創業地愛知県名古屋市
創業年1974
上場年1989
創業者多田勝美
1974年〜 「賃貸住宅一括借上げ」を社会システムにした名古屋発の創業期
1974 大東産業を資本金100万円で設立
1988 商号を大東建託に変更
1989 名古屋証券取引所市場第二部に上場
1991 名古屋証券取引所第一部に指定替え
1992 東京証券取引所市場第一部に上場
1993 大東ファイナンスを設立
1982年3月期 単体
売上高 22億円
経常利益 2億円
経常利益率 9.1%
2002年3月期 連結
売上高 3,322億円
純利益 235億円
純利益率 7.1%

1974年6月、創業者の多田勝美は名古屋市千種区で大東産業を資本金100万円で設立した。地主への訪問営業で賃貸アパート建設を請け負う小さな工務店から出発し、1978年に大東建設、1988年に大東建託へと商号を変えながら、賃貸住宅を建てた後の入居者募集・管理・家賃徴収まで代行する一括借上げを業界に先駆けて体系化した。請負の一回限りの収入を賃貸管理の継続収入に変えるこの仕組みが、地主の相続税対策需要と結びついて急成長を生む。1989年に名古屋証券取引所二部へ上場し、1992年には東証一部へ駆け上がった。FY82に22億円だった単体売上は、FY91に1,512億円へ約70倍に膨らんだ。

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2003年〜 内部承継期 ── 創業者退場と賃貸経営受託システムの拡張
2003 品川イーストワンタワー竣工
2004 マレーシアでホテル開業
2007 連帯保証人不要サービスを開始
2011 ハウスコムが大証JASDAQに上場
2014 大東みらい信託と少額短期保険を設立
2015 ソラストと資本業務提携
2003年3月期 連結
売上高 3,761億円
純利益 244億円
純利益率 6.5%
2017年3月期 連結
売上高 14,971億円
純利益 822億円
純利益率 5.5%

多田勝美からの承継は生え抜き社長のリレーで進んだ。2003年に麻田守孝へ最初の社長交代があったが多田は会長として実権を握り、2006年に社長へ再登板したのち、2007年から三鍋伊佐雄、2012年から熊切直美へと営業出身の内部昇格者が経営を引き継いだ。三鍋期はリーマンショックを挟んだが、相続税対策に支えられた一括借上げは需要減退をほぼ受けなかった。熊切期には2015年の相続税基礎控除40%引き下げが賃貸建設需要を押し上げ、FY15の連結売上高は1兆4116億円に達する。2011年にはハウスコムが上場して親子上場が始まり、2017年には賃貸建設・管理・仲介の主要3社体制を整え、信託・保険・電力・介護まで取り込んだ賃貸経営受託システムを完成させた

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2018年〜 賃貸建設からホールディング型不動産事業体への転換期
2019 JustCo DK Japanを設立
2019 良部屋商務咨詢(上海)を設立
2020 インヴァランス全株式取得
2022 ライジング・フォースを取得
2023 シマ全株式取得
2025 ハウスコム完全子会社化
2018年3月期 連結
売上高 15,570億円
純利益 878億円
純利益率 5.6%
2025年3月期 連結
売上高 18,424億円
純利益 939億円
純利益率 5.1%

2018年に昇格した小林克満は社長と建築事業本部長を兼ね、機能本部長を取締役執行役員に据える執行集約型のガバナンスへ移した。投資用マンションのインヴァランス取得で領域を広げる一方、賃貸建設需要の頭打ちで連結売上高は横ばいに転じた。2022年に就いた竹内啓は翌2023年にCEO職を新設し、監査等委員会設置会社への移行と女性社外取締役の登用を進めながらM&Aを加速した。アセット運用のライジング・フォースや米国不動産運用のSTASIA、再エネ・介護へ相次いで資本を投じ、2025年にハウスコムを完全子会社化して親子上場を解消した。FY24の売上高は1兆8423億円、純利益は938億円に達し、名古屋発の工務店は半世紀で売上1.8兆円の複合不動産事業体へ変わった。

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決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く

Q なぜ1974年に建設業の家系でない営業出身者が訪問営業で市場を開いたのか
A 建設業の家系ではない多田勝美氏が中小工務店に勝つには、地主への接触量で量的優位を作るしかなかった。1974年6月、繊維工場勤務から営業に転じた多田勝美氏が名古屋市千種区で大東産業を資本金100万円で設立し、田畑を抱える地主に賃貸アパート建設を持ちかける訪問営業を主力の集客手段にした。相続税対策と土地活用の需要はあっても自力で事業化できない地主に、建設を請け負って成約させる。分散して受注されていた市場を、地主への直販の物量で開拓した。
Q なぜ1988年に「建設」から「建託」へ改めて一括借上げに移したのか
A 決定的だったのは、建てて終わる請負業から、建てた後の賃貸経営まで引き受ける受託業へ移ることだった。1988年4月に「建設+受託」を意味する「建託」へ改称し、建物を一括借上げして入居者募集・管理・家賃徴収まで代行した。請負の一回限りの収入が賃貸管理の継続収入に変わり、企業側に長期の収益安定性が生まれ、地主側にも経営の手間を肩代わりする付加価値を提供した。さらに融資・仲介・管理・ガスを順に内製化し、賃貸経営を地主に代わって回す仕組みを自社グループ内で完結させた
Q なぜ2022年以降、買収で一括借上げ以外の市場へ広げているのか
A 一括借上げは需要が縮小すると空室期間も地主への家賃支払い義務が残り、企業側の損失要因に転化する。国内の賃貸住宅需要は2017年以降ピークアウトが意識され、この単一事業への依存を薄める必要があった。2022年の竹内啓氏の社長就任を機に、投資用不動産販売のインヴァランス、アセット運用のライジング・フォース、米国不動産運用のSTASIA CAPITAL MANAGEMENTを相次いで取得し、再エネと介護にも進出した。2023年にはCEO職を新設して竹内啓氏が資本配分を握り、別の収益柱を重層的に積み上げる経営に移した

出典・参考文献

歴史概要

  • 大東建託 有価証券報告書【沿革】
    • [1] 1974年6月に多田勝美が名古屋市千種区で大東産業を資本金100万円で設立した
    • [2] 1978年に大東建設、1988年に大東建託へ商号を変更し一括借上げを業界に先駆けて体系化した
    • [3] 1989年に名古屋証券取引所二部、1992年に東京証券取引所一部へ上場した
    • [6] 2011年にハウスコムが上場して親子上場が始まり、2017年に賃貸建設・管理・仲介の主要3社体制を整えた
    • [9] 2022年ライジング・フォース取得や米国STASIA取得などM&Aを重ね2025年にハウスコムを完全子会社化し親子上場を解消した
  • 大東建託 有価証券報告書【役員の状況】
    • [4] 2003年の麻田守孝への社長交代後、2006年に多田勝美が再登板、2007年三鍋伊佐雄、2012年熊切直美へ生え抜きで承継した
    • [7] 2018年に小林克満が社長兼建築事業本部長に就任し執行集約型ガバナンスへ移した
    • [8] 2022年に竹内啓が社長に就任し2023年にCEO職を新設、監査等委員会設置会社へ移行した
  • 国税庁公表資料
    • [5] 2015年1月施行の相続税基礎控除40%引き下げが賃貸建設需要を押し上げた

決断の理由

  • 大東建託 有価証券報告書【沿革】
    • [1] 1974年6月、繊維工場勤務から営業職に転じた多田勝美が名古屋市千種区で大東産業を資本金100万円で設立し、地主への訪問営業を主力にした
    • [2] 建設業の家系でない営業出身者が、中小工務店が分散して受注する市場で勝つには、地主との接触量で量的優位を作る経営に資源を集中するしかなかった
    • [3] 1970年代の名古屋圏では地主の相続税対策と賃貸住宅需要が結びつき、土地活用として賃貸アパート建設が注目され始めていた
    • [4] 1988年4月に商号を大東建設から大東建託へ変更し、一括借上げで入居者募集・管理・家賃徴収まで代行する事業モデルを社名に明示した
    • [5] 一括借上げモデルは建設請負の一回限り収入を賃貸管理の継続収入に変え、企業側に長期の収益安定性、地主側に経営の手間の肩代わりという付加価値を与えた
    • [6] 1993年の大東ファイナンス(融資)、1994年のハウスコム(仲介)、1999年の大東建物管理(管理)、2001年のガスパル(ガス)を順に設立し周辺事業を内製化した
    • [7] 一括借上げは大東建託が地主から建物を借り上げて転貸する立場のため、需要縮小期には入居者が見つからない期間も地主への家賃支払い義務を負い、企業側の損失要因に転化する
    • [8] 相続税対策需要は2015年改正後に一巡する性格で、2017年以降は需要のピークアウトが業界全体で意識され始めた
    • [9] 2020年取得のインヴァランス(投資用不動産販売)、2022年取得のライジング・フォース(アセット運用)、2024年取得のSTASIA CAPITAL MANAGEMENT(米国不動産運用、現DK Realty Management America)を相次いで取得し、再エネ・介護にも進出した
  • 大東建託 有価証券報告書【役員の状況】
    • [10] FY22に竹内啓が代表取締役社長執行役員に就任し、2023年4月にCEO職を新設して経営戦略・資本配分・グループ統括を担う体制となった