1997年〜 月5万円の仮想商店街から三領域への事業基盤拡充
楽天グループの業績推移:連結
- 1997年 楽天グループ創業——興銀を辞した31歳が月5万円で開いた仮想商店街 阪神大震災で銀行員人生を見直した31歳・三木谷浩史氏は、月額5万円の固定料金でインターネット上の仮想商店街をどう軌道に乗せたか
- 2002年 「不動産型」から「フランチャイズ型」への料金体系転換 月5万円固定モデルはなぜ限界に達し、三木谷浩史氏はどう「第2の創業」に踏み切ったか
- 2002年 『楽天スーパーポイント』サービス開始
- 2003年 マイトリップ・ネット(旅の窓口)を子会社化
- 2003年 旅の窓口・DLJ証券の連続買収による三領域経済圏の構築 モール単体への依存から脱するため、三木谷浩史氏はなぜ在庫を持たない「ノータッチモデル」で旅行と金融を束ねたのか
- 2004年 あおぞらカード買収による個人金融参入——後の楽天カードとなる会社の取得 決済とローンを他社に委ねたままでよいのか——赤字のカードローン会社に74億円を投じた選択
- 2004年 球界再編下のプロ野球新規参入——東北楽天ゴールデンイーグルスの設立 なぜネット企業が赤字必至とされた球団を持つのか——50年ぶりの新規参入をめぐるライブドアとの獲得競争
固定5万円という破格設定で6150店を集めた出発点
1997年2月、日本興業銀行を辞した31歳の三木谷浩史氏は、資本金1000万円で株式会社エム・ディー・エムを東京都港区愛宕に設立[2]し、同年5月に楽天市場を開業した[3]。開業時の出店はわずか13店[4]。百貨店系のバーチャルモールが月100万円単位の出店料[5]を取っていたのに対し、楽天は月額5万円の固定料金[6]という一桁低い水準を提示した。プログラミングを要しない編集ツール「RMS」で店主自身にショップを開設させ[7]、商店街の個人商店主を主な顧客層に据えて出店の敷居を下げた。出店契約では半年分のシステム利用料を一括で前払いさせ[8]、外部資金に頼らず運転資金をまかなって1998年12月期から2期連続の経常黒字[9]を確保した。初年度の出店獲得は、営業メンバーが商店街を1件ずつ訪ね歩く地道な営業に頼った。 [1]
- 日経ビジネス(2003年2月10日)
- [1]創業者 三木谷浩史氏(日本興業銀行出身。1996年5月に興銀を退職)
- 楽天グループ 有価証券報告書 第29期(2025年12月期)【沿革】
- [2]1997年2月 資本金1,000万円で東京都港区愛宕に㈱エム・ディー・エムを設立
- [3]1997年5月 『楽天市場』のサービスを開始
- 日経ビジネス(2000年10月23日)
- [4]楽天市場の開業時の出店 13店
- [5]百貨店系バーチャルモールの出店料 月100万円単位
- [6]楽天市場の出店料 月額5万円の固定料金(価格破壊と評された料金設定)
- [7]プログラミング不要の編集ツールRMSを提供し店主自身がショップを開設
- [8]契約時に半年分のシステム利用料を一括前払いさせる前受金型で運営コストを抑制
- [9]1998年12月期から2期連続の経常黒字
この料金設計が出店数の急増を呼び、1998年12月に320店、1999年12月に1800店、2000年12月に4800店[10]、2003年1月には6150店まで拡大した[11]。出店料収入は出店数に比例して積み上がり[12]、モール専業の収益はこの時期まで出店数の伸びに支えられていた。1999年6月には株式会社エム・ディー・エムから楽天株式会社へ商号を変更した[13]。2000年4月には日本証券業協会へ店頭登録し[14]、新規株式公開で495億円を調達した[15]が、同年1月から6月までの売上高は11億2700万円[16]にとどまっていた。消費不況が続くなかでも楽天市場の取引総額は2001年の523億円から2002年に約4割増の750億円[17]へ伸び、東京・銀座の百貨店に匹敵する規模[18]へ達した。
- 日経ビジネス(2003年2月10日)
- [10]出店数 1998年12月約320店→1999年12月約1800店→2000年12月約4800店
- [11]2003年1月23日時点の楽天市場出店数 6150店
- [12]出店料収入は出店数に比例して増加
- [17]楽天市場の取引総額 2001年523億円→2002年750億円(約4割増)
- [18]2002年の取引総額は東京・銀座の百貨店に匹敵する規模(消費不況下での伸び)
- 楽天グループ 有価証券報告書 第29期(2025年12月期)【沿革】
- [13]1999年6月 ㈱エム・ディー・エムより楽天株式会社へ社名変更
- [14]2000年4月 日本証券業協会に店頭登録
- 日経ビジネス(2000年10月23日)
- [15]新規株式公開の調達額 約495億円
- [16]2000年1〜6月の売上高 11億2,700万円
- 日経ビジネス(2003年2月10日)
- [1]創業者 三木谷浩史氏(日本興業銀行出身。1996年5月に興銀を退職)
- [10]出店数 1998年12月約320店→1999年12月約1800店→2000年12月約4800店
- [11]2003年1月23日時点の楽天市場出店数 6150店
- [12]出店料収入は出店数に比例して増加
- [17]楽天市場の取引総額 2001年523億円→2002年750億円(約4割増)
- [18]2002年の取引総額は東京・銀座の百貨店に匹敵する規模(消費不況下での伸び)
- 楽天グループ 有価証券報告書 第29期(2025年12月期)【沿革】
- [2]1997年2月 資本金1,000万円で東京都港区愛宕に㈱エム・ディー・エムを設立
- [3]1997年5月 『楽天市場』のサービスを開始
- [13]1999年6月 ㈱エム・ディー・エムより楽天株式会社へ社名変更
- [14]2000年4月 日本証券業協会に店頭登録
- 日経ビジネス(2000年10月23日)
- [4]楽天市場の開業時の出店 13店
- [5]百貨店系バーチャルモールの出店料 月100万円単位
- [6]楽天市場の出店料 月額5万円の固定料金(価格破壊と評された料金設定)
- [7]プログラミング不要の編集ツールRMSを提供し店主自身がショップを開設
- [8]契約時に半年分のシステム利用料を一括前払いさせる前受金型で運営コストを抑制
- [9]1998年12月期から2期連続の経常黒字
- [15]新規株式公開の調達額 約495億円
- [16]2000年1〜6月の売上高 11億2,700万円
インフォシーク90億円買収とヤフーの追撃
店頭公開で得た495億円の使途が定まらぬ時期、山田善久常務は「買うのは簡単だけれどカネは使えばいいというものではない[19]」(山田善久氏 日経ビジネス 2000/10/23)と述べ、資金の投下を急がなかった。しかし2000年10月の米ニールセン・ネットレイティングス調査で、ヤフー!ショッピングが利用者数で楽天市場を抜いて首位に立った。先発の座を脅かされた楽天は、2000年11月末に赤字のポータルサイト運営会社インフォシークを90億円で完全子会社化すると発表した[21]。利益重視を掲げてきた楽天にとって、1999年10月から2000年9月までの1年間に6億5000万円の経常損失を抱える会社の取得は路線の変更を伴った。三木谷氏は買収の狙いを「ショッピングを核にした総合メディア企業を目指す[22]」(三木谷浩史氏 日経ビジネス 2000/12/11)と語り、公開で得た資金をヤフーとの集客力の差を埋めることに充てる考えを示した。 [20]
- 日経ビジネス(2000年10月23日)
- [19]山田善久氏(楽天常務)「買うのは簡単だけれどカネは使えばいいというものではない」
- [20]2000年10月 米ニールセン調査でヤフー!ショッピングが利用者数で楽天市場を抜き首位
- 日経ビジネス(2000年12月11日)
- [21]2000年11月末 赤字のインフォシークを90億円で完全子会社化すると発表
- [22]三木谷浩史氏「ショッピングを核にした総合メディア企業を目指す」
買収後のインフォシークでは、同社出身ではなく一般社員だった森学氏が再建責任者に抜擢され、2000年9月期に約13億円の営業赤字だった同社を2002年6月から9月期に4700万円の営業黒字へ転換させた。もっとも、集客力を失えば収益源である出店者が離れる[23]という出店者数への依存は、2000年末の時点ですでに指摘されていた。翌2001年3月には楽天トラベルを開業し[24]、ショッピング単一事業からの多角化に着手した。2001年に入ると出店数の伸びは緩やかになり、出店数に依存する収益モデルそのものへ疑問を投げかける論調[25]が目立ってきた。
- 日経ビジネス(2000年12月11日)
- [23]2000年末時点で、集客力を失えば収益源である出店者が離れるという出店者数依存が指摘されていた
- 楽天グループ 有価証券報告書 第29期(2025年12月期)【沿革】
- [24]2001年3月 『楽天トラベル』のサービスを開始
- 日経ビジネス(2003年2月10日)
- [25]2001年に出店数の伸びが鈍化し、出店数依存の収益モデルへ疑問が向けられた
- 日経ビジネス(2000年10月23日)
- [19]山田善久氏(楽天常務)「買うのは簡単だけれどカネは使えばいいというものではない」
- [20]2000年10月 米ニールセン調査でヤフー!ショッピングが利用者数で楽天市場を抜き首位
- 日経ビジネス(2000年12月11日)
- [21]2000年11月末 赤字のインフォシークを90億円で完全子会社化すると発表
- [22]三木谷浩史氏「ショッピングを核にした総合メディア企業を目指す」
- [23]2000年末時点で、集客力を失えば収益源である出店者が離れるという出店者数依存が指摘されていた
- 楽天グループ 有価証券報告書 第29期(2025年12月期)【沿革】
- [24]2001年3月 『楽天トラベル』のサービスを開始
- 日経ビジネス(2003年2月10日)
- [25]2001年に出店数の伸びが鈍化し、出店数依存の収益モデルへ疑問が向けられた
「不動産型」から「フランチャイズ型」への転換と三領域体制の完成
2002年2月、楽天は1997年以来の固定5万円制を改め、月商100万円を超える店舗にシステム利用料を上乗せする従量課金[26]へ移ると発表した。場所を固定料金で貸す不動産型から、出店者の売上に連動して収益を得るフランチャイズ型へ営業を切り替える[27]転換であり、三木谷氏自身が2002年7月から営業本部長を兼務して[28]陣頭に立った。制度変更には特命チームによる約1年のシミュレーション[29]が先立っており、三木谷氏は「創業当時から、固定料金制はいずれ改める必要があると思っていた。仮に出店者数が半分になってもやり通す覚悟だった」(三木谷浩史氏 日経ビジネス 2003/02/10)と当時の判断を語っている。営業部門は新規開拓から出店済み店舗のコンサルティングへ組み替えられ、電子商取引コンサルタント1人が150社前後を担当し、社員約290人のうち約60人がこの業務に就いた[31]。 [30]
- 日経ビジネス(2003年2月10日)
- [26]2002年2月21日 新料金体系を発表(月商100万円超にシステム利用料を上乗せ)
- [27]場所貸しの不動産型から売上連動のフランチャイズ型への営業転換
- [28]三木谷浩史氏 2002年7月から営業本部長を兼務
- [29]料金制度変更をシミュレーションする特命チームを設置し約1年検討
- [30]三木谷浩史氏「固定料金制はいずれ改める必要があると思っていた」「出店者数が半分になってもやり通す覚悟だった」
- [31]電子商取引コンサルタント1人当たり担当150社前後・社員約290人のうち約60人が従事
新料金の適用は2002年4月、初課金は5月[32]で、その5月は退店数が出店数を58件上回った[33]ものの、6月以降は純増が続いた。2003年12月期の連結売上高は181億円、経常利益は44億円[34]と前期からほぼ倍増した。三木谷氏はこの時期、金融業界を除く日本の上位30社に相当する経常利益1000億円を中長期の目標に掲げていた[35]。2003年9月には宿泊予約サイト「旅の窓口」を運営するマイトリップ・ネット[36]、同年11月にDLJディレクトSFG証券(現楽天証券)を子会社化し[37]、短期間に600億円強を投じて[38]ショッピング・旅行・金融の三領域を束ねた。総取扱高は2003年10〜12月期に422億円と前年同期比76%増[39]へ伸びた。
- 日経ビジネス(2003年2月10日)
- [32]新料金の適用は2002年4月・初課金は同年5月
- [33]2002年5月は退店が出店を58件上回り、以降は純増が継続
- 楽天グループ 有価証券報告書 第7期(2003年12月期)【主要な経営指標等の推移】
- [34]2003年12月期 連結売上高181億円・経常利益44億円
- 日経ビジネス(2004年3月22日)
- [35]三木谷浩史氏 中長期目標に経常利益1000億円(金融業界を除く日本のトップ30社相当)
- [38]旅の窓口・DLJ証券の連続買収 投資規模600億円強
- [39]ショッピングモール等の総取扱高 2003年10〜12月期422億円(前年同期比76%増)
- 楽天グループ 有価証券報告書 第29期(2025年12月期)【沿革】
- [36]2003年9月 宿泊予約サイトを運営するマイトリップ・ネット㈱を子会社化
- [37]ディーエルジェイディレクト・エスエフジー証券㈱(現楽天証券㈱)を子会社化
2004年9月には、あおぞら銀行とオリックスが保有するカードローン会社あおぞらカード[40]の全株式を74億円で取得した[41]。同年8月に始めた三井住友VISAとの提携発行に頼らず、自前でカード事業を運営する[42]構えであった。買収した会社は2001年12月設立、2004年3月末の貸出残高197億円・従業員23人[43]の小さな赤字会社[44]で、取得額も旅の窓口の323億円やDLJ証券の331億円[45]に比べれば小さかった。同じ2004年、楽天は球界再編を機にプロ野球へ参入した[46]。9月24日に日本プロフェッショナル野球組織へ加盟を申請し[47]、宮城県仙台市を本拠地とする新球団の構想を示した。審査はライブドアとの一騎打ちとなり、決め手は収益力の差[48]だった。ライブドアの経常利益51億円に対し楽天は2004年12月期に145億円を見込み[49]、パ・リーグ5球団平均で32億円に達する赤字[50]を吸収できる体力が重視された。11月2日のオーナー会議は東北楽天ゴールデンイーグルスの新規参入を全会一致で承認し[51]、1954年以来50年ぶりの新規球団[52]が生まれた。翌12月、楽天はジャスダック証券取引所へ上場し[53]、店頭登録から本則市場へ移った。
- 楽天グループ 有価証券報告書 第29期(2025年12月期)【沿革】
- [40]2004年9月 ㈱あおぞらカード(現楽天カード㈱)を子会社化
- [51]日本プロフェッショナル野球組織による「東北楽天ゴールデンイーグルス」新規参入承認
- [53]㈱ジャスダック証券取引所に上場(店頭登録から本則市場へ)
- 楽天 プレスリリース(2004年8月27日)「株式会社あおぞらカードの株式譲受について基本合意」
- [41]あおぞらカード全株式の取得額 74億円(2004年8月27日に基本合意)
- 週刊東洋経済 2004年11月6日号「熱いぞ! ネット企業 ネット商店街の巨人 楽天」
- [42]2004年8月に三井住友VISAとの提携カードを発行し、自前でのカード事業運営を視野
- 日経コンピュータ(2004年8月27日)「楽天があおぞらカードを買収」
- [43]あおぞらカード 2001年12月設立・2004年3月末の貸出残高約197億円・従業員23人
- 週刊東洋経済 2004年10月16日号「明日の成長企業を探そう! 楽天vsライブドア——結局彼らは何で儲けてる?」
- [44]買収時のあおぞらカードは営業赤字
- [45]買収額の対比 旅の窓口323億円・DLJ証券331億円・あおぞらカード74億円
- 週刊東洋経済 2004年11月20日号「楽天・50年ぶりのプロ野球参入 旧い経営体質脱し改革の新芽よ育て」
- [46]2004年の球界再編(オリックス・近鉄の統合と史上初のストライキ)を機とするプロ野球参入
- [52]1954年の高橋ユニオンズ以来50年ぶりの新規参入
- 楽天 プレスリリース(2004年9月24日)「日本プロフェッショナル野球組織への加盟申請について」
- [47]2004年9月24日 NPBへ加盟申請・宮城県仙台市を本拠地とする新球団構想
- 週刊東洋経済 2004年11月13日号「今週のアップダウン プロ野球参入ならずライブドア散る」
- [48]参入審査はライブドアとの一騎打ちで、決め手は収益力の差
- [49]ライブドアの経常利益51億円に対し楽天は2004年12月期145億円見込み
- [50]パ・リーグ5球団平均32億円の赤字を吸収できる体力をNPBが重視
- 日経ビジネス(2003年2月10日)
- [26]2002年2月21日 新料金体系を発表(月商100万円超にシステム利用料を上乗せ)
- [27]場所貸しの不動産型から売上連動のフランチャイズ型への営業転換
- [28]三木谷浩史氏 2002年7月から営業本部長を兼務
- [29]料金制度変更をシミュレーションする特命チームを設置し約1年検討
- [30]三木谷浩史氏「固定料金制はいずれ改める必要があると思っていた」「出店者数が半分になってもやり通す覚悟だった」
- [31]電子商取引コンサルタント1人当たり担当150社前後・社員約290人のうち約60人が従事
- [32]新料金の適用は2002年4月・初課金は同年5月
- [33]2002年5月は退店が出店を58件上回り、以降は純増が継続
- 楽天グループ 有価証券報告書 第7期(2003年12月期)【主要な経営指標等の推移】
- [34]2003年12月期 連結売上高181億円・経常利益44億円
- 日経ビジネス(2004年3月22日)
- [35]三木谷浩史氏 中長期目標に経常利益1000億円(金融業界を除く日本のトップ30社相当)
- [38]旅の窓口・DLJ証券の連続買収 投資規模600億円強
- [39]ショッピングモール等の総取扱高 2003年10〜12月期422億円(前年同期比76%増)
- 楽天グループ 有価証券報告書 第29期(2025年12月期)【沿革】
- [36]2003年9月 宿泊予約サイトを運営するマイトリップ・ネット㈱を子会社化
- [37]ディーエルジェイディレクト・エスエフジー証券㈱(現楽天証券㈱)を子会社化
- [40]2004年9月 ㈱あおぞらカード(現楽天カード㈱)を子会社化
- [51]日本プロフェッショナル野球組織による「東北楽天ゴールデンイーグルス」新規参入承認
- [53]㈱ジャスダック証券取引所に上場(店頭登録から本則市場へ)
- 楽天 プレスリリース(2004年8月27日)「株式会社あおぞらカードの株式譲受について基本合意」
- [41]あおぞらカード全株式の取得額 74億円(2004年8月27日に基本合意)
- 週刊東洋経済 2004年11月6日号「熱いぞ! ネット企業 ネット商店街の巨人 楽天」
- [42]2004年8月に三井住友VISAとの提携カードを発行し、自前でのカード事業運営を視野
- 日経コンピュータ(2004年8月27日)「楽天があおぞらカードを買収」
- [43]あおぞらカード 2001年12月設立・2004年3月末の貸出残高約197億円・従業員23人
- 週刊東洋経済 2004年10月16日号「明日の成長企業を探そう! 楽天vsライブドア——結局彼らは何で儲けてる?」
- [44]買収時のあおぞらカードは営業赤字
- [45]買収額の対比 旅の窓口323億円・DLJ証券331億円・あおぞらカード74億円
- 週刊東洋経済 2004年11月20日号「楽天・50年ぶりのプロ野球参入 旧い経営体質脱し改革の新芽よ育て」
- [46]2004年の球界再編(オリックス・近鉄の統合と史上初のストライキ)を機とするプロ野球参入
- [52]1954年の高橋ユニオンズ以来50年ぶりの新規参入
- 楽天 プレスリリース(2004年9月24日)「日本プロフェッショナル野球組織への加盟申請について」
- [47]2004年9月24日 NPBへ加盟申請・宮城県仙台市を本拠地とする新球団構想
- 週刊東洋経済 2004年11月13日号「今週のアップダウン プロ野球参入ならずライブドア散る」
- [48]参入審査はライブドアとの一騎打ちで、決め手は収益力の差
- [49]ライブドアの経常利益51億円に対し楽天は2004年12月期145億円見込み
- [50]パ・リーグ5球団平均32億円の赤字を吸収できる体力をNPBが重視