1932年〜 洋酒に付随した清涼飲料が、専任の会社と海外拠点を持つまで
- 1932年 寿屋が清涼飲料の販売を開始
- 1990年 サントリーが Cerebos Pacific Limited を子会社化
- 1997年 サントリーがペプシコから日本でのマスターフランチャイズ権を取得
- 1999年 サントリーの出資により Pepsi Bottling Ventures LLC を設立
清涼飲料が専任の会社を持つまでの40年
サントリービバレッジ&フードは、1899年2月に創業した鳥井商店を母体とし、1921年12月に発足した寿屋の飲料・食品事業を引き継いだ[1]会社である。1932年6月、その寿屋が清涼飲料の販売を開始[2]したが、清涼飲料が洋酒とは別の会社を持ったのは、そこから40年後だった。1963年3月に寿屋が商号をサントリー株式会社へ変更[3]したのち、1972年2月、サントリーはサントリーフーズ株式会社を設立[4]し、清涼飲料の販売を担う組織を洋酒から切り離した。サントリーフーズは、2009年4月に飲料・食品事業が分社した際、新会社サントリー食品の子会社となった[5]。
- サントリー食品インターナショナル 有価証券報告書 第17期(2025年12月期)【沿革】
- [1]1899年2月 鳥井商店創業/1921年12月 寿屋設立/その飲料・食品事業の承継先が当社
- [2]1932年6月 寿屋が清涼飲料の販売を開始
- [3]1963年3月 寿屋が商号をサントリー㈱に変更
- [4]1972年2月 サントリー㈱がサントリーフーズ㈱を設立
- [5]2009年4月 吸収分割の結果サントリーフーズ㈱等が当社の子会社となる
清涼飲料のなかで同社の位置を決めたのは、1981年に発売した「烏龍茶」[6]だった。缶入りウーロン茶をもともと開発したのは伊藤園[7]で、同社が製造技術をサントリーへ伝授して普及を促した経緯があり、のちにウーロン茶の国内シェアはサントリーが50%近く、伊藤園は8%程度[8]になった。烏龍茶が切り開いた無糖茶は、のちに清涼飲料市場全体の3割近くを占めるカテゴリー[9]へ育った。ただし、その市場でシェアの首位に立っていたのは、自動販売機の設置台数で飛び抜ける日本コカ・コーラ[10]だった。1992年に発売した缶コーヒー「BOSS」は初年度に1,700万ケースを出荷[11]し、1998年の「なっちゃん」、2000年の「DAKARA」[12]と続いて、主力の商品群は無糖茶の外へも広がった。
- 日経ビジネス 2004年12月13日号「ヒットを生み続ける企業1 サントリー 敗者は必ず進化する」
- [6]1981年 サントリーが「烏龍茶」を発売し無糖茶のカテゴリーを開く
- [9]2004年時点で無糖茶は清涼飲料市場全体の3割近く
- [10]無糖茶市場の首位は自動販売機の設置台数で飛び抜ける日本コカ・コーラ
- [12]1998年「なっちゃん」・2000年「DAKARA」を発売
- 週刊東洋経済 2005年7月9日号「ビジネスリポート02 伊藤園vs.サントリー 因縁の対決 熱いぞ!茶葉戦争」
- [7]缶入りウーロン茶を開発したのは伊藤園で、同社がサントリーに製造技術を伝授して普及を促した
- [8]ウーロン茶の国内シェアはサントリーが50%近く、伊藤園は8%程度
- [11]1992年発売の缶コーヒー「BOSS」は初年度1,700万ケース
- サントリー食品インターナショナル 有価証券報告書 第17期(2025年12月期)【沿革】
- [1]1899年2月 鳥井商店創業/1921年12月 寿屋設立/その飲料・食品事業の承継先が当社
- [2]1932年6月 寿屋が清涼飲料の販売を開始
- [3]1963年3月 寿屋が商号をサントリー㈱に変更
- [4]1972年2月 サントリー㈱がサントリーフーズ㈱を設立
- [5]2009年4月 吸収分割の結果サントリーフーズ㈱等が当社の子会社となる
- 日経ビジネス 2004年12月13日号「ヒットを生み続ける企業1 サントリー 敗者は必ず進化する」
- [6]1981年 サントリーが「烏龍茶」を発売し無糖茶のカテゴリーを開く
- [9]2004年時点で無糖茶は清涼飲料市場全体の3割近く
- [10]無糖茶市場の首位は自動販売機の設置台数で飛び抜ける日本コカ・コーラ
- [12]1998年「なっちゃん」・2000年「DAKARA」を発売
- 週刊東洋経済 2005年7月9日号「ビジネスリポート02 伊藤園vs.サントリー 因縁の対決 熱いぞ!茶葉戦争」
- [7]缶入りウーロン茶を開発したのは伊藤園で、同社がサントリーに製造技術を伝授して普及を促した
- [8]ウーロン茶の国内シェアはサントリーが50%近く、伊藤園は8%程度
- [11]1992年発売の缶コーヒー「BOSS」は初年度1,700万ケース
ボトラーを買い、ペプシと健康食品を抱える
海外の製造拠点は、国内で無糖茶が伸びるのとほぼ同じ時期に手当てされ、1980年10月、サントリーは米国のペプコム社を買収して同国でボトリング事業を始めた[13]。この案件を決めたのは、当時サントリーの米国法人社長だった佐治信忠氏[14]である。2000年代にサントリーグループの買収が大型化したとき、最初にさかのぼる案件がこの米ペプコム社買収だった[15]。1997年12月、サントリーは米国のペプシコ社から日本でのペプシブランド商品のマスターフランチャイズ権を取得[16]し、1999年7月にはペプシコ社との合弁でPepsi Bottling Ventures LLCを設立[17]した。
- サントリー食品インターナショナル 有価証券報告書 第17期(2025年12月期)【沿革】
- [13]1980年10月 サントリー㈱がペプコム社を買収し米国でボトリング事業を開始
- [16]1997年12月 サントリー㈱が米ペプシコ社より日本でのペプシブランド商品のマスターフランチャイズ権を取得
- [17]1999年7月 サントリー㈱の出資によりPepsi Bottling Ventures LLCを設立(ペプシコ社との合弁)
- 週刊東洋経済 2014年1月18日号「核心リポート01 サントリーが巨額買収 世界市場攻略の成否」
- [14]米ペプコム社買収は佐治信忠氏が米国法人の社長時代に決定した案件
- [15]近年サントリーグループの買収は大型化し、その最初にあたるのが米ペプコム社買収
1990年4月、サントリーはシンガポールのCerebos Pacific Limitedの株式を取得し、セレボス・グループを子会社化[18]した。買収したのは清涼飲料の会社ではなく、健康食品「BRAND'S Essence of Chicken」を主力とする会社[19]だった。同グループは現在もSuntory Beverage & Food International (Thailand) Co., Ltd.及びその子会社として、タイを含む東南アジアや台湾で健康食品の製造・販売を担う[20]。飲料を売る会社が食品の事業を併せ持つ形は、この買収から始まり、2011年1月の吸収分割でセレボス・グループはサントリー食品の子会社となった[21]。
- サントリー食品インターナショナル 有価証券報告書 第17期(2025年12月期)【沿革】
- [18]1990年4月 サントリー㈱がCerebos Pacific Limitedの株式を取得しセレボス・グループを子会社化
- [21]2011年1月 吸収分割により当社がセレボス・グループを子会社化
- サントリー食品インターナショナル 有価証券報告書 第17期(2025年12月期)(事業の内容)
- [19]セレボス・グループの主力は健康食品「BRAND'S Essence of Chicken」シリーズ
- [20]Suntory Beverage & Food International (Thailand) Co., Ltd.及びその子会社がタイを含む東南アジア・台湾で健康食品を製造・販売
- サントリー食品インターナショナル 有価証券報告書 第17期(2025年12月期)【沿革】
- [13]1980年10月 サントリー㈱がペプコム社を買収し米国でボトリング事業を開始
- [16]1997年12月 サントリー㈱が米ペプシコ社より日本でのペプシブランド商品のマスターフランチャイズ権を取得
- [17]1999年7月 サントリー㈱の出資によりPepsi Bottling Ventures LLCを設立(ペプシコ社との合弁)
- [18]1990年4月 サントリー㈱がCerebos Pacific Limitedの株式を取得しセレボス・グループを子会社化
- [21]2011年1月 吸収分割により当社がセレボス・グループを子会社化
- 週刊東洋経済 2014年1月18日号「核心リポート01 サントリーが巨額買収 世界市場攻略の成否」
- [14]米ペプコム社買収は佐治信忠氏が米国法人の社長時代に決定した案件
- [15]近年サントリーグループの買収は大型化し、その最初にあたるのが米ペプコム社買収
- サントリー食品インターナショナル 有価証券報告書 第17期(2025年12月期)(事業の内容)
- [19]セレボス・グループの主力は健康食品「BRAND'S Essence of Chicken」シリーズ
- [20]Suntory Beverage & Food International (Thailand) Co., Ltd.及びその子会社がタイを含む東南アジア・台湾で健康食品を製造・販売