渡邉惠夫

ブリヂストン・元代表取締役社長兼CEO

Watanabe Shigeo(敬称略)

更新:
社長就任 2001年3月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1965年3月に入社し、1983年1月に米国のブリヂストン/ファイアストン、1988年12月に欧州のブリヂストン/ファイアストンへ派遣された。帰任後は1993年3月に品質保証本部長、1994年3月に取締役タイヤ開発第2本部長、1997年3月に常務取締役タイヤ開発第1本部長、1998年4月に専務取締役タイヤ開発担当を務めた。品質保証とタイヤ開発を歩いた技術畑である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

2001年3月、海崎洋一郎氏の後任として代表取締役社長兼CEOに就任した。前年8月にファイアストン製タイヤ650万本の自主回収が決まり、製品自主回収関連損失は2000年12月期の814億円と2001年12月期を合わせて2期で1617億円に達した。売上や利益は本社へ届く一方で訴訟や事故の情報は伝わっておらず、子会社にリスク管理を委ねた仕組みが問われていた。品質保証本部長を務めた経歴を買った人事とみられる。

在任中の主な施策
施策

2001年12月、ブリヂストン/ファイアストンを米州事業の統括持株会社のもとで事業内容別に分社化し、製造・小売・原材料といった機能を切り分けた。中国では2003年2月に普利司通(無錫)輪胎有限公司を設立して乗用車用タイヤの生産に入り、2004年10月に普利司通(中国)投資有限公司を置いた。2005年7月にハンガリーへブリヂストン・タタバーニャを設立し、同年8月にインドネシアでグッドイヤー・スマトラ・プランテーションを買収して天然ゴムの自社調達基盤を得た。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1965〜2006年
在任中の業績 FY99→FY04
就任前(FY99)20,069億円
退任時(FY04)24,167億円
変化(5カ年)+20%
就任前-
退任時-
変化-

免責事項およびポリシー