TOYOTIRE の歴史

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創業 1945年
母体 東洋ゴム化工+平野護謨製造所合併
創業地 大阪府大阪市
創業 1945年8月1日、東洋紡績が育成した東洋ゴム化工と、株式会社平野護謨製造所が合
1945年8月1日、東洋紡績が育成した東洋ゴム化工と、株式会社平野護謨製造所が合併し、大阪市に東洋ゴム工業が発足した。終戦の2週間前である。設立当初の主力はゴムベルト・ホース・履物などの工業用ゴム製品で、自動車タイヤは事業の一部にすぎない。1949年4月に大阪証券取引所へ株式を初公開し、1953年7月には、乗用車保有が約11万台の段階で兵庫県伊丹市に伊丹工場を開設してタイヤの本格生産に入った。1955年5月には東京証券取引所へ上場している。社名にゴム工業を冠したまま、タイヤ・化成品・履物・工業用品を並走させる形は、2019年の商号変更まで続いた。
決断 規模で並べない相手には、先に出るか、相手を株主に迎えるかで応じてきた。1966年
規模で並べない相手には、先に出るか、相手を株主に迎えるかで応じてきた。1966年7月、ブリヂストン横浜ゴムも海外販社を持たない段階で米国にToyo Tire (U.S.A.) Corp.を設立し、2004年6月にはジョージア州へ生産子会社を設立して現地生産へ進む。2015年3月に免震ゴムの性能データ改ざんを公表して信用を失うと、2018年11月には三菱商事を筆頭株主に迎える資本業務提携を締結し、翌2019年1月に商号をTOYO TIREへ改めた。2019年10月にはセルビアへタイヤ生産子会社を設立し、2024年12月には同地へ欧州の販売機能を集約している。先行と提携を交互に使ったことが、数量ではなく大口径という1つの寸法で採算を取る会社を設立した。
現況 利益のほぼ全てを、タイヤ事業が単独で生んでいる。2025年12月期の売上高5,9
利益のほぼ全てを、タイヤ事業が単独で生んでいる。2025年12月期の売上高5,949億円のうちタイヤ事業が5,477億円で92%を占め、自動車部品事業は472億円にとどまる。セグメント利益ではその差がさらに開き、955億円に対して18億円である。営業利益973億円は前期の940億円を上回って過去最高を更新し、売上高営業利益率は16.4%に達した。一方で純利益は748億円から636億円へ減っている。中期経営計画'21が掲げた、数量ではなく付加価値の高い商品の比率を上げる方針のもとで、北米のSUV・ピックアップ向け大口径タイヤを重点商品と定めている。1つの区画へ商品を寄せたことが、この利益率を作り、同時に次期計画で解くべき集中を残した。
競合 同じタイヤでも、全寸法を揃える会社と、一部の寸法だけを取る会社に分かれる。ブリヂ
同じタイヤでも、全寸法を揃える会社と、一部の寸法だけを取る会社に分かれる。ブリヂストン住友ゴム工業横浜ゴムが世界のフルラインを並べるのに対し、TOYO TIREは北米のSUV・ピックアップ向け大口径という区画へ商品を絞った。2008年に結んだ業界首位ブリヂストンとの業務・資本提携では、技術・調達・生産・物流を分け合う一方、株式の持ち合いは非対称にとどめている。2015年12月時点で7.86%あったブリヂストンの持分はその後減り、2019年からは三菱商事が筆頭株主として販路と原材料調達を担う。数量で並べない規模のまま利幅の厚い寸法だけを押さえたことが、順位を上げずに利益率を上げる端緒となった。
長期業績の推移 1949〜2025年
TOYOTIRE:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2025年12月期

第1章 1945-1965 (気が向いたら執筆します!) 東洋ゴム化工と平野護謨製造所の合併による東洋ゴム工業の発足と上場

第2章 1966-1995 (気が向いたら執筆します!) 米国・欧州販売会社の設立と日東タイヤ提携、台湾合弁と自動車部品

第3章 1996-2007 (気が向いたら執筆します!) 菱東タイヤの合併と伊丹工場の閉鎖、北米でのタイヤ生産

第4章 2008-2026 (気が向いたら執筆します!) ブリヂストン提携と三菱商事との資本提携、TOYO TIREへの改称とセルビア工場

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歴史年表 1945〜2024年

TOYOTIREの沿革1945〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1945〜1965年東洋ゴム化工と平野護謨製造所の合併による東洋ゴム工業の発足と上場ゴム二社が一つとなり、東洋ゴム化工から東洋ゴム工業へと改まった出発点

1945年8月1日、東洋紡績がゴム工業発展のために設立し強化育成した東洋ゴム化工と、株式会社平野護謨製造所が合併し、東洋ゴム工業株式会社が発足した。終戦の2週間前にあたる。両社とも大空襲で主力工場に壊滅的な被害を受けており、それぞれ単独で再建する代わりに1社へまとまって再起する選択であった。

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★★★
伊丹工場を開設
東京証券取引所に上場
中央研究所を開設
1966〜1995年米国・欧州販売会社の設立と日東タイヤ提携、台湾合弁と自動車部品「Toyo Tire (U.S.A.) Corp.」を設立
バキュラグ社に資本参加
販売会社「Toyo Reifen GmbH」を設立
日東タイヤと業務全般で提携
自動車部品技術センターを開設
台湾・正新橡膠工業と合弁で「洋新工業」を設立
1996〜2007年菱東タイヤの合併と伊丹工場の閉鎖、北米でのタイヤ生産菱東タイヤを吸収合併★★
伊丹工場の生産部門を桑名工場へ統合し伊丹工場を閉鎖★★
片岡善雄中国・販売会社を設立
片岡善雄自動車タイヤ生産子会社「Toyo Tire North America」を設立★★
片岡善雄防振ゴム製品生産子会社を設立
片岡善雄国内のタイヤ販売会社10社とゴム化工品販売会社2社を統合
2008〜2026年ブリヂストン提携と三菱商事との資本提携、TOYO TIREへの改称とセルビア工場中倉健二業界首位を相手にした業務提携と、対等ではない株式の持ち合い

2008年5月16日、東洋ゴム工業とブリヂストンが業務提携及び資本提携に関する基本合意書を締結した。東洋ゴムは第三者割当で新株2,000万株(増資後の発行済株式総数の8.72%)をブリヂストンに割り当て、ブリヂストンは自己株式390万株(同0.48%)を東洋ゴムに割り当て処分する。中倉健二社長のもとで結ばれた、国内4位と世界首位の持ち合いである。

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★★★
中倉健二自動車タイヤ生産子会社を設立
中倉健二中国・山東省の自動車タイヤ製造・販売会社を子会社化★★
清水隆史総合商社を筆頭株主に迎える資本の受け入れと、TOYO TIREへの改称

2018年11月1日、東洋ゴム工業は三菱商事との資本業務提携契約を締結し、三菱商事を割当先とする第三者割当増資を決議した。新株26,931,956株を1株1,890円で発行し、払込金額の総額は約509億円、三菱商事の持株比率は3.05%から20.00%となる。2か月後の2019年1月1日、商号を"TOYO TIRE株式会社"へ改めた。清水隆史社長のもとでの判断である。

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清水隆史「TOYO TIRE」に商号変更
清水隆史セルビア共和国に自動車タイヤ生産子会社「Toyo Tire Serbia」を設立
清水隆史東京証券取引所プライム市場へ移行
清水隆史セルビア共和国に欧州販売会社「Toyo Tire Sales and Marketing Europe」を設立
出典・参考

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