デンソーの源流は、1933年7月に豊田喜一郎氏が[1]自動車の国産化を目的として豊田自動織機製作所内に設けた自動車部の電装部門にある。1937年8月に自動車部がトヨタ自動車工業として分離独立[2]した際も、電装部門は刈谷町にとどまって同社の刈谷工場となった。戦後の日本では1948年まで乗用車の製造が禁じられ[3]、解禁後も各社は何の援助もなく細々と生産を続けていた。トヨタ自動車工業は1949年11月に企業再建整備計画の認可を受け[4]、12月に刈谷北工場を日本電装、中川工場の琺瑯部門を愛知琺瑯、翌1950年5月に刈谷南工場を民成紡績[5]として分離独立させた。豊田自動織機製作所の石田退三社長は財閥指定を避けて[6]豊田関係の会社を分割し、自動織機製作所以外の全社の社名を変えた。日本電装は資本金1500万円で発足し、電装工場長だった林虎雄氏[7]が社長に就任、ラジエータ部門から引き継いだ1.4億円の累積赤字を借入金として承継した。
1949年に始まったドッジ・ラインの金融引き締め[8]は自動車業界を直撃した。親会社のトヨタ自動車工業も基礎物資の値上がりによるコスト高が重なって1950年に人員整理[9]へ踏み切り、2か月にわたるストライキに発展した。日本電装も設立3か月後の1950年3月に資金繰りが行き詰まり、従業員約1400名のうち473名を解雇する再建案を発表し、同年5月に3割に及ぶ人員整理を含む企業整備[10]を実施した。6月の朝鮮戦争の勃発が転機となり[11]、トヨタ自動車工業は7月以降に車両4679台の特需を受注[12]、日本電装の社業も好調に転じた。日本電装は1950年以降、老朽機械の更新と専用機械の据え付けを進め、国有賠償機械も取得[13]して設備を拡充し、電装品の生産高で全国の4割を占める[14]に至った。
日本電装は設立当初から技術面の向上について独自の研究を重ね、欧米各国の自動車工業界を数次にわたって視察[15]したうえで、1953年に世界有数の電装品メーカー[16]であるドイツのロバート・ボッシュ社と提携[17]し、株式の10%を割り当てた。1954年4月には技術習得のため技師2名をドイツへ派遣[18]し、同年8月にボッシュの技術者2名が刈谷へ着任[19]した。検査は厳しく、『作り上げた製品をドイツに送り検査を受ける』[引用元]ことを繰り返し、『かくすること3回もあってようやく合格する』[引用元]状態が続いた。1954年にカーヒーターの製造を始め[20]、1955年2月には噴射ポンプと点火プラグを提携品目に追加[21]し、1957年にカーエアコンへ広げた[22]。1957年に点火栓生産のため愛知電装を設立[23]し、1959年に吸収合併した。
日本電装の販売先はトヨタ自動車工業に限らず、1956年時点でトヨタ向けは5割から6割[24]、残る4割から5割は一般の需要に応じていた[25]。系列外のメーカーへ売るには品質で納得させる必要があり、日本電装は創業直後から社内に技能者養成所を設けて技能工を自前で育て[26]、ボッシュから受け取った品質管理の手法[27]を全社の作業へ落とし込んだ。1961年には自動車部品メーカーとして初めてデミング賞を受賞[28]し、技術移転を受ける立場から自ら品質を設計する立場へ移った[29]。『ここ3〜4年のうちには『日本のデンソー』から『世界のデンソー』への飛躍がなされるであろう』[引用元]という評価を受けた1967年、トヨタ自工とトヨタ自販向けは57.1%を占め[30]、日産自動車を除く各社へ軒並み供給していた[31]。
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|---|---|---|---|---|
| 1949〜1981年トヨタからの分離独立とボッシュ提携による技術基盤の獲得 | 林虎雄 | 日本電装を設立 | ★★ | |
| 林虎雄 | 企業再建案を発表。473名の解雇 | ★★ | ||
| 林虎雄 | 朝鮮特需により業績好転 | ★ | ||
| 林虎雄 | 名古屋証券取引所に株式を上場 | ★ | ||
| 林虎雄 | 東京・大阪の各証券取引所に株式を上場 | ★ | ||
| 林虎雄 | ロバート・ボシュとの業務資本提携——品質と製品領域を借りて築いた技術自立の土台 1953年、トヨタ自動車工業から分離独立してまもない日本電装が、電装品で世界最大手の独ロバート・ボシュ社と業務資本提携を結んだ経営判断。ボシュへ株式10%を割り当て、配当連動型のロイヤリティーと引き換えに特許使用権と技術の全面公開を得て、品質管理と新たな製品領域を取り込んだ。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 林虎雄 | 電気洗濯機から撤退 | ★★ | ||
| 林虎雄 | 本社工場を増設(北工場竣工) | ★ | ||
| 林虎雄 | 池田工場を新設(刈谷市) | ★ | ||
| 岩月達夫 | 安城工場を新設(安城製作所) | ★ | ||
| 岩月達夫 | 西尾製作所を新設(エアコン増産) | ★ | ||
| 岩月達夫 | 初の海外子会社を設立 | ★ | ||
| 白井武明 | 子会社を設立 | ★ | ||
| 白井武明 | 欧州子会社を設立 | ★ | ||
| 白井武明 | 高棚製作所を新設(安城市) | ★ | ||
| 平野史 | 冷暖房機器(カーエアコン)の売上が急拡大 | ★★ | ||
| 平野史 | エレクトロニクス本部を発足 | ★ | ||
| 1982〜2016年1兆円計画とグローバル展開、親会社との事業領域をめぐる緊張 | 戸田憲吾 | 売上高1兆円計画 | ★ | |
| 戸田憲吾 | ニッポンデンソー・アメリカを設立 | ★ | ||
| 田中太郎 | 豊橋製作所を新設 | ★ | ||
| 石丸典生 | 北米向け売上高を拡大 | ★ | ||
| 石丸典生 | 北米メキシコの生産拠点を拡充 | ★ | ||
| 石丸典生 | 2期連続減益 | ★ | ||
| 岡部弘 | 社名をデンソーに変更 | ★ | ||
| 岡部弘 | 善明製作所を新設 | ★ | ||
| 岡部弘 | トヨタの支配力強化と系列見直しのなかでの自立模索 1999年、世界の自動車部品業界で欧米勢の大再編が進むなか、デンソーの岡部弘社長が系列を越えた取引拡大と『部品ビッグ3』への復帰を掲げ、親会社トヨタの支配力と自立の間で生き残り戦略を探った経営判断。GMから独立した米デルファイのトヨタへの出資打診も重なり、親会社との距離が焦点になった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 岡部弘 | 電装投資有限公司を設立 | ★ | ||
| 深谷紘一 | デンソースピリットを制定 | ★ | ||
| 深谷紘一 | デンソー・インターナショナル・アジアを設立 | ★ | ||
| 加藤宣明 | 大阪証券取引所を上場廃止 | ★ | ||
| 2017〜2023年電動化への転換と品質課題、2030年長期方針の策定 | 有馬浩二 | デンソーグループ2030年長期方針・2025年長期構想を策定 | ★ | |
| 有馬浩二 | 富士通テンを買収 | ★★ | ||
| 有馬浩二 | 燃料ポンプの樹脂製インペラ不具合に伴うグループ横断の大規模リコールと品質費用の計上 2020年、デンソー製燃料ポンプの樹脂製インペラの不具合を受け、有馬浩二社長のもとでトヨタなど複数の完成車メーカーにまたがる大規模リコールに応じ、製品保証にかかる品質費用を計上した危機対応。回収と賠償は数百万台規模に及び、2020年3月期の連結営業利益を前期比8割減の611億円まで押し下げた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 有馬浩二 | トヨタ自動車から広瀬製作所を譲受 | ★★ | ||
| 有馬浩二 | トヨタグループ向けが売上収益の49% | ★ | ||
| 林新之助 | スパークプラグ・排気ガスセンサー事業の日本特殊陶業への譲渡——電動化集中に向けた内燃機関成熟事業の切り離し 2025年、デンソーがスパークプラグ(点火プラグ)と排気ガスセンサー(酸素センサー・空燃比センサー)の事業を、スパークプラグを主力とする日本特殊陶業(ブランド名Niterra)へ1,806億円で譲渡する契約を締結した経営判断。得た資金を電動化領域や水素などのクリーンエネルギー領域へ振り向ける。役員・従業員・土地建物は譲受の対象から外れる。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 林新之助 | パワー半導体の垂直統合をめざしたローム買収提案とその取り下げ 2026年、デンソーはSiCパワー半導体を含む車載半導体の内製化と安定調達をめざし、ロームに対しTOBで全株を取得して子会社化する総額約1兆3000億円規模の買収を提案した。ロームは東芝・三菱電機とのパワー半導体事業統合を選び、取締役会と特別委員会の賛同が得られなかったため、デンソーは2026年4月に提案を取り下げた。買収によらない協業を続ける一方、同日に最大約3136億円の自己株式TOBを発表した。 詳細を読む | ★★★ |
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事実根拠:出所(デンソー)