1987年〜 三井系合弁から独立FPSO専業メーカーへの転換
三井海洋開発の業績推移:連結
- 1987年 旧三井海洋開発の子会社としてモデック・テクニカル・サービスを設立
- 1988年 モデックに商号変更し旧三井海洋開発の事業を継承
- 1989年 北米事業拠点としてMODEC(U.S.A.)を米国に設立
- 1991年 三井物産保有の株式が全株譲渡され三井造船の子会社化
- 1995年 浮体式海洋石油・ガス生産設備の設計・建造・据付・運営でISO9001認証取得
- 1999年 FMC CORPORATIONとの合弁で米国にMODEC INTERNATIONAL LLCを設立
- 2006年 借りていた係留技術を買う——米SOFEC社の全株式取得 FPSOの生命線をライセンス契約に預けたままでよいか、山田健司社長はどこで線を引いたか
旧三井海洋開発の事業継承と「モデック」ブランドの確立
1987年6月、旧三井海洋開発株式会社(1968年12月に三井造船株式会社と三井物産株式会社の出資により設立、海洋開発関連船舶や各種海洋構造物及び海洋関連工事の企画・設計・建造・施工を事業としていた)の子会社として、地中レーダー等による地質の調査及びコンサルティング等を目的にモデック・テクニカル・サービス株式会社が東京で設立された。これが現在の三井海洋開発の起点である。1988年12月、親会社(旧三井海洋開発)が解散することを受けて、三井海洋開発は株式会社モデックに商号変更し、旧三井海洋開発の事業を継承した。この事業継承により、三井海洋開発の全株式は旧三井海洋開発の株主であった三井造船株式会社及び三井物産株式会社に折半にて引継がれた。 [1][2][3][4]
- 三井海洋開発 有価証券報告書(2024年12月期)【沿革】
- [1]1987年6月 旧三井海洋開発の子会社としてモデック・テクニカル・サービスを東京で設立(現法人の起点)
- [2]旧三井海洋開発は1968年12月に三井造船と三井物産の出資により設立
- [3]1988年12月 株式会社モデックに商号変更し旧三井海洋開発の事業を継承、全株式を三井造船・三井物産が折半で引継ぎ
- [4]モデック・テクニカル・サービスは地中レーダー等による地質調査・コンサルティングを目的に設立
会社の起点が「親会社の解散による事業継承」という形を取った点は、三井海洋開発の歴史において決定的な意味を持つ。1968年から続いた三井海洋開発という名称・事業を、子会社のモデックが引継ぐことで、三井グループの海洋開発事業を担う独立法人として再構築された。事業領域はFPSO(Floating Production, Storage and Offloading System、浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備)の設計・建造・据付・運営を中核とし、海洋構造物の世界市場で技術蓄積を行った。旧三井海洋開発は独自のジャッキアップ・リグ(試掘用設備)を武器に石油開発ブームに乗り1981年に売上高550億円で業界最大手となったが、1986年以降の原油価格急落で1987年12月期は41億円の損失に転落し、海外投融資・研究開発優先で脆弱だった財務体質も重なって、1987年11月に鈴木七雄が社長に就任して希望退職・役員減員による合理化を進めたものの、1988年に債務超過見込みとなり、事業を引き継ぐ新会社設立と引き換えに解散するに至った。 [5][6][7][8][9][10][11]
- 三井海洋開発 有価証券報告書(2024年12月期)【沿革】
- [5]1968年から続いた三井海洋開発の名称・事業を子会社モデックが継承し独立法人として再構築
- [6]FPSO(Floating Production, Storage and Offloading System、浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備)を中核事業とする
- 日経ビジネス(1989年1月2日号515号)
- [7]旧三井海洋開発は1981年に売上高550億円に達し海洋開発会社の最大手となった
- [8]1986年以降の原油価格急落で1987年12月期は41億円の損失に転落
- [9]海外子会社への投融資・研究開発優先で財務体質が脆弱化し、メインバンクからの新規融資も止まっていた
- [10]1987年11月に木村直孝社長が退任し鈴木七雄常務が社長就任、希望退職・役員減員(23人→7人)による合理化を実施
- [11]1988年に入り損失見通しが悪化し年末に債務超過見込みとなったことを受け、両親会社に新会社への資本拠出を提案し解散に至った
1989年4月、北米における事業拠点としてMODEC(U.S.A.),INC.社(現MODEC AMERICA社)を米国テキサス州に設立し、海外展開を開始した。1991年3月、三井物産株式会社保有の三井海洋開発株式が全株三井造船へ譲渡され、三井海洋開発は三井造船株式会社の単独子会社となった。1995年5月、浮体式海洋石油・ガス生産設備等の設計・建造・据付及びオペレーション業務を対象としてISO 9001の認証を取得し、FPSO事業者としての品質マネジメント基盤を整備した。 [12][13][14]
- 三井海洋開発 有価証券報告書(2024年12月期)【沿革】
- [12]1989年4月 北米事業拠点としてMODEC(U.S.A.),INC.(現MODEC AMERICA)を米国に設立
- [13]1991年3月 三井物産保有の三井海洋開発株式が全株三井造船へ譲渡され三井造船の単独子会社化
- [14]1995年5月 浮体式海洋石油・ガス生産設備の設計・建造・据付・運営でISO9001認証取得
- 三井海洋開発 有価証券報告書(2024年12月期)【沿革】
- [1]1987年6月 旧三井海洋開発の子会社としてモデック・テクニカル・サービスを東京で設立(現法人の起点)
- [2]旧三井海洋開発は1968年12月に三井造船と三井物産の出資により設立
- [3]1988年12月 株式会社モデックに商号変更し旧三井海洋開発の事業を継承、全株式を三井造船・三井物産が折半で引継ぎ
- [4]モデック・テクニカル・サービスは地中レーダー等による地質調査・コンサルティングを目的に設立
- [5]1968年から続いた三井海洋開発の名称・事業を子会社モデックが継承し独立法人として再構築
- [6]FPSO(Floating Production, Storage and Offloading System、浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備)を中核事業とする
- [12]1989年4月 北米事業拠点としてMODEC(U.S.A.),INC.(現MODEC AMERICA)を米国に設立
- [13]1991年3月 三井物産保有の三井海洋開発株式が全株三井造船へ譲渡され三井造船の単独子会社化
- [14]1995年5月 浮体式海洋石油・ガス生産設備の設計・建造・据付・運営でISO9001認証取得
- 日経ビジネス(1989年1月2日号515号)
- [7]旧三井海洋開発は1981年に売上高550億円に達し海洋開発会社の最大手となった
- [8]1986年以降の原油価格急落で1987年12月期は41億円の損失に転落
- [9]海外子会社への投融資・研究開発優先で財務体質が脆弱化し、メインバンクからの新規融資も止まっていた
- [10]1987年11月に木村直孝社長が退任し鈴木七雄常務が社長就任、希望退職・役員減員(23人→7人)による合理化を実施
- [11]1988年に入り損失見通しが悪化し年末に債務超過見込みとなったことを受け、両親会社に新会社への資本拠出を提案し解散に至った
FMC合弁で築いた受注網は社名復活と上場をどう支えたか
1999年1月、南北アメリカ・西アフリカ等での事業拠点として米国FMC CORPORATION(現TechnipFMC)社との合弁でMODEC INTERNATIONAL LLC社を米国テキサス州に設立した。この合弁を起点に、2002年9月にはベトナムRubyフィールド向けFPSO運営のためMODEC MANAGEMENT SERVICES PTE. LTD.社をシンガポールに、同年10月にはブラジルBijupira-Salemaフィールド向けにMODEC SERVICOS DE PETROLEO DO BRASIL LTDA社をブラジルに設立した。2004年11月にはコートジボワールBaobabフィールド向けFPSOの現地下請業務を担う会社を現地に設立し、北米・南米・西アフリカにまたがるFPSO運営網を整えた。 [15][16][17][18]
- 三井海洋開発 有価証券報告書(2024年12月期)【沿革】
- [15]1999年1月 米FMC CORPORATION(現TechnipFMC)との合弁でMODEC INTERNATIONAL LLCを米国に設立
- [16]2002年9月 RUBYフィールド向けFPSO運営目的でMODEC MANAGEMENT SERVICES PTE. LTD.をシンガポールに設立
- [17]2002年10月 Bijupira-Salemaフィールド向けにMODEC SERVICOS DE PETROLEO DO BRASIL LTDA.をブラジルに設立
- [18]2004年11月 コートジボワールBaobabフィールド向けFPSOの現地下請会社を設立
受注網の拡大と並行して、係留技術の内製化を進めた。2006年12月、係留システム技術を持つ米国SOFEC,INC.社の全株式をFMC TECHNOLOGIES, INC.社(現TechnipFMC社)より取得して子会社化し、FPSOの係留(モアリング)技術をグループ内に取り込んだ。2008年5月には、BP EXPLORATION (ANGOLA) LTD.社Plutao・Saturno・Venus・Marteフィールド向けFPSOプロジェクトの業務支援を目的にMODEC ANGOLA LDA.社をアンゴラに設立し、アフリカ展開を広げた。 [19][20]
- 三井海洋開発 有価証券報告書(2024年12月期)【沿革】
- [19]2006年12月 米SOFEC,INC.の全株式をFMC TECHNOLOGIES, INC.(現TechnipFMC)より取得し子会社化(係留システム技術の取り込み)
- [20]2008年5月 BP Plutao・Saturno・Venus・Marteフィールド向けFPSOの業務支援目的でMODEC ANGOLA LDA.をアンゴラに設立
海外運営網の整備と並行して、商号と資本市場での地位も整えた。2003年1月、株式会社モデックから三井海洋開発株式会社へ商号を変更し、1988年12月の事業継承から15年を経て旧三井海洋開発の名称を復活させた。同年7月に東京証券取引所市場第二部へ上場、2004年6月には市場第一部銘柄に指定された。創業(1987年6月)から16年で公開市場入りと、三井グループの海洋開発事業を担う既存事業としての成長軌道で公開市場に登場した。なお1995年5月には浮体式海洋石油・ガス生産設備の設計・建造・据付・運営でISO9001認証を取得し、上場前から品質マネジメント基盤を備えていた。 [21][22][23][24]
- 三井海洋開発 有価証券報告書(2024年12月期)【沿革】
- [21]2003年1月 株式会社モデックから三井海洋開発株式会社へ商号変更(旧三井海洋開発の名称復活)
- [22]2003年7月 東京証券取引所市場第二部へ上場
- [23]2004年6月 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定
- [24]1995年5月 ISO9001認証取得(上場前の品質マネジメント基盤)
- 三井海洋開発 有価証券報告書(2024年12月期)【沿革】
- [15]1999年1月 米FMC CORPORATION(現TechnipFMC)との合弁でMODEC INTERNATIONAL LLCを米国に設立
- [16]2002年9月 RUBYフィールド向けFPSO運営目的でMODEC MANAGEMENT SERVICES PTE. LTD.をシンガポールに設立
- [17]2002年10月 Bijupira-Salemaフィールド向けにMODEC SERVICOS DE PETROLEO DO BRASIL LTDA.をブラジルに設立
- [18]2004年11月 コートジボワールBaobabフィールド向けFPSOの現地下請会社を設立
- [19]2006年12月 米SOFEC,INC.の全株式をFMC TECHNOLOGIES, INC.(現TechnipFMC)より取得し子会社化(係留システム技術の取り込み)
- [20]2008年5月 BP Plutao・Saturno・Venus・Marteフィールド向けFPSOの業務支援目的でMODEC ANGOLA LDA.をアンゴラに設立
- [21]2003年1月 株式会社モデックから三井海洋開発株式会社へ商号変更(旧三井海洋開発の名称復活)
- [22]2003年7月 東京証券取引所市場第二部へ上場
- [23]2004年6月 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定
- [24]1995年5月 ISO9001認証取得(上場前の品質マネジメント基盤)
グローバル子会社網の整備とFPSO売上の急成長
2010年代の三井海洋開発は、ブラジル・西アフリカ・東南アジア・北米の油田開発市場でFPSO受注を主力に据えた急成長軌道に入った。連結売上高はFY06(2006年12月期)991億円、FY07(2007年12月期)1,440億円、FY09(2009年12月期)2,042億円、FY12(2012年12月期)1,869億円、FY13(2013年12月期)2,544億円、FY14(2014年12月期)3,785億円と拡大した。経常利益はFY09 75億円、FY13 158億円、FY14 183億円と業績拡大を示した。
2012年6月、本社を東京都中央区へ移転し、グローバルFPSO事業者としての本社機能を強化した。2010年代前半は石油・ガス価格が高位で推移し、メジャー石油会社が探鉱・開発投資を積み増した時期で、三井海洋開発のFPSO受注も豊富であった。連結売上高はFY06の991億円からFY14の3,785億円へ約8年で3.8倍に拡大し、ブラジル・西アフリカ・東南アジアの現地子会社網を運営基盤としたFPSO受注・運営の拡大が、独立FPSO専業メーカーとしての成長を数値で裏づけた。 [25]
- 三井海洋開発 有価証券報告書(2024年12月期)【沿革】
- [25]2012年6月 本社を東京都中央区へ移転
この成長を牽引した象徴的な顧客が、ブラジル国営石油会社ペトロブラスだった。三井海洋開発は2005年に同社から初受注して以来、深海油田地帯プレサル開発の拡大に伴って受注を重ね、2010年代前半までに6基を受注、うち5基が現地で稼働した。トゥピ油田向け1基だけで受注額は推計1000億円前後に達し、高野育浩・経営企画部長は「世界の海洋石油・ガス開発を見渡してもブラジルは規模とも群を抜く」と次なる大型受注に意気込んだ。この成長ぶりは親会社三井造船の経営判断にも影響し、2013年の三井造船と川崎重工業の経営統合破談の背景には、川重側が三井海洋開発の獲得を狙っていた事情があったとされる。田中孝雄・三井造船社長は「三井海洋開発の成長を全面的にサポートする」と述べ、本体からの人員派遣で支援を強化した。当時の社長・宮﨑俊郎は自社を「自前のヤードを持たないファブレス企業」と位置づけ、ブラジル・西アフリカの旺盛な需要への対応を課題に挙げた。 [26][27][28][29]
- 週刊東洋経済(2011年2月8日号)
- [26]ペトロブラスから2005年に初受注して以来、2010年代前半までに6基を受注、うち5基が現地で稼働
- [27]トゥピ油田向けFPSO1基の受注額は推計1000億円前後。高野育浩・経営企画部長のコメント
- 週刊東洋経済(2013年9月27日号)
- [28]2013年の三井造船・川崎重工業の経営統合交渉破談の背景に、川崎重工側が三井海洋開発の獲得を狙っていた事情があったとされる。田中孝雄・三井造船社長のコメント
- [29]当時の三井海洋開発社長・宮﨑俊郎はファブレス企業としての技術的位置づけと需要対応の課題を語った
- 三井海洋開発 有価証券報告書(2024年12月期)【沿革】
- [25]2012年6月 本社を東京都中央区へ移転
- 週刊東洋経済(2011年2月8日号)
- [26]ペトロブラスから2005年に初受注して以来、2010年代前半までに6基を受注、うち5基が現地で稼働
- [27]トゥピ油田向けFPSO1基の受注額は推計1000億円前後。高野育浩・経営企画部長のコメント
- 週刊東洋経済(2013年9月27日号)
- [28]2013年の三井造船・川崎重工業の経営統合交渉破談の背景に、川崎重工側が三井海洋開発の獲得を狙っていた事情があったとされる。田中孝雄・三井造船社長のコメント
- [29]当時の三井海洋開発社長・宮﨑俊郎はファブレス企業としての技術的位置づけと需要対応の課題を語った