「2040年脱エンジン」の事実上撤回と上場来初の最終赤字

EV全振りを掲げたホンダは、なぜ次世代EVを止め、HVと中国減産へ舵を切り直したのか

更新:

時期 2026年3月
意思決定者 三部敏宏 ホンダ 社長
論点 脱エンジン戦略の修正と四輪事業の再建
概要
2026年3月12日、ホンダが2026年3月期の連結最終損益が最大6,900億円の赤字になる見通しを発表し、EV関連資産の除却・減損と次世代EV「0(ゼロ)」シリーズ3車種の開発中止を決めた経営判断。最終赤字は1957年の上場以来初で、2021年に掲げた「2040年脱エンジン」目標も「達成が困難」として事実上修正した。
背景
北米ではトランプ政権がEV優遇策と環境規制を相次いで撤回し、中国では販売が5年で半減した。EV需要の失速と価格競争のなかで、EV一辺倒に賭けた戦略が巨額の損失を生む構造になっていた。
内容
「0シリーズ」の「サルーン」「ゼロSUV」「アキュラRSX」の3車種とソニーと組んだ「アフィーラ」2車種を中止し、2026〜27年3月期で最大3.2兆円のEV関連損失を計上する。四輪の収益の柱をHV(ハイブリッド車)へ戻し、中国では広汽・東風の生産拠点を休止して年産能力を約7割まで圧縮、主力市場を日本・北米・インドへ絞った。
含意
2021年に「第2の創業」を掲げてEVシフトを主導した三部敏宏社長みずからが、単一シナリオへの偏りを認める形になった。エンジンで名を成した会社が、そのエンジンとHVで当面の稼ぎを支える現実路線へ立ち戻る転換であった。
筆者の見解

エンジンの会社が、約束を撤回するということ

この判断の核心は、電動化を止めたことそのものよりも、2021年に期限を切って世界に約束した脱エンジンを、当の宣言者がみずから事実上降ろした点にあるとみることができる。宣言から逆算して積み上げてきた投資は、次世代EV「0」シリーズや車載OS「アシモOS」といった技術の出口を含めて、いったん巻き戻された。上場来初の最終赤字と2年で最大3.2兆円という損失の大きさは、単一の見通しに賭けた戦略が、環境の反転に対してどれほど脆かったかを映している。潔く期限を切った身軽さが、市場と政策の変化のなかで重い代償に転じた場面であった。

もっとも、撤回は退場ではなく、足場の組み替えでもあった。ホンダはHVで当面の稼ぎを支えつつ、中国では自前主義を緩めて現地主導の開発へ寄り、主力を日本・北米・インドへ絞る現実路線に立ち戻った。エンジンを捨てると約束した会社が、そのエンジンとHVで次の一手までの時間を買う——三部敏宏氏(社長)が単一シナリオへの偏りを認めたことは、宣言の重さと同時に、宣言だけでは経営が動かないことをあらためて示している。中国合弁の行方と、絞り込んだ市場で結果を出せるかどうかに、独立系を貫いてきたホンダの次の輪郭がかかっているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

EVシフトの失速と脱エンジン宣言の綻び

ホンダは2021年4月、就任したばかりの三部敏宏氏(社長)が2040年に四輪の販売をすべてEVとFCVへ切り替えると宣言し、これをホンダの「第2の創業」と位置づけていた。しかし宣言から数年のうちに、電動化の速度をめぐる前提そのものが揺らいだ。2024年以降、欧米を中心にEV市場が拡大する勢いは急激に失速し、価格や使い勝手の課題から一般消費者への広がりが止まった。ホンダは2025年5月のビジネスアップデートでEVの販売目標を引き下げ、HVを再強化する軌道修正を先んじて表明していた[1]

逆風は市場だけでなく、政策と地域の双方から吹いた。北米では再登板したトランプ大統領がEV支援策を撤廃し、一定数のEV販売をメーカーに課す環境規制まで廃止の方向へ動いて、現地のEV需要は冷え込んだ。世界販売のおよそ3割を占めてきた中国では、BYDを筆頭とする地場勢の台頭と消耗戦のなかでホンダの自動車販売台数が2020年の162万台から2024年には85万台へと5年で半減し、自信作として投入した新型EVも計画に遠く届かなかった。EVに全面的に賭けた事業構造が、そのまま巨額の損失を生む器へと転じていた[2][3]

決断

3月12日の下方修正と次世代EVの中止

2026年3月12日、ホンダは2026年3月期の連結最終損益が最大で6,900億円の赤字になる見通しを発表した。前期の8,358億円の黒字から一転する下方修正で、最終赤字は1957年の上場以来初であった。赤字転落の要因は、EV関連資産の除却・減損や販売中止に伴う関連費用などで1.3兆円を計上する点にある。独自開発を進めてきたEVのスポーティーセダン「ホンダ 0(ゼロ)サルーン」、SUVの「ホンダ ゼロSUV」、「アキュラRSX」の3車種について、ホンダは開発中止に踏み切った。いずれも三部敏宏氏(社長)肝煎りで、2020年代後半のEV戦略の中心を担うはずの新ブランドであった[4]

損失計上と車種中止にとどまらず、判断は目標そのものにも及んだ。三部敏宏氏(社長)は発表当日の会見で、あらゆる手立てを取っても収益は非常に厳しく、生産・販売の段階へ移ればさらなる損失拡大を招くと述べ、2021年に掲げた2040年の全面EV・FCV化についても「達成が困難と言わざるをえない」として事実上の修正に追い込まれた。三部氏は貝原典也副社長とともに月額報酬の30%(3カ月分)返上を発表する一方、止血と事業競争力の再構築こそ最大の責務だとして、経営責任に伴う辞任は否定した。かつて期限を切って世界に約束した脱エンジンの旗を、みずから事実上降ろす決断であった[5]

結果

HVへの回帰と日米印への集中

撤回の後にホンダが四輪事業の収益回復の柱に据えたのはHVであった。エンジンに電池とモーターを組み合わせるHVは価格が高く収益性が厳しいとされるものの、ホンダの現行HVはガソリン車と同等の利益を稼ぎ、四輪世界販売の5割を占める北米で台数を積み上げられるかが事業の行方を左右する。ホンダは2020年代後半に燃費とコスト競争力を高めた第4世代HVシステムを主力車種へ投入し、北米では初の大型車向けHVシステムも計画した。一方で2028年に稼働予定だったカナダの次世代EV工場建設は2年延期し、主力市場を日本・北米・インドへ絞る地域戦略を示した[6]

販売が5年で半減した中国では、生産網そのものにメスが入った。ホンダは広州汽車集団との広汽ホンダ、東風汽車集団との東風ホンダが構えるガソリン車の生産拠点4つのうち2つを休止し、2拠点で最大173万台あった年産能力を72万台まで削減する。EV戦略の見直しに伴う減損や部品メーカーへの開発費補償、GMと共同開発したEVの販売不振も重なり、2026〜27年3月期で最大3.2兆円のEV関連損失を計上する見通しとなった。広州汽車とは2028年までの合弁契約の期限が迫り、契約を延長するか見直すかが次の焦点として残された。集中と選択の号令が、こんどは中国事業の骨格の描き直しへと及んでいた[7][8]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2025年9月6日号「逆風の『脱エンジン』戦略 内部資料に記された急旋回」
  • 週刊東洋経済 2025年9月6日号「地域戦略(中国)自信の新型EVも大苦戦 5年で半減の非常事態」
  • 週刊東洋経済 2026年3月28日号「ホンダ上場来初の最終赤字 EV失速で脱エンジン撤回」
  • 週刊東洋経済 2026年4月11日号「ホンダ 車載OSの独自開発を進めるが… 次世代EV中止で漂う暗雲」
  • 週刊東洋経済 2026年5月2日号「ホンダ、中国生産網にメス 次の焦点は合弁契約の行方」
  • 本田技研工業 有価証券報告書(2026年3月期・連結IFRS)

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