アサヒグループHDの歴史

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沿革

1949年に大日本麦酒が二社に分割され、その一方を引き継いで発足した朝日麦酒が起源。

1987年発売のスーパードライでビールの味そのものを変え、1998年に45年ぶりに国内首位へ戻った。欧州と豪州のビール事業を買収で取得し、売上収益の56%を海外が占める。

1949年1954年1989年2006年/2009年2011年/2012年2017年/2020年2026年朝日麦酒1949年朝日麦酒が発足株式上場1949年上場ニッカウヰスキー1954年資本参加アサヒビール1989年商号変更和光堂2006年買収SCHWEPPES飲料2009年買収・飲料事業アサヒグループHD2011年商号変更・持株会社カルピス2012年買収中東欧事業2017年旧SABMillerから取得AB InBev豪州事業2020年買収決断
アサヒグループHD
歴代社長と長期業績(敬称略)
2025年12月期
連結
売上収益
28,947億円
売上高純利益率
4.2%
樋口瀬戸荻田泉谷小路勝木
売上高891億円売上高1,456億円売上高2,363億円売上高10,879億円売上高14,300億円売上高18,574億円売上収益28,947億円純利益率1%純利益率0.6%純利益率0.6%純利益率2.8%純利益率4.1%純利益率4.2%1960/121965/121970/121975/121980/121985/121990/121995/122000/122005/122010/122015/122020/122025/122030/12
  1. 朝日麦酒を発足[2]
  2. 東京証券取引所に株式上場[2]
  3. 大阪証券取引所に上場[2]
  4. 名古屋証券取引所に上場[2]
  5. バヤリース・オレンヂジュース等の国内一手販売契約[3]
  6. ニッカウヰスキーに資本参加[2]
  7. 亀戸に年産20万石の新工場を計画し認可[3]
  8. 柏工場を新設(飲料専門工場)
  9. 大森工場を新設[2]
  10. 国内ビール市場でシェア3位に低迷
  11. 北海道朝日麦酒を共同出資で設立[2]
  12. 名古屋工場の新設[2]
  13. 福島工場の新設[2]
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
アサヒグループHD1981年12月期売上高1,984億円売上高経常利益率1.7%
歴史詳細を読む朝日麦酒の発足と国内ビールシェア3位

筆者所見

朝日麦酒のシェア低下には、消費の場の移動と並んで、自らの販路を競合へ差し出した判断が重なっている。山本為三郎社長は大阪財界の要望を受け、系列の問屋をサントリーに開放した[1]。ビール各社が自社系列の問屋で販売する構造のもとでは、問屋の開放は競合に販売網を貸すことに等しい。結果としてアサヒとサントリーの合計がサッポロ並みにとどまり、その間に伸びたのはキリンだけだった[1]。財界の調整役を担った経営者の度量は、自社の地盤を侵食させる代償を伴った。

  1. [1]中部財界 1987年 社長対談「アサヒビール樋口廣太郎社長に聞く――味とラベルで業界に先制パンチ!」
  1. 村井勉氏が社長就任
  2. エビオス薬品工業を合併[2]
  3. 経営理念を制定[5]
  4. 樋口廣太郎氏が社長就任[6]
  5. 「スーパードライ」発売[7]
  6. ラガービールの製造中止を発表[8]
  7. アサヒビール飲料製造を設立[2]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
アサヒグループHD1988年12月期売上高5,448億円売上高当期純利益率0.9%
就任年社長氏名役職名
歴史詳細を読む住友銀行の経営支援とアサヒスーパードライの発売

筆者所見

1982年からの再建で最初の標的になったのは、味の評価より先に、酒販店の棚だった。シェアが10%を割ると、10軒のうち5〜6軒の店頭から商品が消える[4]。樋口廣太郎氏は古いビールを値引きせず買い上げて廃棄する、業界初の措置を採った[4]。鮮度を自社の負担で保証して酒販店に新製品を扱う動機を与え、スーパードライに先立って棚を確保する布石となった。村井勉氏が社風と教育から着手した刷新と合わせ、再建は商品より先に売り場と組織の側から始まっていた。

  1. [4]日経ビジネス 1988年2月15日号 編集長インタビュー 樋口廣太郎氏「シェアの壁はドライに破る 新商品で会社の味も変えました」
安定成長期

1989年〜アサヒビールへの改称と茨城・四国工場による生産網の拡大

  1. アサヒビールに商号変更[2]
  2. 明石工場を新設(飲料専門工場)[2]
  3. 茨城工場を新設[2]
  4. アサヒビール食品を設立[2]
  5. 子会社を新設
  6. 杭州西湖啤酒朝日他へ資本参加[2]
  7. アサヒビール薬品を設立[2]
  8. 北海道アサヒビールを合併[2]
  9. 伊藤忠と共同で中国企業2社の経営権を取得[2]
  10. 飲料事業をアサヒビール飲料に営業譲渡[2]
  11. アサヒビール研究開発センターが完成[2]
  12. Asahi Beer U.S.A.を設立[2]
  13. 四国工場を新設[2]
  14. 深圳青島啤酒朝日を開業[2]
  15. アサヒ飲料が東京証券取引所市場第一部に上場[2]
  16. ニッカウヰスキーから営業譲受[2]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
アサヒグループHD2001年12月期売上高14,333億円売上高当期純利益率0.9%

筆者所見

スーパードライの成功を一過性の流行で終わらせなかったのは、需要に先回りした工場の配置だった。1991年に茨城工場、1998年に四国工場を新設した[2]。1988年に品切れで詫び状を出した経験が、生産能力を販売の制約にしない投資判断へ直結したと言える。並行して1994年から中国のビール会社への資本参加を重ね、1999年には深圳青島啤酒朝日を開業した[2]。国内の生産網と中国の拠点という二つの柱は、いずれもビールへの集中を一段と強める打ち手であった。

  1. [2]有価証券報告書(2025年3月27日)
成熟期

2002年〜協和発酵・旭化成の酒類取得とカルピス買収による多角化

  1. 神奈川工場を新設(大森工場を閉鎖)
  2. 食品・薬品の2社を合併しアサヒフードアンドヘルスケアを設立[2]
  3. 協和発酵・旭化成から酒類事業を取得[2]
  4. オリオンビールでスーパードライのライセンス生産開始[2]
  5. 名古屋証券取引所の上場を廃止[2]
  6. 1単元の株式数を1,000株から100株に変更[2]
  7. 康師傅と飲料事業の合弁会社を設立[2]
  8. 北京啤酒朝日の新工場(グリーン北京工場)が竣工[2]
  9. ヘテ飲料を連結子会社化[2]
  10. サンウエルの株式を取得[2]
  11. エルビー(東京)の株式を取得[2]
  12. エルビー(名古屋)の株式を取得[2]
  13. 和光堂を買収[2]
  14. 朝日飲料を完全子会社化(親子上場の解消)[2]
  15. 天野実業の株式を取得[2]
  16. SCHWEPPES HD飲料事業を買収[2]
  17. 青島啤酒の発行済株式の19.99%を取得[2]
  18. エルビー(東京)がエルビー(名古屋)を吸収合併[2]
  19. ヘテ飲料の株式を譲渡[2]
  20. 商号をアサヒグループHDに変更[2]
  21. Charlie's Group他5社の株式を取得[2]
  22. P&N Beverages Australia他1社の株式を取得[2]
  23. Flavoured Beverages Group Holdings他14社の株式を取得[2]
  24. 杭州西湖啤酒朝日等の出資持分を譲渡[2]
  25. Permanis他9社の株式を取得[2]
  26. インドネシアで飲料2社を設立[2]
  27. カルピスを買収[2]
  28. PT Prima Cahaya Indobeveragesの株式を取得[2]
  29. Asahi Loi Heinを設立[2]
  30. Etika Dairies他15社の株式を取得[2]
  31. なだ万他3社の株式を取得[2]
  32. エノテカ他4社の株式を取得[2]
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 売上原価
  • 販管費
  • 営業利益
  • 経常利益率
アサヒグループHD2015年12月期売上高18,574億円売上高経常利益率7.9%

筆者所見

2002年からの14年間で、アサヒは自社で育てるより、買って揃える会社へ姿を変えた。協和発酵・旭化成の酒類事業に続き、和光堂、カルピスを相次いで取得した[2]。ビール一本に偏った収益構造を、他社が育てた酒類・食品・飲料の既存ブランドで補う発想である。2011年に商号をアサヒグループホールディングスへ改め、同年に豪州の飲料会社の株式を取得した[2]。豪州に先に築いた飲料の足場は、のちの豪CUBの取得へ連なる伏線となった。

  1. [2]有価証券報告書(2025年3月27日)
安定成長期

2016年〜旧SABMiller欧州事業とAB InBev豪州事業の買収によるグローバル展開

  1. 食品3事業をアサヒグループ食品に集約[2]
  2. Peroni・Grolsch取得
  3. SABMiller中東欧買収[2]
  4. エルビーの株式を譲渡[2]
  5. 康師傅飲品の株式を譲渡[2]
  6. 青島ビールの譲渡(中国事業の縮小)[10]
  7. Fuller's Beer Company(現Asahi UK Holdings)他3社の株式を取得[2]
  8. 豪CUBの取得[9]
  9. アサヒグループジャパンを設立[2]
  10. アサヒグループジャパンが国内事業の事業管理を承継[2]
  11. 新九州工場の新設計画(鳥栖工場)
  12. 国内2工場を閉鎖(神奈川工場・四国工場)[11]
  13. なだ万の株式を譲渡[2]
  14. 普通株式1株を3株に分割[2]
  15. システム障害により決算発表を延期[12]
  16. Diageo Kenya等2社の取得を決定[13]
  17. 東アフリカEABLの取得
売上高営業利益率
  • 売上高
  • 売上原価
  • 販管費
  • その他費用
  • 営業利益
  • 営業利益率
アサヒグループHD2025年12月期売上高28,947億円売上高営業利益率6.4%

筆者所見

2016年以降の海外展開を支えたのは、世界の大手同士の統合が生んだ売却案件だった。旧SABMillerの中東欧事業を2017年に、AB InBevの豪州事業を2020年に取得した[2][9]。西欧ブランドの取得から豪CUBの取得まで、統合で売却対象となった事業を待ち受けて取得する手法が一貫している。2017年からは康師傅飲品と青島ビールの株式を譲渡した[2][10]。中国を離れ欧州・豪州の高収益ブランドへ移った選択は、規模より利益率を優先した表れである。

  1. [2]有価証券報告書(2025年3月27日)
  2. [9]有価証券報告書 第97期(2021年3月26日)
  3. [10]有価証券報告書
出典・参考13件
出典・参考
  • [1]中部財界 1987年 社長対談「アサヒビール樋口廣太郎社長に聞く――味とラベルで業界に先制パンチ!」
  • [2]有価証券報告書(2025年3月27日)
  • [3]『会社銀行八十年史』第2篇 日本会社史「朝日麦酒」(1955年)
  • [4]日経ビジネス 1988年2月15日号 編集長インタビュー 樋口廣太郎氏「シェアの壁はドライに破る 新商品で会社の味も変えました」
  • [5]野田経済 トップインタビュー「アサヒビールはグループの機関車になれ」村井勉氏(1982年12月)
  • [6]日経ビジネス「経営者は学校の先生じゃない」(新社長登場・延命直松氏)(1976年5月24日)
  • [7]日経ビジネス「アサヒビール ヒット支える攻めの物流」(1987年7月20日)
  • [8]ポケット社史「初めての味、最高の品質で快進撃(アサヒビール)」(1990年8月)
  • [9]有価証券報告書 第97期(2021年3月26日)
  • [10]有価証券報告書
  • [11]会社IR「2021年12月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」(2022年2月15日)
  • [12]会社IR「2026年12月期 Q1事業進捗説明資料」(2026年)
  • [13]臨時報告書

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