三木谷浩史氏は、日本興業銀行の本店企業金融開発部で企業の合併・買収を助言し、ソフトバンクの孫正義氏やカルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭氏の案件を担当していた。1991年には同期130人のうち1人だけ留学を認められて米ハーバードビジネススクールへ進み、大企業の幹部になるより起業することに価値があるという評価軸を持ち帰った。当初は5年勤めてから独立する計画だったが、1995年1月の阪神・淡路大震災で神戸の親族を失い、独立の時期を2年後へ繰り上げた。同年11月に興銀を退職してM&A助言のクリムゾングループを設立し、増田宗昭氏の案件で得た助言料を起業資金に充てた。複数の株主の意見調整に翻弄された経験から、外部資本を入れない開業にこだわった。開業前に調べたインターネット上の店舗は頁に商品目録を並べるだけのものが多く、三木谷浩史氏は買い手が求めているのは目録ではなく生きた店舗だと判断した。
1997年2月、日本興業銀行を辞した31歳の三木谷浩史氏は、資本金1000万円で株式会社エム・ディー・エムを東京都港区愛宕に設立し、同年5月に楽天市場を開業した。開業時の出店はわずか13店。百貨店系のバーチャルモールが月100万円単位の出店料を取っていたのに対し、楽天は月額5万円の固定料金という一桁低い水準を提示した。プログラミングを要しない編集ツール"RMS"で店主自身にショップを開設させ、商店街の個人商店主を主な顧客層に据えて出店の敷居を下げた。出店契約では半年分のシステム利用料を一括で前払いさせ、外部資金に頼らず運転資金をまかなって1998年12月期から2期連続の経常黒字を確保した。初年度の出店獲得は、営業メンバーが商店街を1件ずつ訪ね歩く地道な営業に依存した。
この料金設計が出店数の急増を呼び、1998年12月に320店、1999年12月に1800店、2000年12月に4800店まで拡大した。出店料収入は出店数に比例して積み上がり、モール専業の収益はこの時期まで出店数の伸びに支えられていた。1999年6月には株式会社エム・ディー・エムから楽天株式会社へ商号を変更した。2000年4月には日本証券業協会へ店頭登録し、新規株式公開で495億円を調達したが、同年1月から6月までの売上高は11億2700万円にとどまっていた。2001年8月時点で軒を連ねる店は約5000店に達したが、その多くは実店舗の仕事の片手間にネット経由の注文へ応じる小規模な個人商店だった。
2000年4月19日、楽天は株式を店頭市場へ公開した。同年3月末の課金対象店舗は2400店、取扱商品は約22万4000品で、第1四半期の出店料収入は3億1200万円と売上高の73.2%を占めた。1999年9月に始めた楽天フリーマーケットの収入は3500万円、広告売上は5200万円にとどまり、収益源は依然として出店料の一本だった。営業利益率は1999年通期で37.8%、2000年第1四半期で47.8%に達しており、三木谷浩史氏はこの原価率の低さを、サービスの運営をRMSというサーバーの自動処理に委ね人手をかけない仕組みに帰した。三木谷浩史氏は2001年夏ごろに出店料収入の曲線をフリーマーケットと広告の収入が追い越す姿を描いていたが、公開の時点で伸びは出店数の増加に縛られていた。
2000年10月に米ニールセン・ネットレイティングスがまとめた調査で、楽天市場はヤフー!ショッピングに利用者数の首位を明け渡した。それまでの楽天は、店頭公開で手にした495億円の使い道を決めかねており、山田善久常務も『買うのは簡単だけれどカネは使えばいいというものではない』と語って投資を急いでいなかった。先行者としての立場が揺らいだことで、楽天は2000年11月末、赤字続きのポータルサイト運営会社インフォシークを90億円で取得し、完全子会社にする方針を公表する。インフォシークは1999年10月から2000年9月までの1年で6億5000万円の経常赤字を出していた。利益を重んじてきた楽天にとって、これは方針の転換を伴う買収だった。狙いについて三木谷浩史氏は『ショッピングを核にした総合メディア企業を目指す』と説明し、公開資金をヤフーとの集客力の開きを縮めることに使う姿勢を示した。
買収後のインフォシークでは、同社出身ではなく一般社員だった森学氏が再建責任者に抜擢され、2000年9月期に約13億円の営業赤字だった同社を2002年6月から9月期に4700万円の営業黒字へ転換させた。2001年になると出店数の増え方が鈍り、出店数の多さに依存する収益構造そのものを疑う論評が増えた。この弱点は前年の2000年末の段階で早くも言われていた。客を集める力が落ちれば、収入の源である出店者が去っていく、という構図である。楽天は2001年3月に楽天トラベルを開設して、ショッピングに依存する事業構造からの多角化を探り始めていた。
2000年春、楽天市場で取引される金額はなお月20億円規模だったが、三木谷浩史氏は年間1兆円という目標を掲げ、副社長の本城愼之介氏らを驚かせた。三木谷浩史氏は、毎月17%ずつ伸ばせば1年半で1兆円に達すると計算していた。集客そのものは既にあり、2000年2月のインターネット視聴率調査で楽天は総合2位につけ、1日当たり約300万頁の閲覧を集めていた。三木谷浩史氏は目標を定めて到達する過程を好む性分で、留学を決めたときは早朝の英語教室へ通い、帰宅後も時間を割いて準備した。目標を先に置いて現在の行動を逆算するこの型は、のちに経常利益1000億円を掲げたときにも繰り返された。
2000年に公開した時点で、三木谷浩史氏は商品分野別に頁を組み替えて専門性を高める垂直戦略を掲げ、パソコン以外の携帯電話を使う取引や企業間取引まで広げる構想を述べていた。2001年に入るとインターネット関連株の相場が崩れ、ネット事業への評価は懐疑に傾いた。それでも三木谷浩史氏は、インターネットが社会の基盤として本格的に組み込まれるのはこれからだとみて、楽天を仮想店舗の並ぶ商店街ではなく取引の場の標準に育てる構想を語った。『単にバーチャル店舗が並ぶショッピングモールではなく、楽天をネットビジネスのマーケットプレースの標準に育てたい。個人間、企業間を問わず、ネット上で何か取引が生ずるたびに、楽天のシステムが利用される』という言い方で、収益の源を出店料から取引そのものへ移す方向を示している。同じ時期、ソフトバンクを率いる孫正義氏は常時接続を格安で提供するYahoo!BBを発表し、高速大容量時代の根幹である通信の側を押さえにかかった。三木谷浩史氏が選んだのは設備ではなく、取引の仕組みを握る道だった。
不足する機能を自前で作らず、楽天は買収と提携で補った。2000年11月の検索サイト、インフォシークの90億円での取得に続き、CS番組、投資信託の評価サービス、旅行業、書籍販売、雑誌の創刊が相次いだ。2001年3月には楽天トラベルの提供を始め、宿泊予約を自前の事業として持った。公開で得た資金を手当たり次第に投じているようにも見えたが、三木谷浩史氏には楽天を電子社会の基盤へ組み込む構想があった。ネット上の買い物は商品目録でも自動販売機でもなく対面販売の延長だという考えから、客と店の意思疎通を支える機能を先に備え、交流の概念を商店街へ持ち込んだのは1997年の楽天が最初だった。
2002年の料金改定は値上げではなく、課金の対象を替える判断だった。月5万円を場所の代金として受け取っていた楽天は、月商100万円を超える店から売上に応じて追加で受け取る方式へ移った。三木谷浩史氏がこれを不動産型からフランチャイズ型への転換と呼んだのは正確で、収入の源が店の数から店の商いの大きさへ移ったことを指している。出店者が半分になっても通すという覚悟が要ったのは、楽天の取り分が増えるからではない。楽天の収入が出店者の成績に連動する側へ移り、売れない店を放置できなくなるからである。営業部門が新規開拓から出店済みの店の指導へ組み替えられ、社員約290人のうち約60人が1人150社前後を受け持ったのは、その帰結だった。
収益が取引の量に連動しはじめると、次に効くのは取引の種類を増やすことである。2003年に買った旅の窓口とDLJディレクトSFG証券は、どちらも在庫も配送も持たない事業で、楽天が既に持っていた課金の型をそのまま当てられた。三木谷浩史氏が経常利益1000億円を逆算で置き、5年で10倍と言い切れたのは、伸ばすべき変数が会員数と取引額の2つに絞られていたからである。もっとも、証券と与信を抱えた会社は連結総資産を1年で5倍に膨らませ、2008年には海外事業の減損で549億円の純損失を出した。取引の場を広げる戦略は、他人の商いを預かる事業の損失も同じ連結へ載せることだった。
2002年2月、楽天は1997年以来の固定5万円制を改め、月商100万円を超える店舗にシステム利用料を上乗せする従量課金へ移ると発表した。場所を固定料金で貸す不動産型から、出店者の売上に連動して収益を得るフランチャイズ型へ営業を切り替える転換であり、三木谷浩史氏自身が2002年7月から営業本部長を兼務して陣頭に立った。制度変更には特命チームによる約1年のシミュレーションが先立っており、三木谷浩史氏は『創業当時から、固定料金制はいずれ改める必要があると思っていた。仮に出店者数が半分になってもやり通す覚悟だった』と当時の判断を語っている。営業部門は新規開拓から出店済み店舗のコンサルティングへ組み替えられ、電子商取引コンサルタント1人が150社前後を担当し、社員約290人のうち約60人がこの業務を担った。料金体系を組み替えた2002年12月期の連結売上高は98億円、経常利益は22億円だった。
新料金の適用は2002年4月、初課金は5月で、その5月は退店数が出店数を58件上回ったものの、6月以降は純増が続いた。消費不況が続くなかでも楽天市場の取引総額は2001年の523億円から2002年に約4割増の750億円へ伸び、東京・銀座の百貨店に匹敵する規模へ達した。出店数も2003年1月に6150店まで増えている。2003年12月期の連結売上高は181億円、経常利益は44億円と前期からほぼ倍増した。料金体系の変更は、出店の流れを止めなかった。
2002年11月、楽天は『楽天スーパーポイント』の提供を始めた。三木谷浩史氏は航空会社のマイレージを引き合いに、ネット上ならそれ以上の仕掛けが組めるとみて、全日本空輸のマイレージやクレジットカード会社のポイント制度との交換を進めた。グループの複数のサービスを使うと獲得数が2倍3倍に増える設計を用意し、証券口座を開設してもポイントがたまるようにした。狙いは、買い集めた事業の間で利用者を相互に行き来させ、相乗効果を生むことにあった。当時の楽天は2200万人の利用者を抱えており、三木谷浩史氏はこの顧客の記録を生かした事業が大きく伸びるとみていた。ポイントは会員の識別子を事業の間で共通にする仕掛けであり、のちに経済圏と呼ばれる構造の原型がここで据えられた。
この年に買収が続いた理由は、2003年12月に三木谷浩史氏が掲げた目標にある。5年後に経常利益1000億円を出すという目標である。一流企業を名乗るならその程度の規模が要るというのが同氏の以前からの考えだった。経常利益が1000億円を上回る日本の上場企業は当時30社ほどにすぎず、楽天の2003年1〜9月期の連結経常利益は27億7700万円と、目標とは桁が2つ違っていた。『私は、常に物事を逆算して考えるようにしている。どこでどれだけ稼げばよいか、既に明確になっている。経常利益1000億円は絶対に達成できる』と語った三木谷浩史氏は、全事業を前年比2倍のペースで3年から4年伸ばし続けることを目標とした。200億円から300億円の経常利益なら買収せずとも届くが、1000億円となると新たな収益源を複数加えなければならない、と同氏は判断していた。
新規株式公開を控え、公開すれば時価総額1000億円程度と見込まれていたマイトリップ・ネットに三木谷浩史氏は以前から狙いを定め、現金で買い取る交渉をまとめた。楽天は2003年9月、宿泊予約サイト「旅の窓口」の運営会社である同社を子会社とし、11月には売りにたまたま出ていたディーエルジェイディレクト・エスエフジー証券も傘下に取り込んだ。買収額はどちらも300億円超で、12月9日の公募増資で集めた466億円がその資金となった。三木谷浩史氏は『金融分野なら絶対に勝てるという自信がある。ショッピング事業から始めて、それはそれですごいビジネス基盤になったが、今まではどうやって金融分野に進出したらよいか、ずっと考えていた』と述べ、12月1日には社内にパーソナルファイナンス事業準備室を設けて高額商品の割賦販売の検討に入っている。
2003年に三木谷浩史氏が買った宿泊予約も証券取引も、商品の仕入れも在庫も配送も伴わない事業だった。三木谷浩史氏は在庫を持たないノータッチモデルを選好し、物流を抱える事業を避けた。短期間に600億円強を投じた連続買収でショッピング・旅行・金融の三領域が揃い、買収の絵柄の大きな部分が埋まった。総取扱高は2003年10〜12月期に422億円へ伸び、前年同期比で76%増えた。2004年12月期の連結売上高は455億円と前期の2.5倍に達した。物流を持たない事業に限って買うことで、楽天は運営へ深く入らずに規模を積み増せた。
2004年8月27日、楽天は株式会社あおぞらカードの株式を譲り受けることで基本合意した。モール・旅行・証券に続く決済と個人与信を外部提携に委ねず自前で持つための取得で、取得額は74億円、同年9月に子会社化した。翌月の9月24日には日本プロフェッショナル野球組織へ加盟を申請し、11月に東北楽天ゴールデンイーグルスの新規参入が承認された。球団の経営は赤字が確実とみられていたが、楽天は全国的な知名度と商標への投資と位置づけ、公募増資で得た資金を球団の設立に充てた。12月にはジャスダック証券取引所へ上場している。
2004年に入ると、楽天はネット証券のカブドットコム証券の買収を大株主へ打診した。同じ相手にはソフトバンク・インベストメントを率いる北尾吉孝氏とCSKも接近しており、少なくとも3社が交渉の席に着いた。ネット証券は株式委託手数料の引き下げ競争が激しく、消耗戦の様相を強めていた。楽天が前年11月に子会社としたディーエルジェイディレクト・エスエフジー証券は、預かり資産で業界4位の位置にあった。そこへ同年3月、マネックス証券と日興ビーンズ証券が経営統合を公表し、両社を合わせた預かり資産は1兆1000億円を上回って首位に立つ見込みとなった。規模の面での見劣りは明らかだった。売り手にも抵抗感が残っていた。その証券会社は元は三井住友銀行グループに属しており、楽天は株式の過半を握ることを求めていたからである。
連結総資産は2004年12月期の3075億円から2005年12月期に1兆6577億円へ膨らみ、同期の連結売上高は1297億円、当期純利益は194億円、従業員は3709人となった。2007年8月にはIP電話事業のフュージョン・コミュニケーションズを子会社化し、2008年9月にはイーバンク銀行の優先株式66万6000株を199億8000万円で引き受けて取締役4名を送り、翌2009年2月に議決権48.69%で連結子会社とした。しかし2008年12月期は海外のテレビ通販事業などの減損で特別損失809億円を計上し、549億円の純損失となって創業以来初の赤字に陥った。買い集めた事業は、伸びだけでなく損失も同じ連結へ持ち込んだ。
2009年3月24日、楽天証券は金融庁から1か月間の業務停止命令と業務改善命令を受けた。停止の範囲は、システム整備を伴う新たな業務の展開に限られた。金融庁は、2008年11月と2009年1月のシステム障害と、復旧態勢の不備を処分の理由とした。楽天証券はハードウェアを改善・増強し、安定してシステムを運用できる態勢の整備を進めた。楽天は同じ期の有価証券報告書で、障害が再び重なれば顧客離反と追加の処分を招くおそれがあると開示した。三木谷浩史会長兼社長は2010年の見通しで、金融関連事業の環境は規制の変更と相場の変動で読みにくいとの認識を示した。金融を連結に抱えたことで、システムの安定は規制当局から問われる経営課題に変わったといえる。
楽天は2010年1月、プリペイド型電子マネー「Edy」を運営するビットワレットを子会社化した。三木谷浩史会長兼社長は2009年11月の買収発表を、電子マネー事業への本格参入と位置づけていた。楽天カードの会員は、楽天市場で非会員より多く支出していた。三木谷浩史会長兼社長は「『By keeping the settlement infrastructure within the Rakuten Group, we activate money flows within the Rakuten Eco-System and strengthen customer loyalty.』」(訳:決済の基盤を楽天グループの内に置くことで、楽天経済圏の中の資金の流れを活発にし、顧客の定着を強める)と述べた。Edy をポイントと結び、店頭での消費にも楽天の影響を広げる狙いを示した。2010年12月期、新設の電子マネー事業は売上高5,263百万円に対し、加盟店開拓と販促の費用で営業損失598百万円を計上した。損失を計上してでも使える店を増やしたのは、ネットの会員を店頭の決済へ引き込む入口を優先したためとみられる。
イーバンク銀行は2010年5月、商号を楽天銀行に改めた。楽天は同年10月、株式交換で楽天銀行を完全子会社化した。三木谷浩史会長兼社長は2010年12月期の年報で、カード・ネット銀行・ネット証券・電子マネーを楽天ブランドの金融として育てる方針を示した。楽天会員が複数の金融サービスを一か所から使える環境を整え、楽天経済圏を固めることが狙いだった。楽天銀行は楽天市場の決済取引の取り込みを進め、2010年12月期の銀行事業の売上高は前期比9.9%増の33,289百万円となった。一方で有価証券の評価損3,317百万円と、完全子会社化に伴うのれん償却の増加558百万円が重なった。営業利益は前期比31.5%減の1,657百万円だった。銀行の名を楽天に揃えたことで、会員から見た金融は一つの品揃えとして並んだと考えられる。
楽天は2010年に社内公用語の英語化を打ち出し、2年後の2012年7月に英語をグループ全体の公用語とした。2010年12月期の年報で、三木谷浩史会長兼社長は「『We also accelerated the adoption of English as our official corporate language to facilitate the cross-organizational sharing of know-how from the various countries in which we operate.』」(訳:事業を営む各国の知見を組織の枠を越えて共有するため、英語を社内公用語とする取り組みを加速した)と述べた。同じ年に楽天は米Buy.comと仏PRICEMINISTERを傘下に加えた。海外子会社の流通総額は2009年の14億円から2010年に668億円となった。三木谷浩史会長兼社長は2012年の年報で、英語化が多国籍の社員の意思疎通を促したと振り返った。海外のグループ会社が楽天市場の運営手法を取り入れる速さも増したという。買収先と同じ言葉で働く体制を先に整えたことが、続く買収の前提になったと読める。
楽天は2010年7月に仏国のECサイト運営会社PRICEMINISTERを完全子会社化した。2012年1月11日には、カナダの電子書籍事業者Kobo Inc.の買収を完了した。対価は約315百万米ドル(約236億円)で、2011年11月9日の臨時取締役会で決議した。楽天は買収の理由に、世界の電子書籍コンテンツ市場が2011年から年平均36%で伸びるという予測を挙げた。Koboは各国の最大手書店と提携し、100か国以上へ配信していた。楽天はKoboを通じ、海外の出版社や小売業者、製造委託先との取引網を得ることになった。三木谷浩史会長兼社長は「『On top of this, there are certain countries we wish to enter with e-books faster than with e-commerce.』」(訳:さらに、ECより先に電子書籍で参入したい国もある)と述べた。電子書籍は、出店者の網を持たない国で先に会員を得る入口として選ばれたと推察される。
2011年12月期、楽天は営業利益71,343百万円で過去最高を更新しながら、当期純損失1,139百万円を計上した。損失の原因は、クレジットカード事業の再構築に伴う特別損失84,093百万円である。楽天は旧楽天KCの楽天カード関連事業を楽天カードへ承継させたうえで、旧楽天KCの株式を売却した。三木谷浩史会長兼社長は、この再編で次の成長段階へ向かう土台が整ったと説明した。翌2012年6月、楽天はスペインの動画配信会社Wuaki.TVの株式を取得し、完全子会社化した。三木谷浩史会長兼社長は「『We also continued to expand our activities beyond the e-commerce field, and to develop a major involvement in the digital content business.』」(訳:EC以外にも事業を広げ、デジタルコンテンツ事業への本格的な関与を進めた)と述べた。電子書籍に動画を重ね、会員が繰り返し使うデジタルの品揃えを厚くする意図があったのだろう。
楽天は2012年10月、持分法適用関連会社だったアイリオ生命保険の株式を追加取得し、子会社化した。子会社化を決めた取締役会は、同年9月20日に開かれた。有価証券報告書は、楽天カード・楽天銀行・楽天証券・アイリオ生命保険を金融系事業の子会社として並べた。アイリオ生命保険は2013年4月に楽天生命保険へ商号を改め、楽天ブランドで保険販売を強める方針を示した。三木谷浩史会長兼社長は、子会社化の後に保険契約件数と年換算保険料が伸びたと報告した。楽天は2013年12月期の第1四半期から、連結財務諸表に国際財務報告基準(IFRS)を適用した。IFRSではのれんの定額償却が不要になり、買収を重ねる会社の利益の見え方が変わる。保険を加えて会計を国際基準へ移したのは、国内の金融と海外の買収を同じ物差しで測る準備だったとみてよい。
楽天は2013年12月3日、上場市場を東京証券取引所JASDAQ(スタンダード)から市場第一部へ移した。2013年12月期はIFRSで売上収益518,568百万円、当期利益43,481百万円を計上した。同じ年に楽天株はJPX日経インデックス400の構成銘柄に選ばれた。市場変更と同時に、楽天は米国でスポンサー付きの預託証券(ADR)の制度を設けた。三木谷浩史会長兼社長は「『At the same time, we established a sponsored Level I American Depositary Receipt (ADR) program in the United States with the aim of increasing name recognition overseas and broadening the investor base.』」(訳:同時に、海外での知名度を高めて投資家層を広げるため、米国でレベルIのスポンサー付きADRプログラムを設けた)と述べた。同年の東北楽天ゴールデンイーグルスの初の日本一と合わせ、楽天は1円の記念配当を加えた。国内外で株主の層を広げたことが、次の大型の海外買収へ向けた資本市場の足場になったと位置づけられよう。
楽天は2014年3月11日、無料の通話・メッセージアプリを運営するVIBER MEDIA LTD.の全株式を取得し、完全子会社化した。2013年12月に東証一部へ市場を変更してから3か月後の買収だった。取得対価は現金81,654百万円で、目的はViberの顧客基盤をグループのECとデジタルコンテンツの基盤強化に生かすことにあった。2014年の年報によれば、Viberは世界で5億超のユニークIDを持っていた。三木谷浩史会長兼社長は同じ年報で『This dramatically expanded the global member base of the Rakuten Ecosystem, which now stands at approximately 700 million.』(訳:これで楽天エコシステムの世界の会員基盤は大きく広がり、約7億となった)と述べた。楽天市場のない国でも、毎日開く通話アプリを通じて会員との接点を持てると見た買収とみられる。
楽天は2014年9月9日の取締役会で、Ebates Inc.の全株式を約10億米ドルの現金で取得すると決議した。Ebatesは米国で会員制のキャッシュバック・サイトを運営し、提携企業は2,600以上、アクティブ会員は250万だった。楽天は、会員ビジネスを基盤とする点でEbatesと事業モデルの親和性が高いと判断した。提携サイトでの購入をEbates経由にすると、消費者はポイント還元やキャッシュバックを受けられる。子会社化は2014年10月9日で、取得対価は現金99,401百万円だった。米国で自社モールへの出店を募るより、他社の売場での購買に還元を付けて会員を増やす方針だったと考えられる。
楽天は2014年10月、携帯電話サービスに本格参入し、『楽天モバイル』の提供を始めた。2014年12月期の有報は、ViberのアプリとMVNO(仮想移動体通信事業者)を通じて楽天経済圏の会員基盤を拡大する方針を掲げた。楽天モバイルはグループの楽天コミュニケーションズが他社の回線を借り受けて提供するMVNOで、2017年12月期も自前の設備を持たなかった。2015年8月の個人投資家説明会で、楽天はサービス開始直後の月次申込件数を楽天カードの立ち上がり期と比べて示した。三木谷浩史会長兼社長は2015年の年報で、楽天市場とFinTechの成長に並べて楽天モバイルの拡大を1年の成果に挙げた。海外では通話アプリ、国内では毎月の通信契約という二つの会員の入口を、2014年の同じ年に設けたことになる。
楽天は2015年8月、本社を東京都世田谷区玉川一丁目14番1号の二子玉川へ移転した。三木谷浩史会長兼社長は2014年の年報で、2015年中に二子玉川の新しいビルへ移ると予告した。同じ年報で『We will integrate all Rakuten group companies in Japan under a new organizational structure.』(訳:国内の楽天グループ各社を新たな組織体制のもとに統合する)とも述べた。2015年の年報は移転の理由に従業員の増加への備えと事業間の連携の最大化を挙げ、多くのグループ会社を一つの建物に集約したと記した。グループの従業員数は2015年6月末時点で12,288人だった。EC、FinTech、通信の各事業に共通IDとポイントで会員の横断利用を促すには、事業部門の距離を縮める必要があったのだろう。
楽天は2017年、自前の回線を持つ携帯キャリア事業への参入を発表し、2019年10月のサービス開始を目標に置いた。2017年12月期の親会社の所有者に帰属する当期利益は110,585百万円で、前期の37,995百万円から増えた年の決断だった。MVNOの楽天モバイルは他社の回線を借りており、回線利用料の引き上げや提携の終了が経営成績を左右する構造だった。三木谷浩史会長兼社長は、日本のスマホ普及率が2016年で56.8%にとどまる点を挙げ、『寡占化により高止まりしているスマホ料金がこの理由の1つと思われます。』と述べた。設備投資は2028年までに5,263億円を予定し、うち2,000億円は親会社がハイブリッドファイナンスで調達する計画だった。料金を自ら決め、国内9,500万会員の入口を他社の回線に依存しない体制を求めた参入と推察される。
楽天は2018年1月29日の取締役会で、野村ホールディングス傘下の朝日火災海上保険の全株式を公開買付けで取得すると決議した。楽天は2017年1月頃から損害保険業への参入を検討し、2017年9月上旬に野村ホールディングスへ朝日火災株式の取得を提案した。旅行中の怪我のように自社サービスに伴うリスクまで引き受ければ、会員が安心して商品を購入できると考えた。楽天は2018年3月30日に議決権99.3%を現金44,685百万円で取得し、朝日火災を子会社化した。三木谷浩史会長兼社長は2019年第2四半期の決算説明会で『SPU による顧客のクロスユースの促進が、楽天カード、銀行、保険といった生涯価値の高いサービスへの顧客流入を促進しており、ポイントコストをかけても十分元がとれてる構造になっている。』と述べ、ポイントが保険への顧客流入を生む仕組みを説明した。2019年の基地局投資を前に、ポイントで会員を送り込める金融の品目に損害保険を加え、携帯以外の収益源を厚くする判断だったといえる。
楽天ウォレットは2019年8月、暗号資産(仮想通貨)の現物取引サービスを始めた。開始に先立ち、資金決済法に基づく仮想通貨交換業者の登録を2019年3月25日付で関東財務局に済ませていた。取り扱いはビットコインやイーサリアムで、2019年12月期の有報は価格が短期間に大きく変動し、取引需要も変わるリスクを挙げた。同じ2019年3月には楽天ペイ(アプリ決済)を刷新し、楽天キャッシュの個人間送金と楽天ポイントカードの機能を載せた。三木谷浩史会長兼社長は2019年第2四半期の決算説明会で、楽天ペイのアプリに楽天Edyと送金の機能を統合していると説明した。決済と送金の先に暗号資産の口座を置き、会員の資金の置き場を楽天の中に増やす狙いのようだ。
楽天モバイルは2019年10月、携帯キャリア事業としてのサービスを始めた。三木谷浩史会長兼社長は2019年第2四半期の決算説明会で、開業時は他社のローミングへの依存が大きいとして『MNO 事業者としてなるべく早く自社ネットワークの確立をできるように、基地局の建築をできる限り前倒しで進めたいと考えている。』と述べた。開業は無料サポータープログラムから入り、基地局の減価償却は2019年第4四半期に始まる予定だった。2019年12月期の営業利益は、基地局建設と販促、物流の費用で前期比57.3%減の72,745百万円となった。Lyftの減損損失102,873百万円も重なり、親会社の所有者に帰属する当期損失は31,888百万円となった。開業の年の赤字は投資損失が主因で、基地局の償却負担が本格的に決算に表れるのは2020年以降だった。
楽天モバイルは2020年9月、5Gの通信サービスを始めた。有価証券報告書は、5Gを2020年代の社会インフラと位置づけた。4Gの自社回線エリアは、当初計画より約5年早いペースで拡大した。2020年12月末の人口カバー率は70%を超えた。廣瀬研二CFOは、モバイルの利益は基地局の整備と契約数の確保で決まると説明した。楽天は4G基地局の最終数を2.7万局から4.4万局へ引き上げ、関連投資を6,000億円から3〜4割増額すると発表した。2020年12月期の親会社の所有者に帰属する当期損失は114,199百万円で、前期の31,888百万円から拡大した。契約者を先に獲得するため、基地局を前倒しで積む判断が損失を膨らませたとみられる。
楽天は2021年3月12日、日本郵政・テンセント・ウォルマートと三木谷浩史氏の親族の資産管理会社を引受先とする第三者割当を決めた。払込金額の総額242,346,692,500円は、全額を2021年12月末までに楽天モバイルへの投融資に充当する計画だった。内訳は4G基地局に1,840億円、5G基地局に310億円、4Gと5Gに共通の設備に250億円である。楽天は銀行借入や社債も検討したうえで、財務状況に鑑みて第三者割当を選んだ。廣瀬研二CFOは、グループ全体の自己資本の厚みを考えて資本性の調達が必要と判断したと説明した。三木谷浩史会長兼社長は「『楽天へのこれらの新しい投資は、モバイルサービスを中核とする楽天エコシステムの拡大と影響力へ向けた高い期待と、世界を牽引する3つの経済大国のリーディングカンパニーとの更なる提携への大きな可能性の両方を示しています。』」と述べた。発行済株式の14.8%に当たる希薄化を受け入れた結果、自己資本比率は2021年度末に6.6%へ上昇した。
楽天は2021年4月、社名を楽天グループ株式会社に改めた。廣瀬研二CFOは、社名変更を2019年に始めたグループ内再編の延長に位置づけた。事業の性質と財務リスクに応じて組織を再編したうえで、事業別に必要な自己資本を算定する方針である。厳格な財務規律を要する金融と、固定費型のモバイルや物流を同時に抱えることが、再編の前提にあった。2021年8月には Rakuten Symphony を始動させた。完全仮想化したモバイルネットワークの技術を、海外の通信会社へ外販する組織である。2021年3月の株主総会前の回答も、通信基盤のグローバル展開を予定に挙げた。2021年8月にはドイツの1&1とネットワーク構築の大型契約を結んだ。国内で積んだ基地局投資を、海外への外販でも回収しようとしたのだろう。
楽天グループは2022年10月7日、楽天証券の株式19.99%をみずほ証券に譲渡すると決めた。11月1日に完了した譲渡の対価は80,000百万円だった。持分が80%になった後も、楽天証券は子会社のままだった。有価証券報告書は、楽天証券の集客力とみずほ証券の商品力を合わせた資産相談サービスの共同展開を目的に挙げた。一方、2023年3月の株主総会前の回答は、モバイルの資金源に保有資産の資金化を明記した。基地局整備の前倒しで、社債による有利子負債の調達が増えたことも認めた。今後の資金は投資資産の売却や業務資本提携で賄い、有利子負債に依存しないと表明した。支配を保ったままの20%弱の譲渡は、提携と資金化を一度に満たす手段だったと推察される。
2022年12月期の親会社の所有者に帰属する当期損失は372,884百万円で、前期の133,828百万円から膨らんだ。IFRS営業損失も前期の194,726百万円から363,892百万円に拡大した。楽天グループは2022年3月の株主総会前の回答で、楽天銀行の上場準備は順調と答えていた。楽天銀行は2023年4月21日に東証プライム市場へ上場した。上場時の売出しで、楽天グループの楽天銀行への持分は100%から63.34%に下がった。廣瀬研二CFOは「『財務戦略上、格付を重要視しており、引き続き、各種財務指標を注視しつつ、健全な財務バランスを維持していく方針です。』」と述べた。グロスの有利子負債はこれ以上増やさず、子会社の上場を含む資本性の資金で賄う方針も示した。格付を保つ条件のもとで、子会社株式が主な資金源になったと考えられる。
楽天モバイルは2023年10月、700MHz帯のプラチナバンドを割り当てる特定基地局開設計画の認定を受けた。4Gの人口カバー率は2022年末に98%に達していた。廣瀬研二CFOは、2023年の重要課題に電波のつながりやすさの改善を掲げた。2023年3月の株主総会前の回答は、自社エリアの拡大でローミング費用を減らして早期の黒字化を図ると説明した。三木谷浩史会長兼社長は、プラチナバンドの認定で黒字化に必要な条件がそろったという認識を示した。契約回線数は2023年に600万を超えた。廣瀬研二CFOは、プラチナバンド関連の設備投資を10年間で合計544億円と見積もった。既存3社と同じ低い周波数帯を得て、競争の焦点は回線の品質から契約数の積み上げへ移ったと読める。
楽天グループは2024年2月27日、社債型種類株式の発行に向けた定款変更と発行登録を公表した。同日のQ&Aは、ハイブリッド社債を含む社債の償還に備えて調達手段を増やすことを目的に挙げた。議決権と普通株式への転換権を持たない設計で、普通株主の議決権は薄まらない。格付上は調達額の50%、会計上は全額が資本とみなされる設計を想定した。2024年3月の株主総会前の回答は、2024年と2025年の社債償還の日程を念頭に資本性の調達を進めると説明した。無配の理由には、配当の原資を有利子負債の削減に充当することを挙げた。ただし2025年3月28日時点でも、発行済株式は普通株式だけだった。発行枠の用意そのものが、借り換えを巡る市場の不安を抑える役割を担った可能性がある。
楽天グループは2024年11月13日、楽天カードの株式14.99%をみずほフィナンシャルグループに譲渡する契約を結んだ。譲渡対価は164,997百万円で、楽天カードへの持分は85.01%になった。目的には、みずほFGとの連携による法人領域での成長を挙げた。廣瀬研二CFOは、子会社株式の一部売却や社債発行で、2025年までに償還を迎える社債すべてに対応を終えたと説明した。三木谷浩史会長兼社長は翌2025年の決算説明会で「『楽天グループとみずほ銀行との提携は、証券やカード分野で着実に進展しています。』」と述べた。例には楽天証券での新規公開株の取扱いと、みずほ銀行との提携カードを挙げた。一方で廣瀬研二CFOは、楽天カードが連結納税から外れたことと非支配持分の増加が最終損益を押し下げたと説明した。子会社株式を外部へ譲渡するほど、親会社に帰属する利益は目減りする構造になった。
楽天モバイル単体のEBITDAは2024年12月に単月で黒字化した。2025年3月の株主総会前の回答は、2025年度に通期での黒字化を目標に掲げた。全契約回線数は2025年12月に1,000万を超えた。三木谷浩史会長兼社長は「『この巨大なインフラプロジェクトで、5 年の中でここまで来ているのは、比較的急ピッチで進めてきたと思っています。』」と述べた。2025年12月期の親会社の所有者に帰属する当期損失は177,886百万円だった。親会社帰属の当期損失は2019年12月期から7期連続となった。配当は2023年12月期から3期続けて見送った。楽天グループは2026年3月時点で、指名委員会に相当する任意の委員会を置いていなかった。同じ報告書には、後継者の計画に関する記載もない。子会社株式で基地局投資と社債の償還を賄う体制は、創業者の三木谷浩史会長兼社長が率いたまま続いている。
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| 1997〜2001年低価格参入による市場創出 | 三木谷浩史 | 銀行を辞した31歳が月5万円で始めたインターネット上の商店街 1997年2月、日本興業銀行を辞した31歳の三木谷浩史氏が、東京都港区愛宕で資本金1,000万円の株式会社エム・ディー・エムを設立し、同年5月に楽天市場を出店わずか13店で開業した。月額5万円の固定料金で個人商店主を取り込み、半年分前払いの前受金型で運営費を抑え、2000年4月には日本証券業協会の店頭市場へ公開して約495億円を調達した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 三木谷浩史 | "楽天市場"サービス開始 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 楽天に商号変更 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 日本証券業協会店頭登録 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | "楽天トラベル"サービス開始 | ★ | ||
| 2002〜2008年多角化による経済圏の構築 | 三木谷浩史 | 出店料を固定で取る料金体系との決別による、出店者との取り分の組み替え 2002年、楽天は1997年以来の月額5万円固定という出店料を改め、月商100万円を超える店舗からシステム利用料を上乗せする従量課金へ移行した。楽天が"第2の創業"と呼んだこの改定は、場所を固定料金で貸す不動産型の営業から、出店者の売上に連動して収益を得るフランチャイズ型の営業へ切り替えた経営判断にあたる。 詳細を読む | ★★★ | |
| 三木谷浩史 | "楽天スーパーポイント"サービス開始 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | マイトリップ・ネット(旅の窓口)を子会社化 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | 宿泊予約からDLJ証券にまで及んだ連続買収と、三領域にまたがる事業圏づくり 2003年、楽天が宿泊予約サイト"旅の窓口"を運営するマイトリップ・ネットと、インターネット証券のDLJディレクトSFG証券(現・楽天証券)を短期間で連続買収し、翌2004年にあおぞらカード(現・楽天カード)も取得して、ショッピング・旅行・金融の三領域を統合した経営判断。三木谷浩史会長兼社長は、物流や在庫を自社で抱えない"ノータッチモデル"を選好の基準に据えた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木谷浩史 | カード会社の取得による個人金融事業への参入と、後の自社ブランド化 2004年8月27日、楽天があおぞら銀行・オリックスグループの保有するカードローン会社あおぞらカードの全株式を74億円で譲り受けることで基本合意し、同年9月に完全子会社化した経営判断。この法人格が2011年に楽天カード株式会社となり、グループ金融の中核へ育った。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木谷浩史 | 球界再編の渦中に踏み切ったプロ野球への新規参入と球団の保有 2004年の球界再編(近鉄・オリックス合併問題と史上初のプロ野球ストライキ)を受け、楽天が仙台市を本拠地とする新球団の設立を日本プロフェッショナル野球組織(NPB)に申請し、11月2日のオーナー会議で1954年以来50年ぶりの新規参入が全会一致で承認された経営判断。球団名は東北楽天ゴールデンイーグルス。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木谷浩史 | 初の純損失を計上 | ★ | ||
| 2009〜2013年金融の立て直しと海外への買収 | 三木谷浩史 | 三年半に三度の行政処分を招いたシステム障害の再発と、子会社の管理体制の立て直し 2009年3月24日、子会社の楽天証券が金融庁から業務停止命令と業務改善命令を受けた。停止の対象はシステム整備を伴う新たな業務展開で、金融庁が個別に認めたものを除き1か月間できなくなった。理由は2008年11月と2009年1月に起きたシステム障害と、その復旧態勢が不十分であることである。 処分はこれが初めてではない。2005年11月と2007年6月にも同じ会社が同じ理由で業務改善命令を受けており、三年半で三度目にあたる。行政処分に関する記述は第9期から第13期までの事業等のリスクに置かれ、第14期の有価証券報告書からは外れた。 詳細を読む | ||
| 三木谷浩史 | 200億円の出資による銀行の取り込みと、金融事業の中核への据え直し 2008年8月4日の取締役会で資本・業務提携の基本合意を決議し、同年9月29日にインターネット専業のイーバンク銀行(後の楽天銀行)の優先株式199億8,000万円分を引き受け、2009年2月10日に連結子会社化した経営判断。証券・クレジットに続いて銀行という決済インフラをグループへ取り込み、金融事業の中核を固めた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木谷浩史 | ビットワレットを子会社化 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 純損失に転落 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | Kobo Inc.を子会社化 | ★ | ||
| 2014〜2019年海外会員の買収と携帯キャリア参入 | 三木谷浩史 | Viber Mediaを子会社化 | ★ | |
| 三木谷浩史 | Ebatesを子会社化 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | "楽天モバイル"MVNO提供開始 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 既存3社に挑む第4の携帯事業者としての自前網の構築 2017年12月、EC・金融で"楽天経済圏"を築いた楽天が、既存3社のネットワークを借りるMVNOにとどまらず、自前で基地局を敷く第4のMNOとして携帯電話事業への参入を表明した経営判断。基地局ソフトを汎用サーバー上で動かす完全仮想化ネットワークで低コスト網を志向し、毎月の通信契約を経済圏のハブに据えた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木谷浩史 | 朝日火災海上を子会社化 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | "楽天モバイル"MNOサービス開始 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | 純損失に転落 | ★ | ||
| 2020〜2026年基地局投資の連続赤字と資本の総動員 | 三木谷浩史 | 楽天モバイル5Gサービス開始 | ★ | |
| 三木谷浩史 | 楽天グループに商号変更 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | Rakuten Symphonyを始動 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | 楽天証券HDとみずほ証券が資本業務提携 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | 純損失▲3,728億円 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | プラチナバンド700MHz帯の割当認定 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 楽天モバイルがEBITDA黒字化達成 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(楽天グループ)