家入昭

ブリヂストン・元代表取締役社長

Ieiri Akira(敬称略)

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社長就任 1985年2月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1953年に入社し、1969年にタイ・ブリヂストンの初代社長を務めた。1974年に取締役、1977年に常務取締役、1980年に専務取締役、1984年に取締役副社長へ進んだ。石橋家以外から起用された生え抜きの経営者であり、脱同族化の旗手と目された。海外現地法人の経営を早くに経験した経歴が、のちの米国展開の判断を支えたとみられる。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1985年2月、服部邦雄氏の後任として取締役副社長から社長に就任した。オーナーの石橋幹一郎氏の意向による起用である。当時の米国の補修用タイヤ市場は年間1〜2億本の規模で、輸出は250万本、シェアは2%弱にとどまり、これを4%へ引き上げることを当面の目標に置いた。円高と国内市場の成熟、世界的な業界再編が重なるなか、ビッグ3の一角を確保するには米欧に生産と販売の網が要るというのが家入氏の判断だった。

在任中の主な施策
施策

1988年2月、ファイアストンのタイヤ部門を分離した合弁会社の株式75%を7.5億ドルで取得することに合意した。3月に伊ピレリが全株の買い取りを表明したため対抗TOBに踏み切り、4月に96.4%を総額26億ドルで取得する。買収額は円換算で約3300億円、年間売上高の6割にあたり、欧米11工場と約1500の販売店網を一挙に手に入れた。1993年1月にはスポーツ事業をブリヂストンスポーツへ統合している。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1953〜1993年
在任中の業績
就任前(FY83)5,467億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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