創業地東京都赤坂区溜池
創業年1944
上場年1961
創業者※関東配電+協立興業社ほか7社統合
1944年〜 戦時統制下の設立と東京電力エリア電気工事会社としての確立
1944 関東電気工事株式会社を設立、東京都赤坂区溜池2番地、資本金300万円、神奈川・埼玉・千葉・群馬・栃木・茨城・山梨・沼津の8支店設置、営業開始
1961 東京証券取引所市場第二部に上場
1970 信越支社設置・土木工事の営業開始・東京証券取引所市場第一部に指定
1970 空調管工事(現環境設備工事)の営業開始
1979 原子力関連工事の営業開始
1981 シンガポール支社設置
1971年3月期 単体
売上高 605億円
純利益 14億円
純利益率 2.4%
1984年3月期 単体
売上高 2,451億円
純利益 52億円
純利益率 2.1%

1944年9月、戦時統制下の「電気工事業整備要綱」のもとで㈱協立興業社ほか7社が統合され、関東配電(戦後の東京電力の前身)が参加して、資本金300万円の関東電気工事株式会社が設立された。設立と同時に関東1都7県へ8支店を開き、東京電力エリアの送配電工事を担う体制で営業を開始した。1961年10月に東京証券取引所市場第二部へ上場し、資本金は3億5千万円となった。1970年には東証一部へ指定され、土木・空調管工事へ業容を広げた。1979年7月には東京電力の原子力発電所建設に合わせ、原子力関連工事の営業を始めた。電気工事専業から総合設備工事業者へと姿を変えた40年の到達点として、1984年9月、社名を関東電気工事から株式会社関電工へ改めた

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1985年〜 関電工としての多角化と東京電力依存構造の固定化
1993 つくば技術研究所(現技術研究所)設置
1997 ㈱茨城ケイテクノ・栃木ケイテクノ・群馬ケイテクノ・山梨ケイテクノ・静岡ケイテクノを設立
1998 ㈱神奈川ケイテクノ・千葉ケイテクノ・埼玉ケイテクノを設立
2003 阪急電気工事㈱(現㈱阪電工)に資本参加
2004 ㈱TLC(現㈱タワーライン・ソリューション)に資本参加
2008 川崎設備工業㈱に資本参加(名古屋証券取引所市場第二部上場)
1985年3月期 単体
売上高 2,766億円
純利益 53億円
純利益率 1.9%
2011年3月期 連結
売上高 4,625億円
純利益 59億円
純利益率 1.3%

1984年の関電工改称後、同社は東京電力の安定発注を背景に事業領域を広げた。1985年5月、第1回無担保転換社債100億円を発行し、銀行借入依存から直接金融へ資金調達を移した。1988年12月には本社を東京都港区芝浦4丁目8番33号(現在地)に移転した。1990年代に名古屋・九州支店を置き、1997〜1998年に東京電力エリア各県へ施工子会社「ケイテクノ」9社を配置して地域別の受注体制を組み立てた。2003年に阪急電気工事、2004年に㈱TLC、2008年に川崎設備工業へ資本参加し、エリア外の同業を子会社化して売上規模を広げた。2011年3月の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故は、東京電力46.4%株主のもとで廃炉・復旧・再エネ需要を呼び込んだ。

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2012年〜 発電事業者への業態転換とグリーンイノベーションカンパニーへの再定義
2012 銚子風力開発㈱に資本参加(発電事業の開始)
2013 嘉麻太陽光発電㈱を設立
2015 前橋バイオマス発電㈱を設立
2015 福島本部設置
2016 佐藤建設工業㈱に資本参加
2016 2021年満期ユーロ円建取得条項付転換社債型新株予約権付社債200億円の発行
2012年3月期 連結
売上高 4,418億円
純利益 19億円
純利益率 0.4%
2024年3月期 連結
売上高 5,984億円
純利益 273億円
純利益率 4.6%

3.11後のエネルギー政策転換を受け、関電工は施工請負業から発電事業者へ転じた。2012年10月、銚子風力開発㈱に資本参加して発電事業を始め、太陽光・バイオマスを加えた再生可能エネルギー3領域へ広げた。2015年7月には福島原子力事故からの復興工事を担う福島本部を設置した。2016年3月にはユーロ円建転換社債200億円を発行し、2022年4月に東京証券取引所のプライム市場へ移行した。震災復興と再エネ工事の拡大で2025年3月期は連結売上高6,718億円・純利益423億円と過去最高益を更新した。2025年公表の中期経営計画「Milestone2030」は2030年度売上高8,000億円を掲げ、発電事業者への業態転換を創立100周年への課題として残した

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決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く

Q なぜ1944年に発注者である電力会社が自ら出資して関東電気工事をつくったのか
A 戦時下では電気工事の人員と資材を分散したまま放置できず、政府は施工力を一社に束ねる必要があった。1944年9月、「電気工事業整備要綱」に基づき協立興業社ほか7社が統合され、これに送電を担う関東配電(戦後の東京電力)が参加して関東電気工事が設立された。発注者が施工会社の株主を兼ねる関係はここで生まれ、関電工は親会社の発注に乗って送配電工事を継続受注する出自を得た。創業から80年後の2024年も東京電力グループが46.4%を握る筆頭株主であり続け、この資本構造が現代まで残る
Q なぜ2012年に施工を請け負う会社が発電事業に進出したのか
A 工事は請け負うたびに収入が一度で終わり、いくら受注しても継続収入が積み上がらない請負業の限界があった。2011年3月の東日本大震災後、2012年7月の固定価格買取制度施行で再生可能エネルギーの採算が見込めるようになると、関電工は同年10月に銚子風力開発へ資本参加し、自ら施工した設備を売り渡さずに所有・運営して発電収入を得る発電事業へ進んだ。2013年に嘉麻太陽光発電、2015年に前橋バイオマス発電を設立し、風力・太陽光・バイオマスの3領域へ広げた。東京電力との請負関係は保ったまま、稼ぎ方を一過性の工事収入から継続収入へ加えた決断である。
Q なぜ2025年に「グリーンイノベーションカンパニー」への業態転換を中期計画に掲げたのか
A 発電事業に進んだものの利益の大半はなお電気工事の請負が生み、脱炭素需要を新たな収益の柱に育てなければ請負一本の限界は消えなかった。2025年、関電工は再エネ発電・蓄電池・EV充電をグリーンイノベーション本部に集約し、中期計画「Milestone2030」で2030年度に売上高8,000億円・営業利益600億円、温室効果ガスを2020年度比50%削減する目標を掲げ、2044年の創立100周年に「グリーンイノベーションカンパニー」を名乗る到達点に置いた。2025年3月期は売上高6,718億円・純利益423億円と過去最高益で、好業績のうちに新領域へ投資を振り向ける判断である

出典・参考文献

歴史概要

  • 関電工 有価証券報告書【沿革】
    • [1] 1944年9月、電気工事業整備要綱に基づき㈱協立興業社ほか7社が統合し、関東配電が参加して資本金300万円の関東電気工事株式会社を設立した
    • [2] 1961年10月 東京証券取引所市場第二部に上場、資本金3億5千万円
    • [3] 1979年7月 原子力関連工事の営業を開始した
    • [4] 1984年9月 社名を関東電気工事から株式会社関電工へ変更した
    • [5] 1985年5月 第1回無担保転換社債100億円を発行した
    • [6] 1988年12月 本社を東京都港区芝浦4丁目8番33号(現在地)に移転した
    • [7] 1997〜1998年 東京電力エリア各県に施工子会社ケイテクノ9社を配置した
    • [8] 2003年に阪急電気工事㈱・2004年に㈱TLC・2008年に川崎設備工業㈱へ資本参加した
    • [9] 2012年10月 銚子風力開発㈱に資本参加し発電事業を開始(以後 太陽光・バイオマスへ展開)
    • [10] 2015年7月 福島本部を設置した
    • [11] 2016年3月 ユーロ円建転換社債200億円を発行し、2022年4月にプライム市場へ移行した
  • 関電工 中期経営計画(Milestone2030, 2025年)
    • [12] 中期経営計画Milestone2030は2030年度売上高8,000億円・2044年創立100周年を掲げる

決断の理由

  • 関電工 有価証券報告書【沿革】
    • [1] 1944年9月、電気工事業整備要綱に基づき協立興業社ほか7社が統合、関東配電が参加して関東電気工事を設立
    • [3] 2012年7月 固定価格買取制度(FIT)施行
    • [4] 2012年10月 銚子風力開発㈱に資本参加し発電事業を開始
    • [5] 2013年3月 嘉麻太陽光発電㈱設立、2015年6月 前橋バイオマス発電㈱設立で再エネ3領域に展開
  • 関電工 有価証券報告書
    • [2] 2024年時点で東京電力グループが46.4%の株式を保有する筆頭株主
    • [7] 2025年3月期(FY24)連結売上高6,718億円・純利益423億円で過去最高益
  • 関電工 中期経営計画(Milestone2030, 2025年)
    • [6] Milestone2030は2030年度に売上高8,000億円・営業利益600億円、温室効果ガス2020年度比50%削減、2044年創立100周年に「グリーンイノベーションカンパニー」