決断
借りた技術を自前の品質へ組み替え、稼ぎ先を親会社の外へ広げる。この二つで下請けの位置から抜け出してきた。1953年に独ロバート・ボシュと業務資本提携を締結し、株式10%と配当連動のロイヤリティーを対価に特許と技術の全面公開を得て、1954年のカーヒーターを皮切りに1957年のカーエアコンまで製品領域を広げ、1961年に自動車部品メーカーとして初のデミング賞を受けた。品質を握ると、次は売り先だった。1982年に売上高1兆円計画で非自動車1,000億円を掲げ、1996年に社名から「日本」を外し、1999年には部品ビッグ3への復帰を宣言して系列の外へ販路を拡大した。
2026年3月 ローム株式取得提案の撤回
設備投資額と研究開発費2025 2026 研究開発費(億円) 6,194 6,901 設備投資額(億円) 3,711 3,693 2025年9月 日本特殊陶業へスパークプラグ譲渡
パワトレインとエレクトリフィケーションの売上収益2025 2026 パワトレインシステム(億円) 14,386 14,797 エレクトリフィケーションシステム(億円) 13,544 14,335 2020年3月 燃料ポンプ大規模リコール
製品保証引当金の残高と繰入2019 2020 2025 製品保証引当金残高(億円) 678 2,543 2,689 製品保証引当金繰入(億円) 388 2,297 784 1999年7月 トヨタ系列下で自立模索
業績の推移1998 1999 2004 売上高(兆円) 1.7 1.8 2.6 純利益率(%) 4.3 3.3 4.3 1953年5月 ボッシュとの資本業務提携
業績の推移1952 1953 1958 売上高(億円) 11 16 47 純利益率(%) 8.5 10.9 8.3