SUMCO の歴史

更新:

創業

1958年

創業者

※住友金属工業+三菱マテリアル

創業地

東京都港区

直近売上高(2025/12)

4,096億円

長期業績と転換点(1997/3〜2025/12)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1958年から1960年にかけて住友・三菱・コマツが別々にシリコン事業を始めたのか
A 三系列が並んで始まったのは、非鉄金属や素材製造を本業とする親会社が、その本業の延長で半導体用シリコンに参入したためである。1958年12月に新日本窒素肥料が日窒電子化学を、1959年10月に三菱金属鉱業等が日本電子金属を、1960年4月に小松製作所と石塚研究所が小松電子金属を設立した。トランジスタから集積回路へ需要が立ち上がる時代に、素材系の大手3資本が各自の子会社で同じ市場へ足場を築いた結果、国内に3系列が並走する分散体制となった。
Q なぜ1999年に住友系と三菱系が共同出資でシリコン事業を集約したのか
A 後発の住友系・三菱系が出資を持ち寄ったのは、300mmへの世代交代に1拠点あたり数百億円規模の投資が要り、両系列とも単独では支え切れなかったためである。1999年7月、住友金属工業・三菱マテリアル・三菱マテリアルシリコンが共同出資でシリコンユナイテッドマニュファクチュアリングを設立した。単独投資を選んだ信越化学に対し、住友・三菱は投資を分担して2強の一角を確保し、2002年2月の合併で三菱住友シリコンへ、2005年8月にSUMCOへ商号を統一した
Q なぜ2025年に小径ウェーハ生産を終了し300mm先端品へ集約したのか
A 集約に動いたのは、中国勢の台頭と需要低迷で小径事業の採算が続かなくなり、経営資源を300mm先端品へ寄せる必要があったためである。2025年2月、SUMCOはSUMCO TECHXIV宮崎工場の小径ウェーハ生産を2026年末で終えると決め、固定資産減損46億円と棚卸資産評価減12億円の特別損失58億円を計上した。住友系が1962年に製造を始めた源流を引く拠点の人と設備を、AIサーバー向けなど先端ロジック用の300mmウェーハへ振り向ける再編に転じた

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1958年〜 散在した三つの源流と事業ポートフォリオ再編

  1. 1958年 日窒電子化学を設立
  2. 1960年 小松電子金属を設立
  3. 1962年 シリコンウェーハ生産開始
  4. 1973年 九州電子金属を設立
  5. 1991年 三菱マテリアルシリコンに商号変更
  6. 1999年 シリコンユナイテッドマニュファクチュアリング設立
  7. 2001年 300mmウェーハの生産開始

住友・三菱・コマツ ── 別々に始まった三つのシリコン事業

SUMCOの源流は、1958年から1960年にかけて別々に立ち上がった三つの会社にある。1958年12月、新日本窒素肥料が半導体用高純度シリコンの製造販売を目的に日窒電子化学を設立した。翌1959年10月には三菱金属鉱業等が日本電子金属を、1960年4月には小松製作所と石塚研究所が共同出資で小松電子金属を設立している。いずれも親会社が非鉄金属や素材製造の本業を抱え、その延長線上で半導体用シリコンに参入した形で、同じ市場に三つの資本系列が並行に足場を築いた。トランジスタから集積回路へ移る需要の立ち上がりを、当時の日本は素材系大手の分散参入で受け止めようとしていた。 [1][2][3]

  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1958年12月 新日本窒素肥料が半導体用高純度シリコンの製造・販売を目的に日窒電子化学を設立
    • [2]1959年10月 三菱金属鉱業等が半導体用高純度シリコンの製造・販売等を目的に日本電子金属を設立
    • [3]1960年4月 小松製作所と石塚研究所の共同出資で小松電子金属を設立(SUMCO TECHXIVの前身)

住友系は1962年1月に大阪チタニウム製造尼崎工場でシリコンウェーハの生産を開始し、1973年8月には住友金属工業との共同出資で九州電子金属を設立した。三菱系・住友系・コマツ系は同じ半導体材料市場を別々の事業体として歩み続け、その間に商号変更や子会社化を繰り返した結果、シリコンウェーハ業界は信越化学を含めた複数プレーヤーが並立する複雑な構造になっていた。系列ごとに工場・販路・技術開発を抱える分散体制は、需要が右肩上がりの時期には各社の成長余地を生んだが、大口径化と数百億円規模の設備投資の局面に入るや、重複投資と規模不足という弱点として跳ね返る素地をつくった。国内だけで3系列が走る構図は、顧客メーカーから見ても調達窓口が分散する不利があり、1980年代までの成長局面では顕在化しなかった非効率が、1990年代の市況悪化と300mm化要請で表面化した。 [4][5]

  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [4]1962年1月 大阪チタニウム製造尼崎工場でシリコンウェーハの生産開始(住友系シリコン事業の起点)
    • [5]1973年8月 大阪チタニウム製造と住友金属工業の共同出資で九州電子金属を設立
  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1958年12月 新日本窒素肥料が半導体用高純度シリコンの製造・販売を目的に日窒電子化学を設立
    • [2]1959年10月 三菱金属鉱業等が半導体用高純度シリコンの製造・販売等を目的に日本電子金属を設立
    • [3]1960年4月 小松製作所と石塚研究所の共同出資で小松電子金属を設立(SUMCO TECHXIVの前身)
    • [4]1962年1月 大阪チタニウム製造尼崎工場でシリコンウェーハの生産開始(住友系シリコン事業の起点)
    • [5]1973年8月 大阪チタニウム製造と住友金属工業の共同出資で九州電子金属を設立

半導体不況の連鎖で再編が不可避になった1990年代後半

1990年代後半、シリコンウェーハ業界は世界的な需給悪化と300mm化への1拠点数百億円規模の投資要請という二重の圧力にさらされた。1998年10月、住友金属工業と住友シチックスが合併し、住友系のシリコン事業はシチックス事業本部として母体に統合された。同時期、三菱マテリアルも傘下の三菱マテリアルシリコンを通じて事業統合の選択肢を探っていた。半導体メモリの価格下落と米国ドットコム景気の減速が重なり、単独での設備投資継続は資本収益率の面で説明がつかなくなっていた。子会社ごとの事業を一度親会社に引き戻して再編の玉にする動きが、住友・三菱双方でほぼ同時に進行した。 [6][7]

  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [6]1998年10月 住友金属工業と住友シチックスが合併し、住友金属工業シチックス事業本部が発足
    • [7]三菱マテリアルシリコンは三菱マテリアル傘下(1991年10月 日本シリコンが商号変更)

当時、シリコンウェーハの需要主体はDRAMからロジックや先端品へ広がり、300mmへの世代交代が業界のテーマとなっていた。300mm化には1拠点あたり数百億円規模の投資が必要であり、住友・三菱の双方とも単独では先行投資を支え切れない状況にあった。1999年7月、両社は三菱マテリアルシリコンを交えた共同出資で「シリコンユナイテッドマニュファクチュアリング」を設立し、後のSUMCO本体となる枠組みが組成された。信越化学が早期に単独で300mm化へ踏み切ったのに対し、後発の住友・三菱側は共同出資で投資を分担する道を選び、業界再編は日本勢を信越とSUMCOの2社に集約していく前哨戦となった。単独投資路線と共同出資路線という対照的な選択は、以後の開発速度や顧客ごとの供給責任の取り方にも色濃く残り、2強体制と呼ばれる構図のなかでも両社の動き方の違いを生む原点になった。 [8]

  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [8]1999年7月 住友金属工業・三菱マテリアル・三菱マテリアルシリコンの共同出資でシリコンユナイテッドマニュファクチュアリングを設立(300mmウェーハの開発・製造目的、SUMCOの直接の起点)
  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [6]1998年10月 住友金属工業と住友シチックスが合併し、住友金属工業シチックス事業本部が発足
    • [7]三菱マテリアルシリコンは三菱マテリアル傘下(1991年10月 日本シリコンが商号変更)
    • [8]1999年7月 住友金属工業・三菱マテリアル・三菱マテリアルシリコンの共同出資でシリコンユナイテッドマニュファクチュアリングを設立(300mmウェーハの開発・製造目的、SUMCOの直接の起点)

2002年〜 三社統合と300mm賭けの代償と事業基盤の拡充

SUMCOの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2002年 住友・三菱のシリコンウェーハ事業の統合と300mm専業会社の設立 単独では負えなくなった300mm投資を、住友金属工業と三菱マテリアルはなぜ折半出資の一社に託したか
  2. 2005年 商号をSUMCOに変更
  3. 2005年 三菱住友シリコンからSUMCOへの商号統一と東証一部への上場 親会社2社の増資と欠損てん補に支えられてきた会社が、統合から3年余で自ら資本市場へ出たのはなぜか
  4. 2006年 コマツ電子金属を子会社化
  5. 2010年 初の営業赤字・純損失を計上
  6. 2011年 尼崎工場閉鎖
  7. 2011年 橋本眞幸が代表取締役に就任

住友と三菱が組んだ新会社が3年9カ月で東証一部に駆け上がった理由

シリコンユナイテッドマニュファクチュアリングは2001年10月に300mmウェーハの生産を開始し、2002年2月、住友金属工業からシチックス事業本部の営業を譲り受けると同時に三菱マテリアルシリコンと合併し、商号を三菱住友シリコンに変更した。住友系・三菱系のシリコン事業はここで一体化した。2005年8月に商号を株式会社SUMCOへ統一し、同年11月には東証一部に上場した。事業統合から3年9カ月での上場となった。複数系列の子会社を同居させて発足した会社が短期で資本市場に向かった背景には、300mm投資の次波を自前の資本調達で賄う必要と、両親会社の依存から自立した意思決定体を仕立てる狙いがあった。 [9][10][11][12][13]

  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [9]2001年10月 300mmウェーハの生産開始
    • [10]2002年2月 住友金属工業よりシチックス事業本部の営業を譲受、三菱マテリアルシリコンと合併し三菱住友シリコンに商号変更
    • [11]2005年8月 商号を株式会社SUMCOに変更
    • [12]2005年11月 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [13]2002年2月の事業統合から2005年11月16日の東証一部上場まで3年9カ月。decisions/sumco-rebranding-and-tse-listing-2005.yamlの「2002年2月の事業統合から3年9カ月であった」と一致。本文の「わずか3年」は不一致

短期間で資本市場入りを果たせた背景には、当時の半導体ブームによる旺盛な300mm需要があった。FY05の売上高2,205億円から、FY07には4,749億円・営業利益1,403億円と業績は急拡大し、上場直後のSUMCOは300mm化という業界の構造変化に乗る代表銘柄として扱われた。2006年10月にはコマツ電子金属(後のSUMCO TECHXIV)も子会社化し、信越化学と並ぶ日系2強体制が整った。統合後わずか4年で売上を2倍以上に伸ばした成長は、300mm化に賭けた設備投資が需要ピークと重なった結果であり、上場以降のSUMCOは増産と設備投資を先行させる経営サイクルに入った。シリコンウェーハ事業は装置産業で、増産のたびに固定費を積み増す構造を抱えるため、需要が続く限り規模メリットが効く半面、市況が反転した瞬間に償却負担が業績を圧迫する性格を持つ。拡大期の追い風はこの性格を覆い隠した。 [14][15]

  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [14]2006年10月 コマツ電子金属(現SUMCO TECHXIV)を株式公開買付けにより子会社化
    • [15]コマツ電子金属子会社化で信越化学とSUMCOの日系2強体制が確立
  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [9]2001年10月 300mmウェーハの生産開始
    • [10]2002年2月 住友金属工業よりシチックス事業本部の営業を譲受、三菱マテリアルシリコンと合併し三菱住友シリコンに商号変更
    • [11]2005年8月 商号を株式会社SUMCOに変更
    • [12]2005年11月 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [13]2002年2月の事業統合から2005年11月16日の東証一部上場まで3年9カ月。decisions/sumco-rebranding-and-tse-listing-2005.yamlの「2002年2月の事業統合から3年9カ月であった」と一致。本文の「わずか3年」は不一致
    • [14]2006年10月 コマツ電子金属(現SUMCO TECHXIV)を株式公開買付けにより子会社化
    • [15]コマツ電子金属子会社化で信越化学とSUMCOの日系2強体制が確立

リーマン後の赤字 ── 統合直後に降りかかった市況急落

業績拡大期の300mm増強投資は、半導体市況が反転すると逆回転した。FY09(2010年1月期)、SUMCOは売上高2,182億円・営業赤字▲865億円・純損失▲1,004億円という事業統合後最大の損失を計上した。リーマンショック後のメモリ市況急落と稼働率低下が重なり、減損損失を含む特別損失も嵩んだ。FY10は売上が2,769億円に戻ったものの再び純損失▲655億円、FY11も純損失▲843億円と赤字3期連続となった。上場時に最大の強みとして語られた300mm先行投資が、市況悪化の局面では償却負担と固定費圧迫をそのまま決算に映す装置に反転し、SUMCOは統合直後の拡大期とほぼ同じ時間軸で赤字期に入った。シリコンウェーハ事業が装置産業として抱える特性、すなわち稼働率が下がるほど単位原価が跳ね上がる構造が、リーマン後の需要蒸発で教科書通りに現れたかたちで、統合直後の楽観からわずか数年で財務の余裕が削られた。

社長交代も相次いだ。FY08まで重松健二郎社長が務めた後、FY09に田口洋一氏が代表取締役に就任し、FY11からは橋本眞幸氏が代表取締役となった。2011年2月には住友系シリコン事業の発祥拠点である尼崎工場を閉鎖し、2013年7月には生野工場も閉鎖している。300mm化への先行投資と引き換えに、創業期からの旧来拠点を切り捨てる構造調整が集中した。旧三社の系列ごとに持ち寄った拠点網を300mm優先で選別し直す作業でもあり、住友金属工業との資本・人事のつながりが残るなかで、旧拠点の段取り放棄を含む重い判断が続けざまに積み上がっていた。社長を2年単位で入れ替えながら構造調整を進める形は、上場直後の拡大期とは異なる運営スタイルを要求し、就任間もない橋本社長は赤字・拠点閉鎖・顧客再交渉を同時に抱え込む位置からスタートした。 [16][17]

  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [16]2011年2月 尼崎工場閉鎖(住友系シリコン事業の発祥拠点=1962年に生産開始した大阪チタニウム製造尼崎工場)
    • [17]2013年7月 生野工場閉鎖
  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [16]2011年2月 尼崎工場閉鎖(住友系シリコン事業の発祥拠点=1962年に生産開始した大阪チタニウム製造尼崎工場)
    • [17]2013年7月 生野工場閉鎖

2012年〜 橋本長期政権と300mm再加速と事業基盤の拡充

SUMCOの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2012年 事業再生計画による尼崎・生野工場の閉鎖と太陽電池向けシリコンウェーハ事業からの撤退 住友系発祥の拠点まで畳む再建策で、赤字に沈んだシリコンウェーハ大手は何を残そうとしたか
  2. 2013年 生野工場閉鎖
  3. 2022年 阿波俊弘氏が社長に就任
  4. 2023年 高純度シリコンの株式取得

赤字3期連続から始まった橋本体制の長期回復

橋本眞幸氏はFY11の就任後、2015年末(FY15)から代表取締役会長兼CEOとなり、以後10年以上にわたって総括・市場環境の説明を担う体制が続いた。回復軌道は2012年以降にはっきり表れ、FY12(2013年1月期)に純損益が黒字転換(純利益34億円・営業利益132億円)、FY14には売上高2,253億円・営業利益256億円まで戻した。2016年3月には監査等委員会設置会社に移行している。3期連続赤字を挟んだ谷から会長兼CEO体制に集約したのは、生産再編と顧客交渉という長期課題を短任期の社長個別に任せるのではなく、一貫した判断軸でまとめて進めるための枠組みでもあり、以後の長期契約重視の経営姿勢はこの体制から形づくられた。統合会社として発足してから3人目のトップが10年以上にわたって市況説明と長期契約の交渉を担う形で経営の顔が安定したことが、顧客サイドの計画策定にも効いた。 [18][19]

  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【表紙】
    • [18]会長兼CEO体制はFY15〜FY25の11期にわたり継続(第27期有報の表紙でも代表取締役 会長兼CEO 橋本眞幸)
  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [19]2016年3月 監査等委員会設置会社に移行

橋本体制の特徴は、長期契約による価格規律を前面に出した経営姿勢にあった。半導体市況下降局面でも橋本会長は自社の落ち込みは市場ほど深くないとし、メモリー比率が市場全体の75%に対し自社では約50%にとどまることを理由に挙げた。価格面でも契約価格は守られているとして顧客との長期契約の規律を強調した。FY18には売上3,250億円・営業利益851億円、FY22には売上4,410億円・営業利益1,096億円と、リーマン前の2008年1月期(売上高4,749億円・営業利益1,403億円)に次ぐ水準まで業績を戻した。FY09に純損失1,000億円超を出した同じ会社が10年を挟んで営業利益1,000億円超の会社に変わったかたちで、リーマン後の苦い時期に橋本会長が決めた価格規律と顧客構成の組み替えが、業績回復に直接効いた。 [20][21]

    • [20]橋本会長が市況下降局面で「当社はそこまでは落ちていません」と発言(自社の落ち込みは市場ほど深くない)
    • [21]橋本会長が「契約価格も守ってもらっている」と発言(長期契約の価格規律)
  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【表紙】
    • [18]会長兼CEO体制はFY15〜FY25の11期にわたり継続(第27期有報の表紙でも代表取締役 会長兼CEO 橋本眞幸)
  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [19]2016年3月 監査等委員会設置会社に移行
    • [20]橋本会長が市況下降局面で「当社はそこまでは落ちていません」と発言(自社の落ち込みは市場ほど深くない)
    • [21]橋本会長が「契約価格も守ってもらっている」と発言(長期契約の価格規律)

AI需要が引き金 ── 過去最大の3,154億円設備投資

ピーク業績の裏側で、SUMCOは300mm先端品の能力増強に3,000億円規模の設備投資を振り向けていた。FY23の設備投資は3,154億円に達し、前年の1,308億円から1,846億円増という過去最大の水準となった。FY23時点の有利子負債は2,244億円(年初比+831億円)、自己資本比率は59.8%から53.3%に下がり、投資先行による財務レバレッジの上昇が数字に表れた。統合直後のFY07設備投資でも約1,500億円規模だった同社が、その倍を単年で投じる水準に踏み込んだのは、リーマン後の慎重姿勢から主力を投資拡大に移した選択であり、次の市況後退が来れば財務指標に跳ね返る構図を自覚した上での踏み込みだった。長期契約で価格と数量を顧客と握っているからこそ踏める投資であると同時に、受注が計画どおりに立ち上がらなければ有利子負債の膨張が経営を締めつける両刃の判断でもあった。 [22][23][24]

  • SUMCO 2023年12月期 決算説明会(2024年2月)
    • [22]FY23(2023年12月期)設備投資3,154億円
    • [23]FY23末の有利子負債2,244億円
    • [24]自己資本比率がFY22末59.8%→FY23末53.3%に低下

投資判断を支えたのは、AIサーバー向け先端ロジック半導体の需要拡大というシナリオだった。社長の阿波俊弘氏は半導体消費国としての中国市場の重みを挙げ、自動運転・EV・ロボット活用についても間違いなく伸びていくと中長期の需要拡大を強調した。FY23決算説明会でSUMCOは、AIサーバー1台あたり300mmウェーハ約1.8枚を使用し一般サーバーの3.4倍にあたるとし、データセンター向け先端プロセス用ウェーハ需要は2023〜2027年でCAGR26%、2027年には2023年比55%増になると示した(決算説明会 FY23)。2023年3月には三菱マテリアルが新設した高純度シリコン株式会社の株式を取得し、原料側の垂直統合も補強した。DRAM主導の旧来サイクルとは別のドライバーとしてAI需要を据え、先端ロジック用ウェーハに寄せた生産能力と原料安定調達をセットで組んだ読みである。 [25][26][27][28][29][30]

    • [25]阿波俊弘氏が社長(2022年6月就任・橋本会長兼CEO体制下)
    • [26]阿波社長が「半導体消費国として中国は非常に大きい」と発言
    • [27]阿波社長が「(自動運転、EV、ロボット活用について)間違いなく伸びていく」と発言
  • SUMCO 2023年12月期 決算説明会(2024年2月)
    • [28]AIサーバー1台あたり300mmウェーハ約1.8枚使用・一般サーバーの3.4倍(FY23決算説明会)
    • [29]データセンター向け先端プロセス用ウェーハ需要は2023〜2027年CAGR26%・2027年に2023年比55%増の見通し
  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [30]2023年3月 三菱マテリアルが新設した高純度シリコン株式会社の株式を取得(原料の垂直統合)
  • SUMCO 2023年12月期 決算説明会(2024年2月)
    • [22]FY23(2023年12月期)設備投資3,154億円
    • [23]FY23末の有利子負債2,244億円
    • [24]自己資本比率がFY22末59.8%→FY23末53.3%に低下
    • [28]AIサーバー1台あたり300mmウェーハ約1.8枚使用・一般サーバーの3.4倍(FY23決算説明会)
    • [29]データセンター向け先端プロセス用ウェーハ需要は2023〜2027年CAGR26%・2027年に2023年比55%増の見通し
    • [25]阿波俊弘氏が社長(2022年6月就任・橋本会長兼CEO体制下)
    • [26]阿波社長が「半導体消費国として中国は非常に大きい」と発言
    • [27]阿波社長が「(自動運転、EV、ロボット活用について)間違いなく伸びていく」と発言
  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
    • [30]2023年3月 三菱マテリアルが新設した高純度シリコン株式会社の株式を取得(原料の垂直統合)

SUMCOの沿革1958〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
日窒電子化学を設立
小松電子金属を設立
シリコンウェーハ生産開始★★
九州電子金属を設立
三菱マテリアルシリコンに商号変更
住友シチックスに商号変更
コマツ電子金属に商号変更
コマツ電子金属が東京証券取引所二部上場
シリコンユナイテッドマニュファクチュアリング設立★★
300mmウェーハの生産開始★★
住友・三菱のシリコンウェーハ事業の統合と300mm専業会社の設立単独では負えなくなった300mm投資を、住友金属工業と三菱マテリアルはなぜ折半出資の一社に託したか 詳細を読む★★★
重松健二郎商号をSUMCOに変更
重松健二郎三菱住友シリコンからSUMCOへの商号統一と東証一部への上場親会社2社の増資と欠損てん補に支えられてきた会社が、統合から3年余で自ら資本市場へ出たのはなぜか 詳細を読む★★★
重松健二郎コマツ電子金属を子会社化★★
田口洋一初の営業赤字・純損失を計上★★
田口洋一尼崎工場閉鎖
田口洋一橋本眞幸が代表取締役に就任
橋本眞幸事業再生計画による尼崎・生野工場の閉鎖と太陽電池向けシリコンウェーハ事業からの撤退住友系発祥の拠点まで畳む再建策で、赤字に沈んだシリコンウェーハ大手は何を残そうとしたか 詳細を読む★★★
橋本眞幸生野工場閉鎖
橋本眞幸阿波俊弘氏が社長に就任
高純度シリコンの株式取得
小径ウェーハ事業構造改革を発表★★
純損失に転落
出典・参考

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