ホンダ の歴代社長

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1998年2010年2020年2026年

吉野浩行退任

1998年社長就任

取締役社長

福井威夫退任

2003年社長就任

同 取締役社長

伊東孝紳退任

2009年社長就任

2000年取締役代表取締役社長

八郷隆弘退任

2015年社長就任

2008年執行役員代表取締役社長社長執行役員

三部敏宏現任

2021年社長就任

2014年執行役員2020年取締役代表取締役社長兼CEO
創業
1946年に本田宗一郎氏が浜松で本田技術研究所を興し、1948年9月に本田技研工業を設立した。本田宗一郎氏は1973年10月まで25年にわたり社長を務め、副社長の藤沢武夫氏と同時に退いている。会社は本田家のものではないとして世襲を退けたため、創業家の社長は初代で途切れた。
登用
直近20年の社長は福井威夫氏・伊東孝紳氏・八郷隆弘氏・三部敏宏氏の4人で、全員が新卒で入った生え抜きの技術者である。外部から招いた社長は一人もおらず、創業者を除く8人のうち6人が本田技術研究所の社長を経てから本社の社長に就いている。
任期
25年の本田宗一郎氏を除けば、10年に達した社長は組織による経営へ移した河島喜好氏だけで、以後は6年前後での交代が続く。直近3代は伊東孝紳氏が6年、八郷隆弘氏が6年、三部敏宏氏が2021年4月から5年で、2026年6月の総会で再任された。
含意
開発の頂点がそのまま経営の頂点になる会社で、技術路線の転換と社長交代が重なる。2021年の全面EV化宣言も2026年のその撤回も三部敏宏氏が出した。指名は2021年から法定の指名委員会が担い、2026年6月に社外取締役だけの構成へ改めたが、候補は今も研究所を通った技術者に限られている。
氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断
本田宗一郎1948〜1973年25年退任創業家取締役社長(資本金100万円で設立)決断1948年本田技研工業創業——旧軍払下げの補助エンジンから始めた戦後二輪国産化
河島喜好1973〜1983年10年退任生え抜き取締役社長(45歳で就任)決断1973年創業者2人の同時引退と河島喜好氏への事業承継1974年CVCCエンジンの独力開発と石油危機下の四輪シェア逆転1978年日本メーカー初の北米四輪現地生産(HAM設立)
久米是志1983〜1990年7年退任生え抜き取締役社長
川本信彦1990〜1998年8年退任生え抜き取締役社長決断1995年「規模の論理」に背を向けた単独路線——1995年の川本改革
吉野浩行1998〜2003年5年退任生え抜き取締役社長
福井威夫2003〜2009年6年退任生え抜き同 取締役社長
伊東孝紳2009〜2015年6年退任生え抜き代表取締役社長
八郷隆弘2015〜2021年6年退任生え抜き代表取締役社長社長執行役員決断2017年狭山工場の閉鎖と寄居工場への国内四輪生産の集約
三部敏宏2021年〜現任6年現任生え抜き代表取締役社長兼CEO決断2021年「2040年 四輪EV・FCV100%」宣言による脱エンジンへの転換2021年英国スウィンドン工場の閉鎖と欧州完成車生産からの全面撤退2021年定年を65歳へ延ばした先の早期退職優遇と退職特別加算金429億円2025年日産との経営統合構想への踏み込みと、二カ月弱での協議打ち切り2026年「2040年脱エンジン」の事実上撤回と上場来初の最終赤字
1948年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

本田宗一郎退任

1948年社長就任

取締役社長(資本金100万円で設立)

河島喜好退任

1973年社長就任

取締役社長(45歳で就任)

久米是志退任

1983年社長就任

1954年入社取締役社長

川本信彦退任

1990年社長就任

取締役社長

吉野浩行退任

1998年社長就任

取締役社長

福井威夫退任

2003年社長就任

1969年入社1988年取締役同 取締役社長

伊東孝紳退任

2009年社長就任

1978年入社2000年取締役代表取締役社長

八郷隆弘退任

2015年社長就任

1982年入社2008年執行役員代表取締役社長社長執行役員

三部敏宏現任

2021年社長就任

1987年入社2014年執行役員2020年取締役代表取締役社長兼CEO

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