服部邦雄

ブリヂストン・元取締役社長

Hattori Kunio(敬称略)

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社長就任 1981年3月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1951年4月に入社し、1970年に人事本部長として取締役へ就任した。1973年に化工品担当の常務取締役、1976年に同じ担当の専務取締役、1980年3月に取締役副社長へ進み、1981年3月に社長へ就任した。人事と化工品を歩いた生え抜きであり、タイヤ以外の事業を長く預かった経歴を持つ。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1981年3月、柴本重理氏の後任として取締役副社長から社長に就任した。石橋家による直接経営は1970年代に専門経営者へ引き継がれていたが、1974年12月の大株主は石橋幹一郎氏が13.59%、石橋財団が9.43%で、資本は石橋家が握ったままだった。国内タイヤ市場では約5割のシェアを占めていた一方、1977年の業界評は国内多角化の限界と米国進出の不可避を指摘していた。

在任中の主な施策
施策

1982年11月、米国にブリヂストン・タイヤ・マニュファクチャリングを設立し、北米での自前生産を開始した。同社は1990年5月にブリヂストン/ファイアストンへ合併されている。1984年4月には商号をブリヂストンタイヤから株式会社ブリヂストンへ改めた。就任直前の1980年12月には豪ユニロイヤル・ホールディングスの株式を買収して海外生産の拠点を得ており、在任の4年は輸出から現地生産への切り替えに充てられたとみられる。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1951〜1985年
在任中の業績
就任前(FY79)4,176億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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