創業地東京都三鷹
創業年1949
上場年1961
創業者風戸健二
現代表大井泉
従業員数3,604

1949年5月、東京都三鷹市に株式会社日本電子光学研究所が設立された。資本金500千円、電子顕微鏡の製造・販売を事業目的とする小規模な研究開発型企業として船出し、戦後の物資不足と外貨制約のなかで電子顕微鏡の国産化に挑む技術志向の集団であった。1961年5月に「日本電子株式会社」に商号変更、1962年4月に東証二部、1966年8月に東証一部に上場し、研究開発型ベンチャーから大企業へ成長した。

1972年4月の医用機器分野進出(生化学自動分析装置完成)以降、理科学計測機器・産業機器・医用機器の3軸事業構成を確立し、欧州・アジアの主要国に販社網を段階的に展開した。2008年リーマンショックで売上が1,000億円規模から838億円へ転落、栗原権右衛門社長(FY07-FY17)の11年がかりの再建を経て、2018年就任の大井泉社長兼CEOが半導体先端計測装置への集中投資を主導、長期構想「VISION 2030」を起点に半導体計測・産業機器・医用機器の3本柱を再定義した。

電子顕微鏡(透過型・走査型)の世界シェアは日立ハイテク・サーモフィッシャーサイエンティフィック・ツァイスとの寡占構造で上位を維持、半導体微細化と円安効果の追い風でFY21-FY24に売上1,384億円→1,967億円・営業利益141億円→355億円と急成長した。先端半導体メーカー向け検査・計測装置の供給拡張と、円安局面の終焉後の利益率維持、そして長年蓄積してきた基礎研究向け電子顕微鏡技術の競争力維持を両立する経営フェーズに入った。

日本電子:売上高の内訳と営業利益率(PL 分解 × 営業利益率)
売上高(億円)営業利益(億円)販管費(億円)売上原価(億円)営業利益率(%)
歴代社長
FY01
FY02
FY03
FY04
FY05
FY06
FY07
FY08
FY09
FY10
FY11
FY12
FY13
FY14
FY15
FY16
FY17
FY18
FY19
FY20
FY21
FY22
FY23
FY24
FY25
FY26
FY27
FY28
FY29
FY30
原田嘉晏
取締役社長
歴代社長
FY05
FY06
FY07
FY08
FY09
FY10
FY11
FY12
FY13
FY14
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FY16
FY17
FY18
FY19
FY20
FY21
FY22
FY23
FY24
原田嘉晏
取締役社長
栗原権右衛門取締役社長栗原権右衛門代表取締役社長大井泉代表取締役社長兼COO大井泉代表取締役社長兼CEO
日本電子:投資CF(M&A・設備投資ほか/事業施策と紐付き)
投資CF(億円)
ジャパンスーパーコンダクタテクノロジーを買収2025
Integrated Dynamic Electron Solutionsを全株式取得2020
JEOL RESONANCE を分社新設2011
日本電子データム・アクティブを吸収合併2009
山形クリエイティブを設立2002

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MethodPath概要日本電子(証券コード6951)のURLAPI仕様書
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歴史概略

1949年〜1971電子顕微鏡国産化を起点とする理科学計測機器メーカーの誕生

三鷹市での創業と電子顕微鏡国産化の決意

1949年5月、東京都三鷹市に株式会社日本電子光学研究所が設立された。資本金500千円、電子顕微鏡の製造・販売を事業目的とする小規模な研究開発型企業として、戦後の混乱期に船出した経緯である。電子顕微鏡は当時、ドイツのジーメンス・米国のRCAなど欧米の数社のみが製造可能な先端計測機器であり、占領下の日本では輸入も含めて入手難の状態にあった。日本電子光学研究所は、戦後の物資不足と外貨制約のなかで電子顕微鏡の国産化に挑む技術志向の集団として出発した。

電子顕微鏡は、光学顕微鏡では到達できないナノメートル領域の観察を可能にする計測装置で、金属組織・半導体材料・生物試料の構造解析に不可欠な機器である。基礎研究と産業応用の両面で需要が拡大していく成長分野であった。創業から3年後の1952年11月には産業機器分野へ進出(高周波焼入装置完成)、1956年8月には分析機器分野へ進出(磁気共鳴装置完成)した。NMR(核磁気共鳴装置)等の分析機器事業の起点で、後年の理科学・計測機器事業の柱となる領域への布石が、この時期に打たれた。

「日本電子」への社名変更と東証上場

1960年9月、東京都昭島市にさくら精機株式会社(1989年12月「日本電子テクニクス株式会社」に変更、2021年4月日本電子に吸収合併)を設立し、生産機能の子会社化を進めた。研究開発と生産の分離は、研究開発型ベンチャーが大型製品の量産対応を進める際の典型的な組織設計である。

1961年5月、「日本電子株式会社」に商号変更した。社名は「光学」を外し、より広い電子機器メーカーとしてのアイデンティティを示す方向への転換であった。1962年4月、東京証券取引所市場第二部に上場し、公開市場での資金調達体制を整えた。同年12月には米国にJEOLCO(U.S.A.)INC.(1993年4月「JEOL USA,INC.」に変更)を設立し、米国市場への進出を本格化した。創業から13年で海外展開に着手したのは、電子顕微鏡という製品の主要市場が欧米先進国であり、現地販売・サービス拠点の必要性が高かったためである。

1964年4月、昭島製作所開発館を完成させR&D機能を拡張、同年11月にはフランスにJEOLCO(FRANCE)S.A.(2005年4月「JEOL(EUROPE)SAS」に変更)を設立し、欧州事業の起点を築いた。1966年6月に本店を三鷹市から昭島市へ移転、1966年8月には東証一部に上場し、大企業地位を確立した。1968年7月に英国・10月に豪州、1971年4月に英文社名を「JEOL Ltd.」に統一、1972年4月には医用機器分野へ進出(生化学自動分析装置完成)と、創業から23年で電子顕微鏡・理科学計測機器・産業機器・医用機器の4軸を持つメーカーへ姿を変えた。

以降は執筆中

参考文献・数字根拠

参考文献

日本電子株式会社 有価証券報告書
日本電子有価証券報告書
各種報道

数字根拠

FY24 売上高

1,967億円

有価証券報告書

FY24 営業利益

355億円

有価証券報告書

FY24 純利益

186億円

有価証券報告書

FY07 売上高

938億円

有価証券報告書

FY08 純損失

-19.2億円

有価証券報告書

FY11 純損失

-90.5億円

有価証券報告書

創業

1949年5月(日本電子光学研究所設立、資本金500千円)

有価証券報告書

社名を日本電子に変更

1961年5月

有価証券報告書

東証二部上場

1962年4月

有価証券報告書

東証一部上場

1966年8月

有価証券報告書

米国JEOLCO設立

1962年12月

有価証券報告書

武蔵村山製作所開所

2021年10月

有価証券報告書

ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー買収

2025年1月

有価証券報告書