決断
創業者の戦争体験から選んだ娯楽機械を、店の手間を減らす改良で売り込んだ会社である。中島健吉氏は創業の時から研究開発に最も力を入れ、遊技客が求める機械を作ることを経営の基本に据えた。1960年9月には製造と販売の2社を統合して東和工業を設立し、同時に東京と大阪に出張所を開設して桐生の外へ販路を拡大した。さらに1961年4月には遊技球を機械へ戻す自動補給設備の販売を開始し、機械本体に加えて周辺の設備も店に納めるようになった。その結果、1964年3月には仙台と北海道にも出張所を開設し、全国への販売網の拡大に着手した。