1958年〜 散在した三つの源流と事業ポートフォリオ再編
- 1958年 日窒電子化学を設立
- 1960年 小松電子金属を設立
- 1962年 シリコンウェーハ生産開始
- 1973年 九州電子金属を設立
- 1991年 三菱マテリアルシリコンに商号変更
- 1999年 シリコンユナイテッドマニュファクチュアリング設立
- 2001年 300mmウェーハの生産開始
住友・三菱・コマツ ── 別々に始まった三つのシリコン事業
SUMCOの源流は、1958年から1960年にかけて別々に立ち上がった三つの会社にある。1958年12月、新日本窒素肥料が半導体用高純度シリコンの製造販売を目的に日窒電子化学を設立した。翌1959年10月には三菱金属鉱業等が日本電子金属を、1960年4月には小松製作所と石塚研究所が共同出資で小松電子金属を設立している。いずれも親会社が非鉄金属や素材製造の本業を抱え、その延長線上で半導体用シリコンに参入した形で、同じ市場に三つの資本系列が並行に足場を築いた。トランジスタから集積回路へ移る需要の立ち上がりを、当時の日本は素材系大手の分散参入で受け止めようとしていた。 [1][2][3]
- SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
- [1]1958年12月 新日本窒素肥料が半導体用高純度シリコンの製造・販売を目的に日窒電子化学を設立
- [2]1959年10月 三菱金属鉱業等が半導体用高純度シリコンの製造・販売等を目的に日本電子金属を設立
- [3]1960年4月 小松製作所と石塚研究所の共同出資で小松電子金属を設立(SUMCO TECHXIVの前身)
住友系は1962年1月に大阪チタニウム製造尼崎工場でシリコンウェーハの生産を開始し、1973年8月には住友金属工業との共同出資で九州電子金属を設立した。三菱系・住友系・コマツ系は同じ半導体材料市場を別々の事業体として歩み続け、その間に商号変更や子会社化を繰り返した結果、シリコンウェーハ業界は信越化学を含めた複数プレーヤーが並立する複雑な構造になっていた。系列ごとに工場・販路・技術開発を抱える分散体制は、需要が右肩上がりの時期には各社の成長余地を生んだが、大口径化と数百億円規模の設備投資の局面に入るや、重複投資と規模不足という弱点として跳ね返る素地をつくった。国内だけで3系列が走る構図は、顧客メーカーから見ても調達窓口が分散する不利があり、1980年代までの成長局面では顕在化しなかった非効率が、1990年代の市況悪化と300mm化要請で表面化した。 [4][5]
- SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
- [4]1962年1月 大阪チタニウム製造尼崎工場でシリコンウェーハの生産開始(住友系シリコン事業の起点)
- [5]1973年8月 大阪チタニウム製造と住友金属工業の共同出資で九州電子金属を設立
- SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
- [1]1958年12月 新日本窒素肥料が半導体用高純度シリコンの製造・販売を目的に日窒電子化学を設立
- [2]1959年10月 三菱金属鉱業等が半導体用高純度シリコンの製造・販売等を目的に日本電子金属を設立
- [3]1960年4月 小松製作所と石塚研究所の共同出資で小松電子金属を設立(SUMCO TECHXIVの前身)
- [4]1962年1月 大阪チタニウム製造尼崎工場でシリコンウェーハの生産開始(住友系シリコン事業の起点)
- [5]1973年8月 大阪チタニウム製造と住友金属工業の共同出資で九州電子金属を設立
半導体不況の連鎖で再編が不可避になった1990年代後半
1990年代後半、シリコンウェーハ業界は世界的な需給悪化と300mm化への1拠点数百億円規模の投資要請という二重の圧力にさらされた。1998年10月、住友金属工業と住友シチックスが合併し、住友系のシリコン事業はシチックス事業本部として母体に統合された。同時期、三菱マテリアルも傘下の三菱マテリアルシリコンを通じて事業統合の選択肢を探っていた。半導体メモリの価格下落と米国ドットコム景気の減速が重なり、単独での設備投資継続は資本収益率の面で説明がつかなくなっていた。子会社ごとの事業を一度親会社に引き戻して再編の玉にする動きが、住友・三菱双方でほぼ同時に進行した。 [6][7]
- SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
- [6]1998年10月 住友金属工業と住友シチックスが合併し、住友金属工業シチックス事業本部が発足
- [7]三菱マテリアルシリコンは三菱マテリアル傘下(1991年10月 日本シリコンが商号変更)
当時、シリコンウェーハの需要主体はDRAMからロジックや先端品へ広がり、300mmへの世代交代が業界のテーマとなっていた。300mm化には1拠点あたり数百億円規模の投資が必要であり、住友・三菱の双方とも単独では先行投資を支え切れない状況にあった。1999年7月、両社は三菱マテリアルシリコンを交えた共同出資で「シリコンユナイテッドマニュファクチュアリング」を設立し、後のSUMCO本体となる枠組みが組成された。信越化学が早期に単独で300mm化へ踏み切ったのに対し、後発の住友・三菱側は共同出資で投資を分担する道を選び、業界再編は日本勢を信越とSUMCOの2社に集約していく前哨戦となった。単独投資路線と共同出資路線という対照的な選択は、以後の開発速度や顧客ごとの供給責任の取り方にも色濃く残り、2強体制と呼ばれる構図のなかでも両社の動き方の違いを生む原点になった。 [8]
- SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
- [8]1999年7月 住友金属工業・三菱マテリアル・三菱マテリアルシリコンの共同出資でシリコンユナイテッドマニュファクチュアリングを設立(300mmウェーハの開発・製造目的、SUMCOの直接の起点)
- SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
- [6]1998年10月 住友金属工業と住友シチックスが合併し、住友金属工業シチックス事業本部が発足
- [7]三菱マテリアルシリコンは三菱マテリアル傘下(1991年10月 日本シリコンが商号変更)
- [8]1999年7月 住友金属工業・三菱マテリアル・三菱マテリアルシリコンの共同出資でシリコンユナイテッドマニュファクチュアリングを設立(300mmウェーハの開発・製造目的、SUMCOの直接の起点)