平和の歴史
沿革
1949年に始めたパチンコ機の製造販売が起源。
1991年に業界初のカラー液晶を採用した麻雀物語を発売し、2007年にパチスロ機のオリンピアを完全子会社化した。PGMホールディングスを通じてゴルフ場も運営する遊技機メーカーである。
創業期
1949年〜桐生の平和商会で始めたパチンコ機の製造販売
- パチンコ機の製造販売で創業[1]
- 連発式循環式の平和号を発売[1]
- 還元機の原型シルバー枠を発売[1]
- 電動式連発式の製造販売を開始[1]
- コミック商会と平和物産の2社体制で再出発[1]
売上高
- 売上高
平和売上高—
成長期
1960年〜東和工業の設立と初のデジパチ機ブラボーの投入
- 東京出張所を開設[1]
- 大阪出張所を開設[1]
- コミック商会と平和物産の統合により東和工業として設立[2]
- 遊技球を還元させる自動補給設備の販売を開始[3]
- 業界初の分離式プラスチック枠ユニパックを発表[1]
- 仙台出張所を開設[1]
- 北海道出張所を開設[1]
- 平和工業に商号変更[4]
- 名古屋支社を開設[1]
- 北関東支社を開設[1]
- 風俗営業等取締法改正に合わせた「100発皿無人機」を発売[1]
- 上皿デザインの「ルートワン」を発売[1]
- 着脱分離方式による分離型パチンコ機の販売を開始[4]
- コインゲームのはしりとなった「パールボール」を発売[1]
- 麻雀の要素を取り入れた「大三元」を発売[1]
- 電動式役物の開発[4]
- 逆転パチンコ機「ドッキリ」を発売[1]
- 九州支社を開設[1]
- 超電役機「メテオ」を発売[1]
- 初のデジパチ機ブラボーを発売[1]
- メカトロ役物「ゼロタイガー」を発売[1]
- 業界初の権利物バトルエースを発売[1]
- 羽根物「ビッグシューター」を発売[1]
売上高
- 売上高
平和売上高—
成長期
1988年〜店頭登録とオリンピア買収によるパチスロ機への参入
- 平和に商号変更[4]
- 日本証券業協会に株式を店頭登録[4]
- 大型立体液晶を採用した「ブラボーエクシード」を発売[1]
- 業界初のカラー液晶を採用した麻雀物語を発売[1]
- 赤堀工場を新設[4]
- アイキョーを取得[4]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[4]
- CR機の販売を開始[5]
- CR黄門ちゃま2を発売[1]
- 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定[4]
- パチスロ機メーカーのオリンピアと業務提携[1]
- 初のパチスロ機スノーキーを発売[1]
- 業界初の分離型パチスロ機をオリンピアと共同開発[4]
- オリンピアを持分法適用関連会社化[4]
- パチスロ工場を新設[4]
- 決算期を3月31日に変更[4]
- 自社開発・生産パチスロ機の販売を開始[4]
- パチンコ工場を新設[4]
- 本店を東京都台東区に移転[4]
- 株式交換によりオリンピアを完全子会社化[4]
売上高
- 売上高
平和売上高—
成熟期
2011年〜PGM・アコーディア買収によるゴルフ場事業への多角化
- 自社機アニメ「戦国乙女~桃色パラドックス~」の放送開始[1]
- パチンコ機「CR戦国乙女2」を発売[1]
- 公開買付によりPGMホールディングスを取得[6]
- パチンコ機「CRルパン三世 World is mine」を発売[1]
- 八王子営業所を開設[1]
- 本店を平和本社ビル(東京都台東区東上野)に移転[1]
- パチスロ機「パチスロ ルパン三世 Royal Road」を発売[1]
- 株式交換によりPGMホールディングスを完全子会社化[6]
- パチンコ機「CRルパン三世~Lupin The End~」を発売[1]
- パシフィックゴルフマネージメントがPGMホールディングスを吸収合併[1]
- パチンコ機「Pルパン三世~神々への予告状~」を発売[1]
- パチンコ機「P戦国乙女6~暁の関ヶ原~」を発売[1]
- パチスロ機「パチスロ麻雀物語4」を発売[1]
- 初のスマスロ機Lバキを発売[1]
- 東京証券取引所プライム市場に移行[4]
- パチスロ機「L戦国乙女4 戦乱に閃く炯眼の軍師」を発売[1]
- パチスロ機「L ToLOVEるダークネス」を発売[1]
- アコーディア・ゴルフホールディングスを取得[4]
- 純粋持株会社体制への移行を決定[6]
- 遊技機事業の新設分割と持株会社化
- 三好康之氏が社長に就任[7]