1985年〜 崎谷文雄氏が「縁の下の力持ち」を期して創業したモータ制御ベンチャーの12年
- 1985年 ローツェ(資本金10000千円)を設立しモータ制御機器の開発を開始
- 1986年 クリーンロボットの製造販売を開始
- 1989年 真空用クリーンロボットの製造販売を開始
- 1992年 デュアルアームクリーンロボットの製造販売を開始
- 1993年 大型ガラス基板クリーン搬送ロボットの製造販売を開始
- 1996年 ベトナム・ハイフォンへの量産拠点設立と、開発・量産を分ける国際分業体制の構築 中国ではなくベトナムに量産を置き、福山の工場には何を残そうとしたか
- 1997年 韓国京畿道に子会社RORZE SYSTEMS CORPORATIONを設立
崎谷文雄氏の半生と社名ローツェに託した「縁の下の力持ち」の思想
ローツェ創業者の崎谷文雄氏は、1945年4月に岡山県井原市の農家の長男として生まれ、中学時代のラジオ修理をきっかけに電気回路の技術一筋で歩んだ。近畿大学工学部電気工学科を中退したのち東京の太洋無線に入り、船舶用の高精度なロラン受信機を開発して特許も取得した。28歳で郷里に戻ってからは、半導体の前工程・後工程を担う地元企業を渡り歩き、自ら開発した2,500分の1の分解能を持つ電子天秤の事業や、液晶製造のスピン塗布技術で知られるタツモの取締役開発課長などを務めた。合わせて8回に及ぶ転職で半導体製造を一通り手がけた経歴が、のちのローツェの製品設計を支えた。 [1][2][3]
- 長銀総研L 13巻3号(長銀総合研究所、1996年3月)
- [1]崎谷文雄氏は1945年4月生まれ、岡山県井原市の農家の長男
- [2]太洋無線で船舶用の高精度ロラン受信機を開発し特許を取得
- [3]2,500分の1分解能の電子天秤の事業、液晶スピン塗布技術のタツモ取締役開発課長などを経験、転職8回
1985年3月、崎谷文雄氏は40歳で広島県福山市に資本金1,000万円のローツェを設立し、モータ制御機器の開発に乗り出した。本社を構えた備後地区は半導体の集積地でも首都圏のベンチャー密集地でもなく、ローツェは地方発の独立系制御技術ベンチャーとして出発した。社名のローツェは、世界最高峰エベレスト(8,848m)に連なるヒマラヤの高峰ローツェ(8,516m)に由来する。目立たないがエベレストを引き立てる山のように、世界の先端企業を支える縁の下の力持ちでありたいという思いを込めた命名で、崎谷文雄氏は「技術に自信をもって、楽しみながら仕事のできる集団」を会社の理念に掲げた。 [4][5][6]
- ローツェ 有価証券報告書 第41期(2026年2月期)【沿革】
- [4]1985年3月 広島県福山市に資本金1,000万円でローツェを設立しモータ制御機器の開発を開始
- 長銀総研L 13巻3号(長銀総合研究所、1996年3月)
- [5]社名ローツェの由来はエベレスト(8,848m)に連なるローツェ(8,516m)、世界の先端企業を支える縁の下の力持ちの思い
- [6]会社の理念は「技術に自信をもって、楽しみながら仕事のできる集団」
- 長銀総研L 13巻3号(長銀総合研究所、1996年3月)
- [1]崎谷文雄氏は1945年4月生まれ、岡山県井原市の農家の長男
- [2]太洋無線で船舶用の高精度ロラン受信機を開発し特許を取得
- [3]2,500分の1分解能の電子天秤の事業、液晶スピン塗布技術のタツモ取締役開発課長などを経験、転職8回
- [5]社名ローツェの由来はエベレスト(8,848m)に連なるローツェ(8,516m)、世界の先端企業を支える縁の下の力持ちの思い
- [6]会社の理念は「技術に自信をもって、楽しみながら仕事のできる集団」
- ローツェ 有価証券報告書 第41期(2026年2月期)【沿革】
- [4]1985年3月 広島県福山市に資本金1,000万円でローツェを設立しモータ制御機器の開発を開始
「世界的にニュースとなる製品」のモータ制御3製品と資金繰りの突破
創業の翌年から、ローツェは自社開発のモータ制御技術を立て続けに製品化した。1985年9月にステッピングモータドライバ、1986年5月に超小型コントローラ、1986年12月にクリーンロボットの製造販売を順に開始した。崎谷文雄氏は「他社が販売している同等品は製品にしない、世界的にニュースとなる製品のみを商品化する」を創業の合言葉に据え、競合がひしめく市場ではなく誰も手がけない領域を選んだ。半導体製造工程ではタバコの煙の粒子より小さな塵の付着が不良品を生むため、人手を介さずウエハを運ぶ無塵のロボットが求められており、ローツェのクリーンロボットがこの需要に応えた。 [7][8][9]
- ローツェ 有価証券報告書 第41期(2026年2月期)【沿革】
- [7]1985年9月 ステッピングモータドライバ/1986年5月 超小型コントローラ/1986年12月 クリーンロボットの製造販売を開始
- 季報ほくとう 41号(北海道東北開発公庫調査情報部、1996年10月)
- [8]創業の合言葉「他社の同等品は製品にしない、世界的にニュースとなる製品のみを商品化する」
- [9]半導体製造工程ではタバコの煙の粒子より小さな塵が不良品を生むため無塵搬送ロボットが必要
クリーンロボットは、自社のステッピングモータドライバとコントローラを他社品の20分の1の大きさに収め、電気部と機械部を一体化したブロックごと交換できる単純な構成を取った。アームの回転部には磁性流体シールを採用して内部からの発塵を抑え、平均故障間隔(MTBF)8年超という評価を顧客から得た。もっとも創業からの2期は、ドライバ・コントローラの販売が伸びず売上6,000万円台にとどまる連続赤字だった。流れが変わったのは1986年12月のクリーンロボット投入で、半導体製造装置メーカーがウエハ搬送の自動化に採用したのを機に、3期目の1988年2月期に売上は1.3億円へ倍増した。 [10][11]
- 通産ジャーナル 30巻9号(通商産業調査会、1997年9月)
- [10]ドライバ・コントローラを他社品の20分の1に小型化、平均故障間隔(MTBF)8年超の評価
- 長銀総研L 13巻3号(長銀総合研究所、1996年3月)
- [11]創業からの2期は売上6,000万円台で連続赤字、1986年12月のクリーンロボットを機に3期目の1988年2月期は売上1.3億円へ倍増
創業期の資金繰りは綱渡りだった。設立当初は崎谷文雄氏の人物を見込んだ東京の経営者が銀行融資1億円の保証を引き受けたが、2年後の1987年に当の経営者が倒産し、銀行は担保の差し入れを求めてきた。崎谷文雄氏の人柄と技術力を高く評価する銀行員が父の田畑などの不動産を目いっぱい評価し、融資につなげて窮地を脱した。受注交渉でも、製品の水準を世界レベルとする代わりに代金を前払いで受け取る取り決めを引き出すなど、乏しい運転資金を補う工夫を重ねた。設立4年目には民間最大のベンチャーキャピタル日本合同ファイナンスが出資に加わり、のちに約4割を握る筆頭級の株主となった。 [12][13]
- 長銀総研L 13巻3号(長銀総合研究所、1996年3月)
- [12]設立当初に東京の経営者が銀行融資1億円を保証、1987年にその経営者が倒産し銀行が担保を要求、銀行員が父の不動産を評価して融資につなぎ窮地を脱した
- [13]設立4年目に民間最大のベンチャーキャピタル日本合同ファイナンスが出資、のちに約4割を保有する筆頭級株主に
- ローツェ 有価証券報告書 第41期(2026年2月期)【沿革】
- [7]1985年9月 ステッピングモータドライバ/1986年5月 超小型コントローラ/1986年12月 クリーンロボットの製造販売を開始
- 季報ほくとう 41号(北海道東北開発公庫調査情報部、1996年10月)
- [8]創業の合言葉「他社の同等品は製品にしない、世界的にニュースとなる製品のみを商品化する」
- [9]半導体製造工程ではタバコの煙の粒子より小さな塵が不良品を生むため無塵搬送ロボットが必要
- 通産ジャーナル 30巻9号(通商産業調査会、1997年9月)
- [10]ドライバ・コントローラを他社品の20分の1に小型化、平均故障間隔(MTBF)8年超の評価
- 長銀総研L 13巻3号(長銀総合研究所、1996年3月)
- [11]創業からの2期は売上6,000万円台で連続赤字、1986年12月のクリーンロボットを機に3期目の1988年2月期は売上1.3億円へ倍増
- [12]設立当初に東京の経営者が銀行融資1億円を保証、1987年にその経営者が倒産し銀行が担保を要求、銀行員が父の不動産を評価して融資につなぎ窮地を脱した
- [13]設立4年目に民間最大のベンチャーキャピタル日本合同ファイナンスが出資、のちに約4割を保有する筆頭級株主に
製品の多軸化と1996年の海外展開、BISTEC・店頭登録
製品ラインの多軸化は1990年前後から加速した。1989年11月に真空用クリーンロボット、1992年11月にデュアルアームクリーンロボットの製造販売を開始し、半導体の真空プロセスへの対応と搬送スループットの向上を実現した。1993年12月にはFPD(フラットパネルディスプレイ)向けの大型ガラス基板クリーン搬送ロボット、1994年7月にそのデュアルアーム型を投入し、半導体ウエハより大判の液晶用ガラス基板の搬送へ領域を広げた。液晶では搬送が最大の難所で、トラブルの8割が基板の搬送で起きるとされ、顧客の要請がローツェの参入を後押しした。1995年10月には液晶ガラス基板搬送ロボット・装置の製造工場を福山市神辺町道上に新設した。 [14][15][16]
- ローツェ 有価証券報告書 第41期(2026年2月期)【沿革】
- [14]1989年11月 真空用クリーンロボット/1992年11月 デュアルアームクリーンロボットの製造販売を開始
- [15]1993年12月 FPD向け大型ガラス基板クリーン搬送ロボット/1994年7月 同デュアルアーム型/1995年10月 福山市神辺町道上に製造工場を新設
- 通産ジャーナル 30巻9号(通商産業調査会、1997年9月)
- [16]液晶では搬送が最大の難所でトラブルの8割が基板搬送で発生、顧客要請でローツェが参入
1996年、ローツェの海外展開が一気に進んだ。同年2月にシンガポール、3月に台湾新竹科学工業園区の関連会社RORZE TECHNOLOGY, INC.(現連結子会社)、11月に米国カリフォルニア州の子会社を相次いで設け、10月にはベトナム・ハイフォン市にRORZE ROBOTECH INC.を設立して生産拠点を構えた。崎谷文雄氏が中国ではなくベトナムを選んだのは、勤勉な労働力と世界有数に安いアルミ素材を評価したためで、設計・営業を日本に、量産をベトナムに置く機能別の分業を構想した。この体制が、半導体投資の変動に耐える低コストの収益構造を生んだ。1997年11月には韓国京畿道にも子会社を設けた。 [17][18][19]
- ローツェ 有価証券報告書 第41期(2026年2月期)【沿革】
- [17]1996年2月 シンガポール/3月 台湾新竹のRORZE TECHNOLOGY, INC.(現連結子会社)/10月 ベトナム・ハイフォン市のRORZE ROBOTECH INC./11月 米国カリフォルニアの子会社を設立
- [19]1997年11月 韓国京畿道に子会社RORZE SYSTEMS CORPORATIONを設立
- 通産ジャーナル 30巻9号(通商産業調査会、1997年9月)
- [18]ベトナムを中国でなく選んだ理由は勤勉な労働力と世界有数に安いアルミ素材、設計・営業を日本/量産をベトナムに置く機能別分業を構想
崎谷文雄氏は地域ぐるみの技術集積も主導した。1992年4月にローツェ本社の食堂で始めた土曜の勉強会を母体に、1993年9月、地元の34の法人・個人による備後半導体技術推進連合会(BISTEC)が発足し、崎谷文雄氏が会長を務めた。繊維と機械の集積地である福山を日本のシリコンバレーになぞらえ、半導体の人材育成と異業種連携を地域に根付かせる狙いがあった。事業の土台がそろった1997年12月、ローツェは株式を日本証券業協会に店頭銘柄として登録し、創業12年で資本市場にデビューした。2002年2月期の連結売上高は66億円(米国会計基準)で、中堅規模の独立系装置メーカーの位置にあった。 [20][21]
- 長銀総研L 13巻3号(長銀総合研究所、1996年3月)
- [20]1992年4月のローツェ本社食堂の勉強会を母体に、1993年9月 地元34の法人・個人による備後半導体技術推進連合会(BISTEC)が発足、崎谷文雄氏が会長
- ローツェ 有価証券報告書 第41期(2026年2月期)【沿革】
- [21]1997年12月 株式を日本証券業協会に店頭銘柄として登録(創業12年で資本市場へ)
- ローツェ 有価証券報告書 第41期(2026年2月期)【沿革】
- [14]1989年11月 真空用クリーンロボット/1992年11月 デュアルアームクリーンロボットの製造販売を開始
- [15]1993年12月 FPD向け大型ガラス基板クリーン搬送ロボット/1994年7月 同デュアルアーム型/1995年10月 福山市神辺町道上に製造工場を新設
- [17]1996年2月 シンガポール/3月 台湾新竹のRORZE TECHNOLOGY, INC.(現連結子会社)/10月 ベトナム・ハイフォン市のRORZE ROBOTECH INC./11月 米国カリフォルニアの子会社を設立
- [19]1997年11月 韓国京畿道に子会社RORZE SYSTEMS CORPORATIONを設立
- [21]1997年12月 株式を日本証券業協会に店頭銘柄として登録(創業12年で資本市場へ)
- 通産ジャーナル 30巻9号(通商産業調査会、1997年9月)
- [16]液晶では搬送が最大の難所でトラブルの8割が基板搬送で発生、顧客要請でローツェが参入
- [18]ベトナムを中国でなく選んだ理由は勤勉な労働力と世界有数に安いアルミ素材、設計・営業を日本/量産をベトナムに置く機能別分業を構想
- 長銀総研L 13巻3号(長銀総合研究所、1996年3月)
- [20]1992年4月のローツェ本社食堂の勉強会を母体に、1993年9月 地元34の法人・個人による備後半導体技術推進連合会(BISTEC)が発足、崎谷文雄氏が会長