海崎洋一郎

ブリヂストン・元代表取締役社長

Kaizaki Yoichiro(敬称略)

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社長就任 1993年3月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1956年3月に北陸銀行へ入行し、1962年1月にブリヂストンへ移った。1985年に取締役、1986年に常務取締役、1990年に専務取締役へ進み、1991年3月には代表取締役副社長として米ブリヂストン/ファイアストンの会長兼CEOを兼ねた。1988年に買収したファイアストンの事業が期間黒字へ転じたのは1992年下期以降で、その再建を現地で預かった経歴を持つ。

社長に選ばれた経緯
抜擢

前任の家入昭氏の時代に手がけたファイアストンの買収では、TOBを急いだために設備の点検が行き届かず、統合は難航して、生産性はブリヂストンの3分の1を下回る水準にとどまった。買収から1年に満たないうちに追加で15億ドルを投じる必要が生じ、ビッグスリー向けの納入シェアは1987年に21.5%あったものが、1989年には9%へ下がった。家入氏の後を受けて代表取締役副社長から社長に上がったのは1993年3月で、米国事業の会長兼CEOとしての経歴が評価されたとみられる。

在任中の主な施策
施策

1997年1月に南アフリカのファイアストン・サウスアフリカを持つ会社を買収し、1998年7月にポーランド、1999年11月にアラブ首長国連邦へ拠点を開設した。2000年1月には中国の天津錦湖輪胎有限公司を買収する。2000年5月に米運輸省道路交通安全局がフォードのSUVの横転事故の調査に入り、8月にファイアストン製タイヤ650万本の自主回収が決まった。2000年12月期には製品自主回収関連損失814億円を計上している。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1956〜2001年
在任中の業績
就任前(FY91)17,451億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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