アドバンテストの歴史

Last Updated: | Author: @yusugiura
歴史概要 1954年〜2022年

研究開発型のベンチャー企業として創業。クーデターにより創業者が追放されたが、半導体テスタで順調に業容を拡大

1954
愛知県豊橋市にて「タケダ理研工業株式会社」を設立

政府機関である「通信省電気試験所」に勤務していた武田郁夫(当時30歳)は、日立や三菱などの大企業が出がけない「計測分野」に着目し、研究開発型ベンチャー企業としてタケダ理研工業(現アドバンテスト)を創業した。なお、武田郁夫の祖父は明治時代に豊橋鉄道や発電会社を創業した実業家・武田賢治氏であり、実家からの金銭的な支援もあったものと推察される。

1959
本社及工場を東京都練馬区旭町1-32-1に移転

1972
国産初のICテスタを発売

集積回路(IC)の普及に合わせ、アドバンテストは半導体のテスタ装置に着目。通産省からの補助金をえて、4年の研究を経て1972年に国産初となる集積回路向けのテストシステム「T320」を発売。電卓やカラーテレビに使用される半導体のテスタとして注目を集める。

1975
クーデターにより創業者が退任。富士通と資本提携へ

1973年のオイルショックによって、1975年3月期にアドバンテストは創業後初となる赤字(売上高80億円・最終赤字1億円・有利子負債50億円)に転落。創業者の武田郁夫はコンピューター分野に着目して研究開発投資を行っていたが、メインバンクは財務リスクが高いことや、銀行から派遣されたアドバンテストの常務と武田郁夫のコミュニケーションがうまくいかなかったことも災いし、メインバンクは融資を拒んで創業者の退任を要求する。それでも、武田郁夫はアドバンテストを研究開発型の企業として存続させるために、富士通との提携をアレンジし、社長を退任した。

1983
東京証券取引所第二部に上場

クーデターによる混乱はあったものの、1970年代から1980年代にかけて日本の半導体産業(DRAM)が急成長を遂げ、テスタを手がけるアドバンテストの業績も好転。この結果、1983年にアドバンテストは株式上場を果たす。

1993
アジア市場の重視を宣言

1990年代を通じて、DRAMを中心とした半導体生産の拠点は、日本から韓国・台湾に遷移しつつあった。そこで、アドバンテストはアジア市場を重視する「アジアへ思い切ったパワーシフトを」という方針を掲げ、アジアで販売拠点を充実させる方針を打ち出す。

1996
半導体検査装置で世界シェア約40%

2009
市況悪化により729億円の最終赤字

半導体の市況悪化により、729億円の赤字に転落。だが、2009年3月期時点のアドバンテストは無借金経営のため、財務体質に大きな影響はなく、ダメージを最小限に抑える。

2019
市況好転により過去最高益を達成

台湾・中国・韓国における半導体生産が拡大した結果、アドバンテストの業績も好転。2019年3月期には過去最高の純利益569億円を記録した。