【筆者所感】 SUMCOは1999年に住友金属工業と三菱マテリアル系が共同出資して生まれた統合会社で、シリコンウェーハ業界における日本側の最後の集約として登場した。2002年に三社の事業を束ねて発足し、わずか3年で東証一部上場まで駆け上がったが、その直後にリーマンショック後の半導体市況急落を受けて1,000億円超の純損失を計上した。300mm化には1拠点あたり数百億円規模の投資が必要であり、住友・三菱いずれも単独では支え切れなかった業界事情が、この短期上場と巨額損失という両面を生んだ。信越化学と並ぶ日系2強体制も、実態は巨額設備投資とメモリ市況の波に挟まれる綱渡りで、シリコンウェーハ事業の構造的特徴をそのまま映した歩みとなった。
業績の回復を主導したのは2011年に就任した橋本眞幸で、長期契約による価格規律と300mm先端品集中の二つを軸に据え、AI需要が顕在化した2022年に売上4,410億円のピークを記録した。しかし年間3,000億円規模の設備投資を続けた結果、市況調整下のFY25は純損失に転落し、66年続けた小径ウェーハ事業からの撤退も決断した。住友系シリコン事業の起点である1962年以来の小径ウェーハまで手放して300mm先端品に経営資源を寄せたのは、AIサーバー需要の長期拡大を前提に置いた賭けであり、短期業績の悪化と引き換えに次の需要波を取りに行く選択だった。上場直後の拡大期、リーマン後の赤字、AI需要への寄せ切り──同社の歩みは、装置産業特有の投資先行と市況波動の間で賭けを続ける歴史として読める。
歴史概略
1958年〜2001年散在した三つの源流と事業ポートフォリオ再編
住友・三菱・コマツ ── 別々に始まった三つのシリコン事業
SUMCOの源流は、1958年から1960年にかけて別々に立ち上がった三つの会社にある。1958年12月、新日本窒素肥料が半導体用高純度シリコンの製造販売を目的に日窒電子化学を設立した。翌1959年10月には三菱金属鉱業等が日本電子金属を、1960年4月には小松製作所と石塚研究所が共同出資で小松電子金属を設立している。いずれも親会社が非鉄金属や素材製造の本業を抱え、その延長線上で半導体用シリコンに参入した形で、同じ市場に三つの資本系列が並行に足場を築いた。トランジスタから集積回路へ移る需要の立ち上がりを、当時の日本は素材系大手の分散参入で受け止めようとしていた。
住友系は1962年1月に大阪チタニウム製造尼崎工場でシリコンウェーハの生産を開始し、1973年8月には住友金属工業との共同出資で九州電子金属を設立した。三菱系・住友系・コマツ系は同じ半導体材料市場を別々の事業体として歩み続け、その間に商号変更や子会社化を繰り返した結果、シリコンウェーハ業界は信越化学を含めた複数プレーヤーが並立する複雑な構造になっていた。系列ごとに工場・販路・技術開発を抱える分散体制は、需要が右肩上がりの時期には各社の成長余地を生んだが、大口径化と巨額投資の局面に入るや、重複投資と規模不足という弱点として跳ね返る素地をつくった。国内だけで3系列が走る構図は、顧客メーカーから見ても調達窓口が分散する不利があり、1980年代までの成長局面では顕在化しなかった非効率が、1990年代の市況悪化と300mm化要請で表面化した。
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半導体不況の連鎖で再編が不可避になった1990年代後半
1990年代後半、シリコンウェーハ業界は世界的な需給悪化と300mm化への巨額投資要請という二重の圧力にさらされた。1998年10月、住友金属工業と住友シチックスが合併し、住友系のシリコン事業はシチックス事業本部として母体に統合された。同時期、三菱マテリアルも傘下の三菱マテリアルシリコンを通じて事業統合の選択肢を探っていた。半導体メモリの価格下落と米国ドットコム景気の減速が重なり、単独での設備投資継続は資本収益率の面で説明がつかなくなっていた。子会社ごとの事業を一度親会社に引き戻して再編の玉にする動きが、住友・三菱双方でほぼ同時に進行した。
この時期、シリコンウェーハの需要主体はDRAMからロジックや先端品へ広がり、300mmへの世代交代が業界のテーマとなっていた。300mm化には1拠点あたり数百億円規模の投資が必要であり、住友・三菱の双方とも単独では先行投資を支え切れない状況にあった。1999年7月、両社は三菱マテリアルシリコンを交えた共同出資で「シリコンユナイテッドマニュファクチュアリング」を設立し、後のSUMCO本体となる枠組みが組成された。信越化学が早期に単独で300mm化へ踏み切ったのに対し、後発の住友・三菱側は共同出資で投資を分担する道を選んだ形であり、業界再編は日本勢を信越とSUMCOの2社に集約していく前哨戦となった。単独投資路線と共同出資路線という対照的な選択は、その後の開発速度や顧客ごとの供給責任の取り方にも色濃く残り、2強体制と呼ばれる構図のなかでも両社の動き方の違いを生む原点になった。
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2002年〜2011年三社統合と300mm賭けの代償と事業基盤の拡充
住友と三菱が組んだ新会社が3年で東証一部に駆け上がった理由
シリコンユナイテッドマニュファクチュアリングは2001年10月に300mmウェーハの生産を開始し、2002年2月、住友金属工業からシチックス事業本部の営業を譲り受けると同時に三菱マテリアルシリコンと合併し、商号を三菱住友シリコンに変更した。住友系・三菱系のシリコン事業はここで実質的に一体化された。2005年8月に商号を株式会社SUMCOへ統一し、同年11月には東証一部に上場した。事業統合からわずか3年での上場となった。複数系列の子会社を同居させて発足した会社が短期で資本市場に向かった背景には、300mm投資の次波を自前の資本調達で賄う必要と、両親会社の依存から自立した意思決定体を仕立てる狙いがあった。
短期間で資本市場入りを果たせた背景には、当時の半導体ブームによる旺盛な300mm需要があった。FY05の売上高2,205億円から、FY07には4,749億円・営業利益1,403億円と業績は急拡大し、上場直後のSUMCOは300mm化という業界の構造変化に乗る代表銘柄として扱われた。2006年10月にはコマツ電子金属(後のSUMCO TECHXIV)も子会社化し、信越化学と並ぶ日系2強体制が確立した。統合後わずか4年で売上を2倍以上に伸ばした成長は、300mm化に賭けた設備投資が需要ピークと重なった結果であり、上場以降のSUMCOは増産と設備投資を先行させる経営サイクルに入った。シリコンウェーハ事業は装置産業で、増産のたびに固定費を積み増す構造を抱えるため、需要が続く限り規模メリットが効く半面、市況が反転した瞬間に償却負担が業績を圧迫する性格を持つ。拡大期の追い風はこの性格を覆い隠した。
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リーマン後の赤字 ── 統合直後に降りかかった市況急落
業績拡大期の300mm増強投資は、半導体市況が反転すると逆回転した。FY09(2010/1期)、SUMCOは売上高2,182億円・営業赤字▲865億円・純損失▲1,004億円という事業統合後最大の損失を計上した。リーマンショック後のメモリ市況急落と稼働率低下が重なり、減損損失を含む特別損失も嵩んだ。FY10は売上が2,769億円に戻ったものの再び純損失▲655億円、FY11も純損失▲843億円と赤字3期連続となった。上場時に最大の強みとして語られた300mm先行投資が、市況悪化の局面では償却負担と固定費圧迫をそのまま決算に映す装置に反転し、SUMCOは統合直後の拡大期とほぼ同じ時間軸で赤字期に入った。シリコンウェーハ事業が装置産業として抱える特性、すなわち稼働率が下がるほど単位原価が跳ね上がる構造が、リーマン後の需要蒸発で教科書通りに現れたかたちで、統合直後の楽観からわずか数年で財務の余裕が削られた。
社長交代も相次いだ。FY08まで重松健二郎が務めた後、FY09に田口洋一が代表取締役に就任し、FY11からは橋本眞幸が代表取締役となった。2011年2月には住友系シリコン事業の発祥拠点である尼崎工場を閉鎖し、2013年7月には生野工場も閉鎖している。300mm化への先行投資と引き換えに、創業期からの旧来拠点を切り捨てる構造調整がこの時期に集中した。旧三社の系列ごとに持ち寄った拠点網を300mm優先で選別し直す作業でもあり、住友金属工業との資本・人事のつながりが残るなかで、旧拠点の段取り放棄を含む重い判断が続けざまに積み上がっていた。社長を2年単位で入れ替えながら構造調整を進める形は、上場直後の拡大期とは異なる運営スタイルを要求し、就任間もない橋本は赤字・拠点閉鎖・顧客再交渉を同時に抱え込む位置からスタートした。
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2012年〜2023年橋本長期政権と300mm再加速と事業基盤の拡充
赤字3期連続から始まった橋本体制の長期回復
橋本眞幸はFY11の就任後、2015年末(FY15)から代表取締役会長兼CEOとなり、以後10年以上にわたって総括・市場環境の説明を担う体制が続いた。回復軌道は2012年以降にはっきり表れ、FY12に営業利益132億円で黒字転換、FY14には売上高2,253億円・営業利益256億円まで戻した。2016年3月には監査等委員会設置会社に移行している。3期連続赤字を挟んだ谷から会長兼CEO体制に集約したのは、生産再編と顧客交渉という長期課題を短任期の社長個別に任せるのではなく、一貫した判断軸でまとめて進めるための枠組みでもあり、以後の長期契約重視の経営姿勢はこの体制から形づくられた。統合会社として発足してから3人目のトップが10年以上にわたって市況説明と長期契約の交渉を担う形で経営の顔が安定したことが、顧客サイドの計画策定にも効いた。
橋本体制の特徴は、長期契約による価格規律を前面に出した経営姿勢にあった。半導体市況下降局面でも橋本は「当社はそこまでは落ちていません」(日経ビジネス 2022/6/30)とし、メモリー比率が市場全体の75%に対し自社では約50%にとどまることを理由に挙げた。価格面でも「契約価格も守ってもらっている」(日経ビジネス 2022/6/30)と顧客との長期契約の規律を強調した。FY18には売上3,250億円・営業利益851億円、FY22には売上4,410億円・営業利益1,096億円と、SUMCO発足以来のピーク水準まで業績を伸ばした。FY09に純損失1,000億円超を出した同じ会社が10年を挟んで営業利益1,000億円超の会社に変わったかたちで、リーマン後の苦い時期に橋本が決めた価格規律と顧客構成の組み替えが、ピーク期の収益に直接効いた。
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- 日経ビジネス 2022/6/30
- 日本記者クラブ 2023/1
- 決算説明会 FY23
AI需要が引き金 ── 過去最大の3,154億円設備投資
ピーク業績の裏側で、SUMCOは300mm先端品の能力増強に巨額投資を振り向けていた。FY23の設備投資は3,154億円に達し、前年の1,308億円から1,846億円増という過去最大規模となった。FY23時点の有利子負債は2,244億円(年初比+831億円)、自己資本比率は59.8%から53.3%に下がり、投資先行による財務レバレッジの上昇が数字に表れた。統合直後のFY07設備投資でも約1,500億円規模だった同社が、その倍を単年で投じる水準に踏み込んだのは、リーマン後の慎重姿勢から大きく軸足を移した選択であり、次の市況後退が来れば財務指標に跳ね返る構図を自覚した上での踏み込みだった。長期契約で価格と数量を顧客と握っているからこそ踏める投資であると同時に、受注が計画どおりに立ち上がらなければ有利子負債の膨張が経営を締めつける両刃の判断でもあった。
投資判断を支えたのは、AIサーバー向け先端ロジック半導体の需要拡大というシナリオだった。社長の阿波俊弘は「半導体消費国として中国は非常に大きい」(日本記者クラブ 2023/01)と中国市場の重みを挙げ、自動運転・EV・ロボット活用について「間違いなく伸びていく」(日本記者クラブ 2023/01)と中長期の需要拡大を強調した。FY23決算説明会でSUMCOは、AIサーバー1台あたり300mmウェーハ約1.8枚を使用し一般サーバーの3.4倍にあたるとし、データセンター向け先端プロセス用ウェーハ需要は2023〜2027年でCAGR26%、2027年には2023年比55%増になると示した(決算説明会 FY23)。2023年3月には三菱マテリアルが新設した高純度シリコン株式会社の株式を取得し、原料側の垂直統合も補強した。DRAM主導の旧来サイクルとは別のドライバーとしてAI需要を据え、先端ロジック用ウェーハに寄せた生産能力と原料安定調達をセットで組んだ読みである。
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- 日経ビジネス 2022/6/30
- 日本記者クラブ 2023/1
- 決算説明会 FY23
直近の動向と展望
66年続いた小径ウェーハからの撤退
2025年2月、SUMCOはSUMCO TECHXIV宮崎工場のウェーハ生産を2026年末で終了すると発表した。200mmは長崎・伊万里工場へ、150mmはインドネシア工場へ移管し、125mm他は不採算を理由に生産終了となる。単結晶生産のみ継続される。1962年に大阪チタニウム製造尼崎工場で始まった小径ウェーハ事業は、住友系シリコン事業を象徴する最古参の拠点だった(決算説明会 FY24)。統合再編を繰り返しながらも温存されてきた小径の系譜をここで手放す判断は、SUMCOという会社が創業期の住友系事業と区別された「300mm専業会社」として位置取りし直す節目となった。尼崎で生まれた住友系のシリコン事業は、宮崎工場の小径停止と150mmのインドネシア移管をもって、国内では先端品向けの単結晶を残すだけの形へ整理された。
撤退判断の背景には、中国シリコンウェーハメーカーの200mm以下での生産拡大と、車載・民生・産業向け需要の長期低迷という二つの圧力があった。経営陣は経営資源を300mm先端品の供給能力強化へ集中する方針を打ち出し、再編対象となる従業員は300mm事業の要員として活用するとした(決算説明会 FY24)。事業構造改革に伴い、固定資産の減損損失46億円と棚卸資産の評価減等12億円、計58億円を特別損失としてFY24に計上した。新規参入組との価格競争に巻き込まれる領域を削り、競争優位を保ちやすい先端品にヒト・モノ・カネを寄せる取捨選択であり、66年の蓄積を持つ事業から撤退してでも主戦場を300mmに絞り込む構造転換を意味した。
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- 決算説明会 FY24
FY25純損失転落 ── 投資先行と市況回復遅延の挟撃
FY24業績は売上高3,966億円(前期比▲293億円)、営業利益369億円(▲361億円)、純利益198億円(▲440億円)と前期から半減した。年間配当は55円から21円へ大幅減配された。投資ペースは緩めず、FY24設備投資2,149億円・有利子負債3,539億円(年初比+1,295億円)、D/Eネットレシオは0.12から0.44へ上昇している(決算説明会 FY24)。業績が半減し減配に踏み切った局面でなお投資を止めなかったかたちで、AI需要の立ち上がりに合わせて能力を先に用意する方針を維持する姿勢が、財務指標の悪化という形で具体的なコストとして表れた。かつてリーマン後に先行投資の償却負担で身動きが取れなくなった経験を持つ同社が、再び投資先行の局面に踏み込んでいる点は、市況の谷でも手を止めない判断の重さを物語る。顧客との長期契約が支える需要見通しと、足元の受注の弱さが同居するなかで、財務レバレッジの上昇を受容する判断を取った。
FY25(2025/12期)はさらに悪化し、売上高4,096億円・営業利益13億円・純損失▲117億円と、リーマンショック後のFY09・FY10・FY11以来の本格的な赤字転落となった。AI需要に牽引されたデータセンター向けは強い一方、レガシー品の需要回復が遅れる「二極化」の構図が解消せず、300mm先端品増強への先行投資が短期業績を圧迫した。橋本眞幸は会長兼CEOとして経営の前面に立ち続け、社長阿波俊弘との二頭体制で構造改革を推進している。統合会社としての発足から20年を超えたSUMCOは、AI需要とレガシー需要の二極化というシリコンウェーハ業界の新しい地形のなかで、長期契約と先端品集中という既存の武器をどこまで次の波につなげられるかを問われる局面に入った。
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- 決算説明会 FY24