創業1980年12月、大阪府泉南市に遊戯場の経営を目的として「杉野興産株式会社」が資本金300万円で設立され、創業者・杉野一族により大阪府泉大津市にローラースケート場(ゲームコーナー併設)がオープンしたのが原点。1990年12月の堺市西区・石津店オープンで「屋内型複合レジャー施設」の業態原型を確立、1993年3月に現代表取締役社長・杉野公彦氏ら2名により株式会社ラウンドワン(旧)が設立され、1994年12月の合併・商号変更で「株式会社ラウンドワン」が発足した。
決断1997年8月の大証二部上場、1998年12月の東証二部上場、1999年9月の東京・大阪両証券取引所市場第一部指定という3段階上場による資本調達基盤の急速な拡張、2004年7月の京都伏見店で確立した「スポッチャ」業態によるボウリング屋から屋内型複合レジャー施設の総合プレイヤーへの業態進化、2010年8月の米国カリフォルニア州プエンテヒルズ店オープンによる海外進出、2021年5月の中国広東省・広州新塘イオンモール店オープンによる中国出店開始、2024年4月の純粋持株会社体制への移行など、30年超の長期在任社長・杉野公彦氏(FY94〜現任)が主導した一連の戦略的決断によって、家業の屋内ゲーム場から「米国・中国を含むグローバル屋内型複合レジャー施設チェーン」への業態進化を達成した。
課題コロナ禍でFY21(2021年3月期)の連結売上高は469億円、営業赤字へ転落したが、FY24(2024年3月期)は1,582億円とコロナ禍前を上回る水準まで回復した。米国事業(コロナ禍後の本格成長エンジン)と中国事業(2021年出店開始の新成長軸)の収益化、2024年4月以降の持株会社体制下での事業会社別最適経営、創業者かつ筆頭株主(保有約5,969万株)の杉野公彦社長の後継者選定がガバナンス上の構造的論点として残る。
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歴史概略
1980年〜1996年杉野興産・ローラースケート場から始まったレジャー事業
父・杉野興産創業者から事業を継承
1980年12月、大阪府泉南市に遊戯場の経営を目的として杉野興産株式会社が資本金300万円で設立された。設立と同時に大阪府泉大津市にローラースケート場(ゲームコーナー併設)をオープンし、これが後のラウンドワンの原点となった。1982年7月には同じ泉大津でボウリング場の経営を開始し、ローラースケート + ボウリング + ゲームの3業態を1拠点に集約する「複合レジャー施設」モデルの原型が形成された。1987年10月にローラースケート場は閉場したが、1990年12月に堺市西区に屋内型複合レジャー施設の石津店をオープンし、この時点で「屋内型・複数業態併設・大規模」という同社業態の基本形が確立した。
1993年「株式会社ラウンドワン(旧)」の設立と現社名への移行
1993年3月、現代表取締役社長・杉野公彦氏ら2名により株式会社ラウンドワン(旧)(資本金10百万円)が堺市西区に設立された。同年9月、杉野興産株式会社の営業がラウンドワン(旧)へ営業譲渡され、運営機能の移管が完了した。1994年8月にラウンドワン(旧)の全株を杉野興産が取得して100%子会社化、1994年12月にラウンドワン(旧)を吸収合併すると同時に、商号を「杉野興産株式会社」から「株式会社ラウンドワン」に変更した。これにより、家業の屋号「杉野興産」から事業会社の屋号「ラウンドワン」への商号転換が完了し、本格的なチェーン展開の準備が整った。1995年2月に堺市堺区戎島町四丁の堺駅前ポルタスセンタービルに本社を移転し、関西広域でのチェーン展開拠点を整えた。
以降は執筆中