創業地大阪市
創業年1971
上場年1987
創業者※三和銀行系60社共同出資

連合・共同出資専属下請け・発注元依存の出自1971年、汎用機の導入に1台数億〜十数億円を要し、単独で持つより複数企業で共同利用する方が経済合理性を持った時代に、三和銀行を中心とするグループ60社が出資して東洋情報システムが設立された。系列向けの計算受託から事業を始めた同社は、三和銀行のクレジットカード会社JCBとも当初から取引を結んだ。系列が需要と顧客の両方を初日から供給し、銀行・カード・信販という金融系の顧客基盤の上に立つ独立系SIerとなった。

危機・外圧が引き金海外展開・グローバル化専業集中・一点突破2004年に受注したJCBの基幹刷新「JENIUS」が長期の開発遅延で炎上し、FY06に受注損失引当金51億円を計上、最終損益は赤字へ転落した。追加コストは80億円に及び、100億円超の案件1件で独立系SIerの財務が傾く構造が露わになった。TISが出した答えは規模だった。2008年にインテックと共同持株会社を設け、2011年には3社合併で本体を拡大する。受注を積む請負を収益の中心に据え、1件の損失をグループ全体で吸収できる規模を整えた。

決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く

Q なぜ1971年に三和銀行系60社の共同出資で東洋情報システムを設立したのか
A 汎用機が1台数億〜十数億円を要した1970年前後、単独で保有するより複数企業で共同利用する方が経済合理性を持ったためである。1971年、三和銀行を中心とするグループ60社が資本金6億円を出資し、東洋情報システムを設立した。三和グループ向けの計算受託から事業を始めた同社は、系列の取引銀行が抱える顧客を初日から引き受け、銀行・カード・信販という金融系の顧客基盤の上に立つ独立系SIerとなった。
Q なぜ2008年にインテックと経営統合し規模拡大を選んだのか
A 100億円超の案件1件で独立系SIerの財務が傾く構造が、JCB案件で露わになったためである。2004年に受注したJCBの基幹刷新「JENIUS」が長期の開発遅延で炎上し、2007年3月期に受注損失引当金51億円を計上、追加コストは80億円に及び、最終損益は8.1億円の赤字に転落した。TISが出した答えは規模だった。2008年4月にインテックと共同持株会社ITホールディングスを設け、2011年には3社合併で本体を拡大し、1件の損失をグループ全体で吸収できる規模を整えた
Q なぜ2024年に決済・東南アジア・量子へ約1,000億円を集中させたのか
A 系列向けの計算受託から国内最大級の独立系SIerへ膨らんだ会社が、資本配分の先を国内の受託開発の外へずらしたためである。2024年5月、TISは長期経営方針「グループビジョン2032」を策定し、2027年3月期までの3年で約1,000億円の成長投資を決済・東南アジア・量子の3領域に集中させる計画を示した。決済では凸版印刷と組んだモバイルWalletとSequent、東南アジアではタイのMFECを子会社化して足場を築いた

歴史詳細 - 3つの時代区分で読み解く

1971年〜2007年 三和銀行系の東洋情報システム設立とJCB案件炎上による最終赤字転落

売上高と利益率の推移:歴代経営トップの業績貢献
売上高(億円)
※経営トップ=有価証券報告書の提出書類における代表者(社長・CEO・会長など)

三和銀行系60社による共同電算機センターとしての出発

1971年4月、株式会社東洋情報システムが三和銀行を中心とするグループ企業60社の出資により資本金6億円で設立された。1970年前後、汎用機(メインフレーム)コンピューターは1台あたりの導入費用が数億円から十数億円に上る高額の投資で、単独企業が自前で保有するよりも複数企業による共同利用が経済合理性を持っていた。三和銀行はこの共同利用センターを系列企業に提供する位置に立ち、東洋情報システムは三和グループ向けの計算受託サービスから事業を始めた。系列内の取引銀行であった三和銀行のクレジットカード会社JCBとは初期からの取引関係が生まれ、後年のTISのクレジットカード・信販系システムの強みの源流となった。三和系の系列出資という出自は、銀行・カード・信販という金融系の顧客基盤を初日から付与する効果を持った。

1975年10月、東洋情報システムは東洋コンピューターサービスを合併した。シンクタンク事業(調査業務)を主軸としていた設立期は、1973年の石油ショックによる経費削減で需要が縮小し、景気変動に左右されにくい事務計算サービスを軸に置く必要に迫られた。事務計算サービスを提供していた東洋コンピューターサービスとの合併は、調査業務から計算受託への事業重心の切り替えにあたる。同月には東京支社を新設し、関西の三和グループ系から首都圏顧客へ事業範囲を広げる体制も整えた。1984年12月には東京第一センターを新設し、首都圏の計算受託需要を捉える拠点を整えた。

大証・東証上場と1990年代の業績低迷

1987年11月、東洋情報システムは大阪証券取引所第2部に株式を上場し、設立から16年で上場企業となった。1990年2月には東京証券取引所第1部に上場し、上場後2年余りで東証1部企業の地位に到達した。1980年代後半は日本企業の汎用機需要が拡大し、ホストコンピューター向けの計算受託・システム開発の市場が成長していた。東洋情報システムの売上高は1980年3月期の62億円から1989年3月期の472億円へ約10年で7.5倍に拡大し、ホストコンピューター市場の成長を取り込んだ。1990年3月期には売上高560億円に到達し、創業以来の急成長の到達点を打った。

1993年3月期、東洋情報システムは減収決算を計上し、急成長に終止符を打った。1990年代前半は大企業向けシステムが自社内製化からSAP等のERPパッケージへ移行する転換期で、内製化支援を主力としていた同社は市場縮小の影響を直接受けた。1990年代後半まで業績低迷が続き、ERPのカスタマイズに活路を見出すまでの数年間は事業の方向転換に時間を要した。1998年3月には小松製作所の子会社・コマツソフトを買収し、製造業系の顧客基盤を取り込む布石を打った。2001年1月には商号を「TIS株式会社」に変更し、東洋情報システムから略称ベースの商号への切り替えで企業ブランドを再定義した。商号変更は1990年代の業績低迷からの脱却を社外へ示す節目にあたる。

JCB案件炎上と2007年3月期の最終赤字転落

2004年、TISはJCBから基幹システム刷新プロジェクトを受注した。10年前に開発した基幹システムの入れ替えで、ハードウェアは日本IBMの「IBM System z」、開発言語はJava(オンライン)と一部COBOL(バッチ)を採用、新基幹システム「JENIUS」として稼働を目指した。同年に代表取締役に就任した岡本晋社長は2010年までに売上高5,000億円の目標を掲げ、達成のためのM&Aも視野に入れた経営方針を示した。2005年4月には旭化成情報システムを買収し、製造業系の顧客基盤を拡張した。JCB案件はTIS社内でも史上最多の人員(数千名規模)を動員した案件で、年間売上高200〜300億円規模の重要顧客向けプロジェクトとなった。

JCB向けJENIUSプロジェクトでは想定を超える長期の開発遅延が発生し、当初想定した稼働開始に間に合わずに炎上した。FY06からFY07にかけてTIS連結業績への影響が表面化し、FY06(2007年3月期)には受注損失引当金51億円を貸借対照表に計上、最終損益は8.1億円の赤字に転落した。最終的なTISによる開発の追加コストは80億円と報じられ、TISの業績を圧迫するプロジェクトとなった[1]。JCB案件の収束には3年余を要し、2008年11月にようやくサービスインに至った。1990年代の業績低迷を乗り越えた直後の2000年代半ばに、TISは100億円超規模の受注で発生する品質管理リスクという別の課題に直面し、独立系SIerが単独で複数百億円規模の案件を受注するリスクを業界全体に示した。この経験は2008年のインテックHD経営統合の動機の1つとなった。

2008年〜2017年 ITホールディングス発足・3社合併・グループビジョン2026策定

売上高と利益率の推移:歴代経営トップの業績貢献
売上高(億円)
※経営トップ=有価証券報告書の提出書類における代表者(社長・CEO・会長など)

TIS・インテック2社の共同持株会社設立

2007年12月、TIS株式会社と株式会社インテックホールディングスは経営統合の基本合意を発表し、株式移転による共同持株会社設立を決議した[2]。2008年4月、両社の共同株式移転により「ITホールディングス株式会社(ITHD)」を設立し、東京証券取引所市場第一部に上場した[3]。独立系SIer2社の経営統合で、システムの案件規模が増大するなかで2社が協力して受注拡大と重複業務の効率化を狙う構造だった。当時の岡本晋社長はJCB案件の炎上は経営統合と無関係であると発言したが、規模拡大により受注案件1件の炎上による財務リスクを抑える狙いもあった[4]。インテックは富山県発の独立系SIerで、製造業・流通業を中心とする顧客基盤を持ち、TISの金融・カード系顧客基盤と補完関係にあった[5]

2008年10月、TISが保有する子会社9社(ユーフィット、アグレックス、クオリカ、AJS、エス・イー・ラボ等)の全株式をITHDが承継する吸収分割を実施し、これら9社をITHD直下の子会社に再編した[6]。2009年6月にはエス・イー・ラボを完全子会社化、7月にエス・イー・ラボとTISソリューションビジネスを統合してネオアクシスを設立、10月にはインテックがインテックホールディングスを吸収合併した[7][8][9]。12月にはソラン株式会社の子会社化のため公開買付け(TOB)を実施し、議決権所有割合91.5%を取得した[10]。2010年4月にはソランの完全子会社化を完了し、ITホールディングスの傘下にTIS・インテック・ソランを並列に置く3社体制を整えた[11]。グループ内のシステム子会社群の整理は2008年から2010年にかけて集中的に実行され、ITHDをハブとする多重構造のグループ経営を確立した。

TIS(旧ITホールディングス)の系譜:三和銀行系SIerと富山独立系の経営統合から改称まで 1971年設立の東洋情報システム(2001年TISに改称)と1964年設立のインテック(2006年インテックHD化)が2008年に共同株式移転でITホールディングスを設立し、ソラン子会社化・3社合併を経て2016年にTIS株式会社へ改称
1964/1971/1987 2001/2006 2008 2010 2016 2026 東洋情報システム 1971年設立 三和銀行系60社共同出資 TIS 2001年改称 インテック 1964年設立 インテックHD 2006年持株会社化 ソラン 1987年設立 IT HD 2008年共同株式移転・設立 TIS・インテックHD共同株式移転 IT HD 2010年ソラン完全子会社化 TIS 2016年改称
TIS(旧ITホールディングス)の系譜:三和銀行系SIerと富山独立系の経営統合から改称まで 1971年設立の東洋情報システム(2001年TISに改称)と1964年設立のインテック(2006年インテックHD化)が2008年に共同株式移転でITホールディングスを設立し、ソラン子会社化・3社合併を経て2016年にTIS株式会社へ改称
1964/1971/1987 2001/2006 2008 2010 2016 2026 東洋情報システム 1971年設立 三和銀行系60社共同出資 TIS 2001年改称 インテック 1964年設立 インテックHD 2006年持株会社化 ソラン 1987年設立 IT HD 2008年共同株式移転・設立 TIS・インテックHD共同株式移転 IT HD 2010年ソラン完全子会社化 TIS 2016年改称

3社合併・桑野徹社長就任・西新宿への東京本社集約

2011年2月、TISは株式会社ユーフィットを完全子会社化した[12]。同年4月、TIS株式会社はソラン株式会社とユーフィット株式会社を吸収合併し、3社合併によるTISの規模拡大を実行した[13]。同月、桑野徹氏が代表取締役社長に就任した。桑野徹氏は1976年に東洋情報システムに入社した生え抜きの経営者で、信販会社向けシステム構築の再建経験、JCB向けJENIUSプロジェクトでの担当役員経験を持つ人物だった。2008年4月には専務として金融・カード事業を管掌しており、JCBプロジェクトのキーマンとして業績回復の責任を担う立場にあった。2011年4月の3社合併と社長交代は、ITHD発足後3年でTIS本体の組織再編とトップ交代を同時に実行する経営判断だった。

3社合併に伴う構造改革で、TISは旧TISの人員削減(400名規模)を決定し、オフィス移転と特別転身プログラムによりFY11(2012年3月期)に特別損失78.5億円を計上した。2012年2月には東京本社を新宿区西新宿に移転し、TIS本体を含むグループ会社計9社の東京地区拠点を1カ所に集約した[14]。グループ各社で重複していた本社機能・バックオフィス機能の統合は、ITHD発足以来の課題で、西新宿集約はその物理的な解決策となった。FY11の連結売上高は3,274億円で、営業利益は構造改革費用を吸収しながらも黒字を維持し、FY12(2013年3月期)以降は増益基調に転じた。2014年4月にはTISリース株式会社がリース事業撤退の方針に基づきリース資産売却の上で解散、6月にはグループのコーポレートロゴマークを統一しブランドメッセージ「Go Beyond」を制定した[15][16]

アグレックス完全子会社化とグループビジョン2026策定

2014年12月、ITホールディングスは連結子会社の株式会社アグレックスについてTOBを実施し、議決権所有割合を50.6%から93.3%に引き上げた[17]。アグレックスは上場子会社のBPO(業務処理受託)事業者で、TIS社内のBPO業務を集約する役割を担っていた。2015年3月にアグレックスの完全子会社化を完了し、上場子会社のスクイーズアウトでグループのBPO機能をTISの直接管理下に置く体制を整えた[18]。FY14(2015年3月期)の連結売上高は3,610億円、営業利益211億円、当期純利益102億円となり、3社合併後の本格的な業績回復期に入った。

2017年5月、TISは2026年に目指す企業像を「Create Exciting Future」と定めた新たな「グループビジョン2026」を策定した[19]。10年スパンの長期ビジョンで、フィンテック・決済領域での出資・協業の加速を主軸に据えた。同年5月には凸版印刷との業務提携を発表し、モバイルWalletサービスを先行投入した。FY16(2017年3月期)の連結売上高は3,933億円、営業利益270億円、ROE 8.8%で第3次中期経営計画の目標ROE 8%を上回り、計画を1年前倒しで過達した。営業利益300億円を最終年度目標として再設定し、総還元性向35%を株主還元方針として明示した。2008年のITHD発足から2017年のグループビジョン2026策定までの約10年は、JCB案件の負の遺産を清算しつつグループ各社の重複を整理して収益体質を強化する構造改革の時代にあたる。

2018年〜2025年 中期経営計画3次連続実行と岡本安史社長によるグループビジョン2032策定

売上高と利益率の推移:歴代経営トップの業績貢献
売上高(億円)
※経営トップ=有価証券報告書の提出書類における代表者(社長・CEO・会長など)

第4次中期経営計画とSequent・MFEC買収

2018年4月、TISは第4次中期経営計画(2018-2020)を始動した。総還元性向を40%に引き上げ、ソフトウェア開発・企業買収などの予算枠として最大800億円の投資を計画し、KPIとして高単価案件である「戦略比率」の向上を重視した。2019年3月期から事業セグメントを再構築し、BPO・サービスIT・産業IT・金融ITの4セグメント体制に移行した。FY18(2019年3月期)の連結売上高は4,208億円、営業利益380億円となり、第4次中計初年度の好スタートを切った。同年3月には三菱食品向けの基幹システムの刷新案件で127億円の賠償請求を受けたとの報道があり、システム開発の品質管理が複数の100億円超案件で経営課題となる構造は2010年代後半まで続いた。

2020年2月、TISは米国のSequent Software Inc.を子会社化し、フィンテック領域での海外M&Aを実行した[20]。10月には持分法適用会社であったMFEC Public Company Limited(タイ)を公開買付けを通じて子会社化し、東南アジアでの事業基盤を強化した[21]。FY19(2020年3月期)の連結売上高は4,437億円、営業利益448億円、当期純利益294億円となり、第4次中計の全指標で計画値を1年前倒しで達成した。2020年4月1日付で1株を3株に分割し、株主層の拡大を図った。Sequent社子会社化に伴うのれん減損損失22億円を計上したが、不採算案件抑制は10億円以内の中計目標を達成した。

岡本安史社長就任と「ITで、社会の願い叶えよう。」

2021年4月、岡本安史氏が代表取締役社長に就任した[22]。1985年に東洋情報システム(現TIS)に入社した生え抜きの経営者で、2018年に取締役専務執行役員、2020年に副社長を経て社長に就任した[23]。前社長の桑野徹氏は代表権のない取締役会長に移った[24]。同年2月にはグループのCIロゴ及びブランドメッセージを刷新し、新ブランドメッセージを「ITで、社会の願い叶えよう。」とした[25]。3月には東京地区における主要拠点を西新宿と豊洲の2つの基幹オフィスに移転・集約するため、豊洲オフィスを開設した[26]。2011年の西新宿1拠点集約から10年を経て、グループの事業規模拡大に応じて2拠点体制への変更に踏み込んだ。

2021年4月、TIS本体の中央官庁・自治体等行政機関向け事業の一部を株式会社インテックへ承継し、グループ内での事業領域の整理を実施した[27]。11月には中央システム株式会社の発行済全株式をグループ外へ譲渡し、特別利益60億円を計上した[28]。中央システムは中小企業向けシステム(勤怠システム「レコル」等)に集中していたため、大企業向け開発を主力とするTISの選択と集中の方針から外れる位置にあった。2022年4月にはグループシェアードサービス事業を吸収分割によりTISトータルサービスへ承継し、東京証券取引所の市場区分見直しに伴いプライム市場へ移行した[29]。岡本安史社長は2021年6月の取材で、品質が伴わなければ顧客との価値交換は1回で終わってしまうと述べ、JCB案件以来の品質管理の重要性を再度経営の柱に据える方針を明示した[30]

「グループビジョン2032」と海外・決済・量子への成長投資

2023年4月、TISは日本ICS株式会社を完全子会社化した[31]。日本ICSの業績影響はFY23(2024年3月期)に売上高58億円・営業利益6億円となり、医療ICT領域の事業基盤を強化した。2024年5月、TISは「社会に、多彩に、グローバルに」をテーマとする長期経営方針「グループビジョン2032」を策定した[32]。グループビジョン2026の長期版にあたり、社会課題解決を事業の柱に据える方針を10年スパンで再定義した。岡本安史社長は2024年7月の日経xTECH取材で「TISインテックグループ全体のコラボレーションが少しずつ進んできたことが大きい」と述べ、ITホールディングス発足から16年を経たグループ統合の効果を評価した[33]。同取材では2027年3月期までの3年間で約1,000億円規模の成長投資を行う計画を示し、決済・東南アジア・量子の3領域への重点投資を明示した[34]

FY24(2025年3月期)の連結売上高は5,717億円、営業利益690億円、当期純利益500億円となり、過去最高業績を更新した。中期経営計画(2024-2026)2年目では総額420億円の自己株式取得を決定し、資本効率性向上のための株主還元を強化した。連結子会社ののれん減損損失42億円を計上したが、キャッシュレス再編・地銀寡占化・医療ICTといった注力市場の構造変化への対応を継続した。FY26(2026年3月期)の最終年度計画では総額500億円規模の自己株式取得を継続中で、年間配当80円、営業利益810億円を計画値として再設定した。1971年に三和銀行系60社の共同電算機センターとして出発したTISは、ITホールディングス発足から日本ICS子会社化までの17年を経て、決済・東南アジア・量子の3領域への成長投資に資本配分を集中する経営フェーズに入った。

出典

日経XTECH(2007年10月26日) 日経BP
日経XTECH(2007年12月13日) 日経BP
ITホールディングス 有価証券報告書 第1期(2009年3月期)
決算説明会 2010年度
決算説明会 2011年度
決算説明会 2017年度
TIS 有価証券報告書 第11期(2019年3月期)・第12期(2020年3月期)
TIS 有価証券報告書 第13期(2021年3月期)
決算説明会 2024年度
日経xTECH(2024年7月4日) 日経BP https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00134/070100395/
TIS 有価証券報告書 第17期(2025年3月期)
決算説明会 2026年度