歴史概要 — 現在に至るあゆみ 主要な意思決定と帰結のまとめ
創業1899年2月、舶来洋酒の市場がまだ薄かった明治の大阪で、鳥井信治郎が西区に鳥井商店を構えた。事業はぶどう酒・洋酒・清涼飲料の輸入販売で、欧州産ワインを扱える数少ない店として顧客を掴むと、清涼飲料を洋酒と並ぶ第二の事業に据え、1937年には日本初のサイダーを発売した。洋酒で稼ぎ、清涼飲料で需要を広げる。創業者はこの二本立てを生涯にわたり指揮した。
決断国内市場の頭打ちが見え始めた2009年、サントリーは持株会社化と同時に、飲料・食品事業をサントリー食品として切り出し、清涼飲料だけを担う独立した事業会社に仕立てた。直後にオランジーナ・シュウェップスを約30億ユーロで取得、続くLucozade/Ribena譲受やジャパンビバレッジ買収で欧州市場と自販機網を束ね、2013年には東証一部へ上場して本体の洋酒・ビールから資本の面でも切り離した。これが、日本・アジア・欧州・米州へ売上が分かれる今の四極体制をつくった。
歴史詳細 - 3つの時代区分で読み解く
1899年〜2008年 鳥井商店から寿屋・サントリーへ受け継がれた清涼飲料事業の源流
鳥井信治郎氏が大阪で立ち上げた洋酒・清涼飲料事業
1899年2月、創業者の鳥井信治郎氏は大阪市西区で鳥井商店を創業した[1]。創業時の事業はぶどう酒・洋酒・清涼飲料の輸入販売で、舶来洋酒の市場が薄かった明治期の日本で、欧州産ワインや洋酒を取り扱う数少ない事業者の一つだった。鳥井氏は単なる輸入販売にとどまらず、1907年に国産ワイン「赤玉ポートワイン」を発売し、国産洋酒メーカーへ事業転換した。1921年12月、鳥井商店は株式会社寿屋として法人化され[2]、組織的な経営の枠組みを整えた。
1932年6月、寿屋は清涼飲料の販売を本格化させた[3]。1937年には日本初のサイダー「サンサイダー」を販売、戦前から「炭酸飲料の寿屋」というブランド認知を市場に作り込んだ。1929年に発売した国産ウイスキー「サントリー」(後に社名)が同社の代名詞となるが、清涼飲料事業は創業期から並行する第二の柱として、ぶどう酒・洋酒に次ぐ規模で運営されていた。創業者の鳥井信治郎氏は1962年に78歳で他界するまで、洋酒・清涼飲料の二刀流事業を一貫して指揮した。
戦時統制期の1940年代、寿屋は他の酒造業者と同様に原料統制・配給統制の下で生産縮小を迫られた。清涼飲料事業も砂糖統制の影響で炭酸飲料の供給が絞られたが、戦後復興期の1950年代に入ると清涼飲料市場は急回復し、寿屋もサンサイダーやネクター(果実飲料)の量産で復活を遂げた。1960年代の高度経済成長期は、自販機の普及・コンビニ・スーパーマーケットの拡大という流通革命と重なり、清涼飲料の家庭普及が加速した時代である。寿屋は1963年にサントリー株式会社へ商号変更、創業地の大阪から東京進出を本格化させ、首都圏での事業基盤を強化した。
戦後復興期から多角化を経た清涼飲料事業の確立
1963年、寿屋はサントリー株式会社へ商号を変更した。戦後復興期から高度経済成長期にかけて、ウイスキー「角瓶」「オールド」「リザーブ」、ビール「サントリー純生」(1967年)、缶コーヒー「ボス」(1992年)など多角化の波を継続したが、清涼飲料事業は1980年代までは社内で第二・第三の事業セグメントとして地味に運営される時期が続いた。1980年に「サントリー烏龍茶」を発売、1981年に「サントリーウーロン茶」、1990年に「サントリー天然水」と、緑茶・烏龍茶・天然水ペットボトル飲料の市場創設に同社は深く関与した。
1990年4月、サントリー株式会社はシンガポールのCerebos Pacific Limitedの株式を取得し、セレボス・グループ(現Suntory Beverage & Food International (Thailand)等)を子会社化した[4]。これは清涼飲料事業の海外展開の本格的な開始で、東南アジアでのコーヒー・健康食品事業の足場を獲得した。1997年12月、サントリーは米国のペプシコ社より、日本でのペプシブランド商品のマスターフランチャイズ権(マーケティング及び製造販売総代理権)を取得し[5]、コカ・コーラとのシェア争いに本格参入した。1999年7月にはペプシコとの合弁会社Pepsi Bottling Ventures LLCを設立し[6]、サントリーグループの清涼飲料事業は国内外で立体的に拡大する局面に入った。
2000年代に入ると、サントリーグループは清涼飲料事業の経営独立性と資本市場対話の必要性をさらに強く意識した。創業100年を超えて多角化が進んだサントリー本体の事業ポートフォリオは、洋酒・ビール・清涼飲料・健康食品・外食・国際事業など多岐にわたり、清涼飲料事業単独の経営判断と投資配分を、サントリー本体の経営判断から切り離す仕組みが求められた。同時に、海外清涼飲料市場の本格的なM&Aに向けて、専門事業会社としての対外信用力と資金調達能力の整備も急務となった。これらが2009年の事業分社と持株会社化への準備として、2000年代を通じて議論された。
2009年〜2014年 持株会社化と分社化で生まれたサントリー食品の独立
飲料・食品事業の承継先としてのサントリー食品設立
2009年1月、サントリー株式会社は飲料・食品事業の承継先としてサントリー食品株式会社(現サントリー食品インターナショナル、本店所在地:東京都港区)を設立した[7]。同年2月、サントリーはニュージーランドのFrucor Holdings NZ Limitedの株式を取得し、フルコア・グループ(現SUNTORY BEVERAGE & FOOD NEW ZEALAND、SUNTORY BEVERAGE & FOOD AUSTRALIA等)を子会社化[8]。同月、サントリーは株式移転により持株会社・サントリーホールディングス株式会社を設立し、グループ全体のホールディングス化を完成させた[9]。同年4月、サントリー食品はサントリーから飲料・食品事業を吸収分割の方法で承継し、清涼飲料の製造・販売を独立した事業会社として開始した[10]。
2009年11月、サントリーホールディングスはOrangina Schweppes Holding S.à r.l.の株式を取得し、フランスのオランジーナ・シュウェップス・グループを子会社化した[11]。同グループは1827年創業のシュウェップス(炭酸水・トニックウォーター)と1936年創業のオランジーナ(オレンジ炭酸飲料)の二大ブランドを抱える欧州の清涼飲料大手で、買収金額は約30億ユーロ(当時のレートで約4,000億円規模)と公表された[12]。サントリーグループの清涼飲料事業をグローバル化させる戦略的買収で、創業以来100年以上の主軸事業だった国内飲料事業の海外展開を、M&Aで決定的に加速させた。
東証一部上場とLucozade/Ribena取得による欧州事業の拡張
2011年1月、サントリーホールディングスを分割会社、サントリー食品を承継会社とする吸収分割を実施し、サントリー食品がオランジーナ・シュウェップス・グループ、セレボス・グループ、フルコア・グループを承継した[13]。これにより清涼飲料事業の海外子会社が、サントリー食品の傘下に集約された。2011年7月には東南アジアの事業統括会社としてSuntory Beverage & Food Asia Pte. Ltd.が発足[14]、同年12月にはPepsi Bottling Ventures LLCの100%子会社化が完了した[15]。
2013年5月、本店を東京都中央区へ移転[16]、同年7月、サントリー食品は東京証券取引所市場第一部に株式を上場した[17]。サントリーホールディングスは非上場のまま、子会社のサントリー食品(飲料・食品事業を担う事業会社)を上場させる「親子上場」モデルを採用した。2014年1月にはLucozade Ribena Suntory Limitedが、GlaxoSmithKline plcから譲り受けたエナジードリンク「Lucozade」とフルーツドリンク「Ribena」の製造・販売事業を開始した[18]。Lucozade/Ribena買収金額は約13.5億ポンド(当時のレートで約2,100億円)で[19]、英国の清涼飲料市場での足場を獲得した。
2015年〜2026年 グローバル四極体制と自動販売機事業統合
ジャパンビバレッジ取得と自販機事業の本格展開
2015年7月、サントリー食品は株式会社ジャパンビバレッジホールディングスおよびジェイティエースター株式会社の株式を取得し、両社を子会社化した[20]。ジャパンビバレッジは1986年設立の自動販売機オペレーター大手で、JT(日本たばこ産業)系のオペレーター事業を一括取得することで、サントリー食品の自販機販売チャネルが拡張された。日本の清涼飲料市場では、コカ・コーラ系・サントリー系・キリン系・伊藤園系などの自販機網が販売の重要なチャネルを占めており、自販機ネットワークの規模は売上規模に直結する構造である。
2018年から2019年にかけて、サントリー食品の連結売上高はFY18(2018年12月期)1兆2,943億円、FY19(2019年12月期)1兆2,994億円と高水準を保ち、営業利益は1,135億円・1,139億円と国内・海外の双方で安定収益を計上した。地域別ではFY18時点で日本7,087億円・アジア2,073億円・欧州2,389億円・米州850億円・オセアニア542億円と、グローバル四極体制の収益分散が完成した。コカ・コーラ・PepsiCoのグローバル二強に次ぐ、世界第3位の清涼飲料グループとしての位置を、同社は2010年代後半に占めた。
コロナショックを乗り越えての規模拡大
2020年12月、本店を東京都港区へ再移転した[21]。同年の新型コロナウイルス感染拡大はサントリー食品にもFY20(2020年12月期)連結売上高1兆1,781億円(前年比9.3%減)・営業利益962億円(前年比15.6%減)の影響を与えたが、巣ごもり需要のもとでの家庭用清涼飲料売上の拡大と、自販機・業務用の縮小が相殺する構造で、業績の下落は限定的だった。FY21(2021年12月期)には売上1兆2,689億円・営業利益1,186億円へ回復、FY22(2022年12月期)には売上1兆4,504億円・営業利益1,397億円と過去最高益を更新した。
2022年1月、サントリービバレッジソリューション、サントリービバレッジサービス、株式会社ジャパンビバレッジを統合し、新サントリービバレッジソリューション(旧ジャパンビバレッジ)において自動販売機事業等を一本化した[22]。2024年4月にはサントリーフーズの自動販売機等オペレーター営業事業をサントリービバレッジソリューションへ承継し[23]、自販機事業の組織体制が完成形に達した。2022年4月の東証プライム市場移行[24]、2023年12月期売上1兆5,917億円、2024年12月期売上1兆6,968億円、2025年12月期売上1兆7,154億円・営業利益1,487億円・当期純利益887億円と、同社は1兆7,000億円体制に到達した。
「サントリービバレッジ&フード」への商号変更と次期体制
2025年9月、サントリーホールディングスは2026年4月にサントリー食品インターナショナルの商号を「サントリービバレッジ&フード株式会社」に変更すると発表した[25]。「&フード」を追加することで、清涼飲料単独の事業者から、健康食品・機能性食品・調味料といった食品事業へも範囲を広げる意思を社名で示した。Cerebos(健康食品)・BRAND'S(鶏精)など東南アジアで展開する健康食品ブランドを同社の主力ポートフォリオに正式に組み込む流れと、グループ内の食品関連子会社の再編が、商号変更と並行で進む見通しである。
サントリーグループの清涼飲料事業は、1899年の鳥井信治郎氏による創業以来126年を経て[26]、日本国内の中堅事業者からグローバル清涼飲料企業へ進化した。2009年4月のサントリー食品独立[27]から2013年7月の東証一部上場[28]、2014年のLucozade/Ribena取得[29]、2022年のジャパンビバレッジ統合[30]と、創業期から続く清涼飲料事業の独立性と拡張性は、現在のサントリービバレッジ&フードに引き継がれている。コカ・コーラ・PepsiCo・KO・KDP・Nestléなど世界の清涼飲料大手に対し、日本発の四極体制グループとしてどう存在感を保つかが、向こう10年の論点となる。