1951年〜 月賦百貨店「緑屋」から流通系カード会社セゾンへの転換
クレディセゾンの業績推移:単体
- 1951年 緑屋を設立
- 1963年 東京証券取引所市場第二部に上場
- 1968年 東京証券取引所市場第一部に指定
- 1970年 西武情報センターを設立
- 1976年 緑屋の西武百貨店との資本提携と西武流通グループ入り 月賦百貨店の頭打ちを前に、創業家はなぜ経営権を手放し堤清二氏の傘下に入ったか
- 1980年 西武クレジットに商号変更、志澤と合併
- 1982年 西武カード発行、セゾンカウンターの全国展開を開始
小売と消費者金融が一体だった月賦百貨店時代
1951年5月、岡本虎二郎が東京で月賦百貨店「株式会社緑屋」を設立した。月賦百貨店は戦後の耐久消費財普及を下支えする業態で、月賦で家電・家具・洋服などを販売し、丸井・丸興・緑屋・キング商会が全国各地で店を構えた。顧客は手形・月賦契約で商品を受け取り、毎月の返済を店頭で支払う仕組みで、小売と消費者金融が一体化した業態である。岡本は1963年に「当社がここまで伸びたのも、いろいろ批判してくれたお客様に育てられたと思っています」(マネービル 1963/07)と30歳前後以下の若年層中心の顧客基盤を説明した。緑屋は1963年7月に東京証券取引所市場第二部に上場、1968年6月には市場第一部に指定され、高度成長期の消費者信用ビジネスの担い手として規模を拡大した。1970年9月には株式会社西武情報センター(現・セゾンテクノロジー)を設立し、カード処理システムを内製化する体制を整えた。 [1][2][3][4][5]
- クレディセゾン 有価証券報告書 第75期(2025年3月期)【沿革】
- [1]1951年5月 岡本虎二郎が月賦百貨店「株式会社緑屋」を東京で設立
- [3]1963年7月 緑屋が東京証券取引所市場第二部に上場
- [4]1968年6月 緑屋が東京証券取引所市場第一部に指定
- [5]1970年9月 株式会社西武情報センター(現・セゾンテクノロジー)を設立
- マネービル(1963年7月)
- [2]緑屋の設立者は岡本虎二郎
1970年代半ば、月賦百貨店という業態はショッピングセンター・総合量販店の台頭に押されて頭打ちに近づいた。岡本は1973年に「三軒茶屋は車が増えたにすぎない」「皆渋谷に行っちゃう」(経営コンサルタント 1973/09)と駅前商業の立地の移り変わりを語り、土地選定と出店戦略を会社の要諦と位置づけた。1976年3月、緑屋は株式会社西武百貨店と資本提携し、セゾングループの傘下に組み込まれた。丸井が月賦百貨店から独自にクレジットカード会社へ転身したのとは対照的に、緑屋は堤清二が率いる西武セゾングループのクレジット・ファイナンス基幹会社という役割を担った。1979年11月にはミドリヤファイナンス株式会社(旧アトリウム)を設立し、不動産ファイナンス事業の源流が形づくられた。月賦百貨店を母体にセゾン流通グループの金融中核という性格の輪郭が見えた。 [6][7]
- クレディセゾン 有価証券報告書 第75期(2025年3月期)【沿革】
- [6]1976年3月 緑屋が株式会社西武百貨店と資本提携しセゾングループ傘下に組み込まれた
- [7]1979年11月 ミドリヤファイナンス株式会社(旧アトリウム)を設立
- クレディセゾン 有価証券報告書 第75期(2025年3月期)【沿革】
- [1]1951年5月 岡本虎二郎が月賦百貨店「株式会社緑屋」を東京で設立
- [3]1963年7月 緑屋が東京証券取引所市場第二部に上場
- [4]1968年6月 緑屋が東京証券取引所市場第一部に指定
- [5]1970年9月 株式会社西武情報センター(現・セゾンテクノロジー)を設立
- [6]1976年3月 緑屋が株式会社西武百貨店と資本提携しセゾングループ傘下に組み込まれた
- [7]1979年11月 ミドリヤファイナンス株式会社(旧アトリウム)を設立
- マネービル(1963年7月)
- [2]緑屋の設立者は岡本虎二郎
セゾンカウンターで業界常識を覆した店頭即時発行
1980年8月、緑屋は株式会社西武クレジットへと商号変更し、同時に株式会社志澤と合併した。月賦百貨店時代の看板を外し、1981年6月にセゾングループのクレジット・ファイナンス基幹会社として再スタートしたことで、会社の主戦場は月賦販売からクレジットカードへと移った。1982年8月には西武カード(現・セゾンカード)の発行を始め、西武百貨店・PARCO・LIBRO・ロフトといったセゾン流通グループの店舗に併設したセゾンカウンターで即時発行するモデルを全国へ広げた。当時のカード会員募集は郵送による審査・郵送による発行が一般的で、申込から手元に届くまで数週間を要するのが業界の常識であり、百貨店・流通各社の発行するハウスカードもおおむね同じ運用だった。 [8][9][10]
- クレディセゾン 有価証券報告書 第75期(2025年3月期)【沿革】
- [8]1980年8月 緑屋が株式会社西武クレジットへ商号変更し株式会社志澤と合併
- [9]1981年6月 セゾングループのクレジット・ファイナンス基幹会社としてスタート
- [10]1982年8月 西武カード(現・セゾンカード)の発行を開始
セゾンカウンターはこの常識を覆した。駅や店舗に併設した拠点でその場で審査し、カードを即時発行するモデルは業界で異例の手法であり、流通系カードとしての会員基盤を短期で広げる仕組みとして働いた。西武百貨店・PARCOといったセゾングループ店舗の来店客を、その流れのままカード会員へ取り込む導線が定着し、1984年2月には株式会社西武抵当証券(現・セゾンファンデックス)を設立して不動産担保ローン事業にも進出した。月賦百貨店から始まった会社は、この数年で流通密着型カード会社という独自のポジションを自前の仕組みで築いた。ハウスカードを配るだけの流通系の立ち位置を抜け出し、発行スピードと店頭導線を武器にする新しい型のカード会社の輪郭が、ここで固まった。 [11]
- クレディセゾン 有価証券報告書 第75期(2025年3月期)【沿革】
- [11]1984年2月 株式会社西武抵当証券(現・セゾンファンデックス)を設立し不動産担保ローン事業に進出
- クレディセゾン 有価証券報告書 第75期(2025年3月期)【沿革】
- [8]1980年8月 緑屋が株式会社西武クレジットへ商号変更し株式会社志澤と合併
- [9]1981年6月 セゾングループのクレジット・ファイナンス基幹会社としてスタート
- [10]1982年8月 西武カード(現・セゾンカード)の発行を開始
- [11]1984年2月 株式会社西武抵当証券(現・セゾンファンデックス)を設立し不動産担保ローン事業に進出