創業1899年2月、鳥井信治郎は大阪市西区で鳥井商店を創業し、ぶどう酒・洋酒・清涼飲料の輸入販売から出発した。1921年12月の株式会社寿屋設立、1932年6月の清涼飲料販売開始を経て、戦後復興期から1980年代にかけてサントリー烏龍茶(1981年)、サントリー天然水(1990年)、缶コーヒー「ボス」(1992年)など日本の清涼飲料市場を牽引する商品群を投入した。
決断2009年1月、サントリー株式会社は飲料・食品事業の承継先としてサントリー食品株式会社(現サントリー食品インターナショナル)を設立し、同年4月に飲料・食品事業を吸収分割で承継した。同年11月にフランスのオランジーナ・シュウェップス・グループを約30億ユーロで取得、2014年1月にGSKからLucozade/Ribenaを約13.5億ポンドで譲受し、欧州の清涼飲料事業の足場を一気に獲得した。2013年7月に東京証券取引所市場第一部に株式上場し、サントリーホールディングス(非上場)の子会社として親子上場のモデルを採用した。
課題2025年12月期の連結売上高は1兆7,154億円、営業利益1,487億円、当期純利益887億円で、過去最高水準を維持している。地域別売上はFY24時点で日本43%・アジアパシフィック24%・欧州22%・米州11%と、グローバル四極体制が完成。2026年4月に商号を「サントリービバレッジ&フード」へ変更予定で、清涼飲料単独の事業者から食品事業を含む総合食飲料会社への自己定義拡張に踏み出す。コカ・コーラ・PepsiCo・KO・KDP・Nestléなど世界の清涼飲料大手に対し、日本発四極体制グループとしての存在感をどう保つかが論点となる。
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歴史概略
1899年〜1989年鳥井商店から寿屋・サントリーへ受け継がれた清涼飲料事業の源流
鳥井信治郎が大阪で立ち上げた洋酒・清涼飲料事業
1899年2月、鳥井信治郎は大阪市西区で鳥井商店を創業した。創業時の事業はぶどう酒・洋酒・清涼飲料の輸入販売で、舶来洋酒の市場が薄かった明治期の日本で、欧州産ワインや洋酒を取り扱う数少ない事業者の一つだった。鳥井氏は単なる輸入販売にとどまらず、1907年に国産ワイン「赤玉ポートワイン」を発売し、国産洋酒メーカーへ事業転換した。1921年12月、鳥井商店は株式会社寿屋として法人化され、組織的な経営の枠組みを整えた。
1932年6月、寿屋は清涼飲料の販売を本格化させた。1937年には日本初のサイダー「サンサイダー」を販売、戦前から「炭酸飲料の寿屋」というブランド認知を市場に作り込んだ。1929年に発売した国産ウイスキー「サントリー」(後に社名)が同社の代名詞となるが、清涼飲料事業は創業期から並行する第二の柱として、ぶどう酒・洋酒に次ぐ規模で運営されていた。創業者の鳥井信治郎氏は1962年に78歳で他界するまで、洋酒・清涼飲料の二刀流事業を一貫して指揮した。
戦時統制期の1940年代、寿屋は他の酒造業者と同様に原料統制・配給統制の下で大幅な生産縮小を強いられた。清涼飲料事業も砂糖統制の影響で炭酸飲料の供給が絞られたが、戦後復興期の1950年代に入ると清涼飲料市場は急回復し、寿屋もサンサイダーやネクター(果実飲料)の量産で復活を遂げた。1960年代の高度経済成長期は、自販機の普及・コンビニ・スーパーマーケットの拡大という流通革命と重なり、清涼飲料の家庭普及が一気に加速した時代である。寿屋は1963年にサントリー株式会社へ商号変更、創業地の大阪から東京進出を本格化させ、首都圏での事業基盤を強化した。
戦後復興期から多角化を経た清涼飲料事業の確立
1963年、寿屋はサントリー株式会社へ商号を変更した。戦後復興期から高度経済成長期にかけて、ウイスキー「角瓶」「オールド」「リザーブ」、ビール「サントリー純生」(1967年)、缶コーヒー「ボス」(1992年)など多角化の波を継続したが、清涼飲料事業は1980年代までは社内で第二・第三の事業セグメントとして地味に運営される時期が続いた。1980年に「サントリー烏龍茶」を発売、1981年に「サントリーウーロン茶」、1990年に「サントリー天然水」と、緑茶・烏龍茶・天然水ペットボトル飲料の市場創設に同社は深く関与した。
1990年4月、サントリー株式会社はシンガポールのCerebos Pacific Limitedの株式を取得し、セレボス・グループ(現Suntory Beverage & Food International (Thailand)等)を子会社化した。これは清涼飲料事業の海外展開の本格的な開始で、東南アジアでのコーヒー・健康食品事業の足場を獲得した。1997年12月、サントリーは米国のペプシコ社より、日本でのペプシブランド商品のマスターフランチャイズ権(マーケティング及び製造販売総代理権)を取得し、コカ・コーラとのシェア争いに本格参入した。1999年7月にはペプシコとの合弁会社Pepsi Bottling Ventures LLCを設立し、サントリーグループの清涼飲料事業は国内外で立体的に拡大する局面に入った。
2000年代に入ると、サントリーグループは清涼飲料事業の経営独立性と資本市場対話の必要性をさらに強く意識するようになった。創業100年を超えて多角化が進んだサントリー本体の事業ポートフォリオは、洋酒・ビール・清涼飲料・健康食品・外食・国際事業など多岐にわたり、清涼飲料事業単独の経営判断と投資配分を、サントリー本体の経営判断から切り離す仕組みが求められた。同時に、海外清涼飲料市場の本格的なM&Aに向けて、専門事業会社としての対外信用力と資金調達能力の整備も急務となった。これらが2009年の事業分社と持株会社化への準備として、2000年代を通じて議論された。
以降は執筆中