非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中
多角化で広げた事業をなぜ手放したのか——石橋秀一体制が掲げた「ブリヂストン3.0」の選択と集中
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- 概要
- 2020年3月に就任した石橋秀一Global CEOが「ブリヂストン3.0」を掲げ、米ファイアストン ビルディング プロダクツをはじめ化工品・防振ゴム・スポーツ等の非中核事業を相次いで売却し、タイヤとソリューションへ資源を集中させた面的な構造改革。
- 背景
- 本業タイヤの成熟と2020年12月期のコロナ禍の赤字、1988年の米ファイアストン買収以降に広げた多角化事業の低収益が重なり、伝統的な高収益からの後退を認めた石橋体制は選択と集中に踏み込んだ。
- 内容
- 2021年に企業価値34億米ドルでFSBPをラファージュホルシムへ売却。中国合成ゴム・化成品ソリューション・防振ゴム・スポーツアリーナを順に手放し、中期事業計画のもとで世界の工場の約4割削減とおよそ8,000人の転籍を伴う拠点整理を進めた。
- 含意
- タイヤとソリューションへ絞った事業構成のもとで2021年に収益は回復したが、稼ぐ事業まで売って集中する選び方が長期の成長にどう効くかは、2026年に交代した森田泰博氏の体制へ引き継がれた問いとして残る。
規模より、どの事業構成で強みを活かすか
この改革の核心は、財務の危機に追われた縮小ではなく、成功体験として抱えてきた事業を、好不況にかかわらず自ら手放した点にある。1988年の米ファイアストン買収以来、ブリヂストンは事業を買い、広げることで世界大手の座を保ってきた。石橋秀一氏はその蓄積の一部を、稼いでいる事業であっても本業から遠ければ切り離し、タイヤとソリューションという二本へ絞るために売った。買って広げる経営から、売って絞る経営への転換であり、創業以来の拡大志向にみずから区切りをつける選択だった。
もっとも、事業を絞ることは、成長の源泉を細らせることと背中合わせでもある。売却益で膨らんだ2021年の利益がそのまま実力とは限らず、ソリューションが本業のタイヤに並ぶ柱に育つかは、なお見通せない。2026年1月、石橋氏はGlobal CEOを森田泰博氏へ譲り、絞り込んだ事業構成をどう伸ばすかは次の体制に託された。規模を追うのではなく、自社の強みをどの事業の組み合わせで活かすか——石橋体制の一斉売却は、その問いにひとつの答えを出そうとした改革として残る。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
成熟したタイヤと抱え込んだ多角化事業
ブリヂストンはタイヤで世界の上位を占めてきたが、国内外の市場が成熟し、本業の伸びしろは細っていた。加えて1988年の米ファイアストン買収を経て、化工品や防振ゴム、スポーツ用品といった非タイヤの事業群を抱え込んでいた。2020年12月期は新型コロナウイルスの感染拡大で販売が落ち込み、売上収益は前年の3兆5,256億円から2兆9,990億円へ縮み、営業利益は3,493億円から625億円へ急減、親会社株主に帰属する損益は20億円の赤字に沈んだ[1]。
収益力の低下は、一時の落ち込みにとどまらなかった。石橋秀一Global CEOのもとでまとめた中期事業計画は、2020年に7.4%まで下がった調整後営業利益率を、2023年に13%の水準へ引き上げる目標を掲げた。調整後営業利益も2,229億円から4,500億円の水準へ戻す計画で、これはタイヤの量を追う成長では届かない目標であり、事業の中身そのものを組み替える前提に立っていた[2]。
石橋秀一CEOの就任と「ソリューションカンパニー」の構想
改革を率いたのは、2020年3月にGlobal CEOへ就いた石橋秀一氏である。創業者石橋正二郎氏と同じ姓ながら血縁はなく、1989年に米ファイアストンへ渡って以降は長く米国事業の最前線に立った生え抜きだった。次期CEOに内定した2019年12月の会見で、石橋氏はブリヂストンが創業以来くぐってきた修羅場に触れ、その都度正面から向き合って強くなってきたと述べ、過去に積み残した課題へみずから踏み込むと語った[3]。
石橋氏が描いたのは、タイヤを売り切る会社から、タイヤを使う顧客の困りごとまで引き受ける会社への転換だった。ゴムとタイヤの会社からソリューションの会社へ——この転換を、石橋氏はのちに「第3の創業『ブリヂストン3.0』」と呼んだ。2021年2月の中期事業計画は、タイヤに運行管理などを組み合わせるソリューション事業を成長の柱に据え、売上に占める比率を16%から20%の水準へ高める目標を掲げた。この二本を柱とするには、それ以外の事業を抱え続ける余地は乏しかった[4][5]。
決断
非中核事業の一斉売却
石橋体制が最初に手放した大物が、屋根材などを手がける米ファイアストン ビルディング プロダクツ(FSBP)だった。2021年1月、ブリヂストンはFSBPを、スイスの建材大手ラファージュホルシムへ売却した。売却価額は企業価値で34億米ドルにのぼり、FSBPの従業員1,900名は全員が買い手側へ移った。FSBPは非タイヤ事業のなかでも収益の柱の一つで、稼ぐ事業をあえて切り離してでも本業へ資源を集めるという石橋氏の判断を、対外的に印象づけた[6]。
売却はFSBPにとどまらなかった。2021年12月、ブリヂストンは中国でタイヤ用合成ゴムを造る子会社の全株式を、台湾のLCYへ譲渡した。翌2022年には、スイミングやテニスのスクールを営むブリヂストンスポーツアリーナの全株式を、教育大手のナガセへ売った。タイヤの原料に近い化工品から、余暇向けのサービスまで、本業から離れた事業を順に切り離していった[7][8]。
ポートフォリオの設計図と拠点整理
個々の売却は、行き当たりばったりではなかった。2021年2月に公表した中期事業計画は、全事業を「コア・成長・探索」の三つに区分し、経費構造の見直し、事業再編、生産拠点の再編、資源の再配分を柱に据えた。タイヤと、それに運行管理などを組み合わせるソリューションをコアに置き、そこから外れる事業を売却や整理の対象に回す——どの事業に資源を集め、どれを手放すかを、あらかじめ設計図として示したのが、この改革の特徴だった[9]。
事業の売却は、ものづくりの土台の整理と並んで進んだ。防振ゴムの事業は中国・安徽省の企業へ、ウレタンなどの化成品ソリューションの事業は投資ファンドのエンデバー・ユナイテッドへ移した。国内外で22の事業所を譲渡し、およそ8,000人の従業員に転籍を求めたうえ、2023年までに世界およそ160の工場の4割を、閉鎖や売却で減らす方針を示した。買って広げてきた事業と人員を、数年で絞り込む改革だった[10]。
結果
身軽になった収益体質
改革の効果は、翌期の数字に表れた。2021年12月期のブリヂストンは、売上収益3兆2,460億円、営業利益3,768億円へ戻し、前年に20億円の赤字だった親会社株主に帰属する損益は、3,940億円の黒字に転じた。もっとも、この黒字には非中核事業の売却に伴う益も含まれ、数字のすべてを本業の回復と読むことはできない。それでも、化工品や多角化の事業を切り離して身軽になった事業構成のもとで、タイヤと、それに情報サービスを重ねるソリューションへ収益源を絞り込む土台は、目に見える形で整いはじめた[11]。
- ブリヂストン ニュースリリース(2021年1月7日)「ラファージュホルシム社、ブリヂストンアメリカス インクよりファイアストン ビルディング プロダクツを買収」
- ブリヂストン 中期事業計画(2021-2023)ニュースリリース(2021年2月16日)
- ブリヂストン ニュースリリース(2021年12月1日)「中期事業計画(2021-2023)に基づく内製事業再編の進捗について 中国合成ゴム事業 全株式売却完了」
- ブリヂストン ニュースリリース(2022年2月14日)「中期事業計画(2021-2023)に基づく化工品・多角化事業再編の進捗について ブリヂストンスポーツアリーナ株式会社の全株式売却」
- 日経ビジネス(2023年6月16日)「ブリヂストンCEO 石橋秀一氏 第3の創業『ブリヂストン3.0』を聞く」
- Business Journal(2022年1月13日)「ブリヂストン、凄まじいリストラ、滲む危機感…8千人転籍、工場4割を閉鎖・売却」
- Car Watch(2019年12月12日)「ブリヂストン、トップ交代へ。次期CEOと現CEOが記者会見」
- ブリヂストン 有価証券報告書(連結・IFRS)