関西ペイント の歴代社長

更新:

1978年1990年2000年2010年2020年2026年

桑田俊晴退任

1978年社長就任

取締役社長

小林正受退任

2004年社長就任

1999年取締役代表取締役社長

河盛裕三退任

2010年社長就任

2002年取締役代表取締役社長

石野博退任

2013年社長就任

2003年入社2006年取締役代表取締役社長

毛利訓士現任

2019年社長就任

1981年入社2010年取締役2015年執行役員代表取締役社長
創業社長の関係
創業

1917年に玉水弘氏が兵庫県西宮市で関西ペイント工業所を起こし、1918年5月に岩井商店の出資を受けて尼崎市で設立された。初代社長は岩井商店常務の安野譲氏で、玉水氏は専務兼技師長として技術だけを受け持った。以後も岩井勝次郎氏・岩井雄二郎氏と、出資元から社長を迎える体制が戦中まで続いた。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長は小林正受氏・河盛裕三氏・石野博氏・毛利訓士氏の4人で、全員が代表取締役専務からの内部昇格である。学歴は関西学院大学商学部から東京大学法学部まで散るが、営業・国際・調達の管掌を経てCOOから上がる経路で固まっているように見える。

社長任期の傾向
任期

在任が10年を超えたのは1955年から11年務めた佐々木善七氏で、上場後の平塚・名古屋の工場新設と、自動車・建築・船舶・工業の4分野体制の整備を担った。以降は数年単位の交代が続き、直近3代は河盛裕三氏の3年、石野博氏の6年、2019年就任の毛利訓士氏が7年目にあたる。

いまの体制への含意
含意

商社の資本で生まれた会社だが、戦後の社長は塗料の営業か国際部門を歩んだ専務から選ばれ、外部からの就任は一度もない。2024年5月に政策保有株式の持ち合いを解いて安定株主が退き、シルチェスターが大株主に現れた。買収した欧州事業の立て直しを内部昇格の経営陣だけで担う構図にある。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
佐々木善七(1955年就任)1955〜1966年1955年就任11年退任外部出身取締役社長
児玉正雄(1966年就任)1966〜1969年1966年就任4年退任生え抜き取締役社長
小谷憲孝(1969年就任)1969〜1972年1969年就任3年退任生え抜き取締役社長
坂東依彦(1972年就任)1972〜1978年1972年就任6年退任生え抜き取締役社長
桑田俊晴(1978年就任)1978〜2004年1978年就任27年退任生え抜き取締役社長決断1986年印Nerolac子会社化
小林正受(2004年就任)2004〜2010年2004年就任5年退任生え抜き代表取締役社長
河盛裕三(2010年就任)2010〜2013年2010年就任3年退任生え抜き代表取締役社長
石野博(2013年就任)2013〜2019年2013年就任6年退任代表取締役社長決断2017年欧州Helios買収
毛利訓士(2019年就任)2019年〜現任2019年就任8年現任生え抜き代表取締役社長1981年4月に関西ペイントへ入社した。2010年6月に取締役、2015年6月に代表取締役常務執行役員へ進み、2018年4月に代表取締役専務執行役員COOへ就任した。入社から取締役までは29年2か月、取締役から社長までは8年10か月かかった。2026年3月期の大株主上位10位は信託銀行・生命保険会社と関西ペイント交友持株会が占め、個人は入らない。決断2022年アクゾへのアフリカ事業譲渡撤回2024年シルチェスター下で株主還元
歴代社長の在任期間 全9代
1949年上場1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

佐々木善七退任

1955年社長就任

取締役社長

児玉正雄退任

1966年社長就任

1949年取締役

小谷憲孝退任

1969年社長就任

坂東依彦退任

1972年社長就任

1958年取締役取締役社長

桑田俊晴退任

1978年社長就任

1967年取締役取締役社長

小林正受退任

2004年社長就任

1968年入社1999年取締役代表取締役社長

河盛裕三退任

2010年社長就任

1971年入社2002年取締役

石野博退任

2013年社長就任

2003年入社2006年取締役代表取締役社長

毛利訓士現任

2019年社長就任

1981年入社2010年取締役2015年執行役員代表取締役社長

免責事項およびポリシー