1920年〜 破綻銀行の整理から始まった神奈川の地方銀行
- 1920年 横浜興信銀行設立
- 1927年 左右田銀行と合同
- 1928年 第二銀行と合同
- 1941年 県内6行と一挙に合同
七十四銀行破綻と横浜興信銀行の設立
1920年5月、第一次世界大戦後の反動恐慌のさなかに、横浜最大の普通銀行であった七十四銀行が休業した。七十四銀行は1878年に第七十四国立銀行として設立され、生糸売込商を中心に横浜商人の金融機関として40年余り営業した行である。戦後不況による取り付けに耐えられず休業に追い込まれた。同年内には横浜貯蓄銀行も破綻し、横浜の金融秩序は崩壊の危機に直面した。横浜の商業と貿易を支える銀行網が戦後不況の波に飲み込まれ、預金者と地元経済の将来をめぐる不安が広がった。地域金融の再建は地元財界にとって最大の課題となり、政府・日本銀行と地元有力者が連携して新銀行の設立に動いた。 [1][2]
- 横浜銀行公式サイト
- [1]1920年5月、戦後反動恐慌のさなかに七十四銀行が休業
- [2]同年内に横浜貯蓄銀行も破綻
地元財界は預金者救済と地域経済の安定を目的として新銀行の設立に動き、1920年12月16日に横浜興信銀行が開業した。原資は政府・日本銀行による特別融資1,600万円で、役員は無報酬、株式は無配当という異例の条件が付された。通常の銀行業務に加え、破綻した両行の不良債権・不良資産の回収と整理を主業とするサービサー的な銀行として出発した。全国の地方銀行の多くが有力両替商や旧国立銀行を母体とするのに対し、横浜銀行の前身は危機対応のために設けられた銀行で、出自として異色の位置にある。預金者保護と不良債権処理を同時に担う運営は通常の営業収益だけでは成立せず、特別融資の存在が前提となる仕組みだった。 [3][4][5]
- 横浜銀行公式サイト
- [3]1920年12月16日に横浜興信銀行が開業
- [4]政府・日本銀行による特別融資1,600万円が原資
- [5]破綻両行の不良債権・不良資産の回収整理を主業とするサービサー的銀行として出発
- 横浜銀行公式サイト
- [1]1920年5月、戦後反動恐慌のさなかに七十四銀行が休業
- [2]同年内に横浜貯蓄銀行も破綻
- [3]1920年12月16日に横浜興信銀行が開業
- [4]政府・日本銀行による特別融資1,600万円が原資
- [5]破綻両行の不良債権・不良資産の回収整理を主業とするサービサー的銀行として出発
昭和期の県内合併と一県一行化の完成
横浜興信銀行は設立後、神奈川県内の銀行を次々と吸収した。1927年に左右田銀行、1928年に第二銀行、1932年に関東興信銀行を合併した。第二銀行は1874年に横浜為替会社を母体として設立された旧・横浜第二国立銀行の後継行で、横浜の金融史における最古の系譜を横浜興信銀行に持ち込んだ。横浜為替会社は1869年設立の日本初の会社組織による金融機関とされ、横浜銀行はこの系譜から「創業151年」と数える場合もある。破綻銀行の整理という出自を抱えながら、横浜の金融史全体を継承する側面を併せ持った。設立から10年余りで県内主要行を束ねる地位に立ったことは、サービサー的な出発点とは異なる通常銀行としての基盤が固まった経緯を示す。 [6][7][8][9]
- 有価証券報告書
- [6]1927年に左右田銀行を合併
- [7]1928年4月に第二銀行を合併。横浜貿易銀行・元町銀行は資産に存在せず削除
- [8]第二銀行の前身は明治7年(1874年)設立の第二国立銀行
- 横浜銀行公式サイト
- [9]横浜為替会社は1869年設立の日本初の会社組織による金融機関
1941年には戦時下の一県一行主義政策に基づき、鎌倉銀行・秦野銀行・足柄農商銀行・相模銀行・平塚江陽銀行・明和銀行の県内6行を合併した。1945年に都南貯蓄銀行を合併し、特殊銀行であった横浜正金銀行を除いて神奈川県内唯一の本店銀行となった。25年間で10行以上を合併し、県内金融の一元化を完成させた経緯にあたる。戦時動員期を通じて地方銀行の統合が全国で進むなか、横浜興信銀行は神奈川県金融の中心に位置した。破綻処理機関として生まれた銀行が、名実ともに県内唯一の本店銀行へ転換した。一県一行主義は戦時統制経済の柱の一つで、預金集積と国債消化の効率化を目的とする政策だった。 [10][11][12]
- 有価証券報告書
- [10]1941年に一県一行主義政策で県内6行を合併
- [11]1941年の県内6行は鎌倉・明和・平塚江陽・相模・秦野・足柄農商
- [12]横浜正金銀行を除いて神奈川県内唯一の本店銀行となった
- 有価証券報告書
- [6]1927年に左右田銀行を合併
- [7]1928年4月に第二銀行を合併。横浜貿易銀行・元町銀行は資産に存在せず削除
- [8]第二銀行の前身は明治7年(1874年)設立の第二国立銀行
- [10]1941年に一県一行主義政策で県内6行を合併
- [11]1941年の県内6行は鎌倉・明和・平塚江陽・相模・秦野・足柄農商
- [12]横浜正金銀行を除いて神奈川県内唯一の本店銀行となった
- 横浜銀行公式サイト
- [9]横浜為替会社は1869年設立の日本初の会社組織による金融機関