歴史概要 — 現在に至るあゆみ 主要な意思決定と帰結のまとめ
創業1973年4月、不動産業出身の伊藤與朗氏が名古屋市中区に宝塚エンタープライズを創業した。翌1974年に開いた第1号会員制ホテル「サンメンバーズひるがの」で、リゾート開発の重い土地取得費と建設費を、利用権を買う会員からの前受金で先に回収する仕組みを組んだ。観光需要の波に揺れる通常のホテル業と違い、固定客が初期投資を肩代わりするため、収益は先に確定する。
決断決定的だったのは、会員前受の仕組みをリゾート専用と捉えなかったことにある。投資を会員からの前受で賄うサイクルは対象となる資産を選ばない。そう見抜き、1992年のハイメディック設立で医療へ、2010年のトラストガーデン取得でシニアライフへ、同じ仕組みを乗せ替えた。ホテル一本足を脱し、業態の異なる三つの事業を一つの前受モデルで束ねた。
決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く
- Q なぜ1974年に会員制リゾートホテルとして出発したのか
- A 観光需要の波に揺れる通常のホテル業を避けるためである。1973年4月に宝塚エンタープライズを創業した伊藤與朗氏は、不動産業の出自から土地取得費と建設費の重さを知っており、1974年12月開業の第1号「サンメンバーズひるがの」で利用権を買う会員からの前受金により初期投資を先に回収する仕組みを組んだ。固定客が投資を肩代わりするため、収益は観光需要に左右されず先に確定する。創業期からこの会員制モデルに賭けた選択が、後年の経営構造を規定した。
- Q なぜ1992年に会員前受の仕組みを医療へ乗せ替えたのか
- A 会員前受の仕組みをリゾート専用とは捉えなかったためである。投資を会員からの前受で賄うサイクルは対象資産を選ばない。そう見抜いた伊藤與朗氏は、1992年9月に株式会社ハイメディックを設立し、同じ前受モデルを医療へ乗せ替えた。1994年10月開業のハイメディック山中湖は、PETによるがん早期発見をホテルで培ったホスピタリティと組み合わせた会員制健診で、ホテル一本足からの脱却を具体化した。後の2010年トラストガーデン取得によるシニアライフ参入も、同じ仕組みの転用である。
- Q なぜ2022年に一般向けホテルを手放したのか
- A 会員だけが使う完全会員制と、メディカル・シニアライフへ資源を集中させるためである。2022年3月、リゾートトラストはシナジーの見込めない一般向けホテル「ホテルトラスティ」6施設の譲渡契約を締結し、譲渡益80億円を計上した。誰でも泊まれる一般ホテルを手放す一方、会員需要に応える東京・名古屋・大阪の3拠点は継続した。同年7月にはハイメディックとトラストガーデンを合併し、医療と介護の運営を一本化している。
歴史詳細 - 3つの時代区分で読み解く
1973年〜1989年 宝塚エンタープライズ・会員制リゾートホテル業態の発明
名古屋市中区での創業と会員制ビジネスへの賭け
1973年4月、名古屋市中区に宝塚エンタープライズ株式会社が設立された[1]。創業者の伊藤與朗氏(1940年生)は宝塚不動産(現宝塚コーポレーション)出身[2]で、不動産業を出発点とするキャリアを歩んできた。1974年12月、名古屋市中区に都市型ホテルスタイルの分譲マンション及び高級テナントビル「ヴィア白川」を開業する[3]と同時に、岐阜県郡上郡高鷲村(現郡上市高鷲町)に第1号の会員制リゾートホテル「サンメンバーズひるがの」を開業した[4]。「サンメンバーズ」は同社にとって最初の会員制ホテルブランドで、ホテル利用権を会員に販売し、会員制で運営する事業モデルとなった。
会員制リゾートホテル業態は、リゾート開発に必要な土地取得・建設費の初期投資を、会員からの会員権販売収入で先行的に賄うファイナンス構造を持つと整理できる。通常のホテル業はインバウンド・国内観光需要に左右されるが、会員制は会員の固定客に支えられ、収益の振れ幅が比較的小さい構造となる。リゾートトラストは創業期からこの会員制モデルに賭けた点が、後年の同社の経営構造を規定した。1981年1月に宅地建物取引業者大臣免許を取得し[5]、リゾート事業に必要な不動産業の事業基盤も整えた。
1986年「リゾートトラスト」への商号変更とエクシブブランド開業
1982年11月、ホテル・レストランの運営を目的として子会社・株式会社サンホテルインターナショナルを設立し、リゾートトラストホテル・レストランの現業部門の運営を委託した[6]。同年12月には経営機能強化のため東京都新宿区に東京本社を開設し、名古屋本社・東京本社の二本社制となった[7]。1983年1月に静岡県熱海市に会員制リゾートホテル「リゾーピア熱海」を開業し、リゾーピアブランドを立ち上げた[8]。
1986年4月、CI(コーポレート・アイデンティティ)を確立して、宝塚エンタープライズ株式会社からリゾートトラスト株式会社に商号変更した[9]。この時点で会員制リゾートホテル業態が事業の中核となっており、商号は不動産業を出自とする旧称から、会員制リゾートを掲げる新たな社名へと改められた。1987年4月、三重県鳥羽市に高級会員制リゾートホテル「エクシブ(XIV)鳥羽」を開業し、エクシブブランド第1号となった[10]。エクシブはサンメンバーズより高価格帯の会員制ホテルで、施設のグレード・サービスのクオリティを引き上げた新世代ブランドだった。1988年3月「エクシブ伊豆」、1989年4月「エクシブ白浜」、1990年7月「エクシブ軽井沢」と続けて開業し[11]、エクシブブランドの全国展開を加速させた。
1990年〜2014年 メディカル事業・シニアライフ事業への多角化
1992年「ハイメディック」の設立とメディカル事業の起点
1992年9月、会員制メディカルクラブの会員権販売及び会員管理を行うことを目的として、株式会社ハイメディック(現連結子会社)を設立した[12]。これがリゾートトラストの第二の事業軸となる「メディカル事業」の起点だった。ハイメディックは、リゾートホテルと医療を組み合わせた会員制健診サービスを提供する事業会社で、創業者・伊藤與朗氏の「リゾート × 医療 × 会員制」という構想を具体化した子会社だった。会員制ビジネスのノウハウをホテル業から医療業へ転用する構想は、同社の独自性を決定づける選択になった。
1997年9月、日本証券業協会へ株式を店頭登録し、初の株式公開を完了した[13]。同年3月にはマルチメディア事業へ参入する「ワンダーネット事業」を開始したが、後に縮小した[14]。1998年6月、ゴルフ事業参入のため多治見クラシック株式会社を子会社化し[15]、同年7月にジャパンクラシック・岡崎クラシック・オークモントゴルフクラブの3社を子会社化することで、ゴルフ事業への参入も完了した[16]。1999年3月「エクシブ蓼科」、2000年6月「グランドエクシブ初島クラブ」(総合リゾート第1号)と続けて開業し、エクシブブランドのグレードアップ版「グランドエクシブ」を立ち上げた[17]。
2000年11月、東京証券取引所及び名古屋証券取引所市場第一部に株式上場し、東証一部・名証一部直接上場を達成した[18]。資本調達基盤を拡張し、メディカル・ゴルフ・リゾート事業の同時並行投資の財務原資を市場から調達した。
2005年三井不動産共同・2007年ジョンズ・ホプキンス提携でメディカル事業を本格化
2005年9月、医療施設経営のコンサルティングを行う株式会社東京ミッドタウンメディスン(現連結子会社)を三井不動産株式会社と共同で設立した[19]。三井不動産との共同設立は、リゾートトラストのメディカル事業を不動産・地域開発業界とも連携した形で本格化させる戦略的選択だった。2006年11月、東京都文京区にて「ハイメディック・東大病院」の検診を開始し[20]、大学病院との連携によるメディカル事業の信頼性を高めた。
2007年3月、東京都港区にジョンズ・ホプキンス・メディスン・インターナショナルと業務提携した「東京ミッドタウンメディカルセンター」を開設した[21]。ジョンズ・ホプキンス(世界最高峰の米国医療研究機関)との提携は、同社のメディカル事業を国際的水準で位置づける象徴的なディールだった。2008年3月には東京都江東区有明(お台場地区)に「東京ベイコート倶楽部 ホテル&スパリゾート」を開業し、都市型完全会員制ホテル業態(ベイコート倶楽部)を打ち立てた[22]。エクシブが郊外リゾート型なのに対し、ベイコート倶楽部は都市型で「都心の会員制ホテル」という新業態を生み出した。
2010年トラストガーデン取得でシニアライフ事業参入、2014年ハワイ進出
2010年6月、高級有料老人ホーム運営会社・トラストガーデン株式会社(旧社名ボンセジュールグラン)の経営権を取得し、シニアライフ事業に参入した[23]。これが第三の事業軸となる「シニアライフ事業」の起点だった。会員制ビジネスのノウハウを高齢者向け有料老人ホームへ転用する構想で、富裕層シニアを対象とする「住居 × 医療 × サービス」の統合提供モデルを整えた。2012年11月に「サンビナス宝塚」運営の株式会社サンビナス宝塚を取得(後にトラストガーデン宝塚に商号変更)、2013年5月に神戸市灘区でサ高住・介護付老人ホームを経営するトラストグレイス株式会社を取得すること[24]で、シニアライフ事業のチェーン展開を加速した。
2014年7月、米国ハワイ州で事業展開を行うため「RESORTTRUST HAWAII, LLC」(現連結子会社)を設立し、同年10月に「ザ・カハラ・ホテル&リゾート」(ハワイ州ホノルル市)を取得した[25]。「ザ・カハラ」はホノルル屈指の名門リゾートホテルで、同社にとって初の海外進出かつ最大級の海外M&Aだった。海外進出と同時に、米国ハワイの一流ブランドホテルを取り込むことで、会員制ビジネスのグローバル化に向けた橋頭堡を築いた。
2015年〜2026年 創業50年・Wellbeing戦略への転換
2015年監査等委員会設置会社移行、2017年社長交代
2015年6月、リゾートトラストは監査等委員会設置会社へ移行した[26]。ガバナンス体制の刷新で、創業者・伊藤與朗氏(ファウンダーグループCEO)、伊藤勝康氏(会長CEO)、伏見有貴氏(社長執行役員COO)の3トップ体制[27]への準備が整った。2017年6月、伊藤勝康氏が社長から代表取締役会長CEOへ、伏見有貴氏が代表取締役社長執行役員COOへ就任し[28]、創業者主導からプロ経営者執行への世代交代の枠組みが構築された。
2018年4月、新中期5ヵ年グループ経営計画「Connect 50~ご一緒します、いい人生~」をスタートし[29]、創業50年に向けた事業基盤強化を公表した。2018年2月「芦屋ベイコート倶楽部」、2019年3月「ラグーナベイコート倶楽部」と続けてベイコート倶楽部の新規開業を実施した。2019年10月、会員制総合メディカル倶楽部の「ハイメディック東京日本橋コース」会員権販売を開始し、メディカル事業の会員権モデルの拡張を続けた。
コロナ禍下の新規開業と一般向けホテル譲渡
2020年9月、コロナ禍中という難局で、完全会員制リゾートホテル「横浜ベイコート倶楽部」および「ザ・カハラ・ホテル&リゾート 横浜」を開業した[30]。コロナ禍中の新規開業は、会員制ビジネスの底力を示す象徴的な意思決定だった。会員制は会員の固定支払いに支えられるため、コロナ禍の打撃が一般ホテル業より小さく、長期投資判断を継続できる強みが顕在化した。
2022年3月、同社グループの既存顧客層への付加価値を高める領域へ経営資源をシフトしていくため、一般向けホテル「ホテルトラスティ」6施設の資産譲渡等に関する契約を締結した[31]。一般ホテル事業からの撤退は、「会員制 × メディカル × シニアライフ」の3軸への経営資源集中を加速させた。同年3月、メディカル領域及びヘルスケア領域のDX化を目的として株式会社ウェルコンパス(現連結子会社)を株式会社ディー・エヌ・エーと合弁で設立した[32]。DeNAとの合弁は、メディカル・ヘルスケアデータ活用の新規事業領域への参入を示し、伝統的な会員制ビジネスへのデジタル統合を進める意思をした。
2022年4月、東京証券取引所の市場区分の見直しによりプライム市場へ移行した[33]。2022年7月、株式会社ハイメディックとトラストガーデン株式会社を合併し、メディカル・シニアライフ事業の運営を統合した[34]。
2023年創立50周年と「Sustainable Connect」への移行
2023年4月、リゾートトラストグループは創立50周年を迎えた[35]。同年5月、リゾートトラストグループ中期5ヵ年経営計画「Sustainable Connect~To Wellbeing~」をスタートし[36]、創業50年に合わせてWellbeing軸の中期計画へ移行した。Wellbeing戦略は、会員制リゾート × メディカル × シニアライフの3軸事業を「人生100年時代の総合ウェルビーイング」というメッセージで統合する戦略で、各事業のシナジーを「健康・長寿・豊かな時間」という顧客便益で結びつける構造を採った。
2024年3月「サンクチュアリコート高山」開業、2024年4月「飛騨高山美術館」開業、2024年4月会員制総合メディカル倶楽部「ハイメディックミッドタウンイーストコース」会員権販売開始、2024年10月「サンクチュアリコート琵琶湖」開業など、新業態「サンクチュアリコート」(より高価格帯の完全会員制リゾート)の開業を続けた。2025年5月、新たに中期5ヵ年経営計画「Sustainable Connect~To Wellbeing 2.0~」をスタートし[37]、Wellbeing戦略の次の5年を始動した。
伏見有貴社長の任期(2017年〜現在)[38]は、創業者・伊藤與朗ファウンダーCEOと伊藤勝康会長CEOからの世代継承過程にあり、後継者育成は同社のガバナンス上の最大論点として残る。井内克之専務(業務部門管掌)・新谷敦之副社長(会員制本部)・古川哲也専務(メディカル本部)・伊藤豪取締役(次世代創業家、メディカル副本部長)といった社内候補が並び[39]、創業家継承とプロ経営者主導の選択肢が複数残されている。創立50年を経たリゾートトラストの次の課題は、「会員制ビジネスの世代継承」と「Wellbeing戦略によるDX統合」の二つに絞り込まれている。