ダイハツ工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

小さい車だけを作る会社として、そのつど後ろ盾を選び直してきた。1957年8月の軽三輪、1960年10月の軽貨物車と商品を小型車の下側へ寄せたが、資本自由化を前に単独では見通しが立たず、1967年11月に三和銀行の仲介でトヨタ自動車工業・トヨタ自動車販売と業務提携を締結する。販売部門を分離し、車の売り先をトヨタの販路へ預けている。1998年にトヨタは出資比率を51.2%へ引き上げ、2016年1月には株式交換でトヨタの完全子会社となり、同年8月に上場を廃止した。国内の軽市場が頭打ちとなるなかで、新興国向け小型車の開発を速めるには51%という関係が限界に近づいていた。後ろ盾を選び直すたびに開発の自由度より速度を優先したことが、2023年12月に判明した174件の認証不正の背景にある短期開発の圧力を生んだ。

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