ブラザー工業の歴史
沿革
1908年に安井兼吉氏が名古屋で始めたミシンの修理と部品製造が起源。
1932年に家庭用ミシンを国産化し、1992年に米国へ投入したファクスFAX-600で米国シェア首位を確保した。2026年3月期の売上収益8,934億円の大半をプリンターなど事務機が占める。
創業期
1908年〜安井ミシン商会の創設とBROTHER商標のミシン国産化
- 安井ミシン商会を創設[1]
- 商号を安井ミシン兄弟商会に変更[1]
- 昭三式ミシン(麦わら帽子製造用環縫ミシン)の販売を開始しBROTHERを商標化[1]
- 家庭用ミシンの国産化に成功[1]
- 日本ミシン製造(後のブラザー工業)を設立[1]
- 工業用本縫ミシンの製造を開始[1]
- 国内販売会社ブラザーミシン販売(後のブラザー販売)を設立[1]
- 家庭用直線ミシンを上海向けに200台輸出[1]
- 安井正義社長がアメリカを50日間視察[2]
- 職業用編機KT1-B1の生産開始[2]
- 輸出機関としてブラザーインターナショナルを設立[3]
- 家庭用編機・電気洗濯機の生産を開始[1]
- ブラザーインターナショナルコーポレーション(U.S.A.)を設立[1]
- 扇風機の生産開始[2]
- 冷蔵庫の生産開始[2]
- 80ccオートバイ「ダーリン号」を国内発売[2]
転換期
1958年〜三証券取引所上場と情報機器への主力交代
- アイルランドにブラザーインターナショナルヨーロッパを設立[1]
- カナダに販売会社のブラザーインターナショナル(カナダ)を設立[2]
- ミシン輸出累計100万台を突破[1]
- 欧文ポータブルタイプライターの生産を開始[1]
- フランスに販売会社のブラザーフランスを設立[2]
- 社名をブラザー工業に変更[1]
- 工作機械分野に参入[1]
- 東京・名古屋・大阪の三証券取引所に株式を上場[1]
- ドイツに販売会社のブラザーインターナショナル(ドイツ)を設立[2]
- コンパクト電動タイプライターを米国向けに輸出開始[1]
- 電子卓上計算機の生産開始[1]
- セントロニクス社と共同開発した高速ドットプリンターの出荷を開始[4]
- ブラザーインダストリーズを設立[1]
- 家庭用ミシン製造会社台弟工業を設立[1]
- 家庭用コンピューターミシンの生産開始[1]
- リニアモーター機構搭載の電子タイプライターの生産開始[1]
- 世界最小のフルキーボード付き電子パーソナルプリンターの生産開始[1]
- 国産初の個人向け日本語ワードプロセッサーの生産開始[1]
- 英国にタイプライターの製造会社ブラザーインダストリーズ(U.K.)を設立[1]
- CNCタッピングセンターの販売開始[1]
- 米国にタイプライターの製造会社ブラザーインダストリーズ(U.S.A.)を設立[1]
- 感熱ファクスのOEM供給を開始[1]
- 自社製コントローラー搭載モノクロレーザープリンターの生産開始[1]
- 熱転写技術を応用したラベルライターの販売開始[1]
転換期
1989年〜安井義博の21世紀委員会によるレーザー複合機・通信カラオケへの集中
- マレーシアに製造会社を設立し情報機器部品の生産開始[2]
- プリンターへの事業転換[5]
- コンピューター刺しゅう機付きミシンの販売開始[1]
- 中国に家庭用ミシンの製造会社の珠海兄弟工業を設立[1]
- 通信カラオケ事業に参入[1]
- 米国で価格・機能を差別化した感熱ファクスの販売開始[1]
- 業界初のISDN回線を利用した通信カラオケの販売開始[1]
- 中国に工業用ミシンの合弁製造会社の西安兄弟標準工業を設立[1]
- 香港に部品調達を目的として兄弟亞洲を設立[2]
- マレーシアに製造会社のブラザーインダストリーズジョホールを設立[2]
- 自社製エンジン搭載モノクロレーザープリンターの生産開始[1]
- ファクス・プリンター・コピー・スキャナー機能を持つ小型レーザー複合機の生産開始[4]
- 中国の布吉南嶺兄弟亞洲製造廠でレーザープリンターの委託生産開始[1]
- 中期戦略「CS B2000」を策定[1]
- 自社製インクジェットヘッド搭載カラーインクジェット複合機の販売開始[1]
- 「ブラザーグループ グローバル憲章」を制定[1]
- ブラザー販売を100%子会社化[1]
- 中期戦略「CS B2002」を策定し社内カンパニー制・執行役員制・社外取締役を導入[4]
- 中国に工業用ミシンの製造会社の兄弟ミシン(西安)を設立[1]
- 「ブラザーグループ環境方針」を策定[1]
- 「ブラザーグループ グリーン調達基準書」を発行[1]
- 長期ビジョン「グローバルビジョン21」を策定[1]
- 中期戦略「CS B2005」を策定[1]
- 中国に販売会社の兄弟(中国)商業を設立[1]
- プリンターのインクジェット技術応用ガーメントプリンターの販売開始[1]
成熟期
2006年〜ドミノ・ニッセイの買収とローランドDGへの対抗TOBの断念
- 中期戦略「CS B2008」を策定[1]
- レーザープリンター生産委託を自社運営に転換し兄弟高科技(深圳)を設立[4]
- 株式の所属業種を「機械」から「電気機器」に変更[1]
- 自社製カラーレーザーエンジン搭載カラーレーザープリンター・複合機の販売開始[1]
- 内部監査部を設立[1]
- 中期戦略「CS B2012」を策定[1]
- 「調達方針」と「CSR調達基準」を策定[1]
- HOYAからモバイルプリンター事業を譲受[1]
- エクシングがBMBを買収し子会社化[4]
- 中国に工業用ミシン・工作機械の販売会社の兄弟機械商業(上海)を設立[1]
- エクシングとBMBが合併[1]
- 大阪証券取引所市場第一部の上場を廃止[1]
- 中期戦略「CS B2015」を策定[1]
- ベトナムに家庭用ミシンの製造会社のブラザーインダストリーズ(サイゴン)を設立[1]
- 小型・軽量のモバイルスキャナーの販売開始[1]
- 「ブラザーグループ社会的責任に関する基本原則」を制定[1]
- 株式公開買付でニッセイを子会社化[1]
- ベトナムに工業用ミシンの製造会社のブラザーマシナリー(ベトナム)を設立[1]
- エクシングがテイチクエンタテインメントを子会社化[4]
- ドミノプリンティングサイエンスを子会社化[3]
- 取締役会の諮問機関として指名委員会と報酬委員会を設置[1]
- 「コーポレートガバナンスの基本方針」を制定[1]
- 中国に製造会社のドミノプリンティングテクノロジー(常熟)を設立[1]
- 中期戦略「CS B2018」を策定[1]
- 兄弟高科技(深圳)に兄弟工業(深圳)を合併[1]
- 中期戦略「CS B2021」を策定[1]
- コーンズテクノロジーから国内ドミノ事業を譲受[4]
- 株式公開買付でニッセイを完全子会社化[1]
- ブラザーグループビジョン「At your side 2030」を始動[1]
- 東京証券取引所プライム市場へ移行[1]
- 中期戦略「CS B2024」を策定[1]
- ローランドDGへのTOB断念
- ドミノ事業ののれん減損損失を計上[6]
- ブラザーマシナリーで工作機械の生産を開始[1]
- 中期戦略「CS B2027」を策定[1]
- カラオケ店舗事業等を運営するスタンダードを事業譲渡[1]
- MUTOHホールディングスを子会社化[6]
- 監査等委員会設置会社へ移行