【筆者所感】 1897年に資本金35万円で設立された大阪ガスは、戦時中に神戸・京都など14社を合併吸収して近畿2府4県をカバーする都市ガス会社となった。1972年のブルネイLNG導入から15年をかけた天然ガス転換、そして2009年の泉北天然ガス発電所稼働まで、エネルギー源と事業領域を繰り返し作り替えてきた企業である。都市ガス会社は原料費調整制度のもとでLNG価格が上がれば売上は増えるが利益率は圧縮される構造を抱えており、ガス販売単体では量的成長に限界があった。この制約のなかで、電力参入と海外上流権益への投資を軸とする収益源の多角化が長く経営課題となってきた。
海外事業では300億円超の損失を出したシェールガスの初期投資の失敗を経て、開発済み鉱区の買収へ方針を転換したことで米国事業が収益化した。2025年3月期の海外エネルギーセグメントの営業利益は540億円に達し、国内ガス販売量の減少を補う成長エンジンへと育っている。関西電力との顧客争奪戦を戦いながら、米国シェールガス・IPP・フリーポートLNGの3本柱で海外収益を拡大する構図が大阪ガスの現在地である。140年近い歴史のなかで原料と事業領域を何度も作り替えてきた経験が、国内成熟市場と海外成長市場を両にらみで回す現在の経営スタイルに直結している点が、この企業を読み解く鍵となる。
歴史概略
1897年〜1990年関西圏のガスインフラ構築と15年の天然ガス転換完遂
戦時統合で近畿全域をカバーした都市ガス会社
1897年4月、資本金35万円をもって大阪瓦斯が設立された。1905年10月に大阪市内でガス供給を開始し、石炭ガスを原料とするガス灯・ガスかまどの時代から事業が始まっている。大阪の急速な都市化にともないガス需要は拡大を続け、大阪ガスは供給エリアを市内から周辺部へと広げていった。1933年には本社ビルが竣工し、大阪を代表する公益企業としての地位を確立している。都市ガス事業は原料の輸送・貯蔵・製造設備の維持という重いオペレーションを前提とし、需要家の機器にまで踏み込んだ面倒を見る事業形態として関西の生活インフラに深く組み込まれていった。電気と並ぶ都市インフラでありながら、原料調達から機器点検までを自前で抱え込む重装備の事業モデルが、関西経済圏の拡大と並走する形で育った時期だった。
1945年10月、戦時統合により神戸ガス、京都ガスなど14のガス会社を合併吸収した。この合併で供給区域は大阪府だけでなく京都府・兵庫県・奈良県・和歌山県を含む近畿2府4県へ拡大し、東京ガスに次ぐ国内第2位の都市ガス会社となった。東京ガスが首都圏を、大阪ガスが関西圏をカバーするという日本の都市ガス二大体制がここに成立している。戦後の1949年には大阪ガスケミカルを設立してコークス製造の副産物を活用した化学事業に進出し、1965年には大阪ガス都市開発を設立して不動産事業の種も蒔いた。ガス本業の周辺にBtoBの素材・BtoCの不動産という多角化の芽を置く経営スタイルは、この時期から形を整えつつあった。
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ブルネイLNG導入と15年の天然ガス転換
1970年代初頭、大気汚染対策とガス需要の急増への対応として、大阪ガスはLNG(液化天然ガス)への転換を決断した。1971年10月に泉北製造所第一工場が稼働し、1972年12月にブルネイからLNG船「ガディニア号」が到着している。東京電力・東京ガスと共同で契約したブルネイLNGの受入が、関西の都市ガス需要に対する新しい原料供給ラインとして動き始めた。東京ガスの1969年に続く日本の都市ガス会社として2番目のLNG導入であり、タンカー・基地・パイプラインなど巨大資本財への先行投資を前提とする重い経営判断だった。大気汚染が社会問題化するなかで低硫黄エネルギーへ切り替える政策的な意味合いも大きく、20〜25年スパンの長期契約を結んで原料を確保するLNG事業の枠組みそのものが関西のエネルギー供給のかたちを決めた時期でもあった。
1975年5月から天然ガス転換作業が始まった。石油系ガスから天然ガスへの熱量変更にともない、供給エリア内の全顧客のガス機器を一台ずつ天然ガス対応へ交換する必要があった。近畿2府4県にまたがる膨大な供給エリアを地区ごとに順次切り替えていく作業は、東京ガスの16年間と同等の難度をもつ大規模プロジェクトである。1977年には泉北製造所第二工場、1984年には姫路製造所を稼働させてLNG受入能力を増強しながら転換を進めた。1990年12月、全供給エリアの天然ガス転換が完了。約15年をかけたこの事業は無事故で完遂され、SO2やNOx排出の低減と供給効率の向上を実現した。原料・製造・需要家機器の三位一体で事業構造を作り替えた経験は、以後の経営判断の基礎となっている。
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1991年〜2009年経常利益1000億円の壁と構造的な収益圧迫
天然ガス転換後に露わになった利益の頭打ち
天然ガス転換完了後の1990年代から2000年代にかけて、大阪ガスは安定的な収益を確保しつつも、利益水準は緩やかに推移した。2002年3月期の経常利益は760億円、2005年3月期は975億円、2006年3月期には1033億円と初めて1000億円の大台を超えた。しかし翌2007年3月期には原料費の上昇で896億円へ後退し、利益の安定性に課題が残った。原料転換という大事業を終えたあと、既存のガス販売事業の収益力だけでは1000億円の利益水準を恒常化できない現実が数字に表れた時期である。規制下の都市ガス会社として供給責任を果たしつつ、料金制度の枠内で利益を積み上げるモデルに手詰まり感が見えた時期でもあった。東京ガスとあわせた国内都市ガス二大体制のまま関西の成熟市場を守り続けるだけでは、次の成長ドライバーを持ち得ないという経営課題が、数字の裏側から立ち上がった局面となっている。
売上高は原料費調整制度によりLNG価格に連動して変動し、2006年3月期の1兆660億円から2009年3月期には1兆3268億円まで拡大したが、営業利益は1007億円から669億円へとむしろ縮小している。原料費が上がれば売上は増えるが利益率は圧縮されるという、都市ガス会社に共通する構造的な課題である。1983年に設立したオージス総研(ITサービス)や不動産事業など非ガス分野も展開していたが、連結利益の大半はガス事業が占め、成長のドライバーを欠いていた。有利子負債は4000億〜5000億円台で推移し、自己資本は2006年3月期の6285億円から2009年3月期に6129億円とほぼ横ばいだった。ガス販売量と原料費に縛られたB/Sとして、次の成長モデルを外に探す必要性を数字が示していた。
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2010年〜2025年自由化と海外事業の試行錯誤、シェールガスへの転換
泉北発電所と自由化下の関西での顧客争奪戦
2009年4月、泉北天然ガス発電所が稼働を開始した。大阪ガスが保有するLNG基地に隣接して発電所を建設し、自社調達の天然ガスを燃料とする垂直統合型の電力事業モデルである。2016年4月の電力小売全面自由化にともない家庭向け電力販売に参入し、ガスと電力のセット販売で顧客基盤の拡大を図った。発電資産を自前でもちつつLNG調達力を電力販売に横展開する形は、都市ガス会社が電力市場でもつ構造的な優位を活かす選択肢だった。既にガス事業で引いた管路網と顧客接点をそのまま電力販売の営業資産として使えるため、新規参入の電力小売と比べても立ち上がりのコストが軽い事業設計だった。国内ガス販売量の頭打ちを見据え、電気という別の請求書を同じ顧客に届ける多面販売のかたちへ、関西で舵を切った時期である。
しかし翌2017年4月にはガス小売全面自由化が始まり、関西電力が家庭用ガス市場に参入した。関西では電力とガスの双方で熾烈な顧客争奪戦が展開された。大口の業務用・工業用ガスでは1996年の第1次規制緩和以降から関西電力との価格競争が続いており、一時的に料金が下がった時期もあった。藤原正隆社長は「販売量全体の4分の3が業務用・工業用であり、関西電力と非常に激しく競争してきた」(決算説明会 FY25-2Q)と述べている。自由化から10年近くを経た2025年時点ではスイッチング件数が落ち着き、競合環境の予見性も高まった。関西という単一商圏で同業他社と正面衝突する構造は、他地域の都市ガス会社とは異なる大阪ガス固有の経営条件となっている。
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300億円超の損失 ── シェールガスの失敗と方針転換
海外エネルギー事業は2010年代前半から本格化したが、初期は苦戦が続いた。2014年3月期に海外エネルギーセグメントは営業赤字8億円、2015年3月期には63億円の損失を計上した。藤原社長は「最初からすべて順調に進んだわけではなく、300億円超の損失を出した案件もあった」(決算説明会 FY25-2Q)と率直に語る。未開発鉱区への探鉱投資が期待どおりのリターンを生まなかったことが原因だった。海外上流権益という慣れない領域に自力で切り込み、想定と現実のギャップを授業料として払った時期で、エネルギー商社や石油会社とは異なる都市ガス由来の目線で鉱区を評価する難しさが数字に表れた。原油安の進行が重なって投資回収の前提が大きく崩れた点も、損失を押し上げる要因となった。
この失敗を踏まえ、大阪ガスは生産実績のない場所に新しく掘るのはリスクが高く避けるべきだという結論に至った。既に開発が進んでいる企業・鉱区を買収する方針へ転換し、探鉱段階のリスクをバランスシートから外す戦略に切り替えた。2019年7月、米国テキサス州のシェールガス開発会社サビン・オイル・アンド・ガスの全株式を取得。日本企業として初の米国シェールガス開発会社の買収となった。同年12月にはフリーポートLNG液化プロジェクトの商業運転も始まり、LNG液化・シェールガス開発・IPP(独立系発電事業)の3本柱による米国エネルギー事業の骨格が整った。
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海外利益の拡大とガス導管の分社化
サビン社買収後の海外エネルギーセグメントは収益化した。営業利益は2021年3月期の36億円から2022年3月期に337億円、2023年3月期には608億円へと伸びている。一方、2023年3月期の国内エネルギーセグメントはLNG価格高騰にともなう原料費の増加で営業赤字314億円に転落しており、海外が国内の赤字を補填する構図が初めて現れた。連結経常利益は756億円にとどまったが、海外事業がなければ大きな赤字だった計算になる。300億円の失敗を経て掴んだ買収戦略が、市況に揺れる国内ガス事業を支える位置に育ちつつあり、国内の料金規制に縛られない海外収益を持つか持たないかで、LNG価格の急変に対する耐性そのものが変わることを示した期間となっている。
2022年4月にはガス導管事業を大阪ガスネットワークへ分社化し、ガス事業法改正にともなう法的分離に対応した。あわせてグループ経営体制を再編し、国内エネルギー・海外エネルギー・ライフ&ビジネスソリューション(LBS)の3セグメント体制を確立した。2020年に設立した基盤会社3社(大阪ガスマーケティング、Daigasエナジー、Daigasガスアンドパワーソリューション)とあわせ、ホールディングス型経営への移行が進んだ。LBSセグメントの営業利益は2022年3月期に235億円、2023年3月期に292億円と安定的に推移し、不動産・ITサービスを中心にガスに依存しない収益基盤としての役割を果たしている。規制事業と競争事業を分けて資本配分を最適化する設計は、海外投資の自由度を高める装置でもある。
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直近の動向と展望
米国3本柱で年700億円を稼ぐ構造
2024年3月期は経常利益2266億円、純利益1327億円と過去最高を記録した。海外エネルギーセグメントの営業利益は515億円に達し、国内エネルギーの884億円と合わせて利益構造が変化している。2025年3月期は経常利益1896億円、純利益1344億円で、海外エネルギーの営業利益は540億円とさらに増えた。総資産は3兆2005億円、自己資本は1兆6888億円へ成長している。ガス本業と海外事業の利益比率が拮抗するところまで来ており、20年前に「1000億円の壁」と呼ばれた利益水準を海外起点で軽々と上回る姿が現れている。LNG価格の高止まりや米国電力市況の追い風といった外部要因の助けを受けつつも、海外で稼いだ利益で国内の資本増強と株主還元をまかなう循環が動きはじめた期間である。
米国事業はシェールガス(サビン)、フリーポートLNG液化基地、IPP(PJM市場中心の天然ガス火力発電)の3本柱で構成される。2026年3月期上期時点で年700億円近い利益規模に到達した。PJM市場は全米最大のグリッドオペレーター市場であり、GAFA等のデータセンター需要の拡大で電力容量価格が1MWあたり300ドルを超えた。大阪ガスが保有する発電資産の収益性は市況の追い風を受けている。シェールガスは小さく産んで大きく育てる方針のもと、大型投資を避けて適正価格での小規模な鉱区取得を繰り返す戦略を採る。フリーポートLNG液化基地は2023年3月期に大規模な事故を起こしたが、安全対策の見直しを経て現在は好調に稼働している。
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- 決算説明会 FY24-2Q
- 決算説明会 FY25-2Q
- 日本経済新聞 2024/12/7
- 日経ビジネス 2021/1/17
ROE8%達成と1兆円還元への道筋
2027年3月期のROE8%達成と2030年代前半のROE10%を経営目標に掲げる。2024年11月にはDOEを3.5%へ引き上げ、配当増額と自己株式取得を合わせ年間約800億円の株主還元を実施した。藤原社長はきっちりと利益を確保していくことが重要だと述べ、成長投資と株主還元のバランスを重視する姿勢を示している。過去に海外投資で授業料を払った経験をもつ企業として、資本効率と投資規律の両立が重いテーマとなっている。国内ガス市場の縮小が経営の前提となるなか、海外事業へ振り向ける資本量と、株主に返す資本量のあいだで線を引き直す作業が、ここ数年の経営判断の中心に据えられている。
国内では姫路天然ガス発電所1号機(2026年1月)・2号機(同5月)の運転開始が控え、合計120万kWの発電能力が電力事業の成長ドライバーとなる。ガス事業では家庭用の離脱が下げ止まり、大口契約の料金適正化が進んだことで利益率が改善した。インド市場には政府が事業エリアと8年間の販売独占権を割り当てる制度を活用して参入し、2030年代前半に経常利益100億円規模を目指す。藤原社長は「再生可能エネルギー供給、データセンターに照準」(日本経済新聞 2024/12/07)とデータセンター需要に的を絞り、再生可能エネルギーの発電容量は399万kWに達した。B/Sを使わずにオフテイクを拡大するアセットライト戦略で成長を図る。有利子負債は8649億円へ拡大したが、自己資本比率は約53%を維持しており、関西での守りと海外での攻めを両立させながら資本効率を引き上げる段階に入った。
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- 日本経済新聞 2024/12/7
- 日経ビジネス 2021/1/17