荏原製作所 の歴史

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創業 1905年
創業者 畠山一清
創業地 東京都品川区
創業 1912年11月、畠山一清氏が東京・日暮里でゐのくち式機械事務所を開設した。東京
1912年11月、畠山一清氏が東京・日暮里でゐのくち式機械事務所を開設した。東京帝国大学教授の井口在屋氏が1905年に発表した世界初の渦巻ポンプ理論を機械に落とすための事務所で、井口氏を主幹、畠山氏を所長とする。理論の実用化を先に担った国友鉄工所が明治末に行き詰まるのを見ていた畠山氏は、設計から製造・販売までを切り離さず自前で抱えた。1920年5月には荏原郡品川町へ工場を移して株式会社荏原製作所を設立し、社名は移転先の地名から採っている。昭和初期には国内ポンプ生産量の6割強を占め、輸入品を押し戻した。
決断 流体を扱う技術は動かさず、当てる市場を移し替えてきた。1985年に始めた電子事業
流体を扱う技術は動かさず、当てる市場を移し替えてきた。1985年に始めた電子事業では、液体を送るポンプの技術を気体を引く真空機器へ振り向け、1987年7月に藤沢工場に精密機械工場を建て半導体向け真空機器へ入った。1991年度からの中長期計画"ACT'95"では「脱ポンプ」を掲げ環境を第2の柱に据え、ダイオキシン規制で沸いた自治体需要に実績の乏しいガス化溶融炉で受注を伸ばしたが、工期の遅れで2003年3月期は285億円の最終赤字に沈んだ。その反省から2010年には水事業子会社へ三菱商事・日揮の資本を迎え、請負型を手放した。技術はどちらも祖業の流体技術で、明暗を分けたのは売り先だった。設備投資を続ける半導体メーカーと、入札で価格が決まる自治体という顧客の差が、そのまま利益率の差を生んだ。
現況 祖業のポンプではなく、遠い畑として始めた半導体向けの事業が最大の稼ぎ手になってい
祖業のポンプではなく、遠い畑として始めた半導体向けの事業が最大の稼ぎ手になっている。2025年12月期の売上収益9,582億円のうち精密・電子は3,422億円と全体の36%だが、セグメント利益577億円は5事業合計1,166億円のほぼ半分を占める。中身は1987年に参入したドライ真空ポンプ、1992年に顧客の求めで手がけたCMP装置、パッケージ向けめっき装置である。2023年1月には製品別から対面市場別の5カンパニー制へ組み替え、精密・電子と建築・産業を成長事業に置いた。細田修吾社長は新計画E-Plan2028で、この3製品のシェア首位を次の的に置く。
競合 戦う相手は、事業の移し替えに応じて入れ替わってきた。戦前のポンプでは日立製作所・
戦う相手は、事業の移し替えに応じて入れ替わってきた。戦前のポンプでは日立製作所三菱重工業と国産の座を分け合い、官公需を抱えて安定していた。半導体装置へ移ってからは相手の桁が違う。CMP装置で並ぶ米アプライドマテリアルズは、2004年時点で荏原と二社で世界の9割を占めた相手である。日本勢では、そのアプライドマテリアルズとの統合に一度は合意した東京エレクトロン洗浄装置で世界首位に立つSCREENが別の工程で規模を築いており、正面からぶつかる相手ではない。荏原が競うのはドライ真空ポンプ・CMP・パッケージめっきの3つに絞られ、そのいずれでも市場シェア首位を取ると自ら宣言している。
長期業績の推移 1949〜2025年
荏原製作所:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1996年3月期2025年12月期

第1章 1905-1944 (気が向いたら執筆します!) 井口在屋の渦巻ポンプ理論からゐのくち式機械事務所と荏原製作所の設立

第2章 1945-1974 (気が向いたら執筆します!) 戦災からの生産移管と上場、荏原インフィルコによる水処理事業への進出

第3章 1975-1998 (気が向いたら執筆します!) 海外生産拠点の設立と精密機械工場による半導体向け真空機器への参入

第4章 1999-2012 (気が向いたら執筆します!) Elliott Companyの買収とゴミ処理プラントの最終赤字、談合事件による体制刷新

第5章 2013-2026 (気が向いたら執筆します!) 水処理・環境事業の切り離しとカンパニー制による収益構造の組み替え

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歴史年表 1905〜2025年

荏原製作所の沿革1905〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1905〜1944年井口在屋の渦巻ポンプ理論からゐのくち式機械事務所と荏原製作所の設立井口在屋が渦巻ポンプ理論を発表
ゐのくち式機械事務所を創業
畠山一清荏原製作所を設立
畠山一清羽田工場を新設し本社・工場を移転
1945〜1974年戦災からの生産移管と上場、荏原インフィルコによる水処理事業への進出畠山一清戦災により羽田工場から川崎工場へ生産移管
畠山一清東京証券取引所一部・大阪証券取引所一部に上場
畠山一清荏原インフィルコを設立★★
酒井億尋戦後初の海外事務所をタイ・開設
酒井億尋藤沢工場を新設
1975〜1998年海外生産拠点の設立と精密機械工場による半導体向け真空機器への参入松波直秀初の海外生産拠点を設立
松波直秀袖ヶ浦工場を新設
畠山清二PT. Ebara Indonesiaを設立
畠山清二Ebara International Corporationを設立
畠山清二半導体製造装置分野への参入と、CMP装置の事業化

1985年に社内のコーポレートプロジェクトとして電子事業へ参入し、1987年7月に藤沢工場内へ精密機械工場を建設して半導体産業向け真空機器の生産を開始した経営判断。液体を送るポンプの技術を、気体を扱う真空機器へ振り向ける試みで、1992年には顧客の求めに応じてCMP(化学機械研磨)装置の事業化にまで進んだ。

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★★★
藤村宏幸藤村宏幸氏が社長に就任
藤村宏幸Ebara Italiaを設立
藤村宏幸青島荏原環境設備有限公司を設立
藤村宏幸荏原インフィルコを吸収合併
前田滋前田滋氏が社長に就任
1999〜2012年Elliott Companyの買収とゴミ処理プラントの最終赤字、談合事件による体制刷新前田滋Elliott Companyを完全子会社化★★
依田正稔依田正稔氏が社長に就任
依田正稔主力のポンプ事業に依存しない収益源づくりと、ダイオキシン規制下での環境事業への傾斜

1991年度に始めた中長期経営計画"ACT'95"でポンプ依存からの脱却を掲げ、ごみ焼却と水処理を担う環境事業を第2の柱に据えた経営判断。2000年前後のダイオキシン規制強化で生じた自治体の焼却炉更新需要に対し、実績の乏しい新型のガス化溶融炉で受注を伸ばしにいった。

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★★★
島川文雄島川文雄氏が社長に就任
矢後夏之助公共工事の入札をめぐる摘発と、経営体制の刷新による再発防止

2006年3月、鋼鉄製水門工事とトンネル換気設備工事の入札に関し、独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで公正取引委員会の立入検査を受けた。前年8月に立入検査を受けたし尿処理施設建設工事では公正取引委員会による刑事告発を受け、社員が大阪地方検察庁に逮捕され、法人としても起訴された。 2004年3月30日には東京都が下水道局において発注する下水道ポンプ設備工事の件で、ポンプメーカー13社とともに排除勧告を受けている。公共部門の主要な工事種別で摘発が重なった。

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★★
矢後夏之助矢後夏之助氏が社長に就任
矢後夏之助旧本社・羽田工場を閉鎖しヤマト運輸に売却★★
矢後夏之助水処理事業を荏原エンジニアリングサービスへ統合★★
矢後夏之助水事業子会社の株式の3分の2の譲渡と、3社同持分の共同経営への移行

2010年2月23日の取締役会で三菱商事・日揮との水事業に係る業務上の提携を決議し、3月31日に水事業子会社である荏原エンジニアリングサービスの株式譲渡を完了した経営判断。保有する300万株のうち200万株を両社へ100万株ずつ譲渡し、3社の持株比率を各3分の1とした。譲渡価額は90億円。 前年の2009年に水処理事業と廃棄物処理事業をそれぞれ専業会社へ統合したうえで、水事業だけを外部資本へ開いた。矢後夏之助社長のもとで進めた環境事業の再編である。

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★★★
2013〜2026年水処理・環境事業の切り離しとカンパニー制による収益構造の組み替え前田東一前田東一氏が社長に就任
前田東一監査役会を畳み、執行への権限委任と社外取締役の監督に組み替える機関設計の転換

2015年6月24日開催の第150期定時株主総会をもって、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行した。掲げたのは、取締役会による経営の監督機能の強化と透明性の向上、業務執行権限の拡大と競争力強化、グローバルに理解されやすいコーポレート・ガバナンス体制の構築の三つである。 移行後の取締役会は14名となり、その内訳は独立社外取締役7名(うち女性2名)、執行役を兼務しない社内取締役4名、執行役を兼務する社内取締役3名となった。

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前田東一指名委員会等設置会社へ移行
前田東一羽田工場跡地アスベスト訴訟損失引当金64億円を特別損失計上
浅見正男浅見正男氏が社長に就任
浅見正男IFRSへ移行、営業利益613億円
浅見正男対面市場別5カンパニー制への移行と、成長事業・基盤事業の切り分け

2023年1月、製品別の3カンパニー体制を、対面する市場別の建築・産業/エネルギー/インフラ/環境/精密・電子の5カンパニー体制へ組み替え、翌2月に3か年の中期経営計画E-Plan2025を発表した経営判断。事業セグメントも「風水力」「環境プラント」「精密・電子」の3区分から、同じ5区分へ変更した。 最終年度の2025年度に全社営業利益率10.0%以上・ROIC10.0%以上・ROE15.0%以上を掲げ、期間中の売上収益のCAGRを7%と置いた。2005年以来の事業体制の再編で、浅見正男社長のもとで進めた。

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★★★
浅見正男売上収益8,667億円・営業利益980億円の過去最高
細田修吾細田修吾氏が社長に就任
出典・参考

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