デンソーの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

借りた技術を自前の品質へ組み替え、稼ぎ先を親会社の外へ広げる。この二つで下請けの位置から抜け出してきた。1953年に独ロバート・ボシュと業務資本提携を締結し、株式10%と配当連動のロイヤリティーを対価に特許と技術の全面公開を得て、1954年のカーヒーターを皮切りに1957年のカーエアコンまで製品領域を広げ、1961年に自動車部品メーカーとして初のデミング賞を受けた。品質を握ると、次は売り先だった。1982年に売上高1兆円計画で非自動車1,000億円を掲げ、1996年に社名から「日本」を外し、1999年には部品ビッグ3への復帰を宣言して系列の外へ販路を拡大した。

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