- 創業
- 1931年3月、石橋正二郎氏が久留米でブリッヂストンタイヤを創立し、32年にわたり社長を務めた。長男の石橋幹一郎氏が1963年に継ぎ、創業家の社長は1973年で途切れる。ただし石橋幹一郎氏は代表権のある会長として1985年まで残り、その年の社長交代も本人の意向によるものと伝えられている。
- 登用
- 直近20年のトップは荒川詔四氏・津谷正明氏・石橋秀一氏・森田泰博氏の4人で、全員が新卒で入った生え抜きである。外から直接トップを招いた例は11代を通じて一度もない。石橋秀一氏は創業者と同姓だが血縁はない。共通項は海外で、タイ・欧州・米国・中国の現地法人や国際業務が持ち場だった。
- 任期
- 創業家の2代が最初の42年を占めたあと、トップの在任は4年から8年に収まり、10年を超える長期政権は一度も現れていない。直近3代も津谷正明氏が8年、石橋秀一氏が6年で、2026年1月に森田泰博氏が継いだ。交代の時期は業績よりも世代交代の周期で決まっているように見える。
- 含意
- 制度の外し方が徹底している。2016年に指名委員会等設置会社へ移り、2019年に相談役、2021年に取締役会長の職を廃した。取締役会議長は社外で、指名委員は社外4名だけ、CEOは入らない。退いたトップは社内に席を残さない。ただし候補は入社30年以上の内部者に限られる。
1931〜1961年・31年/創業家
1962〜1971年・10年/創業家
1972〜1979年・8年/生え抜き
1980〜1983年・4年/生え抜き
1984〜1991年・8年/生え抜き
1992〜1999年・8年/生え抜き
2000〜2004年・5年/生え抜き
2005〜2010年・6年/生え抜き
2011〜2018年・8年/生え抜き
2019〜2024年・6年/生え抜き
森田泰博現任
2025年〜現在・2年/生え抜き
森田泰博
もりた やすひろ
生え抜き(1996年入社)。タイ・中国・アジアパシフィックの現地法人トップを歴任し、通算約22年の海外経験を経てGlobal CEOへ
石橋秀一
いしばし しゅういち
生え抜き(1977年入社)。米ファイアストン派遣以降10年以上を米国子会社で過ごし、北米事業を長く担当。石橋姓だが創業家とは血縁関係がない
津谷正明
つや まさあき
生え抜き(1976年入社)。国際業務畑を歩み、ファイアストン買収の実務に関わる。社長室長として荒川詔四を支えたのちCEOへ
荒川詔四
あらかわ しょうし
生え抜き(1968年入社)。タイ・ベルギー・トルコで通算18年の海外駐在を重ね、タイ・ブリヂストン社長、欧州法人の会長兼CEOを経て社長へ
渡邉惠夫
わたなべ しげお
生え抜き(1965年入社)。米国・欧州の現地法人に駐在したのちタイヤ開発畑を歩み、同社初の技術系トップとしてファイアストンのリコール問題の収拾にあたった
海崎洋一郎
かいざき よういちろう
生え抜き(1962年入社)。北陸銀行から転じ、米ブリヂストン/ファイアストンの会長兼CEOとして買収後の再建を指揮したのち社長へ
家入昭
いえいり あきら
生え抜き(1953年入社、大卒定期採用の第1期生)。タイ・ブリヂストン初代社長を務め、副社長から社長へ。1988年の米ファイアストン買収を主導した
服部邦雄
はっとり くにお
生え抜き(1951年入社)。秘書部長・海外管理部長・社長室次長を経て人事本部長で取締役に就き、化工品担当の常務・専務、副社長から社長へ
柴本重理
しばもと しげみち
生え抜き(1939年入社)。内国貯金銀行(のちの協和銀行)から転じ、営業畑を歩んで創業家の「大番頭」と呼ばれた。副社長から創業家以外で初の社長へ
石橋幹一郎
いしばし かんいちろう
創業家。創業者・石橋正二郎の長男。副社長から1963年2月に社長へ就き、1973年5月に会長へ退いた
石橋正二郎
いしばし しょうじろう
創業者。家業の仕立物屋から地下足袋の量産で身を起こし、1931年3月にブリヂストンタイヤを創立して取締役社長に就いた