連続M&Aによる脱石炭転換と、111年続いた石炭事業からの撤退
2024年実施潤沢な現預金と旧村上系株主の視線のもとで、吉岡泰士社長は祖業をどう畳み、何を買い集めたか
- 概要
- 2013年の創業100周年を機に始めた脱石炭のポートフォリオ構築を、2020年就任の吉岡泰士社長が継承し、日本ストロー・明光商会・MOSなどの連続M&Aで生活消費財・産業用製品へ事業を組み替え、2024年3月の豪州リデル炭鉱の終掘で創業以来111年続いた石炭事業から完全に撤退した経営判断。
- 背景
- 石炭価格の高騰でFY22-23に過去最高水準の利益と多額の現預金を抱え、旧村上ファンド系の4社が合計37.56%を保有した。潤沢な現預金の使い道と資本効率への視線が強まるなかで、石炭に依存しない収益基盤づくりが課題となっていた。
- 内容
- 2018年に持株会社体制へ移行して石炭販売を子会社化し、2019年に明光商会、2022年に日本カタン、2023年にMOSやジャパン・チェーン・ホールディングスなどを立て続けに買収した。2024年3月に豪州リデル炭鉱の終掘で石炭生産・販売事業を終了した。
- 含意
- 「炭鉱会社」から「事業ポートフォリオを運営する持株会社」へ自らを再定義し、2027年3月期をめどに利益50億円以上をM&Aで実現する目標を掲げた。祖業を畳みながら次の収益基盤を買い集めるという、資源会社では異例の転換となった。
祖業を畳みながら、次の柱を買うという選択
この判断の特徴は、撤退と拡張を同時に進めた点にある。多くの資源会社が資源価格の変動に業績を委ねるなかで、三井松島ホールディングスは石炭高騰で得た現預金を、株主に還元して終えるのではなく、生活消費財や産業用製品といった値動きの異なる事業の買収へ振り向けた。祖業を畳むという後ろ向きに見える決着を、次の収益基盤を組み立てる前向きな動きと一体で進めたところに、投資銀行出身の吉岡社長らしい設計がうかがえる。
もっとも、買い集めたニッチ事業の束が、石炭特需のような大きな利益を安定して生むかは、これからの運営次第で決まる。2027年3月期の利益50億円以上という目標は、値上がり益ではなく買収後の各事業の稼ぐ力で達成しなければならない。1781年の松島で採掘が始まった黒い石から続いた111年の歴史をここで閉じ、買収した事業の目利きと運営で成長を描くという新しい問いに、この会社は向き合っている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
創業100周年で始まった脱石炭
三井松島ホールディングスは、1913年設立の三井系石炭会社を母体とする。1973年に石炭生産部門を、2018年に石炭販売部門を切り出し、本体は事業ポートフォリオを組み替える持株会社へと姿を変えてきた。脱石炭への具体的な動きは、創業100周年にあたる2013年から始まった。当時の社長で後に会長となる串間新一郎氏のもとで石炭に依存しないポートフォリオの構築に着手し、2020年6月に社長へ就任した吉岡泰士氏がその路線を引き継いだ。吉岡社長は事業構想オンラインで、就任の経緯とともにこの継承をこう振り返っている[1]。
潤沢な現預金と、旧村上系株主の視線
脱石炭を後押ししたのは、皮肉にも石炭事業そのものが生んだ利益だった。ロシア・ウクライナ戦争に伴う一般炭価格の高騰で、豪州リデル炭鉱の売却益と石炭事業の特需が重なり、FY22(2023年3月期)に営業利益357億円、FY23(2024年3月期)に営業利益251億円という過去最高水準の利益を計上した。この結果として積み上がった多額の現預金が、資本効率の改善を求める株主の視線を呼び込んだ。吉岡社長は日本経済新聞で、現預金を抱えたままにする経営への問題意識を語っている[2]。
大株主の顔ぶれも一変した。2024年度には、南青山不動産・フォルティス・シティインデックスイレブンス・エスグラントコーポレーションという旧村上ファンド系の4社が上位に並び、合計37.56%を保有した。信託銀行や地銀・メガバンクが分散して持つ従来の構造が消え、資本効率への要求を受けやすい株主構成へ変わっていた[3]。
決断
連続M&Aで買い集めた生活消費財と産業用製品
石炭に代わる収益の柱を、吉岡社長らは自前の新規事業ではなくM&Aで積み上げた。生活消費財では、2014年の日本ストロー、2015年の花菱縫製、2019年の明光商会と、ニッチな市場で高いシェアを持つメーカーを取り込み、日本ストロー(伸縮ストロー)・明光商会(オフィス用シュレッダー)・MOS(感熱レジロール)の3社で国内シェア首位を確保した。産業用製品では、2017年のクリーンサアフェイス技術(マスクブランクス)、2022年の日本カタン(送変電用架線金具)を買収し、電子部品・電力インフラ関連へ広げた。とりわけ2023年は、丸紅オフィス・サプライ(MOSへ商号変更)、プラスワンテクノ、ジャパン・チェーン・ホールディングスと4件の買収を立て続けに実行し、産業用製品セグメントの売上を伸ばした[4][5]。
事業の入れ替えを制度の面で固めたのが、2018年10月の持株会社体制への移行である。商号を三井松島ホールディングスへ変更し、新設分割で石炭販売事業を新設の三井松島産業へ承継した。石炭事業会社・生活関連事業会社・産業用製品事業会社を持株会社の傘下に並べる構造とし、本体は事業ポートフォリオを組み替える意思決定に専念する形へ切り替えた[6]。
祖業石炭からの完全撤退
買い集めと並行して、吉岡社長は祖業を畳む決着をつけた。2024年3月、豪州ニューサウスウェールズ州リデル炭鉱の終掘により、石炭生産・販売事業を終了した。1991年のリデル参入から33年、そして1913年の創業から数えれば111年にわたって続いた石炭事業からの完全撤退であり、松島炭鉱として発足した会社が、石炭の生産も販売もすべて自らの手から手放した年となった。買収で新しい柱を立てながら、同じ時期に最も古い柱を抜くという、二つの動きが重なった転換となった[7]。
結果
ポートフォリオ運営会社への再定義
石炭からの撤退で、業績の見え方は一変した。石炭価格高騰の特需を含むFY23(2024年3月期)の営業利益251億円に対し、リデル終掘後のFY24(2025年3月期)は売上605億円・営業利益76億円へと、特需の反動をならした水準へ戻った。石炭に代わる生活消費財・産業用製品・金融その他の3セグメントで、どこまで利益を積み直せるかが次の課題として残された[8]。
吉岡社長は、石炭に依存しない収益基盤づくりの手段としてM&Aを続ける方針を明確にし、2027年3月期をめどに利益50億円以上への到達をM&Aで実現する目標を掲げた。祖業を畳んだうえで、買収で買い集めた事業群を運営し、その組み替えで成長を描くという役割へ、会社の性格を移した[9]。
- 事業構想オンライン 2021年9月号「三井松島ホールディングス 石炭に依存しない収益基盤の確立へ」
- 日本経済新聞 2024年5月13日「三井松島HD、M&Aで利益50億円以上に 27年3月期めど」
- M&A Online 2024年6月11日「『三井松島』が祖業の石炭事業から撤退 事業多角化に向けM&Aを一層強化」
- 三井松島ホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- 三井松島ホールディングス 有価証券報告書【大株主の状況】