小石雄治
ダイハツ工業・元取締役社長
(敬称略) 生年月日 1894年1月1日
学歴 大阪高等工業学校
出自 —
- 出自
- 1894年に島根県で生まれ、1917年3月に大阪高等工業学校を出ると同月、発動機製造(現・ダイハツ工業)へ入社した。1939年12月に取締役、1945年6月に常務取締役、1947年12月に専務取締役と社内の階段を上がり、入社から38年をかけて社長に届いている。同じ時期に副社長を務めた藤井保久氏は1912年入社で取締役就任は同じ1939年12月であり、役員へ上がる速さで抜きん出ていたわけではない。
- 抜擢
- 1955年12月、専務取締役から取締役社長へ昇格した。前任の竹崎瑞夫氏は1947年12月に社長へ就き、8年で取締役会長へ移っている。会長就任後の竹崎氏は日本小型自動車工業会の理事長と大阪商工会議所議員を兼ねており、対外の役回りを持ったまま社内の実務を譲る形だった。就任から2年後の1957年8月に軽三輪自動車、翌1958年11月に小型貨物車を出しており、三輪から四輪へ品ぞろえを入れ替える仕事が任期の入口に置かれていたとみられる。
- 施策
- 四輪車への品目の入れ替えが在任の柱になった。1960年10月に軽貨物車、1964年2月に大衆乗用車、1966年11月に軽乗用車を続けて発売し、1961年6月には池田第二工場を稼働させている。1966年5月にディーゼル機関部門を分離してダイハツディーゼルを設立した。1967年11月にはトヨタ自動車工業・トヨタ自動車販売と業務提携を結ぶ。1968年6月に販売・サービス部門をダイハツ自動車販売として切り出し、その社長を兼ねたうえで、同年12月に取締役会長へ退いた。
- 評価
- 執筆予定
就任前(FY54)101億円
退任時-
変化-
就任前(FY54)6.8%
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1973年版 経歴・学歴・出身地・生年・出自
- 日本企業要覧 1961年版 経歴・学歴・出身地・生年