常磐興産の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

坑から出て捨てていたものを、そのまま次の商売の元手にしてきた。常磐炭礦は炭田で最も深い海面下638メートルまで掘り、深部ほど湧く温泉の排水に費用がかかった。1954年6月には売り物にならない3,500カロリー級の裾物炭を燃料に発電機を増設し、深く掘るための電気を掘って出た残りで起こしている。1964年9月に常磐湯本温泉観光を設立し、1966年1月に坑内に湧く湯で常磐ハワイアンセンターを開設した。迎えたのは合理化で職を失う炭鉱労働者1,000人余りで、従業員は1955年の1万3,428人から1966年に6,878人へ減っていた。1970年7月には石炭生産部門を新常磐炭礦へ営業譲渡し、自らは常磐興産と名を改めた。元の社名は祖業を続ける新常磐炭礦が受け継ぎ、譲渡した常磐炭礦のほうが新しい名を取った。

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