創業1917年に東京帝国大学応用化学科卒の技術者・玉水弘氏が、日本ペイント・東亜ペイントで取締役兼技師長を歴任した後に独立して兵庫県尼崎市神崎で創業した「関西ペイント工業所」を源流とし、翌1918年5月、岩井勝次郎率いる岩井商店(現・双日)の出資を得て資本金50万円の「関西ペイント株式会社」として正式に設立された。岩井商店常務の安野譲氏が社長を兼務し、玉水氏は専務取締役兼技師長として技術面を統括するという、技術者単独ではなく総合商社の資本と組み合わせた創業形態をとった点が、創業時の競争優位だった。
決断1949年5月の大阪・東京両証券取引所への上場以降、平塚工場(1960年)、名古屋工場(1961年)、中央研究所(1965年)、鹿沼工場(1971年)の整備で国内総合塗料メーカーの地位を固め、1986年9月のインドKansai Nerolac Paints Ltd.連結子会社化を起点に、東南アジア・南アジア・中東・アフリカへ「現地優良メーカーの取り込み型」M&Aを20年以上にわたって積み上げた。2016年8月のU.S. Paint Corporation買収で米国市場、2017年3月のKansai Helios Group買収で欧州・東欧市場の販売網と研究開発機能を一括取得し、FY18売上は4,274億円へ。日本ペイントと並ぶ国内塗料2強の地位を、買収集約型グローバル戦略で固めた。
課題FY24の連結売上高は5,888億円。アフリカ事業の一部撤退検討やCromologyの売却検討など、これまで20年積み上げた海外子会社ポートフォリオの精査と入れ替えの局面に入っている。2023年12月の本社移転(大阪市北区)、FY23の監査等委員会設置会社への移行と、国内本社機能の集約とガバナンス強化を並行して進めるなか、毛利訓士社長の下で「買収集約型グローバル」から「事業ポートフォリオ最適化型グローバル」への切り替えが問われる段階にある。
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歴史概略
1918年〜1980年岩井商店の後ろ盾を得た尼崎創業と国内総合塗料化
玉水弘の独立と岩井商店の出資
関西ペイントの源流は、1917年に東京帝国大学応用化学科卒の技術者・玉水弘氏が、日本ペイントや東亜ペイントで取締役兼技師長を歴任した後に独立して兵庫県尼崎市神崎で創業した「関西ペイント工業所」にある。翌1918年5月、岩井勝次郎が率いる岩井商店(現・双日)の出資を得て、資本金50万円の「関西ペイント株式会社」として正式に設立された。岩井商店常務の安野譲氏が社長を兼務し、玉水氏は専務取締役兼技師長として技術面を統括するという、技術者単独ではなく総合商社の資本と組み合わせた創業形態をとった。明治後期から大正期にかけて、塗料の国産化は日本ペイント・東亜ペイント・関西ペイントの3社で大宗をなしており、関西ペイントは岩井商店ルートで西日本・アジア市場への流通網を最初から持っていた点が、創業時の競争優位だった。
1933年6月に東京工場(現・東京事業所、大田区)を新設して関東進出を果たし、戦後の1949年5月、大阪・東京の両証券取引所に上場した。1950年4月に大阪市東区(現・中央区)に本社事務所を新設。戦後復興期から高度経済成長期にかけて、平塚工場(1960年)、名古屋工場(1961年)、中央研究所(1965年)、鹿沼工場(1971年)と相次いで国内拠点を整備し、自動車・建築・船舶・工業の4分野で総合塗料メーカーとしての地位を固めた。1968年に株式会社KAT、1971年に株式会社カンペハピオ、1994年に久保孝ペイントを連結子会社化するなど、国内グループ各社の集約も進めた。
以降は執筆中