住友ゴム工業の歴史
創業期
1909年〜英国ダンロップ資本の神戸創業と日本ダンロップ護謨への改称
- 英国ダンロップ社がわが国初の近代的ゴム工場として神戸で創業[1]
- 自転車タイヤ・チューブと人力車タイヤの生産を開始[1]
- ゴム管・ゴム手袋・水枕の生産を開始[1]
- 自動車用タイヤの生産を開始[1]
- ダンロップ護謨(極東)を設立[2]
- ゴルフボールと硬式テニスボールの生産を開始[1]
- モーターサイクルタイヤの生産を開始[1]
- 資本金を800万円へ増資[3]
- 日本ダンロップ護謨に商号変更[2]
- 敵産管理法により商工省の管理下に[3]
- 中央ゴム工業に商号変更[2]
- 泉大津工場が操業開始[1]
- 軍需会社に指定[4]
- 戦災で全工場の約8割を焼失[3]
- 日本ダンロップ護謨に商号を復帰[2]
- 経営と資産の全部を英国ダンロップ社へ返還[3]
売上高
- 売上高
住友ゴム工業売上高—
転換期
1950年〜住友ゴム工業への改称と日本側株主の経営権掌握
- わが国初のチューブレスタイヤを開発[1]
- 住友電気工業・住友商事と資本提携[2]
- テニスボール「ダンロップフォート」の生産を開始[1]
- 名古屋工場の操業開始[2]
- 日本長期信用銀行と資本提携[2]
- ダンロップから経営権移管[2]
- 住友ゴム工業に商号変更と日本ダンロップ護謨の設立[2]
- 井上文左衛門氏が社長に就任[5]
- 英語に代えて日本語を社内の公用語に[5]
- ゴルフクラブの生産を開始[1]
- QC中央委員会が発足[5]
- わが国初のラジアルタイヤ「SP3」の生産を開始[1]
- 防舷材の生産を開始[1]
- 加古川工場の操業開始[2]
- 白河工場の操業開始[2]
- 東京・大阪・名古屋の3証券取引所第二部に上場[2]
- 宮崎工場が操業開始[1]
- 年間売上高が初めて1000億円台に[6]
- マレーシア工場が操業開始[1]
- オーツタイヤ株式48%の取得と全面提携[2]
売上高経常利益率
- 売上高
- 経常利益率
住友ゴム工業1982年12月期売上高1,787億円売上高経常利益率1.8%
成熟期
1983年〜英国ダンロップ保有株の取得と欧米ダンロップ工場の買収
- 英ダンロップ事業を取得[2]
- 日本・台湾・韓国のダンロップ商標権の譲受[2]
- フランスにおけるダンロップ事業の経営開始[2]
- 英国・西独のダンロップ社タイヤ工場の買収[2]
- 岡山タイヤテストコースが完成[1]
- 米国の自動車タイヤメーカーの買収[2]
- 3証券取引所の第一部銘柄に指定[2]
- 神戸市中央区における本社新社屋の竣工[2]
- 阪神大震災による神戸工場の被災と閉鎖[2]
- インドネシアに生産子会社を設立[2]
- 市島工場の操業開始[2]
- インドネシア工場が操業開始[1]
- デジタルローリングシミュレーション技術を発表[1]
- 米国グッドイヤーとの世界的提携契約の締結[2]
- 医療用ゴム製品の生産を開始[1]
- オーツタイヤの第三者割当増資の全額引受[2]
- 中国の中山工場が操業開始[1]
- 中国江蘇省常熟市に生産子会社を設立[2]
売上高経常利益率
- 売上高
- 経常利益率
住友ゴム工業2002年12月期売上高4,479億円売上高経常利益率6.0%
安定成長期
2003年〜オーツタイヤの合併と海外ダンロップ商標権の取得
- オーツタイヤと日本ダンロップの吸収合併[2]
- 名古屋証券取引所第一部の上場廃止[2]
- タイに生産子会社を設立[2]
- SRIスポーツの東京証券取引所第一部への上場[2]
- SRIスポーツによるクリーブランドゴルフの買収[7]
- 中国湖南省長沙市に生産子会社を設立[2]
- ブラジルに子会社を設立[2]
- SRIスポーツがダンロップスポーツに商号変更[2]
- トルコに生産子会社を設立[2]
- 南アフリカのアポロタイヤ子会社の買収[7]
- スイスのロンストロフの買収[7]
- グッドイヤーとの提携解消と北米子会社の完全子会社化[7]
- 英国のミシェルデバーグループの買収[7]
- 海外のダンロップ商標権とスポーツ用品事業の譲受[2]
- ダンロップスポーツの上場廃止[2]
- ダンロップスポーツの吸収合併によるスポーツ事業の統合[2]
- 東京証券取引所プライム市場への移行[2]
- 国内タイヤ販売機能のダンロップタイヤへの統合[2]
- スイスのロンストロフの売却[7]
- 米国生産子会社の生産終了と解散の決定[7]
- DUNLOP商標権を取得[2]
- 退職給付信託の返還益を計上[8]
- 米国のViaductの買収[2]