
    • [25]創業10年で売上 約82億円・人員5,500人規模
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [15]1966年6月 日本初のオンライン安全システム「SPアラーム」を開発・発売
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「安心産業夢見る草分けガードマン」(日経マグロウヒル社)
    • [16]契約先に社員を常駐させる警備と専用電話回線で機械的にチェックする無人化警備に分かれていた
    • [19]学校・銀行・店舗など夜間無人時間の長い施設が初期顧客
    • [22]1969年時点で無人化警備は売上の0.5%
    • [23]無人化警備 1972年に全売上の55%・1973年に60%近く
    • [24]1972年から大会社・大工場向けに人と機械を併用した大規模警備システムを投入
    • [25]創業10年で売上 約82億円・人員5,500人規模
  • 週刊東洋経済 2002年1月19日号「不屈の経営者21人の神髄 キャッシュフロー経営を徹底追求 セコム 飯田亮取締役最高顧問」
    • [17]機械化後も保証金・レンタル制を採用しキャッシュフローを生む仕組みを作った
    • [18]創業時は業種がサービス業で担保がなく銀行融資が厳しかったため前払い制を採用
  • 読売新聞(1969年4月8日)
    • [20]1968年12月 東京府中で3億円事件が発生
    • [21]飯田亮氏 1969年「今後は無人警備以外の注文をとるな」と社内へ指示

上場と、機器内製・原子力防護への広がり

1972年12月、株式の額面金額を変更するため、日本警備保障はエスピーアラームシステムズを形式上の存続会社として合併した[26]。登記上の設立年月日が1923年4月4日と記される[27]のはこの合併によるもので、実質上の存続会社である日本警備保障の設立は1962年7月7日にあたる。1974年6月、同社は東京証券取引所市場第二部に上場した[28]。上場した年、全国250カ所に警報基地を持ち、従業員3,300人、年間売上110億円・経常利益11億円[29]を計上し、年30%を超える成長率を保った。

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [26]1972年12月 株式額面金額変更のためエスピーアラームシステムズ(形式上の存続会社)と合併
    • [27]登記上の設立年月日1923年4月4日は株式額面変更目的の合併によるもので実質上の存続会社の設立は1962年7月7日
    • [28]1974年6月 東京証券取引所市場第二部に上場
  • 読売新聞(1974年10月2日)
    • [29]1974年時点 全国250カ所の警報基地・従業員3,300人・年間売上110億円・経常利益11億円・年30%超の成長

1975年3月、日本警備保障は世界初のコンピュータ安全システムCSSを確立した[30]。1977年7月、日本警備保障は東京電力・関西電力・中部電力との合弁で、原子力防護の専門会社である日本原子力防護システムを設立し[31]、警備の対象を民間施設の外へも広げた。同年10月には安全機器を自社で生産するセコム工業を設立している[32]。機械化セキュリティーの機器は売り切らず、5年契約のレンタルで貸し出す形をとり[33]、契約が続くかぎり利用料が積み上がる。

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [30]1975年3月 世界初のコンピュータ安全システムCSSを確立
    • [31]1977年7月 東京電力・関西電力・中部電力との合弁で日本原子力防護システムを設立
    • [32]1977年10月 安全機器を自社生産するセコム工業を設立
  • 日経ビジネス 1992年2月24日号「セコム『本業』と会長への依存に決別 専任役員決め新規事業加速」
    • [33]機械化セキュリティー事業は5年契約のレンタルでストック収入を生む仕組み
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [26]1972年12月 株式額面金額変更のためエスピーアラームシステムズ(形式上の存続会社)と合併
    • [27]登記上の設立年月日1923年4月4日は株式額面変更目的の合併によるもので実質上の存続会社の設立は1962年7月7日
    • [28]1974年6月 東京証券取引所市場第二部に上場
    • [30]1975年3月 世界初のコンピュータ安全システムCSSを確立
    • [31]1977年7月 東京電力・関西電力・中部電力との合弁で日本原子力防護システムを設立
    • [32]1977年10月 安全機器を自社生産するセコム工業を設立
  • 読売新聞(1974年10月2日)
    • [29]1974年時点 全国250カ所の警報基地・従業員3,300人・年間売上110億円・経常利益11億円・年30%超の成長
  • 日経ビジネス 1992年2月24日号「セコム『本業』と会長への依存に決別 専任役員決め新規事業加速」
    • [33]機械化セキュリティー事業は5年契約のレンタルでストック収入を生む仕組み

1978年〜 家庭と海外へ売り先を広げ、「セコム」へ改称する

セコムの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1978年 タイワンセコムと業務提携
  2. 1981年 日本初の家庭用安全システム「マイアラーム」を発売
  3. 1981年 韓国三星グループとの合弁で韓国安全システムを設立
  4. 1983年 セコムに商号変更
  5. 1986年 セコムIS研究所を設立
  6. 1991年 在宅医療サービスを開始
  7. 1991年 「本業」と会長依存からの決別——事業5分割と専任役員制 好業績のさなか、飯田亮会長はなぜ自らへの依存を薄めようとしたか

東証一部指定と、アジアへ連なる提携

1978年1月、日本警備保障は台湾のタイワンセコム社と業務提携を結び[34]、海外での事業に着手した。同年5月には東京証券取引所市場第一部に指定され[35]、創業から16年で一部上場に到達している。1981年3月には韓国三星グループとの合弁で韓国安全システムを設立した[36]。同社はのちにエスワンと改称している[37]。1987年9月にタイでタイセコムピタキイ社を[38]、1991年4月に英国でセコムキャロル社を設立し[39]、1992年12月には中国での持株会社である西科姆(中国)有限公司を設けた[40]

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [34]1978年1月 台湾のタイワンセコム社と業務提携
    • [35]1978年5月 東京証券取引所市場第一部に指定
    • [36]1981年3月 韓国三星グループとの合弁で韓国安全システム(現エスワン)を設立
    • [37]韓国安全システムは現エスワン
    • [38]1987年9月 タイにタイセコムピタキイ社(現タイセコムセキュリティ社)を設立
    • [39]1991年4月 英国にセコムキャロル社(現セコムPLC)を設立
    • [40]1992年12月 中国での持株会社 西科姆(中国)有限公司を設立

国内では警備業そのものが産業として立ち上がりつつあり、1980年代の後半には日本の警備会社が約4,000社を数えた[41]。そのうち売上高100億円を超えるのは日本警備保障と綜合警備保障の2社だけ[42]で、事業者の数は多くとも規模を持つ会社はごくわずかという分布だった。綜合警備保障は1988年から通信衛星を利用した警備[43]に入っている。機械警備は異常があれば現場へ急行するパトロール隊を配置する必要があり[44]、全国で維持できるのは大手業者に限られた。1997年時点でセコムは警備業界の売上高の1割にあたる2千億円を占め、従業員1万人[45]を擁している。

  • 日本産業史(日経文庫)第4巻「情報・通信・サービス」(1989年)
    • [41]1980年代後半 警備会社 約4,000社
    • [42]売上高100億円超は日本警備保障(現セコム)と綜合警備保障の2社のみ
    • [43]綜合警備保障 昭和63年から通信衛星を利用した警備
  • 証券アナリストジャーナル 1997年12月号(36巻1号)「東洋テック」
    • [44]現場へ急行するパトロール隊が必要で大手業者しか手がけられない
    • [45]1997年時点 セコムは業界売上高の1割・2千億円・従業員1万人
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [34]1978年1月 台湾のタイワンセコム社と業務提携
    • [35]1978年5月 東京証券取引所市場第一部に指定
    • [36]1981年3月 韓国三星グループとの合弁で韓国安全システム(現エスワン)を設立
    • [37]韓国安全システムは現エスワン
    • [38]1987年9月 タイにタイセコムピタキイ社(現タイセコムセキュリティ社)を設立
    • [39]1991年4月 英国にセコムキャロル社(現セコムPLC)を設立
    • [40]1992年12月 中国での持株会社 西科姆(中国)有限公司を設立
  • 日本産業史(日経文庫)第4巻「情報・通信・サービス」(1989年)
    • [41]1980年代後半 警備会社 約4,000社
    • [42]売上高100億円超は日本警備保障(現セコム)と綜合警備保障の2社のみ
    • [43]綜合警備保障 昭和63年から通信衛星を利用した警備
  • 証券アナリストジャーナル 1997年12月号(36巻1号)「東洋テック」
    • [44]現場へ急行するパトロール隊が必要で大手業者しか手がけられない
    • [45]1997年時点 セコムは業界売上高の1割・2千億円・従業員1万人

家庭向け「マイアラーム」の13年

1981年1月、日本警備保障はわが国初の家庭用安全システム「マイアラーム」を開発・発売した[46]。法人の施設に続いて個人の住宅へ売り先を広げたものの、1988年に東京・自由が丘へ開いたホームセキュリティのアンテナショップ[47]では、セキュリティ商品を求めて店に足を運ぶ客は皆無だった[48]。電話で営業をしても主婦の多くが「セコム」の名を知らず、消費者金融会社と混同されることが珍しくない[49]。契約数が延べ5万件に達するまでには、事業開始から13年[50]の歳月を要している。

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [46]1981年1月 わが国初の家庭用安全システム「マイアラーム」を開発・発売
  • 日経ビジネス 2004年2月2日号「ケーススタディー セコム 独創と粘りの常勝戦略」(日経BP社)
    • [47]1988年 東京・自由が丘にホームセキュリティのアンテナショップを開設
    • [48]「セキュリティ商品を求めてお店に足を運ぶようなお客様は皆無だった」
    • [49]主婦の多くがセコムのブランドを知らず消費者金融会社と混同された
    • [50]ホームセキュリティ契約数が延べ5万件到達まで事業開始から13年

家庭向けの市場が細かった時期にも撤退せず、他社が本格的に参入するまでの約20年間[51]、同社はこの分野でほぼ単独の事業者として営業を続けた。その結果、2000年代の初めには家庭向け警備で8割のシェアを占め、事業所向けの機械警備でも6割[52]を握る。新規契約数は2000年代初頭で年間3万5,000件[53]に達した。創業者の飯田亮氏がまとめた「セコム憲法」の第4条は、社会の変化に先駆けてサービスを準備する責任[54]を掲げ、最初の段階では社会習慣に馴染まず相当な障害が予想されるが、それゆえに選択する価値がある[55]と記した。

  • 日経ビジネス 2004年2月2日号「ケーススタディー セコム 独創と粘りの常勝戦略」(日経BP社)
    • [51]他社の本格参入までの約20年間 ほぼ単独の事業者
    • [52]家庭向け警備シェア8割・事業所向け機械警備シェア6割
    • [53]ホームセキュリティ新規契約数 年間3万5,000件
    • [54]「セコム憲法」第4条 社会の変化に先駆けて社会サービスシステムを準備し実行する責任
    • [55]「最初の段階では、社会習慣に馴じまず、相当な障害が予想される。しかし、それだからこそセコムが選択する価値のある事業なのである」
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
    • [46]1981年1月 わが国初の家庭用安全システム「マイアラーム」を開発・発売
  • 日経ビジネス 2004年2月2日号「ケーススタディー セコム 独創と粘りの常勝戦略」(日経BP社)
    • [47]1988年 東京・自由が丘にホームセキュリティのアンテナショップを開設
    • [48]「セキュリティ商品を求めてお店に足を運ぶようなお客様は皆無だった」
    • [49]主婦の多くがセコムのブランドを知らず消費者金融会社と混同された
    • [50]ホームセキュリティ契約数が延べ5万件到達まで事業開始から13年
    • [51]他社の本格参入までの約20年間 ほぼ単独の事業者
    • [52]家庭向け警備シェア8割・事業所向け機械警備シェア6割
    • [53]ホームセキュリティ新規契約数 年間3万5,000件
    • [54]「セコム憲法」第4条 社会の変化に先駆けて社会サービスシステムを準備し実行する責任
    • [55]「最初の段階では、社会習慣に馴じまず、相当な障害が予想される。しかし、それだからこそセコムが選択する価値のある事業なのである」

社名変更が用意した、多角化への足場

1983年12月、日本警備保障はセコムへ社名を変更した[56]。社内には猛反対があったものの、飯田氏は警備業にとどまらず、安全・安心で快適・便利に暮らせる社会をつくる社会システム産業への転身を掲げ、反対を押し切った。1986年12月には人工知能などの基盤技術を研究するセコムIS研究所を設立している[57]。1989年には米国の在宅医療会社HMSSを買収し[58]、在宅輸液療法の技術を取り込んだ。1991年3月期の売上高は1,335億円で、その74%近くを機械化セキュリティー事業が占めている[59]

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [56]1983年12月 日本警備保障からセコムへ社名変更
    • [57]1986年12月 AI等の基盤技術を研究するセコムIS研究所を設立
  • 日経ビジネス 1994年6月6日号「セコム 看護婦の採用認められ『在宅医療』展開に弾み」
    • [58]1989年 米国の在宅医療会社HMSSを買収し在宅輸液療法のノウハウを蓄積
  • 日経ビジネス 1992年2月24日号「セコム『本業』と会長への依存に決別 専任役員決め新規事業加速」
    • [59]1991年3月期 売上高1,335億円・機械化セキュリティー事業が74%近く

1991年6月、セコムは無菌調剤室を備えた調剤薬局を開設し[60]、在宅医療サービスの一つとして自宅で点滴治療を受ける患者への薬剤供給を始めた。あわせて訪問看護サービスの提供にも入っている[61]。無菌調剤薬局で栄養剤を調製し、24時間の体制で訪問看護にあたる[62]仕組みで、1989年に買収したHMSSの在宅輸液療法の技術がここで生きた。ただし医療法は病院を開く主体を非営利に限り、企業の医療参入を認めていない[63]。医療の周辺分野であっても、民間企業の参入には拒絶反応に近いものがあった[64]。セコムが在宅医療に投じた金額はこの時点で約3億円[65]にとどまる。

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [60]1991年6月 無菌調剤室を備えた調剤薬局を開設し在宅医療・訪問看護を開始
    • [61]自宅で点滴治療を受ける患者への薬剤供給と訪問看護サービスの提供を開始
  • 日経ビジネス 1994年6月6日号「セコム 看護婦の採用認められ『在宅医療』展開に弾み」
    • [62]無菌調剤薬局で栄養剤を調製し24時間体制で訪問看護を実施
    • [63]医療法は病院を開く主体を非営利に限り企業の医療参入を認めず
    • [64]医療周辺分野でも民間企業の参入に拒絶反応に近いものがあった
    • [65]在宅医療への投資額 約3億円
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [56]1983年12月 日本警備保障からセコムへ社名変更
    • [57]1986年12月 AI等の基盤技術を研究するセコムIS研究所を設立
    • [60]1991年6月 無菌調剤室を備えた調剤薬局を開設し在宅医療・訪問看護を開始
    • [61]自宅で点滴治療を受ける患者への薬剤供給と訪問看護サービスの提供を開始
  • 日経ビジネス 1994年6月6日号「セコム 看護婦の採用認められ『在宅医療』展開に弾み」
    • [58]1989年 米国の在宅医療会社HMSSを買収し在宅輸液療法のノウハウを蓄積
    • [62]無菌調剤薬局で栄養剤を調製し24時間体制で訪問看護を実施
    • [63]医療法は病院を開く主体を非営利に限り企業の医療参入を認めず
    • [64]医療周辺分野でも民間企業の参入に拒絶反応に近いものがあった
    • [65]在宅医療への投資額 約3億円
  • 日経ビジネス 1992年2月24日号「セコム『本業』と会長への依存に決別 専任役員決め新規事業加速」
    • [59]1991年3月期 売上高1,335億円・機械化セキュリティー事業が74%近く

1992年〜 創業者への依存を薄め、規制の壁の内側へ入る

セコムの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1992年 「本業」と会長依存からの決別——事業5分割と専任役員制 好業績のさなか、飯田亮会長はなぜ自らへの依存を薄めようとしたか
  2. 1994年 在宅医療への参入と「医経分離」への一石 企業の医療参入を阻む規制のなかで、セコムはなぜ在宅医療に賭けたか
  3. 1998年 日本初の画像センサー利用オンライン画像監視システム「セコムAX」を発売
  4. 1998年 東洋火災海上保険に資本参加
  5. 2001年 移動体向けセキュリティ「ココセコム」を発売
  6. 2001年 日本初の自由診療保険「メディコム」をセコム損保が発売

事業5分割と、創業者が退いた1997年

1991年12月1日、セコムはグループ事業をセキュリティー・周辺・情報処理・海外・メディカルの5分野へ対等に分割し[66]、それぞれに専任役員を置いた。28期連続で増収増益を重ねている最中[67]の組織改革である。中核のセキュリティー事業を「本業」の地位から降ろし、担当役員には小峰顕一社長を当てて[68]、グループ戦略から解き放って一事業に専念させた。グループ戦略会議ではセキュリティー以外の議題になると飯田亮会長の話を拝聴するだけになりがち[69]で、新規事業が会長の判断に依存していた。飯田会長は改革に「いつまでも僕に頼るな[70]」との考えを込め、自らのマネジメントを希薄にして人材を育てる意図[71]を示している。

  • 日経ビジネス 1992年2月24日号「セコム『本業』と会長への依存に決別 専任役員決め新規事業加速」
    • [66]1991年12月1日 グループ事業をセキュリティー・周辺・情報処理・海外・メディカルの5分野へ対等分割し専任役員を配置
    • [67]28期連続増収増益の最中の組織改革
    • [68]セキュリティー事業の担当役員に小峰顕一社長を充て「事業部長」と位置づけ
    • [69]グループ戦略会議でセキュリティー以外の議題は飯田会長の話を拝聴するだけになりがち
    • [70]飯田亮氏「いつまでも僕に頼るな」
    • [71]自らのマネジメントを希薄にして人材を育てる意図

飯田氏は1997年に代表取締役を退き[72]、取締役最高顧問へ退いた。退任について飯田氏は「創業者が死ぬまでやるというのは、いい葬式のあり方じゃない[73]」と述べ、自分が意思決定をしない癖を組織に染みつけるには5、6年かかると見て、そこから逆算して退く時期を決めた[74]と語っている。実際には退任後も役員が重要な案件を相談に訪れ[75]、社内では「代表」と呼ばれ続けた。飯田氏はキャッシュフローの範囲内での投資を創業時から意識[76]し、バブル期に持ち込まれた不動産絡みの案件はすべて断っている[77]。賃貸収入は人を怠惰にし、働かなくても食えるようになれば働く気風が失われる[78]という理由からだった。

  • 週刊東洋経済 1998年9月26日号「[フラッシュ]損保に参入、低価格化で勝負する ビッグバン・キーマンに聞く セコム取締役最高顧問 飯田亮」
    • [72]1997年 飯田亮氏が代表取締役を退任(取締役最高顧問へ)
    • [73]「創業者が死ぬまでやるというのは、いい葬式のあり方じゃない」
    • [74]意思決定をしない癖を組織に染みつけるには5〜6年かかると逆算して退任時期を決めた
    • [75]退任後も役員が重要な案件を相談に訪れた
  • 週刊東洋経済 2002年1月19日号「不屈の経営者21人の神髄 キャッシュフロー経営を徹底追求 セコム 飯田亮取締役最高顧問」
    • [76]キャッシュフローの範囲内での投資を創業時から意識
    • [77]バブル期の不動産絡みの案件はすべて断った
    • [78]「賃貸収入は人を怠惰にする。働かなくても食えるようになったら、働くカルチャーが失われてしまい、組織はめちゃくちゃになってしまう」
  • 日経ビジネス 1992年2月24日号「セコム『本業』と会長への依存に決別 専任役員決め新規事業加速」
    • [66]1991年12月1日 グループ事業をセキュリティー・周辺・情報処理・海外・メディカルの5分野へ対等分割し専任役員を配置
    • [67]28期連続増収増益の最中の組織改革
    • [68]セキュリティー事業の担当役員に小峰顕一社長を充て「事業部長」と位置づけ
    • [69]グループ戦略会議でセキュリティー以外の議題は飯田会長の話を拝聴するだけになりがち
    • [70]飯田亮氏「いつまでも僕に頼るな」
    • [71]自らのマネジメントを希薄にして人材を育てる意図
  • 週刊東洋経済 1998年9月26日号「[フラッシュ]損保に参入、低価格化で勝負する ビッグバン・キーマンに聞く セコム取締役最高顧問 飯田亮」
    • [72]1997年 飯田亮氏が代表取締役を退任(取締役最高顧問へ)
    • [73]「創業者が死ぬまでやるというのは、いい葬式のあり方じゃない」
    • [74]意思決定をしない癖を組織に染みつけるには5〜6年かかると逆算して退任時期を決めた
    • [75]退任後も役員が重要な案件を相談に訪れた
  • 週刊東洋経済 2002年1月19日号「不屈の経営者21人の神髄 キャッシュフロー経営を徹底追求 セコム 飯田亮取締役最高顧問」
    • [76]キャッシュフローの範囲内での投資を創業時から意識
    • [77]バブル期の不動産絡みの案件はすべて断った
    • [78]「賃貸収入は人を怠惰にする。働かなくても食えるようになったら、働くカルチャーが失われてしまい、組織はめちゃくちゃになってしまう」

医療への参入と、名前を出せない提携

1992年、セコムは放漫経営で倒産寸前になっていた久我山病院の再建を引き受け、社員の吉田誠二氏を理事長に送り込んで[79]収支を大幅に改善させた。医療と経営を分ける「医経分離」の論議に一石を投じる[80]関与である。1994年には厚生省が企業による看護婦の採用を認め、同年4月1日にセコムは新会社セコム在宅医療システムを設立して[81]看護婦を新会社の所属へ切り替えた。当時は医師以外によるカテーテル接続が違法とされ[82]、在宅医療に関心を持つ医師自体が限られている。患者数は3年後に500人という目標に対し、1994年5月末で99人[83]にとどまった。

  • 日経ビジネス 1992年11月16日号「放漫経営で倒産寸前の病院急増 セコムの再建、医経分離論議に一石」
    • [79]1992年 倒産寸前の久我山病院の再建を引き受け社員の吉田誠二氏を理事長に送り込み収支を改善
    • [80]医療と経営を分ける「医経分離」の論議に一石を投じた
  • 日経ビジネス 1994年6月6日号「セコム 看護婦の採用認められ『在宅医療』展開に弾み」
    • [81]1994年 厚生省が企業の看護婦採用を認め同年4月1日にセコム在宅医療システムを設立
    • [82]医師以外のカテーテル接続は違法とされ在宅医療に関心を持つ医師が限られた
    • [83]患者数は3年後500人目標に対し1994年5月末で99人

1998年に倒産した千葉の病院の土地・建物を購入して医師へ賃貸した[84]際、病院名を「セコム千葉病院」としようとしたところ、日本医師会や厚生省の強い反発を受けて変更を迫られた[85]。以後セコムはできるだけ表に出ず、自社の在宅医療・介護事業に役立つ病院と提携する方式[86]を採る。2002年6月に東京・初台へ開業したリハビリ専門病院では、医療法人輝生会に対し、能美防災が所有する約2,500平方メートルの土地を賃貸した[87]。役員派遣や出資を行わず経営には関与しないという立場[88]をとりながら、資金面を含めた支援の余地は残している。2002年3月には医療事業部門を分社化し、セコム在宅医療システム・セコムケアサービス・セコム漢方システムの3社を合併させてセコム医療システムを発足させた[89]

  • 日経ビジネス 2001年1月22日号「セコムが新設病院などと相次ぎ提携へ 土地賃貸しコスト減に協力、訪問看護・介護のメリット狙う」(日経BP社)
    • [84]1998年 倒産した千葉の病院の土地・建物を購入し医師へ賃貸
    • [85]病院名「セコム千葉病院」に日本医師会・厚生省が強く反発し変更を余儀なくされた
    • [86]以後は表に出ず自社の在宅医療・介護事業に役立つ病院と提携する方式
    • [87]医療法人輝生会へ能美防災所有の約2,500平方メートルの土地を賃貸
    • [88]「医療法人への役員派遣や出資はせず、経営には関与しない」(医療事業部担当取締役)
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [89]2002年3月 医療事業部門を分社化しセコム在宅医療システム・セコムケアサービス・セコム漢方システムの3社が合併してセコム医療システムが発足
  • 日経ビジネス 1992年11月16日号「放漫経営で倒産寸前の病院急増 セコムの再建、医経分離論議に一石」
    • [79]1992年 倒産寸前の久我山病院の再建を引き受け社員の吉田誠二氏を理事長に送り込み収支を改善
    • [80]医療と経営を分ける「医経分離」の論議に一石を投じた
  • 日経ビジネス 1994年6月6日号「セコム 看護婦の採用認められ『在宅医療』展開に弾み」
    • [81]1994年 厚生省が企業の看護婦採用を認め同年4月1日にセコム在宅医療システムを設立
    • [82]医師以外のカテーテル接続は違法とされ在宅医療に関心を持つ医師が限られた
    • [83]患者数は3年後500人目標に対し1994年5月末で99人
  • 日経ビジネス 2001年1月22日号「セコムが新設病院などと相次ぎ提携へ 土地賃貸しコスト減に協力、訪問看護・介護のメリット狙う」(日経BP社)
    • [84]1998年 倒産した千葉の病院の土地・建物を購入し医師へ賃貸
    • [85]病院名「セコム千葉病院」に日本医師会・厚生省が強く反発し変更を余儀なくされた
    • [86]以後は表に出ず自社の在宅医療・介護事業に役立つ病院と提携する方式
    • [87]医療法人輝生会へ能美防災所有の約2,500平方メートルの土地を賃貸
    • [88]「医療法人への役員派遣や出資はせず、経営には関与しない」(医療事業部担当取締役)
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [89]2002年3月 医療事業部門を分社化しセコム在宅医療システム・セコムケアサービス・セコム漢方システムの3社が合併してセコム医療システムが発足

損保参入、再建企業の買収、サイバー警備

1998年9月3日、セコムは中堅損保の東洋火災海上保険が行う第三者割当増資を15億3,000万円で引き受け、株式の34%を握った[90]。社名をセコム東洋損害保険へ改め、山中征二取締役を新社長に送り込んでいる[91]。相手に選んだ理由として飯田氏は、業態が小さければ事業費率などのコストも小さく、不良資産もないため体質のよい会社にしやすい[92]と読んだ点を挙げた。東洋火災の前期末の正味保険料は219億円、支払い余力を示すソルベンシーマージン比率は262%[93]で、業界では下位にあたる。全国850カ所の拠点[94]とその顧客に、セキュリティと結びつけて損保を販売する狙いだった。

  • 週刊東洋経済 1998年9月26日号「[フラッシュ]損保に参入、低価格化で勝負する ビッグバン・キーマンに聞く セコム取締役最高顧問 飯田亮」
    • [90]1998年9月3日 東洋火災海上保険の第三者割当増資を15億3,000万円で引き受け株式34%を取得
    • [91]社名をセコム東洋損害保険へ変更し山中征二取締役を新社長に
    • [92]「東洋火災なら業態が小さい。業態が小さいということは、事業費率などコストも小さいということ。また不良資産もないし、スタート時点でいい体質の会社になりやすいと読んだ」
    • [93]東洋火災の正味保険料219億円・ソルベンシーマージン比率262%(業界下位)
    • [94]セコムの拠点は全国850カ所

セコムは銀行が債権放棄した再建中の企業も相次いで傘下に入れ、1999年3月には金融機関へ650億円の債権放棄を求めた殖産住宅相互へ資本参加し[95]、8月には360億円の債権放棄を済ませた航空測量大手のパスコを150億円の増資で子会社化し[96]、9月には和議申請中の朝日建物を買収している[97]。朝日建物と殖産住宅ではホームセキュリティを組み込んだマンションを売り、パスコでは衛星を使った地図情報を警備へ取り込む狙い[98]があった。買うだけでなく売却も速く、子会社の東京インターネットは1998年10月に外資系企業へ売り、120億円の売却益を得ている[99]。飯田氏はこの一連の売買について「野性の本能が大事。うちはダボハゼ経営だよ」と語っている。 [100]

  • 週刊東洋経済 1999年8月28日号「商売上手セコム「M&A」絶好調 朝日建物を安値買いの次はCATV高値売り?」
    • [95]1999年3月 650億円の債権放棄を受けた殖産住宅相互に資本参加
    • [96]1999年8月 360億円の債権放棄を実施済みのパスコを150億円の増資で子会社化
    • [97]1999年9月 和議申請中の朝日建物を買収
    • [98]朝日建物・殖産住宅はホームセキュリティ組み込みマンション、パスコは衛星地図情報の警備への取り込みが動機
    • [99]1998年10月 東京インターネットを外資系企業へ売却し売却益120億円
    • [100]飯田亮氏「野性の本能が大事。うちはダボハゼ経営だよ」

1999年1月、飯田氏はサイバーセキュリティー事業を従来の警備と並ぶ車の両輪とする[101]と社内に宣言し、同年5月に約70人を集めて専門の事業部を新設した[102]。2000年4月には企業のネットワークへの不正アクセスを24時間監視し、侵入があれば通報する事業に入っている[103]。企業のファイアウオールの外側に侵入検知センサーを置き、東京・三鷹のセンターで監視する仕組みで、料金は月間十数万円[104]を想定した。自前で監視すれば昼夜交代の技術者に人件費だけで月100万円以上かかる[105]。2001年3月には移動する人物・車両向けのセキュリティサービス「ココセコム」を発売した[106]

  • 日経ビジネス 2000年2月14日号「セコム、『サイバーガードマン』に名乗り 不正アクセスを24時間監視・通報、従来警備と並ぶ事業に」(日経BP社)
    • [101]1999年1月 飯田亮氏「サイバーセキュリティー事業を従来の警備と並ぶ車の両輪とする」と社内へ宣言
    • [102]1999年5月 約70人を集めてサイバーセキュリティー事業部を新設
    • [103]2000年4月 企業ネットワークへの不正アクセスを24時間監視・通報する事業を開始
    • [104]ファイアウオールの外側に侵入検知センサーを設置し東京・三鷹のセンターで24時間監視、料金は月間十数万円
    • [105]自前で監視すると人件費だけで月100万円以上
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [106]2001年3月 移動する人物・車両向けセキュリティサービス「ココセコム」を開発・発売
  • 週刊東洋経済 1998年9月26日号「[フラッシュ]損保に参入、低価格化で勝負する ビッグバン・キーマンに聞く セコム取締役最高顧問 飯田亮」
    • [90]1998年9月3日 東洋火災海上保険の第三者割当増資を15億3,000万円で引き受け株式34%を取得
    • [91]社名をセコム東洋損害保険へ変更し山中征二取締役を新社長に
    • [92]「東洋火災なら業態が小さい。業態が小さいということは、事業費率などコストも小さいということ。また不良資産もないし、スタート時点でいい体質の会社になりやすいと読んだ」
    • [93]東洋火災の正味保険料219億円・ソルベンシーマージン比率262%(業界下位)
    • [94]セコムの拠点は全国850カ所
  • 週刊東洋経済 1999年8月28日号「商売上手セコム「M&A」絶好調 朝日建物を安値買いの次はCATV高値売り?」
    • [95]1999年3月 650億円の債権放棄を受けた殖産住宅相互に資本参加
    • [96]1999年8月 360億円の債権放棄を実施済みのパスコを150億円の増資で子会社化
    • [97]1999年9月 和議申請中の朝日建物を買収
    • [98]朝日建物・殖産住宅はホームセキュリティ組み込みマンション、パスコは衛星地図情報の警備への取り込みが動機
    • [99]1998年10月 東京インターネットを外資系企業へ売却し売却益120億円
    • [100]飯田亮氏「野性の本能が大事。うちはダボハゼ経営だよ」
  • 日経ビジネス 2000年2月14日号「セコム、『サイバーガードマン』に名乗り 不正アクセスを24時間監視・通報、従来警備と並ぶ事業に」(日経BP社)
    • [101]1999年1月 飯田亮氏「サイバーセキュリティー事業を従来の警備と並ぶ車の両輪とする」と社内へ宣言
    • [102]1999年5月 約70人を集めてサイバーセキュリティー事業部を新設
    • [103]2000年4月 企業ネットワークへの不正アクセスを24時間監視・通報する事業を開始
    • [104]ファイアウオールの外側に侵入検知センサーを設置し東京・三鷹のセンターで24時間監視、料金は月間十数万円
    • [105]自前で監視すると人件費だけで月100万円以上
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [106]2001年3月 移動する人物・車両向けセキュリティサービス「ココセコム」を開発・発売

2004年〜 買収で裾野を広げ、1兆円に届いた先の課題

セコムの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2006年 能美防災を子会社化
  2. 2007年 PFI刑務所「美祢社会復帰促進センター」を開設
  3. 2010年 前田修司が代表取締役社長に就任
  4. 2012年 アット東京を子会社化
  5. 2014年 インド初の日本企業経営総合病院「サクラ・ワールド・ホスピタル」を開院
  6. 2014年 伊藤博が代表取締役社長に就任
  7. 2023年 アルテリア・ネットワークスに資本参加

ガリバーの数字と、医療事業の黒字化

2004年3月期、セコムの連結売上高は前期比1.7%増の5,319億円、経常利益は同10.3%増の773億円[107]となり、ともに過去最高を更新した。単体では設立以来41期にわたって増収が続いている[108]。2002年1月の時点で飯田亮氏は38期連続の増収増益を上場会社では最長不倒距離[109]だと述べており、そこからさらに記録を伸ばした。事業所向けの機械警備で6割、家庭向けで8割のシェア[110]を握り、他社の追随を許さない。2003年3月期には医療事業が初めて赤字を脱し[111]、警備・医療・損害保険・情報通信その他の全事業分野が黒字となった。

  • 日経ビジネス 2004年2月2日号「ケーススタディー セコム 独創と粘りの常勝戦略」(日経BP社)
    • [107]2004年3月期 連結売上高5,319億円(前期比1.7%増)・経常利益773億円(同10.3%増)でともに過去最高
    • [108]単体で設立以来41期連続増収
    • [110]事業所向け機械警備シェア6割・家庭向けシェア8割
    • [111]2003年3月期 医療事業が初の黒字化で全事業分野が黒字
  • 週刊東洋経済 2002年1月19日号「不屈の経営者21人の神髄 キャッシュフロー経営を徹底追求 セコム 飯田亮取締役最高顧問」
    • [109]2002年1月時点 38期連続増収増益は「上場会社では最長不倒距離」

医療との関わりも提携によって全国へ広がり、北海道最大規模の医療法人である渓仁会には、破綻した日本リースが所有していたグループ病院の土地・建物を買い取る資金の調達に協力し、100億円を超える債務保証を引き受けた[112]。ほかにも10億円を超える債務保証をした医療法人が2つ[113]ある。土地の提供や資金面の支援でセコムが側面から支える病院は2004年時点で全国に13、病床数は約4,500、患者数は年間160万人規模[114]に達した。株式会社による病院経営が無条件に認められる日を待つ構え[115]で、規制が動くまでの間は出資と役員派遣を避けた関与にとどめている。

  • 日経ビジネス 2004年2月2日号「ケーススタディー セコム 独創と粘りの常勝戦略」(日経BP社)
    • [112]医療法人渓仁会へ100億円超の債務保証(日本リース所有のグループ病院の土地・建物取得資金)
    • [113]10億円超の債務保証をした医療法人が2つ
    • [114]2004年時点 提携病院13・病床数約4,500・患者数年間160万人規模
    • [115]株式会社による病院経営が無条件に認められる時を待ち構えた
  • 日経ビジネス 2004年2月2日号「ケーススタディー セコム 独創と粘りの常勝戦略」(日経BP社)
    • [107]2004年3月期 連結売上高5,319億円(前期比1.7%増)・経常利益773億円(同10.3%増)でともに過去最高
    • [108]単体で設立以来41期連続増収
    • [110]事業所向け機械警備シェア6割・家庭向けシェア8割
    • [111]2003年3月期 医療事業が初の黒字化で全事業分野が黒字
    • [112]医療法人渓仁会へ100億円超の債務保証(日本リース所有のグループ病院の土地・建物取得資金)
    • [113]10億円超の債務保証をした医療法人が2つ
    • [114]2004年時点 提携病院13・病床数約4,500・患者数年間160万人規模
    • [115]株式会社による病院経営が無条件に認められる時を待ち構えた
  • 週刊東洋経済 2002年1月19日号「不屈の経営者21人の神髄 キャッシュフロー経営を徹底追求 セコム 飯田亮取締役最高顧問」
    • [109]2002年1月時点 38期連続増収増益は「上場会社では最長不倒距離」

機械で置き換えにくい人手の領域を買う

2006年12月、セコムは東京証券取引所市場第一部に上場する能美防災を連結子会社化し[116]、火災報知器と消火設備を手がける防災事業を取り込んだ。2007年4月には山口県美祢市にわが国初のPFI刑務所である美祢社会復帰促進センターを開設し[117]、センターのセキュリティ・総務支援・刑務作業支援を引き受けた。同センターの受託は2025年3月に終了している[118]。2012年4月に国内防災業界大手のニッタンを[119]、同年10月に国内最大規模のデータセンター事業会社であるアット東京[120]を、それぞれ連結子会社とした。2014年3月には、日本企業が経営するインド初の総合病院「サクラ・ワールド・ホスピタル」を開院している[121]

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [116]2006年12月 東証一部上場の能美防災を連結子会社化
    • [117]2007年4月 わが国初のPFI刑務所「美祢社会復帰促進センター」を開設(2025年3月終了)
    • [118]美祢社会復帰促進センターの受託は2025年3月に終了
    • [119]2012年4月 国内防災業界大手のニッタンを連結子会社化
    • [120]2012年10月 国内最大規模のデータセンター事業会社アット東京を連結子会社化
    • [121]2014年3月 日本企業が経営するインド初の総合病院「サクラ・ワールド・ホスピタル」を開院

2015年以降は機械で置き換えにくい人手の領域へ買収を集中させ、同年8月に小荷物専用昇降機で国内シェア首位のクマリフト[122]を、同年12月に集配金サービスの業界トップであるアサヒセキュリティを連結子会社化[123]している。2017年10月にはコンタクトセンター業務やバックオフィス業務のBPOを手がけるTMJ[124]を、2018年8月には施設警備と消防・防災設備の保守点検を担うセコムトセック[125]を傘下に入れた。2022年7月には大型商業施設の常駐警備を強みとし航空保安業務で業界トップクラスのセノン[126]を、2023年8月には電気通信事業のアルテリア・ネットワークスに資本参加した[127]

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [122]2015年8月 小荷物専用昇降機の国内シェア1位クマリフトを連結子会社化
    • [123]2015年12月 集配金サービス業界トップのアサヒセキュリティを連結子会社化
    • [124]2017年10月 コンタクトセンター・BPOのTMJを連結子会社化
    • [125]2018年8月 施設警備・消防防災設備保守のセコムトセックを連結子会社化
    • [126]2022年7月 常駐警備・航空保安のセノンを連結子会社化
    • [127]2023年8月 電気通信事業のアルテリア・ネットワークスに資本参加

2015年12月、セコムは世界初の民間防犯用の自律型小型飛行監視ロボット「セコムドローン」の提供を始めた[128]。2016年9月にはわが国初の高精度な3D立体地図によるセキュリティプランニングシステム[129]を、2017年7月にはIoT機器と接続する新型ホームセキュリティ「セコム・ホームセキュリティNEO」を発売している[130]。2022年1月には、AIを活用した等身大バーチャルキャラクターが警備・受付業務を担う世界初のバーチャル警備システム[131]と、AI・5Gを使うセキュリティロボット「cocobo」を相次いで出した。2023年10月にはAIで巡回・侵入監視を行うセキュリティドローン「セコムドローンXX」を開発した[132]

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [128]2015年12月 世界初の民間防犯用自律型小型飛行監視ロボット「セコムドローン」の提供開始
    • [129]2016年9月 わが国初の高精度3D立体地図によるセキュリティプランニングシステムを提供開始
    • [130]2017年7月 新型ホームセキュリティ「セコム・ホームセキュリティNEO」を発売
    • [131]2022年1月 世界初のAIバーチャル警備システムとセキュリティロボット「cocobo」を発売
    • [132]2023年10月 AIで巡回・侵入監視を行うセキュリティドローン「セコムドローンXX」を開発
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [116]2006年12月 東証一部上場の能美防災を連結子会社化
    • [117]2007年4月 わが国初のPFI刑務所「美祢社会復帰促進センター」を開設(2025年3月終了)
    • [118]美祢社会復帰促進センターの受託は2025年3月に終了
    • [119]2012年4月 国内防災業界大手のニッタンを連結子会社化
    • [120]2012年10月 国内最大規模のデータセンター事業会社アット東京を連結子会社化
    • [121]2014年3月 日本企業が経営するインド初の総合病院「サクラ・ワールド・ホスピタル」を開院
    • [122]2015年8月 小荷物専用昇降機の国内シェア1位クマリフトを連結子会社化
    • [123]2015年12月 集配金サービス業界トップのアサヒセキュリティを連結子会社化
    • [124]2017年10月 コンタクトセンター・BPOのTMJを連結子会社化
    • [125]2018年8月 施設警備・消防防災設備保守のセコムトセックを連結子会社化
    • [126]2022年7月 常駐警備・航空保安のセノンを連結子会社化
    • [127]2023年8月 電気通信事業のアルテリア・ネットワークスに資本参加
    • [128]2015年12月 世界初の民間防犯用自律型小型飛行監視ロボット「セコムドローン」の提供開始
    • [129]2016年9月 わが国初の高精度3D立体地図によるセキュリティプランニングシステムを提供開始
    • [130]2017年7月 新型ホームセキュリティ「セコム・ホームセキュリティNEO」を発売
    • [131]2022年1月 世界初のAIバーチャル警備システムとセキュリティロボット「cocobo」を発売
    • [132]2023年10月 AIで巡回・侵入監視を行うセキュリティドローン「セコムドローンXX」を開発

トップ更迭劇と、1兆円に届いた先の課題

2016年5月11日、セコムの取締役会は前田修司会長と伊藤博社長を解職し[133]、両氏は取締役を辞任した。2016年3月期まで4期連続で過去最高の純利益を記録し[134]、今期も更新が見込まれるさなかの交代である。解職に賛成したのは11人の取締役のうち6人[135]で、指名・報酬委員会でも意見は分かれていた。日本銀行出身で常務から昇格した新社長の中山泰男[136]は、前田氏が約7年にわたり強力なリーダーシップを発揮したものの副作用として自由な気風が失われた[137]と説明している。当時83歳の飯田亮取締役最高顧問は19年前に会長を退いた後も社内で「代表」と呼ばれ[138]、絶対的な影響力を保っていた。2022年4月には東京証券取引所の市場区分見直しにより、市場第一部からプライム市場へ移っている[139]

  • 週刊東洋経済 2016年6月4日号「ニュース最前線04 セコムでトップ更迭劇 気になる飯田氏の影」
    • [133]2016年5月11日 取締役会が前田修司会長と伊藤博社長を解職し両氏は取締役を辞任
    • [134]2016年3月期まで4期連続で過去最高純益
    • [135]解職への賛成は11人の取締役のうち6人
    • [136]日本銀行出身・常務から昇格した中山泰男氏が新社長に就任
    • [137]中山泰男氏「前田氏は約7年にわたり、強力なリーダーシップを発揮したが、副作用として自由な気風が失われた」
    • [138]飯田亮取締役最高顧問(当時83歳)は19年前に会長を退いた後も社内で「代表」と呼ばれ絶対的な影響力を保持
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [139]2022年4月 東証の市場区分見直しにより市場第一部からプライム市場へ移行

2019年3月期、セコムの連結売上高は1兆138億円と初めて1兆円を超え、経常利益は1,448億円[140]を計上した。2026年3月期には連結売上高1兆2,568億円、営業利益1,603億円、親会社株主に帰属する当期純利益1,126億円[141]へ伸びた。ただし営業利益は2020年3月期の1,428億円から2025年3月期の1,442億円までほぼ横ばい[142]で、買収による売上の積み上げが利益の伸びには直結していない。2025年3月期の内訳では、セキュリティサービスが売上6,334億円・営業利益1,150億円と連結営業利益の8割を占め[143]、防災は売上1,771億円・営業利益201億円[144]、BPO・ICTは売上1,285億円・営業利益92億円[145]、保険は売上594億円・営業利益42億円[146]にとどまった。同期の総資産は2兆1,455億円、自己資本は1兆2,703億円[147]である。

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【連結損益計算書】
    • [140]2019年3月期 連結売上高1兆138億円で初の1兆円超・経常利益1,449億円
    • [141]2026年3月期 連結売上高1兆2,568億円・営業利益1,603億円・純利益1,126億円
    • [142]営業利益は2020年3月期1,428億円から2025年3月期1,442億円までほぼ横ばい
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【セグメント情報】
    • [143]2025年3月期 セキュリティサービス 売上6,334億円・営業利益1,150億円(連結営業利益の約8割)
    • [144]2025年3月期 防災 売上1,771億円・営業利益201億円
    • [145]2025年3月期 BPO・ICT 売上1,285億円・営業利益92億円
    • [146]2025年3月期 保険 売上594億円・営業利益42億円
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【連結貸借対照表】
    • [147]2025年3月期 総資産2兆1,455億円・自己資本1兆2,703億円

慢性的な人手不足を抱える警備業界にあって、2024年4月に代表取締役社長へ就いた吉田保幸[148]は、3年連続のベースアップを打ち出し、セキュリティスタッフへの高い賃上げを方針として掲げた[149]。前社長の中山泰男氏は、地域の防災力が落ちている現状を指摘している[150]。国内市場では、2008年の警備業界の売上高が3兆3,413億円と9年ぶりに下落し[151]、常駐警備の収入が落ち込んだ。当時の前田修司社長は値下げ競争に入るつもりはない[152]と述べ、安全へのニーズがない人はいない[153]として所得層を限らない営業方針を示していた。海外売上は2008年3月期の218億円から2025年3月期の698億円へ増えた[154]ものの、連結売上に占める割合は約3%から5.8%への変化にとどまり、国内の比重が大きい。

  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【役員の状況】
    • [148]2024年4月 吉田保幸氏が代表取締役社長に就任
  • 日刊工業新聞(2024年9月17日)
    • [149]3年連続のベースアップとセキュリティスタッフへの高い賃上げを表明
  • 日刊工業新聞(2017年3月27日)
    • [150]中山泰男氏が地域の防災力の低下を指摘
  • 週刊東洋経済 2010年1月16日号「特集 ニッポンの犯罪と災害 防犯ビジネス 法人向け警備はすでに頭打ち 警備業界版「三国志」 家庭向け警備を取り込め」
    • [151]2008年の国内警備業界売上高 3兆3,413億円で9年ぶりに下落・常駐警備の収入が大幅減
    • [152]前田修司氏「値下げ競争に入るつもりはない。いいサービスを適正な価格で提供していく」
    • [153]前田修司氏「どこがターゲットかと聞かれれば全部。安全・安心に対するニーズがない人はいないからだ」
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【セグメント情報】(所在地別)
    • [154]海外売上 2008年3月期218億円(連結の約3%)→2025年3月期698億円(同5.8%)
  • 週刊東洋経済 2016年6月4日号「ニュース最前線04 セコムでトップ更迭劇 気になる飯田氏の影」
    • [133]2016年5月11日 取締役会が前田修司会長と伊藤博社長を解職し両氏は取締役を辞任
    • [134]2016年3月期まで4期連続で過去最高純益
    • [135]解職への賛成は11人の取締役のうち6人
    • [136]日本銀行出身・常務から昇格した中山泰男氏が新社長に就任
    • [137]中山泰男氏「前田氏は約7年にわたり、強力なリーダーシップを発揮したが、副作用として自由な気風が失われた」
    • [138]飯田亮取締役最高顧問(当時83歳)は19年前に会長を退いた後も社内で「代表」と呼ばれ絶対的な影響力を保持
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
    • [139]2022年4月 東証の市場区分見直しにより市場第一部からプライム市場へ移行
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【連結損益計算書】
    • [140]2019年3月期 連結売上高1兆138億円で初の1兆円超・経常利益1,449億円
    • [141]2026年3月期 連結売上高1兆2,568億円・営業利益1,603億円・純利益1,126億円
    • [142]営業利益は2020年3月期1,428億円から2025年3月期1,442億円までほぼ横ばい
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【セグメント情報】
    • [143]2025年3月期 セキュリティサービス 売上6,334億円・営業利益1,150億円(連結営業利益の約8割)
    • [144]2025年3月期 防災 売上1,771億円・営業利益201億円
    • [145]2025年3月期 BPO・ICT 売上1,285億円・営業利益92億円
    • [146]2025年3月期 保険 売上594億円・営業利益42億円
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【連結貸借対照表】
    • [147]2025年3月期 総資産2兆1,455億円・自己資本1兆2,703億円
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【役員の状況】
    • [148]2024年4月 吉田保幸氏が代表取締役社長に就任
  • 日刊工業新聞(2024年9月17日)
    • [149]3年連続のベースアップとセキュリティスタッフへの高い賃上げを表明
  • 日刊工業新聞(2017年3月27日)
    • [150]中山泰男氏が地域の防災力の低下を指摘
  • 週刊東洋経済 2010年1月16日号「特集 ニッポンの犯罪と災害 防犯ビジネス 法人向け警備はすでに頭打ち 警備業界版「三国志」 家庭向け警備を取り込め」
    • [151]2008年の国内警備業界売上高 3兆3,413億円で9年ぶりに下落・常駐警備の収入が大幅減
    • [152]前田修司氏「値下げ競争に入るつもりはない。いいサービスを適正な価格で提供していく」
    • [153]前田修司氏「どこがターゲットかと聞かれれば全部。安全・安心に対するニーズがない人はいないからだ」
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【セグメント情報】(所在地別)
    • [154]海外売上 2008年3月期218億円(連結の約3%)→2025年3月期698億円(同5.8%)

セコムの沿革1962〜2024年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
セコム創業——巡回ガードマンから日本初のオンライン警備「SPアラーム」へ「安全はタダ」とされた日本で、酒問屋を出た29歳・飯田亮氏は、戸田壽一氏との民間警備会社をどう機械警備の事業へ育てたか 詳細を読む★★★
東京オリンピックの選手村警備を単独で担当
人海警備から機械警備へ——日本初のオンライン安全システム「SPアラーム」需要が人手の限界を超えたとき、飯田亮氏はなぜ「無人警備以外の注文をとるな」と号令したか 詳細を読む★★★
東京証券取引所市場第二部に上場
世界初のコンピュータ安全システムCSSを確立★★
東京電力・関西電力・中部電力との合弁で日本原子力防護システムを設立
安全機器を自社生産するセコム工業を設立
タイワンセコムと業務提携
日本初の家庭用安全システム「マイアラーム」を発売★★
韓国三星グループとの合弁で韓国安全システムを設立
セコムに商号変更
セコムIS研究所を設立
タイセコムピタキイ社を設立
小峰顕一在宅医療サービスを開始★★
小峰顕一「本業」と会長依存からの決別——事業5分割と専任役員制好業績のさなか、飯田亮会長はなぜ自らへの依存を薄めようとしたか 詳細を読む★★★
小峰顕一在宅医療への参入と「医経分離」への一石企業の医療参入を阻む規制のなかで、セコムはなぜ在宅医療に賭けたか 詳細を読む★★★
小峰顕一日本初の画像センサー利用オンライン画像監視システム「セコムAX」を発売
小峰顕一東洋火災海上保険に資本参加★★
小峰顕一移動体向けセキュリティ「ココセコム」を発売
小峰顕一日本初の自由診療保険「メディコム」をセコム損保が発売
原口兼正能美防災を子会社化★★
原口兼正PFI刑務所「美祢社会復帰促進センター」を開設
前田修司前田修司が代表取締役社長に就任
前田修司アット東京を子会社化★★
伊藤博インド初の日本企業経営総合病院「サクラ・ワールド・ホスピタル」を開院
伊藤博伊藤博が代表取締役社長に就任
伊藤博世界初の民間防犯用自律型小型飛行監視ロボット「セコムドローン」を発売
尾関一郎尾関一郎が代表取締役社長に就任
尾関一郎世界初のAIバーチャル警備システムを発売
尾関一郎セノンを子会社化
尾関一郎アルテリア・ネットワークスに資本参加★★
吉田保幸吉田保幸が代表取締役社長に就任
出典・参考
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】(当時社名 日本警備保障)
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「安心産業夢見る草分けガードマン」(日経マグロウヒル社)
  • 証券アナリストジャーナル 1998年6月号(36巻7号)「東洋テック」
  • 読売新聞(1965年12月23日)
  • 週刊東洋経済 2002年1月19日号「不屈の経営者21人の神髄 キャッシュフロー経営を徹底追求 セコム 飯田亮取締役最高顧問」
  • 読売新聞(1969年4月8日)
  • 読売新聞(1974年10月2日)
  • 日経ビジネス 1992年2月24日号「セコム『本業』と会長への依存に決別 専任役員決め新規事業加速」
  • 日本産業史(日経文庫)第4巻「情報・通信・サービス」(1989年)
  • 証券アナリストジャーナル 1997年12月号(36巻1号)「東洋テック」
  • 日経ビジネス 2004年2月2日号「ケーススタディー セコム 独創と粘りの常勝戦略」(日経BP社)
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【沿革】
  • 日経ビジネス 1994年6月6日号「セコム 看護婦の採用認められ『在宅医療』展開に弾み」
  • 週刊東洋経済 1998年9月26日号「[フラッシュ]損保に参入、低価格化で勝負する ビッグバン・キーマンに聞く セコム取締役最高顧問 飯田亮」
  • 日経ビジネス 1992年11月16日号「放漫経営で倒産寸前の病院急増 セコムの再建、医経分離論議に一石」
  • 日経ビジネス 2001年1月22日号「セコムが新設病院などと相次ぎ提携へ 土地賃貸しコスト減に協力、訪問看護・介護のメリット狙う」(日経BP社)
  • 週刊東洋経済 1999年8月28日号「商売上手セコム「M&A」絶好調 朝日建物を安値買いの次はCATV高値売り?」
  • 日経ビジネス 2000年2月14日号「セコム、『サイバーガードマン』に名乗り 不正アクセスを24時間監視・通報、従来警備と並ぶ事業に」(日経BP社)
  • 週刊東洋経済 2016年6月4日号「ニュース最前線04 セコムでトップ更迭劇 気になる飯田氏の影」
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【連結損益計算書】
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【セグメント情報】
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【連結貸借対照表】
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【役員の状況】
  • 日刊工業新聞(2024年9月17日)
  • 日刊工業新聞(2017年3月27日)
  • 週刊東洋経済 2010年1月16日号「特集 ニッポンの犯罪と災害 防犯ビジネス 法人向け警備はすでに頭打ち 警備業界版「三国志」 家庭向け警備を取り込め」
  • セコム 有価証券報告書 第63期(2025年3月期)【セグメント情報】(所在地別)

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