上場企業の経営論点

上場企業の経営論点>事業ポートフォリオ

隣接領域への展開

隣接領域へ参入する手段は、長いあいだ社内にしかなかった。買収が成立するには、売り手と買い手と価格の三つが揃わなければならない。しかし日本では売り手が欠けていた。上場企業の株式は取引先や主力銀行が保有して市場に出回らず、買い集められる株数は限られていた。事業部門だけを切り出して他社へ譲渡する手続きも定着していなかった。会社や工場を売却する判断は、そこで働く従業員を他社へ移す判断でもあり、長期雇用を前提にした慣行の下では提起しにくかった。

そのため、隣接市場へ参入しようとする企業が使える資源は、社内の研究所と既存の生産設備と保有する土地に限られた。参入の可否は、資金を用意できるかではなく、保有する技術がその市場で通用するかで決まった。初期の参入が資金よりも年月を費やしているのは、社内の資源しか使えなかったためである。東レは1971年に炭素繊維の事業化へ踏み切り、黒字化まで約40年の赤字を引き受けた。SCREENホールディングスは写真製版の技術をウエハー処理へ転用し、ディスコは注射針を切る砥石を半導体用の薄さへ発展させた。

一方、鉄道会社が使ったのは技術ではなく立地であった。東急は1922年から鉄道敷設と沿線開発を一体で回し、東日本旅客鉄道は駅ナカを鉄道外収益源に育てた。いずれも、参入から収益化までの年月を本業の利益で支えた。

売り手が欠けているという前提が変わったのは1990年代である。持ち合いが解けて外国人株主が増加すると、企業は資本の使い方を外部へ説明するようになった。1990年代半ばから、資本効率やキャッシュフローなど、使われていない資本の大きさを示す指標が相次いで導入された。同じころ持ち株会社の解禁を求める声が上がり、1990年代末には業界をまたぐ大型合併と、自動車と部品の大規模な再編が続いた。事業がM&Aの対象になれば、隣接領域への参入に要する年月を対価で置き換えられる。

キヤノンは2016年に6,655億円で東芝メディカルの買収に踏み切り、医療事業へ一度に参入した。東レが40年にわたって社内で説明し続けた赤字は、買収であれば買収価格として最初に確定する。つまり、年月で支払うなら説明の相手は社内で足りる。しかし対価で支払えば、回収の見込みを株主へ示さなければならない。

財務諸表のどこを見るか

セグメント情報のうち、売上高ではなくセグメント資産と設備投資額の配分を見る。新しい領域は売上が立つ前に資産と投資が先に動くため、経営が本気で寄せているかは資産の配分に現れる。研究開発費のセグメント別内訳も同じ読み方をする。買収で隣接へ移った場合は、キャッシュ・フロー計算書の子会社株式の取得による支出と、貸借対照表ののれん・顧客関連資産を突き合わせ、対価が何へ配分されたかを確かめる。全社費用として配賦されず残った額の大きさも見る。

2020年代

2026年リンクアンドモチベーションSELFとの株式交換で企業向けAIを取り込みSELFBOTの取り込みとモチベーションクラウドの変革サービス化2026年キリンHDJamieson Wellnessを買収カナダのサプリメント首位の全株取得と北米市場への進出2026年神戸物産LSGアジア太平洋の機内食15社取得グルメ杵屋との合弁を通じた機内食への参入と海外調達網の拡充2026年積水化学工業Ausbuild社の51%取得豪州クイーンズランド州の宅地開発・住宅建設会社を足場にした工業化住宅の海外展開2026年塩野義製薬米IntraBioを買収希少神経疾患薬AQNEURSAの全権利と、エダラボンに続く米国希少疾患事業の拡張2026年村田製作所米Resonant社ののれん減損XBAR技術の取得をねらった買収と、のれん438億円が消えた結末2026年ユナイテッドアローズTABAYAホールディングスへの移行全事業の子会社承継と、M&Aを含む非アパレル進出への備え2026年コロワイドC-Unitedの買収珈琲館など3業態のカフェチェーン取得と業態ポートフォリオの拡充2026年阪和興業「Go Beyond」策定中期経営計画2028海外M&A・電池材料への攻めの投資転換2026年加賀電子新光商事をTOBで買収純資産を下回る1株1,580円の据え置きと、下限引き下げによる72.45%の取得2026年大和証券G本社オリックス銀行の全株取得預金の貸出先となる融資機能の取得と市場運用型銀行からの脱却2025年大成建設東洋建設をTOBで買収海洋土木大手の取り込みと完全子会社化2025年大林組MWH機軸の積極M&A佐藤俊美体制の始動と、北米を軸とした買収攻勢への転換2025年MIXI豪PointsBet買収スポーツベッティング事業者の取り込みによる海外市場への本格参入2025年SHIFTライズコンサルへの出資資本を投じての事業領域の拡張と、かつて手がけた領域への回帰2025年アマダエイチアンドエフとビアメカニクス買収自前開発ではなく687億円の買収による超大型プレスと基板の微細穴明の獲得2025年豊田合成芦森工業をTOBで買収シートベルト大手を傘下に収める完全子会社化2025年東日本旅客鉄道高輪ゲートウェイシティ開発品川車両基地跡地の再開発による、不動産を第3の柱とする布石2024年円谷フィールズHDソフィアの子会社化持株会社ごとの取り込みによる、エース電研の傘下入り2024年ロート製薬ユーヤンサンの取得三井物産と組んでのシンガポール漢方薬企業の取り込み2024年小野薬品工業米Decipheraの買収約24億米ドルを投じ、欧米で自ら薬を販売する体制を獲得するという選択2024年フューチャーリヴァンプ買収でグループ化連続買収による総合コンサルティンググループ化2024年電通総研電通のシンクタンク移管コンサルティング子会社2社の統合と、シンクタンクの名を冠した商号への変更2024年ルネサスエレクトロニクス米アルティウムの買収設計ソフトウェアへの越境と、伝統的な半導体メーカーからの脱皮2024年セイコーエプソン米Fiery社の子会社化ソフトウェアへの初の大型投資と、翌期に生じたのれんの減損2024年浜松ホトニクスNKTフォトニクス子会社化デンマーク企業の取り込みによるレーザ・ファイバ光学領域への事業拡張2024年豊田通商台数依存からの構造転換台数依存からの脱却と、売上10兆円規模の商社化2024年稲畑産業丸石化学品など連続買収自力成長からマジョリティ出資への方針転換と、大五通商・ノバセルの取り込み2024年第一ライフGエムスリーに対抗し買収先行TOBへの対抗による、福利厚生代行最大手の取り込み2024年トーセイ名古屋鉄道と資本業務提携創業者に代わる筆頭株主の登場と、資本の後ろ盾の入れ替え2024年日本航空非航空事業の利益5割目標新体制の発足と、空を運ぶだけの会社から離れる構造改革の始動2023年ローツェイアスの子会社化連続買収による半導体周辺装置とライフサイエンスへの多角化2023年壱番屋竹井の買収ラーメン・もつ鍋店の連続買収とカレーパン専門店の開業による業容の拡大2023年日本テレビHDスタジオジブリの子会社化議決権42.34%の取得による子会社化2022年ペプチドリームPDRファーマの子会社化富士フイルム富山化学から引き継ぐ放射性医薬品事業の取得2022年ソニーホンダとEV合弁を設立連結対象外とした折半出資の合弁への技術の持ち込みと、モビリティへの踏み出し2022年ライフネット生命保険auじぶん銀行と業務提携業務提携を足がかりとした団体信用生命保険事業への参入2022年島津製作所日水製薬の買収公開買付けによる取得と、体外診断薬・臨床検査領域への参入2021年森永乳業Turtle Island Foods買収海外買収への資金集中による、乳業の外への収益源の広がり2021年コスモス薬品調剤事業へ本格参入食品中心の物販で集めた客数を生かす調剤併設店の展開2021年クスリのアオキHDフード&ドラッグ転換食品スーパーの連続M&Aによる、売り場と品揃えの組み替え2021年ビジョナル持株会社化とマザーズ上場新設した持株会社の下への事業会社の再配置と株式公開2021年テルモCSL Plasmaとの原料血漿採取の協業米国280超の採取センターへのRikaの一斉導入による単一顧客型の参入2021年ENEOS HD再エネのJRE買収再エネ専業の1800億円での買収と石油依存からの脱炭素シフト2021年ルネサスエレクトロニクス英Dialog社の買収3度目の巨額M&Aに踏み切ったうえでの、車載依存からの脱却2021年東日本旅客鉄道Suica軸の二軸経営へ転換2期で6,700億円を失った後の、二軸経営への組み替え2021年西日本旅客鉄道コロナ禍での資本増強JRグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換2021年ニトリ島忠買収でホームセンター進出同業ではない新業態の取り込みによる事業領域の広がり2020年レゾナックHD日立化成の買収自社より大きい相手を取り込み、レゾナックが生まれる(2020年成立)2020年ソニーフィナンシャルHDを完全子会社化3,967億円を投じた公開買付けによる上場子会社の取り込み2020年ナカニシ米DCI社の子会社化成長戦略を自力開発から海外M&Aへ切り替える方針の転換2020年サンリオ辻信太郎氏の社長退任と辻朋邦氏への継承創業60年で初のトップ交代と、第二の創業を掲げた構造改革2020年ヤマダHDヤマダデンキ分社と持株会社化家電販売を事業会社へ切り出し、暮らしまるごと戦略を統括するグループ経営会社へ

2010年代

2019年ディップAI・RPA事業「コボット」展開求人広告一本だった事業への、採用後の業務までを担う領域の拡張2019年不二製油世界3位ブラマーの買収業務用チョコレートを手がける同業の取り込みと、規模の一気の拡大2019年リガクHDXwinSysの買収イスラエル企業の取り込みによる、半導体量産ラインのX線計測への参入2019年LINEヤフーZOZO買収で親子上場4,007億円で議決権の過半だけを取り、ファッションECを時間ごと買収した選択2019年タダノデマーグクレーン事業の取得米テレックスからのドイツ生産拠点の集約2019年パン・パシフィック・インターナショナルHDユニーの完全子会社化PPIHへの改称——総合スーパー大手を呑み2兆円企業2019年三菱商事蘭エネコの共同買収中部電力と8対2で組み、欧州の発電から小売りまでの全事業を抱える選択2018年JTプルームで加熱式参入先行を許した市場への後発参入と、そこからの巻き返し2018年ZOZOZOZOSUITへの投資撤退自社ブランドへの進出と1年余りでの撤退・特別損失の計上2018年富士紡HD東京金型とGFIの連続買収化成品事業を第4の柱に育てるための金型・射出成形の取り込み2018年クラレ米カルゴン・カーボン取得環境ソリューションを第3の柱に据える事業構成の組み替え2018年ADEKA日本農薬の連結子会社化1928年に分離した相手を公開買付けと第三者割当増資で51%まで戻す資本の再結合2018年FUJIファスフォードテクノロジ買収商号の「FUJI」への変更2018年ルネサスエレクトロニクス米IDTの買収車載・データセンター向けアナログ半導体の品揃えの増強2018年ワークマンワークマンプラス展開WORKMAN Plusによる作業服から一般客・アウトドアへの客層転換2018年マネックスGコインチェックの買収NEMの不正送金から3か月後の取得と、のれんの立たない45億円2017年メルカリメルペイ設立で決済参入スマホ決済への参入による、フリマと決済をつなぐ自社経済圏の構築2017年大塚HD植物性食品デイヤフーズの買収医薬に寄せず栄養事業を植物性食品へ拡大した資源の振り分け2017年楽天G完全仮想化でMNO参入既存3社に挑む第4の携帯事業者としての自前網の構築2017年日本電気硝子米PPGのガラス繊維事業取得欧米3拠点(英国・オランダ・米国)の取り込みによるガラス繊維事業の海外展開2017年コマツ米ジョイ・グローバル買収米鉱山機械大手の取り込みによる製品群のフルライン化2017年日立建機豪ブラッドケンの買収鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツも交えた消耗部品事業の獲得2017年村田製作所ソニーの電池事業を譲受リチウムイオン二次電池の取り込みと、対価を上回る純資産が生んだ負ののれん2016年トリドールHD丸亀製麺に次ぐ業態買収持株会社への移行と、単一業態への依存からマルチブランド化への転換2016年ビジョナルHRMOSの投入とSaaS多角化隣接市場への広がりによる成功報酬型からの収益源の分散2016年freeeみずほ銀行とAPI連携国内初のメガバンクとの接続と、北国銀行への会計データの開放2016年トレンドマイクロTippingPoint事業取得米HPからのネットワークセキュリティ事業の譲受2016年横浜ゴムATG・TWS・グッドイヤーOTRの連続取得オフハイウェイタイヤ事業への連続M&Aによる事業構成の転換2016年FPG1口1,000万円の不動産商品信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化2016年IDOM「IDOM」への社名変更「ガリバー」からモビリティ事業への業容拡大2016年キヤノン東芝メディカルの買収6,655億円を投じた買収と、医療事業への本格的な参入2016年ミズノミズノスポーツスタイル投入競技用品偏重からの脱却と、街着向けブランドによるカジュアル領域への展開2016年ライフコーポレーション「ビオラル」業態の創出価格ではなく有機・自然派で選ばれる売り場の、店・商品・調達の三層での自前化2016年SBIHD米リップルとの提携提携を足がかりとした暗号資産事業への参入2016年東京ガスずっともプランで電力参入電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売2015年MIXIフンザを115億円買収モンスト一本足からの脱却を狙ったチケット売買事業への参入と、その閉鎖2015年THKTRWのL&S事業譲受欧米にまたがる事業の引き受けによる海外基盤の獲得2015年ノジマアイ・ティー・エックス買収携帯電話販売代理店の取り込みによる第二の収益源づくり2015年MTGSIXPADの発売EMS機器を軸に、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築2015年光通信ウォーターダイレクトの買収中小企業向け営業チャネルに水・保険・電力を載せ替える多品目化2014年東レ米ゾルテックを買収買収を通じた産業用炭素繊維という新たな市場への進出2014年住友ベークライト米Vaupellの買収川澄化学工業の子会社化と併せた医療機器・航空機部品事業の構築2014年伊藤忠エネクス大阪カーライフグループ買収買収を足がかりとした、自動車ディーラー事業への本格参入2014年日本テレビHDHulu日本事業の承継持分の全部取得による定額動画配信への参入2013年パーソルHDインテリジェンスHD買収全株式取得による転職メディア・人材紹介事業の取り込み2013年神戸物産ジー・コミュニケーション取得クックイノベンチャーを買収主体にした外食10社の取り込みと外食への本格参入2013年クスリのアオキHD全店調剤併設化「併設率70%」を掲げた店舗機能の再構築と医療分野への軸足移動2013年マネーフォワードクラウド会計への参入個人向け一本足からの脱却と法人向けという二本目の柱の確立2013年ロート製薬ADR-001の開発他家脂肪由来の幹細胞製剤を手がける再生医療への参入2013年オリックス蘭ロベコの買収2,551億円を投じた資産運用事業への本格進出2012年関電工銚子風力開発へ出資風力発電会社への資本参加による、発電事業そのものへの進出2012年旭化成米ZOLLを買収22.1億ドルを投じた、クリティカルケア事業への参入2012年インターネットイニシアティブ法人ストック型への転換フロー型のISP接続に依存した収益構造からの脱却と事業モデルの組み替え2012年ジャストシステムタブレット教育スマイルゼミ投入売り切りのソフト販売から家庭向け通信教育への事業の組み替え2012年MARUWAヤマギワ株式を取得企業再生支援機構からの全株式7億円での引き受け2012年豊田通商仏CFAOの買収買収による現地流通網の獲得を通じたアフリカ市場への進出2012年三菱HCキャピタル米JSAの買収Jackson Square Aviation の買収と航空機リースの本格化2012年三井倉庫HD三洋電機ロジスティクスの取得航空貨物・家電系物流子会社の連続取得による事業領域の拡張2012年日本テレビHDBS日本統合と持株会社移行認定放送持株会社への移行と、地上波事業会社の分割設立2011年アドバンテストVerigy買収SoCテスタの取り込み──メモリからSoCへ、テスタ世界首位の確立2011年リコーHOYAからペンタックス買収祖業のカメラを外から補い、品ぞろえと技術を埋める選択2011年イオンマルナカ2社を子会社化中四国トップの食品スーパーの取り込みによる地盤の獲得2011年三井住友FGプロミスの完全子会社化銀行が消費者金融を全面的に抱えた再編2011年大和証券G本社大和ネクスト銀行の設立証券グループの銀行業参入2011年ANAHDエアアジア・ジャパン設立格安航空(LCC)への参入と二ブランド体制の構築2011年ヤマダHDヒノキヤグループの子会社化住宅事業への参入と「くらしまるごと」への多角化2010年システナカテナ吸収合併と商号変更合併した二社を「システナ」の新社名の下に一体化する再編2010年円谷フィールズHD円谷プロダクションの子会社化映像コンテンツ版権元の取り込みによる、遊技機の外への収益源の広がり2010年LINEライブドアの買収63億円を投じた検索サービス「NAVER」への取り込み2010年住友商事ジュピターテレコムの争奪公開買付けで議決権を40.1%へ高め筆頭株主を守った判断2010年KDDIジュピターテレコムへの資本参加自社網の積み増しから327万世帯の顧客基盤の持分取得への転換

2000年代

2009年ケイアイスター不動産「はなまるハウス」投入世帯収入300万〜500万円台の一次取得層に向けた規格型注文住宅への品揃え拡張2009年パーク24マツダレンタカー取得レンタカー事業の取り込みによるモビリティ事業への参入2009年サイバーエージェントジークレストを完全子会社化オンラインゲーム子会社の全株取得による課金事業の取り込み2009年GSユアサ本田技研とブルーエナジー設立完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入2009年パナソニック三洋電機の買収リチウムイオン電池と太陽電池の技術を、のれん5,144億円を積んで取りに行く選択2009年キヤノン蘭オセの連結子会社化「自前主義」を返上した初の大型買収2009年三井住友FG日興コーディアル買収金融危機に揺れるシティからの証券リテール基盤の取り込み2009年サンドラッグダイレックスの買収ドラッグストアとディスカウントストアによる二業態体制への移行2008年野村不動産HD東芝不動産の株式取得ジオ・アカマツの全株式と65%の持分取得による商業・賃貸ビル事業の拡張2008年第一三共印ランバクシーの買収買収による事業構造の二本立て化と「複眼経営」への移行2008年楽天Gイーバンク銀行を傘下化200億円の出資による銀行の取り込みと、金融事業の中核への据え直し2008年住友重機械工業独デマーグなど5社買収欧州機械メーカーを続けて取り込む5社連続取得2007年山崎製パン不二家の51%子会社化二度重ねた第三者割当増資の引受と、菓子の老舗の再建支援2007年エーザイ米MGIファーマの買収約39億ドルを投じたバイオ医薬の取り込みによるがん領域の強化2007年富士フイルム「アスタリフト」発売写真技術の化粧品への転用と、スキンケアブランドによる新市場への進出2007年リクルートHDスタッフサービス買収持株会社ごとの取得による事業基盤の獲得2007年ダイフクジャービス・ビー・ウェブ買収技術提携先の取り込みによる空港システム事業への参入2007年THKリズム買収で輸送機器参入同業の買収を足がかりとした新たな事業領域への進出2007年オンキヨーソーテックの子会社化パソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退2007年パン・パシフィック・インターナショナルHD長崎屋を買収しGMS参入食品・大型店への進出と、MEGAドン・キホーテ業態の母胎づくり2007年ユナイテッドアローズ三菱商事との資本提携自己株式162万株の譲渡による資本・業務両面での結び付き2007年HOYAペンタックスの買収買収による事業ポートフォリオの入れ替えと収益源の組み替え2007年BIPROGYケンブリッジの買収ネットマークスへのTOBと合わせたサービス事業への転換2007年SBIHD住信SBIネット銀行の設立住友信託銀行との折半出資で銀行業へ入り、連結子会社にはしなかった選択2007年SBIHDジャパンネクストPTS開業米ゴールドマン・サックスとの折半出資で始めた私設取引システム(PTS)事業への参入2006年伊藤園タリーズコーヒー日本を子会社化運営会社フードエックス・グローブの株式取得による店舗網の取り込み2006年ホシザキ米LANCER・GRAMの買収二社同時買収による北米の飲料機器事業と欧州の冷蔵庫事業の取得2006年豊田通商トーメンとの吸収合併資本提携から完全統合へ進めた経営再建中の商社の取り込みと総合商社化2006年ファーストリテイリング低価格GUの設立主力ブランドより安い価格帯を担う新ブランドの立ち上げ2005年カカクコム食べログの立ち上げ価格比較に続く二本目の収益源としての、飲食店口コミ事業の育成2005年はごろもフーズマルアイなど3社を取得乾物メーカー3社の全株式取得と、初めての連結決算2005年久光製薬エスエス製薬の事業承継吸収分割による医療用医薬品事業の譲り受けと品ぞろえの拡充2005年ゆうちょ銀行日本郵政公社の投資信託募集業務開始他社商品の窓口販売で手数料を得る収益構造への転換2005年メディパルHDパルタックの完全子会社化全国大手の日用品卸の統合と、医薬品卸だけの事業構成の転換2005年ゼンショーHDMMD戦略の確立M&Aによる多業態フードチェーンの構築2005年名古屋鉄道中部国際空港線の新設新空港の開港に合わせた常滑からの延伸と、空港アクセスの確保2004年S Foodsムラチクの完全子会社化株式交換で全株を取り込んだうえでの、本体への吸収合併2004年マクニカHDマクニカネットワークス設立ネットワーク事業の分社化による独立した運営体制の確立2004年サイバーエージェントアメーバブログ開始ブログサービスの立ち上げによるメディア事業への参入2004年楽天Gあおぞらカード買収カード会社の取得による個人金融事業への参入と、後の自社ブランド化2004年楽天G旅の窓口買収で経済圏構築宿泊予約からDLJ証券にまで及んだ連続買収と、三領域にまたがる事業圏づくり2004年ピジョン国立病院機構の院内保育一括受託育児用品メーカーによる院内保育所の一括運営と14年後の契約満了2004年吉野家HD米国産牛肉で牛丼販売休止輸入停止を受けても代替調達に踏み切らず、主力商品の販売を休止した選択2003年荏原製作所ACT'95でガス化溶融炉参入ポンプ依存からの脱却とダイオキシン規制下の環境事業への傾斜2003年東京建物「Brillia」へブランド統一郊外マンション分譲への参入と、市場別5ブランドの一本化2003年東武鉄道東京スカイツリー建設に投資1,349億円を投じた、電波塔を核とする街づくりへの転換2003年東北電力東北水力地熱の子会社化東北インテリジェント通信を含む2社の傘下入れによるグループ事業の再編2003年メイテックGHD上海現地法人の設立中国エンジニア育成・供給事業への進出2002年ユキグニファクトリー五泉バイオセンター新設競合主力のぶなしめじ・エリンギへの参入と生産拠点の増設2002年神戸製鋼所神戸製鉄所で電力事業参入製鉄所構内での石炭火力発電所の建設と、電力卸供給という収益源の確保2002年マネックスGDLJとの合併検討中断後の信用取引参入顧客保護を理由に見送ってきた貸株サービスの開始2001年ホクト雪国まいたけの主力品目へ参入ぶなしめじとエリンギに次ぐ第三の品目の量産と、その後の価格競争2001年ロート製薬「肌ラボ」でスキンケア参入医薬品の発想の化粧品への持ち込みと、大衆薬への依存からの脱却2001年LINEヤフーYahoo!BB参入回線なしでの集客の提供とISP料金の一部・加入インセンティブの取得2001年LIXILトステムとINAX統合純粋持株会社を統合先とした住宅設備・建材2社の一体化2001年T&DHD東京生命の破綻処理破綻した生保の引受先として太陽・大同が引き受けたT&Dフィナンシャル生命の源流2001年東日本旅客鉄道Suica導入で決済拡張交通ICから電子マネー・生活決済へ展開した事業領域の拡張2001年NSD福島総合計算センターの子会社化地域の計算センターの取り込みと、運用受託部門の切り出し2000年アスクルJASDAQ上場のEC先駆モデルインターネット受注に特化した法人向け販売モデルの確立2000年TISインテックコマツソフトの取得金融に偏重した顧客基盤の是正を目的とした事業の取り込み2000年太平洋セメントエコセメントを事業化都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立2000年京セラ米クアルコムの端末事業承継携帯電話端末事業の引き受けと、6期連続赤字という代償2000年IHI日産自動車の宇宙航空事業取得造船に代わる収益源となる固体ロケットと陸上自衛隊向け装備の取得2000年損害保険ジャパン第一生命との包括提携生保営業職員を通じた損害保険販売という新たな販路の獲得

1990年代

1999年LINEヤフーYahoo!オークション参入ショッピング事業との同時展開と、分かれたEC二本柱の明暗1999年コナミG遊戯王オフィシャルカードゲームの発売ゲームソフト化と並行した、紙のトレーディングカード事業への参入1998年カゴメ生鮮トマト事業への参入「農業への原点回帰」の旗の下での、自社菜園の全国展開1998年東京建物高輪物件のSPC第1号登録SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出1998年KDDテレウェイの吸収合併同業他社の吸収と商号のKDD株式会社への変更1997年全国保証住宅ローン保証事業に参入公的融資保証から民間金融機関向けへの主力の転換1997年KDDルートKDDの国内延伸企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設1996年大東建託大東ファイナンス設立で垂直統合賃貸経営に付随する仕事を外へ出さずグループ内で内製化する囲い込み1996年ニップン冷凍食品のニップン冷食への分社化専業子会社での製造と、工場用地・新工場・販売の本体での保持1996年ニッセイ同和損害保険日本生命による設立子会社ニッセイ損害保険の設立による損害保険業への新規参入1996年九州旅客鉄道ジェイアール九州リーテイル設立駅ビル・不動産・流通・介護へ拡大した非鉄道事業の構築1995年イオン大型SC開発に多角化郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化1994年ニデックHDD用モータへの集中磁気ヘッド支持部品への進出と、電源装置・冷却ファンの並行育成1994年ソニーPlayStation参入家庭用ゲーム市場への進出1994年ユニ・チャーム「ムーニーマン」の開発価格競争を退け、パンツ型紙おむつを3段階で開発して市場の構造を変革1994年セコムセコム在宅医療システム設立在宅医療への参入と、医療機関の経営を分離する議論への一石1994年第二電電PHS事業への参入地域別9社によるポケット電話会社の設立1993年リロG「福利厚生倶楽部」開始企業の福利厚生を代行する新事業による、第二の収益源づくり1993年飯野海運カタールLNGに参画インドネシアを含む複数プロジェクトへの参画による、液化天然ガス輸送への進出1993年第二電電日本イリジウムの設立米本社への218億円の出資と、2000年に終わった事業からの撤退1992年東海カーボン東洋カーボンと合併同年創業の同業との合流による、炭素製品国内首位の総合メーカーへの再編1991年三菱化学バーベイタムの買収光磁気ディスクの量産設備の新設と米国の記録メディア大手の取り込み1991年東京製鐵岡山工場で熱延帯鋼へ参入高炉独占品種だった熱延広幅帯鋼への電炉メーカーとしての量産参入1990年サンリオサンリオピューロランド建設物販の会社による616億円の固定資産を抱えるテーマパーク運営1990年東日本旅客鉄道アトレ・エキュート展開駅ナカ・生活サービス事業による鉄道外収益源化1990年近鉄GHD志摩スペイン村への投資観光客の回復と鉄道収入の拡大を兼ねた、複合リゾートへの出資

1980年代

1989年三菱樹脂三菱商事と共同出資会社設立光学式ビデオディスク事業への24億円投資と、新領域への足がかり1989年大塚HD米ファーマバイトの取得経営権の取得による健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得1989年日亜化学工業青色LEDの開発着手赤色LEDの価格競争からの撤退と、窒化ガリウムへの研究費の集中1988年長谷工コーポレーション京都ブライトンホテル開業本業の外へ1,000億円を投じたホテル・リゾートへの多角化1988年太陽誘電CD-Rの世界初商品化That''sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディア1987年古河機械金属ユニックを買収車載型クレーンを手がける会社の全株式取得と佐倉工場の開設1987年荏原製作所藤沢工場で真空ポンプ生産半導体製造装置分野への参入と、CMP装置の事業化1987年日東電工米ハイドロノーティクス買収米企業の取り込みを足がかりとした高分子分離膜事業への参入1987年タカタ愛知川製造所でエアバッグ量産シートベルト専業からの参入と、ガス発生装置まで含む自社生産の体制1987年九州旅客鉄道経営安定基金3877億円で発足国鉄分割民営化に伴う分離独立と、それを前提に組まれた事業設計1987年第二電電関西セルラー電話を設立全国8地域への分散設立による移動体通信への参入と、首都圏・中部圏の割り当ての譲歩1986年宝HDTomatinを設立焼酎が健在なうちに進めた海外酒類ブランドの取得1986年東燃ゼネラル石油和歌山で電力卸売に参入経営会議の組織風土の立て直しと、遊休地を収益源に変える新規事業の立ち上げ1986年日本長期信用銀行イ・アイ・イへの支援打ち切り取引開始から深入りし、1993年に至って関係を断つまでの経緯1985年旭化成リチウムイオン電池を確立吉野彰氏による基本構造の確立と、それを囲い込む特許戦略1985年富士通脱IBM路線での多角化互換路線に頼らない通信・AI・パソコンという新市場への同時攻勢1985年ユニ・チャーム売上高3000億円構想本業の外へ事業を拡大する多角化を軸とした、長期の企業規模拡大構想の策定1985年コナミG任天堂プラットフォームへ参入アーケード専業から家庭用ゲームへの事業領域の広がり1984年関電工関電工へ商号変更土木・空調管・原子力工事へ拡大した業域と、総合設備業への転換1984年トクヤマ東工場で多結晶シリコン製造開始自社の塩素と水素を生かした、半導体ウエーハ原料の国産化への参入1984年ポーラ・オルビスHDオルビスの設立通信販売の専業会社を別に立てることによる、販路の二本柱化1984年ニコンステッパーへの参入半導体露光装置を軸にした光学・半導体の二本柱の確立1984年ユニーサークルケイ・ジャパン設立専業会社を立てる方式をとったコンビニエンスストア事業への参入1984年三井住友トラストG土地信託の受託第1号国内初の事例を手がけたことによる、公有地分野への足がかりの獲得1984年第一勧業銀行ハートファイナンス設立都市銀行初となる消費者金融専門会社の設立と、取引先企業との提携ローンの導入1984年四国電力STNetの設立情報通信事業への参入を担う専業子会社の設立と新事業の立ち上げ1983年オリエンタルランド東京ディズニーランド開業埋立地の担保力に依存した巨額借入による、米国式テーマパークの全面的な移植1982年コムシスHD日本通信建設が光ファイバー参入光ファイバーケーブル工事への早期参入1982年山崎製パンサンエブリーをデイリーヤマザキ化自前のコンビニ網の構築による小売チャネルの内製化1982年ナカニシ工業用切削機器へ参入歯科用の高速回転技術を医療の外へ展開した新規事業の立ち上げ1982年ヨネックスゴルフ事業への進出商号のヨネックスへの変更と新素材クラブの発売1981年伊藤園中国茶の独占輸入から缶入り化無糖のウーロン飲料という新市場の開拓と、飲料業界への進出1981年キユーピー卵黄レシチンでファインケミカルへ進出マヨネーズの卵を医薬品や化粧品の原料にも加工する事業の開始1981年FUJICP-1で実装機へ転換工作機械専業から電子部品実装機への主力転換1981年ヤマトHD宅急便で郵便小包に対抗官業による独占体制に挑み、約20年におよんだ規制との争い1980年AGCアミーバ的多角化戦略型研究開発を核とした新規事業の相次ぐ立ち上げ1980年フジクラ光ファイバと融着接続機への投資共同研究のファイバ技術とは別の、接続装置の自社開発1980年パイオニアLDプレーヤーVP-1000発表レーザーディスク事業への集中投資と、映像メディアへの進出

1970年代

1979年大王製紙「エリエール」で家庭紙参入ティシューペーパーを起点とした紙おむつ・ナプキンへの品目拡大1978年三菱化学ライフサイエンス分野へ再参入生命科学の専門研究所の設立と、そこを起点とする研究体制の構築1977年ニチロ北洋漁業の縮小で陸上転換二百カイリ規制を受けた漁労依存からの脱却と、加工・畜産事業への軸足移動1977年マルハ二百カイリ後の加工食品転換遠洋漁業に依存した主力事業からの撤退と養殖への軸足移動1976年大和ハウス工業ロードサイド店舗への進出流通店舗事業への参入と非住宅多角化1976年東急不動産HD東急ハンズを設立不動産デベロッパーが自ら手がける、異業種である小売への参入1976年東燃ゼネラル石油石炭液化分野へ進出石油精製専業からの多角化と、エンジニアリング事業の立ち上げ1976年リクルートHD「住宅情報」創刊新たな情報誌を足がかりとした住宅・不動産分野への多角化1976年日本ビクターVHS開発で世界標準に独自開発したVTR規格を他社へ広く供与して普及させた標準化の戦い1976年KADOKAWA"犬神家の一族"で映画参入東宝と提携した劇場映画の製作による映画事業への参入1975年ロート製薬メンソレータム商標使用権の取得近江兄弟社の支援でなく米社との直接契約による外皮用剤への参入1975年赤井電機ビデオ参入とVHS後発合流家庭用ビデオへの参入と、規格争いで後発として陣営に付く選択1975年SCREEN HDウエハー腐食機の自社開発写真製版技術の転用による半導体製造装置への参入1974年セブン&アイHDセブンイレブンの創業米国から持ち帰った小型店をフランチャイズ方式で拡大する展開1974年三和HD三和ドアー工業を合併合併を機としたシャッター専業から建材総合メーカーへの脱皮1974年カシオ計算機「カシオトロン」発売デジタル電子腕時計での時計事業への参入と、事業領域の拡大1974年ファナック産業用ロボット事業参入NC装置の部品供給から自社開発の最終製品へ拡大する立ち位置の転換1974年ピジョンベビーフード・介護用品への進出哺乳器専業からの品目入れ替えと、育児用品の総合メーカーへの転換1973年日本電子常務会の廃止と合議制の導入経営機構改革と三事業部制への移行1972年キリンHDキリンシーグラム設立で多角化麒麟麦酒、独禁法分割論下の拡販自制とビール外への多角化1972年トヨタ紡織自動車部品メーカーへ転換定款への製造品目追加と、紡織を本業とする会社であることの返上1972年カシオ計算機電卓「カシオミニ」発売12,800円という個人が購入できる価格の設定と、電卓の大衆化1972年太陽誘電「脱磁器コンデンサ」方針表明主力製品への依存を断つ方針の表明と、新製品領域への多角化1971年東レ「トレカ」の事業化炭素繊維を事業に育てる決断と、黒字化まで約40年に及ぶ赤字の引き受け1971年三菱瓦斯化学日本瓦斯化学工業との合併三菱江戸川化学との合併で生まれた新会社の発足と事業基盤の一本化1971年積水化学工業セキスイハイムで住宅参入鉄骨系ユニット住宅を差別化要因にした新しい主力事業の立ち上げ1970年山崎製パン米ナビスコとの合弁進出日綿実業を加えた合弁によるビスケット事業への進出1970年日本触媒SAP市場への後発参入アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立1970年日本セメント大型工場へ生産集約小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策の実行1970年象印マホービン電子ジャーの発売自社開発の製品を足がかりに、魔法瓶専業から家庭用電気製品部門への進出1970年川崎汽船自動車専用船PCCの実用化フルコンテナ船の投入と、世界初となる専用船型による輸送の刷新

1960年代

1969年オリンパス胃カメラ・内視鏡事業の独立専任の事業部の新設による、腰を据えた本格展開への踏み出し1969年東京海上HD長期総合保険の発売掛け捨ての補償に貯蓄性を足した長期商品への踏み出し1968年鹿島建設霞が関ビル完成超高層・耐震技術への先行投資と開発事業への進出1968年東洋紡犬山工場のフィルム転換パルプ主体の事業モデルからフィルムへの全面的な転換1968年帝人未来事業本部を発足繊維一本足からの脱却を掲げた新規事業探索の専門組織づくり1968年旭化成水島コンビナート建設売上高に匹敵する1000億円を投じた石油化学への本格進出1968年ディスコ極薄砥石ミクロンカットの開発注射針・万年筆向けの砥石屋による半導体用の極薄化への開発1968年コマツ油圧ショベルに参入後発での参入と、直販網で挑んだ総合建機化1967年日本特殊陶業セラミックICパッケージ発売自社技術を電子部品へ展開する非自動車領域への多角化1967年オムロン阪急北千里駅の無人化制御技術を社会インフラへ展開する社会システム事業と世界初の無人駅システム1966年東洋紡呉羽紡績を吸収合併ナイロン事業への足がかりを得るための同業大手の取り込み1966年川崎重工業American Kawasaki設立二輪車の米国販売会社の設立と、中・大型車に集中した北米市場への傾斜1966年日本瓦斯新日本瓦斯の設立関東の中堅都市ガス事業者を傘下に収めた、都市ガス事業への進出1966年東急多摩田園都市の建設鉄道の敷設と沿線の開発を一体で回す事業モデルの確立1965年堀場製作所排ガス測定装置の事業化自動車から出る気体を測る装置の製品化と、世への送り出し1965年ホリプロ東京音楽出版の設立放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用1964年クラフティア九州電工ホーム設立で総合設備化空調・管工事と水処理工事への参入による総合設備工事会社への転換1964年日本電気硝子滋賀高月にCRT工場新設ブラウン管ガラスへの後発参入と、専用工場による生産体制の確立1964年日本ガイシ6対4構想で非碍子へ第1次長期経営計画での「碍子6・非碍子4」構想の策定と周辺分野への多角化1964年セイコーエプソン"EPSON"ブランド制定東京オリンピックの計時用プリンターを起点とした印刷機事業の立ち上げ1963年サントリーHDビール市場への参入主力が順風のうちに、優位に立つ見込みの薄い市場へあえて踏み出す選択1962年デンカ青海工場でゴム国産化国産技術によるクロロプレンゴムの企業化と、丸善石油化学コンビナートへの参加1962年汽車製造滋賀製作所の建設と多角化車両専業という立ち位置からの脱却と、事業多角化への転換1962年NSユナイテッド海運東邦海運と合併し新和海運に日鐵汽船からの改称をともなう2社統合と、新社名での再出発1961年日油川崎・千鳥工場で石化進出連続赤字下で踏み切った新工場の建設と主力事業の入れ替え1961年日本発條トヨタ向けシート事業参入豊田工場の新設と、完成車メーカー専用の生産体制の確立1961年SMCエア三点セット製造へ転換焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化1961年日本航空電子工業米ハネウェルと技術提携海外大手との技術援助契約を足がかりにした航空機搭載機器への進出1960年江崎グリコ総合食品化への転換栄養菓子の一本足からアイス・チョコ・ガム・カレーへ拡充した総合食品化1960年東海カーボン米キャボット社と技術提携カーボンブラック製造技術の導入と、知多工場の新設1960年日本製鋼所アンケル・ベルクと成形機提携技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大1960年コクヨオフィス什器への進出鋼製家具・ファイリング用品への参入と、協力工場生産によるコクヨ商標での販売

1950年代

1959年山九山九運輸機工に商号変更機工・建設部門への進出と、株式上場による資本市場からの調達手段の確保1959年YKKアルミサッシへの参入余ったアルミ合金の使い道として選んだ新分野への進出1958年大日本印刷シャドーマスクの量産開始フォトマスクへの展開を伴うエレクトロニクス分野への多角化1958年東宝不動産活用委員会の設置興行の場である劇場を不動産資産として運用する体制への移行1957年上村工業めっき用化学品の製造開始本社に薬品部を設置しての、自社での薬品づくりへの踏み出し1956年味の素協和発酵とMSG買取契約うま味調味料の単品依存から総合食品企業への転換1956年東映アニメーション日動映画買収し専属化短編の外注先だった制作会社を長編漫画映画の自前スタジオへ改組1956年島津製作所航空機器部門の新設とギャレット社との提携戦時の部品量産の経験を生かしたジェット機国産化への参加1956年日亜化学工業阿南市で蛍光体原料開発塩化カルシウムを主原料とする蛍光灯用蛍光体原料の開発と、日亜化学工業の設立1955年リコーリコピーによる市場参入複写機を足がかりに据えた事務機市場への本格的な進出1954年豊田自動織機S型エンジンで農機参入手持ち技術の転用から踏み出した多角化と、そこで味わった躓き1954年ヤマハヤマハ音楽教室の開設教室を通じて弾き手を育て、楽器需要そのものを喚起する市場の創造1954年山九ユーゴスラビアへのプラント輸出戦後の日本企業として初の受注と、一貫作業による海外進出の足がかり1953年信越化学工業GEとの提携でシリコーン事業化技術提携を足がかりとした事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え1953年三菱鉱業セメント三菱セメントを設立石炭に代わる事業の選定と、系列各社の共同出資による別会社方式での参入1953年豊田自動織機トヨタ向けOEM生産参入完成車の受託生産を通じた織機会社の構造転換1953年アズビル米ハネウエルと資本提携50対50の折半出資と、工業計器・空調制御機器・マイクロスイッチの包括的な技術導入1953年東京精密空気マイクロメータの工業化日本初の工業化と、切削工具から精密測定機器への主力の移行1953年岩谷産業マルヰプロパンの発売家庭用LPガスを全国へ届ける流通体制の構築と販売の転換1952年DIC日本ライヒホールド設立米国の化学メーカーと組んだ合弁による合成樹脂事業への参入1951年ニチレイコールド・ベルトによる総合食品化冷蔵倉庫業から「冷力を核とする総合食品企業」への転換

1940年代

1930年代

1920年代

1910年代

1900年代

1890年代

1870年代

掛け合わせで見る

自社技術による隣接領域への展開74事例

2026年村田製作所米Resonant社ののれん減損XBAR技術の取得をねらった買収と、のれん438億円が消えた結末2025年アマダエイチアンドエフとビアメカニクス買収自前開発ではなく687億円の買収による超大型プレスと基板の微細穴明の獲得2024年浜松ホトニクスNKTフォトニクス子会社化デンマーク企業の取り込みによるレーザ・ファイバ光学領域への事業拡張2023年ローツェイアスの子会社化連続買収による半導体周辺装置とライフサイエンスへの多角化2022年島津製作所日水製薬の買収公開買付けによる取得と、体外診断薬・臨床検査領域への参入2019年リガクHDXwinSysの買収イスラエル企業の取り込みによる、半導体量産ラインのX線計測への参入2018年JTプルームで加熱式参入先行を許した市場への後発参入と、そこからの巻き返し2018年ZOZOZOZOSUITへの投資撤退自社ブランドへの進出と1年余りでの撤退・特別損失の計上2018年FUJIファスフォードテクノロジ買収商号の「FUJI」への変更2017年楽天G完全仮想化でMNO参入既存3社に挑む第4の携帯事業者としての自前網の構築2016年SBIHD米リップルとの提携提携を足がかりとした暗号資産事業への参入2015年MTGSIXPADの発売EMS機器を軸に、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築2009年GSユアサ本田技研とブルーエナジー設立完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入2007年富士フイルム「アスタリフト」発売写真技術の化粧品への転用と、スキンケアブランドによる新市場への進出2007年THKリズム買収で輸送機器参入同業の買収を足がかりとした新たな事業領域への進出2003年荏原製作所ACT'95でガス化溶融炉参入ポンプ依存からの脱却とダイオキシン規制下の環境事業への傾斜2000年太平洋セメントエコセメントを事業化都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立1994年ユニ・チャーム「ムーニーマン」の開発価格競争を退け、パンツ型紙おむつを3段階で開発して市場の構造を変革1993年第二電電日本イリジウムの設立米本社への218億円の出資と、2000年に終わった事業からの撤退1991年東京製鐵岡山工場で熱延帯鋼へ参入高炉独占品種だった熱延広幅帯鋼への電炉メーカーとしての量産参入1989年三菱樹脂三菱商事と共同出資会社設立光学式ビデオディスク事業への24億円投資と、新領域への足がかり1989年日亜化学工業青色LEDの開発着手赤色LEDの価格競争からの撤退と、窒化ガリウムへの研究費の集中1988年太陽誘電CD-Rの世界初商品化That''sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディア1987年荏原製作所藤沢工場で真空ポンプ生産半導体製造装置分野への参入と、CMP装置の事業化1987年日東電工米ハイドロノーティクス買収米企業の取り込みを足がかりとした高分子分離膜事業への参入1987年タカタ愛知川製造所でエアバッグ量産シートベルト専業からの参入と、ガス発生装置まで含む自社生産の体制1987年第二電電関西セルラー電話を設立全国8地域への分散設立による移動体通信への参入と、首都圏・中部圏の割り当ての譲歩1985年旭化成リチウムイオン電池を確立吉野彰氏による基本構造の確立と、それを囲い込む特許戦略1984年トクヤマ東工場で多結晶シリコン製造開始自社の塩素と水素を生かした、半導体ウエーハ原料の国産化への参入1982年コムシスHD日本通信建設が光ファイバー参入光ファイバーケーブル工事への早期参入1982年ナカニシ工業用切削機器へ参入歯科用の高速回転技術を医療の外へ展開した新規事業の立ち上げ1982年ヨネックスゴルフ事業への進出商号のヨネックスへの変更と新素材クラブの発売1981年キユーピー卵黄レシチンでファインケミカルへ進出マヨネーズの卵を医薬品や化粧品の原料にも加工する事業の開始1981年FUJICP-1で実装機へ転換工作機械専業から電子部品実装機への主力転換1980年AGCアミーバ的多角化戦略型研究開発を核とした新規事業の相次ぐ立ち上げ1980年フジクラ光ファイバと融着接続機への投資共同研究のファイバ技術とは別の、接続装置の自社開発1980年パイオニアLDプレーヤーVP-1000発表レーザーディスク事業への集中投資と、映像メディアへの進出1978年三菱化学ライフサイエンス分野へ再参入生命科学の専門研究所の設立と、そこを起点とする研究体制の構築1977年マルハ二百カイリ後の加工食品転換遠洋漁業に依存した主力事業からの撤退と養殖への軸足移動1975年赤井電機ビデオ参入とVHS後発合流家庭用ビデオへの参入と、規格争いで後発として陣営に付く選択1974年三和HD三和ドアー工業を合併合併を機としたシャッター専業から建材総合メーカーへの脱皮1974年カシオ計算機「カシオトロン」発売デジタル電子腕時計での時計事業への参入と、事業領域の拡大1972年太陽誘電「脱磁器コンデンサ」方針表明主力製品への依存を断つ方針の表明と、新製品領域への多角化1971年東レ「トレカ」の事業化炭素繊維を事業に育てる決断と、黒字化まで約40年に及ぶ赤字の引き受け1971年積水化学工業セキスイハイムで住宅参入鉄骨系ユニット住宅を差別化要因にした新しい主力事業の立ち上げ1970年日本触媒SAP市場への後発参入アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立1970年象印マホービン電子ジャーの発売自社開発の製品を足がかりに、魔法瓶専業から家庭用電気製品部門への進出1970年川崎汽船自動車専用船PCCの実用化フルコンテナ船の投入と、世界初となる専用船型による輸送の刷新1968年鹿島建設霞が関ビル完成超高層・耐震技術への先行投資と開発事業への進出1968年帝人未来事業本部を発足繊維一本足からの脱却を掲げた新規事業探索の専門組織づくり1968年ディスコ極薄砥石ミクロンカットの開発注射針・万年筆向けの砥石屋による半導体用の極薄化への開発1967年日本特殊陶業セラミックICパッケージ発売自社技術を電子部品へ展開する非自動車領域への多角化1967年オムロン阪急北千里駅の無人化制御技術を社会インフラへ展開する社会システム事業と世界初の無人駅システム1965年堀場製作所排ガス測定装置の事業化自動車から出る気体を測る装置の製品化と、世への送り出し1964年日本ガイシ6対4構想で非碍子へ第1次長期経営計画での「碍子6・非碍子4」構想の策定と周辺分野への多角化1964年セイコーエプソン"EPSON"ブランド制定東京オリンピックの計時用プリンターを起点とした印刷機事業の立ち上げ1962年デンカ青海工場でゴム国産化国産技術によるクロロプレンゴムの企業化と、丸善石油化学コンビナートへの参加1961年日本発條トヨタ向けシート事業参入豊田工場の新設と、完成車メーカー専用の生産体制の確立1961年日本航空電子工業米ハネウェルと技術提携海外大手との技術援助契約を足がかりにした航空機搭載機器への進出1960年江崎グリコ総合食品化への転換栄養菓子の一本足からアイス・チョコ・ガム・カレーへ拡充した総合食品化1960年東海カーボン米キャボット社と技術提携カーボンブラック製造技術の導入と、知多工場の新設1960年日本製鋼所アンケル・ベルクと成形機提携技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大1957年上村工業めっき用化学品の製造開始本社に薬品部を設置しての、自社での薬品づくりへの踏み出し1956年島津製作所航空機器部門の新設とギャレット社との提携戦時の部品量産の経験を生かしたジェット機国産化への参加1956年日亜化学工業阿南市で蛍光体原料開発塩化カルシウムを主原料とする蛍光灯用蛍光体原料の開発と、日亜化学工業の設立1953年信越化学工業GEとの提携でシリコーン事業化技術提携を足がかりとした事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え1953年アズビル米ハネウエルと資本提携50対50の折半出資と、工業計器・空調制御機器・マイクロスイッチの包括的な技術導入1953年東京精密空気マイクロメータの工業化日本初の工業化と、切削工具から精密測定機器への主力の移行1952年DIC日本ライヒホールド設立米国の化学メーカーと組んだ合弁による合成樹脂事業への参入1946年明治製菓ペニシリン製造の開始抗生物質の原末まで自前で生産する体制の構築と、戦災を受けた川崎工場の再起1926年倉敷紡績倉敷絹織を別会社設立人絹工業への進出を本体から切り離して担わせた新会社(現クラレ)1926年東レ三井物産の出資で設立人絹事業への進出と、親会社の名を冠さない社名での設立1923年古河電工独シーメンスと富士電機設立資本・技術提携にもとづく合弁会社の設立と、重電分野への足がかり1917年ADEKA古河系電気化学として創立電解の副生水素を使う硬化油事業を併せ持つ会社としての出発

海外買収による隣接領域への展開45事例

2026年キリンHDJamieson Wellnessを買収カナダのサプリメント首位の全株取得と北米市場への進出2026年神戸物産LSGアジア太平洋の機内食15社取得グルメ杵屋との合弁を通じた機内食への参入と海外調達網の拡充2026年積水化学工業Ausbuild社の51%取得豪州クイーンズランド州の宅地開発・住宅建設会社を足場にした工業化住宅の海外展開2026年塩野義製薬米IntraBioを買収希少神経疾患薬AQNEURSAの全権利と、エダラボンに続く米国希少疾患事業の拡張2026年村田製作所米Resonant社ののれん減損XBAR技術の取得をねらった買収と、のれん438億円が消えた結末2026年阪和興業「Go Beyond」策定中期経営計画2028海外M&A・電池材料への攻めの投資転換2025年大林組MWH機軸の積極M&A佐藤俊美体制の始動と、北米を軸とした買収攻勢への転換2025年MIXI豪PointsBet買収スポーツベッティング事業者の取り込みによる海外市場への本格参入2024年ロート製薬ユーヤンサンの取得三井物産と組んでのシンガポール漢方薬企業の取り込み2024年小野薬品工業米Decipheraの買収約24億米ドルを投じ、欧米で自ら薬を販売する体制を獲得するという選択2024年ルネサスエレクトロニクス米アルティウムの買収設計ソフトウェアへの越境と、伝統的な半導体メーカーからの脱皮2024年セイコーエプソン米Fiery社の子会社化ソフトウェアへの初の大型投資と、翌期に生じたのれんの減損2024年浜松ホトニクスNKTフォトニクス子会社化デンマーク企業の取り込みによるレーザ・ファイバ光学領域への事業拡張2021年森永乳業Turtle Island Foods買収海外買収への資金集中による、乳業の外への収益源の広がり2021年ルネサスエレクトロニクス英Dialog社の買収3度目の巨額M&Aに踏み切ったうえでの、車載依存からの脱却2020年ナカニシ米DCI社の子会社化成長戦略を自力開発から海外M&Aへ切り替える方針の転換2019年不二製油世界3位ブラマーの買収業務用チョコレートを手がける同業の取り込みと、規模の一気の拡大2019年リガクHDXwinSysの買収イスラエル企業の取り込みによる、半導体量産ラインのX線計測への参入2019年タダノデマーグクレーン事業の取得米テレックスからのドイツ生産拠点の集約2019年三菱商事蘭エネコの共同買収中部電力と8対2で組み、欧州の発電から小売りまでの全事業を抱える選択2018年クラレ米カルゴン・カーボン取得環境ソリューションを第3の柱に据える事業構成の組み替え2018年ルネサスエレクトロニクス米IDTの買収車載・データセンター向けアナログ半導体の品揃えの増強2017年大塚HD植物性食品デイヤフーズの買収医薬に寄せず栄養事業を植物性食品へ拡大した資源の振り分け2017年日本電気硝子米PPGのガラス繊維事業取得欧米3拠点(英国・オランダ・米国)の取り込みによるガラス繊維事業の海外展開2017年コマツ米ジョイ・グローバル買収米鉱山機械大手の取り込みによる製品群のフルライン化2017年日立建機豪ブラッドケンの買収鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツも交えた消耗部品事業の獲得2016年トレンドマイクロTippingPoint事業取得米HPからのネットワークセキュリティ事業の譲受2015年THKTRWのL&S事業譲受欧米にまたがる事業の引き受けによる海外基盤の獲得2014年東レ米ゾルテックを買収買収を通じた産業用炭素繊維という新たな市場への進出2014年住友ベークライト米Vaupellの買収川澄化学工業の子会社化と併せた医療機器・航空機部品事業の構築2013年オリックス蘭ロベコの買収2,551億円を投じた資産運用事業への本格進出2012年旭化成米ZOLLを買収22.1億ドルを投じた、クリティカルケア事業への参入2012年豊田通商仏CFAOの買収買収による現地流通網の獲得を通じたアフリカ市場への進出2012年三菱HCキャピタル米JSAの買収Jackson Square Aviation の買収と航空機リースの本格化2011年アドバンテストVerigy買収SoCテスタの取り込み──メモリからSoCへ、テスタ世界首位の確立2009年キヤノン蘭オセの連結子会社化「自前主義」を返上した初の大型買収2008年第一三共印ランバクシーの買収買収による事業構造の二本立て化と「複眼経営」への移行2008年住友重機械工業独デマーグなど5社買収欧州機械メーカーを続けて取り込む5社連続取得2007年エーザイ米MGIファーマの買収約39億ドルを投じたバイオ医薬の取り込みによるがん領域の強化2007年ダイフクジャービス・ビー・ウェブ買収技術提携先の取り込みによる空港システム事業への参入2006年ホシザキ米LANCER・GRAMの買収二社同時買収による北米の飲料機器事業と欧州の冷蔵庫事業の取得2000年京セラ米クアルコムの端末事業承継携帯電話端末事業の引き受けと、6期連続赤字という代償1991年三菱化学バーベイタムの買収光磁気ディスクの量産設備の新設と米国の記録メディア大手の取り込み1989年大塚HD米ファーマバイトの取得経営権の取得による健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得1987年日東電工米ハイドロノーティクス買収米企業の取り込みを足がかりとした高分子分離膜事業への参入

隣接領域への主力事業の移行40事例

2024年豊田通商台数依存からの構造転換台数依存からの脱却と、売上10兆円規模の商社化2020年ヤマダHDヤマダデンキ分社と持株会社化家電販売を事業会社へ切り出し、暮らしまるごと戦略を統括するグループ経営会社へ2016年横浜ゴムATG・TWS・グッドイヤーOTRの連続取得オフハイウェイタイヤ事業への連続M&Aによる事業構成の転換2016年FPG1口1,000万円の不動産商品信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化2016年キヤノン東芝メディカルの買収6,655億円を投じた買収と、医療事業への本格的な参入2012年ジャストシステムタブレット教育スマイルゼミ投入売り切りのソフト販売から家庭向け通信教育への事業の組み替え2010年円谷フィールズHD円谷プロダクションの子会社化映像コンテンツ版権元の取り込みによる、遊技機の外への収益源の広がり2004年吉野家HD米国産牛肉で牛丼販売休止輸入停止を受けても代替調達に踏み切らず、主力商品の販売を休止した選択2000年IHI日産自動車の宇宙航空事業取得造船に代わる収益源となる固体ロケットと陸上自衛隊向け装備の取得1997年全国保証住宅ローン保証事業に参入公的融資保証から民間金融機関向けへの主力の転換1987年古河機械金属ユニックを買収車載型クレーンを手がける会社の全株式取得と佐倉工場の開設1987年荏原製作所藤沢工場で真空ポンプ生産半導体製造装置分野への参入と、CMP装置の事業化1984年関電工関電工へ商号変更土木・空調管・原子力工事へ拡大した業域と、総合設備業への転換1981年FUJICP-1で実装機へ転換工作機械専業から電子部品実装機への主力転換1977年ニチロ北洋漁業の縮小で陸上転換二百カイリ規制を受けた漁労依存からの脱却と、加工・畜産事業への軸足移動1977年マルハ二百カイリ後の加工食品転換遠洋漁業に依存した主力事業からの撤退と養殖への軸足移動1974年三和HD三和ドアー工業を合併合併を機としたシャッター専業から建材総合メーカーへの脱皮1974年ピジョンベビーフード・介護用品への進出哺乳器専業からの品目入れ替えと、育児用品の総合メーカーへの転換1972年トヨタ紡織自動車部品メーカーへ転換定款への製造品目追加と、紡織を本業とする会社であることの返上1972年太陽誘電「脱磁器コンデンサ」方針表明主力製品への依存を断つ方針の表明と、新製品領域への多角化1970年象印マホービン電子ジャーの発売自社開発の製品を足がかりに、魔法瓶専業から家庭用電気製品部門への進出1969年東京海上HD長期総合保険の発売掛け捨ての補償に貯蓄性を足した長期商品への踏み出し1964年クラフティア九州電工ホーム設立で総合設備化空調・管工事と水処理工事への参入による総合設備工事会社への転換1964年日本電気硝子滋賀高月にCRT工場新設ブラウン管ガラスへの後発参入と、専用工場による生産体制の確立1962年汽車製造滋賀製作所の建設と多角化車両専業という立ち位置からの脱却と、事業多角化への転換1961年SMCエア三点セット製造へ転換焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化1960年日本製鋼所アンケル・ベルクと成形機提携技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大1960年コクヨオフィス什器への進出鋼製家具・ファイリング用品への参入と、協力工場生産によるコクヨ商標での販売1957年上村工業めっき用化学品の製造開始本社に薬品部を設置しての、自社での薬品づくりへの踏み出し1956年味の素協和発酵とMSG買取契約うま味調味料の単品依存から総合食品企業への転換1956年日亜化学工業阿南市で蛍光体原料開発塩化カルシウムを主原料とする蛍光灯用蛍光体原料の開発と、日亜化学工業の設立1955年リコーリコピーによる市場参入複写機を足がかりに据えた事務機市場への本格的な進出1954年豊田自動織機S型エンジンで農機参入手持ち技術の転用から踏み出した多角化と、そこで味わった躓き1953年信越化学工業GEとの提携でシリコーン事業化技術提携を足がかりとした事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え1953年豊田自動織機トヨタ向けOEM生産参入完成車の受託生産を通じた織機会社の構造転換1953年東京精密空気マイクロメータの工業化日本初の工業化と、切削工具から精密測定機器への主力の移行1951年ニチレイコールド・ベルトによる総合食品化冷蔵倉庫業から「冷力を核とする総合食品企業」への転換1947年三洋電機井植歳男氏が自転車ランプで創業松下を退いての独立と、北条工場を拠点とする総合家電への出発1946年グンゼメリヤス業への転換紡績への復帰を捨てた、フルファッション技術の編み物への転用1872年資生堂銀座の洋風調剤薬局で創業西洋医薬の店頭販売から化粧品メーカーへ広がった事業の起点

収益モデル転換による隣接領域への展開33事例

2026年大和証券G本社オリックス銀行の全株取得預金の貸出先となる融資機能の取得と市場運用型銀行からの脱却2022年ペプチドリームPDRファーマの子会社化富士フイルム富山化学から引き継ぐ放射性医薬品事業の取得2017年日立建機豪ブラッドケンの買収鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツも交えた消耗部品事業の獲得2016年ビジョナルHRMOSの投入とSaaS多角化隣接市場への広がりによる成功報酬型からの収益源の分散2016年東京ガスずっともプランで電力参入電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売2013年マネーフォワードクラウド会計への参入個人向け一本足からの脱却と法人向けという二本目の柱の確立2012年関電工銚子風力開発へ出資風力発電会社への資本参加による、発電事業そのものへの進出2012年インターネットイニシアティブ法人ストック型への転換フロー型のISP接続に依存した収益構造からの脱却と事業モデルの組み替え2012年ジャストシステムタブレット教育スマイルゼミ投入売り切りのソフト販売から家庭向け通信教育への事業の組み替え2009年パーク24マツダレンタカー取得レンタカー事業の取り込みによるモビリティ事業への参入2009年サイバーエージェントジークレストを完全子会社化オンラインゲーム子会社の全株取得による課金事業の取り込み2007年BIPROGYケンブリッジの買収ネットマークスへのTOBと合わせたサービス事業への転換2005年ゆうちょ銀行日本郵政公社の投資信託募集業務開始他社商品の窓口販売で手数料を得る収益構造への転換2004年サイバーエージェントアメーバブログ開始ブログサービスの立ち上げによるメディア事業への参入2002年マネックスGDLJとの合併検討中断後の信用取引参入顧客保護を理由に見送ってきた貸株サービスの開始2001年LINEヤフーYahoo!BB参入回線なしでの集客の提供とISP料金の一部・加入インセンティブの取得2001年NSD福島総合計算センターの子会社化地域の計算センターの取り込みと、運用受託部門の切り出し2000年太平洋セメントエコセメントを事業化都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立1998年東京建物高輪物件のSPC第1号登録SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出1996年九州旅客鉄道ジェイアール九州リーテイル設立駅ビル・不動産・流通・介護へ拡大した非鉄道事業の構築1995年イオン大型SC開発に多角化郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化1993年リロG「福利厚生倶楽部」開始企業の福利厚生を代行する新事業による、第二の収益源づくり1986年東燃ゼネラル石油和歌山で電力卸売に参入経営会議の組織風土の立て直しと、遊休地を収益源に変える新規事業の立ち上げ1986年日本長期信用銀行イ・アイ・イへの支援打ち切り取引開始から深入りし、1993年に至って関係を断つまでの経緯1984年三井住友トラストG土地信託の受託第1号国内初の事例を手がけたことによる、公有地分野への足がかりの獲得1976年KADOKAWA"犬神家の一族"で映画参入東宝と提携した劇場映画の製作による映画事業への参入1974年セブン&アイHDセブンイレブンの創業米国から持ち帰った小型店をフランチャイズ方式で拡大する展開1969年東京海上HD長期総合保険の発売掛け捨ての補償に貯蓄性を足した長期商品への踏み出し1965年ホリプロ東京音楽出版の設立放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用1958年東宝不動産活用委員会の設置興行の場である劇場を不動産資産として運用する体制への移行1954年ヤマハヤマハ音楽教室の開設教室を通じて弾き手を育て、楽器需要そのものを喚起する市場の創造1917年南満洲鉄道朝鮮国有鉄道の受託経営朝鮮総督府が管理する路線の引き受けと、鮮満両鉄道の一体運営1904年三越デパートメントストア宣言座売りの全廃による陳列販売への転換

隣接領域への設備投資32事例

2025年東日本旅客鉄道高輪ゲートウェイシティ開発品川車両基地跡地の再開発による、不動産を第3の柱とする布石2021年テルモCSL Plasmaとの原料血漿採取の協業米国280超の採取センターへのRikaの一斉導入による単一顧客型の参入2017年楽天G完全仮想化でMNO参入既存3社に挑む第4の携帯事業者としての自前網の構築2009年GSユアサ本田技研とブルーエナジー設立完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入2005年名古屋鉄道中部国際空港線の新設新空港の開港に合わせた常滑からの延伸と、空港アクセスの確保2003年東武鉄道東京スカイツリー建設に投資1,349億円を投じた、電波塔を核とする街づくりへの転換2002年ユキグニファクトリー五泉バイオセンター新設競合主力のぶなしめじ・エリンギへの参入と生産拠点の増設2002年神戸製鋼所神戸製鉄所で電力事業参入製鉄所構内での石炭火力発電所の建設と、電力卸供給という収益源の確保2001年ホクト雪国まいたけの主力品目へ参入ぶなしめじとエリンギに次ぐ第三の品目の量産と、その後の価格競争1997年KDDルートKDDの国内延伸企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設1996年ニップン冷凍食品のニップン冷食への分社化専業子会社での製造と、工場用地・新工場・販売の本体での保持1994年第二電電PHS事業への参入地域別9社によるポケット電話会社の設立1993年飯野海運カタールLNGに参画インドネシアを含む複数プロジェクトへの参画による、液化天然ガス輸送への進出1991年三菱化学バーベイタムの買収光磁気ディスクの量産設備の新設と米国の記録メディア大手の取り込み1991年東京製鐵岡山工場で熱延帯鋼へ参入高炉独占品種だった熱延広幅帯鋼への電炉メーカーとしての量産参入1990年サンリオサンリオピューロランド建設物販の会社による616億円の固定資産を抱えるテーマパーク運営1989年三菱樹脂三菱商事と共同出資会社設立光学式ビデオディスク事業への24億円投資と、新領域への足がかり1986年東燃ゼネラル石油和歌山で電力卸売に参入経営会議の組織風土の立て直しと、遊休地を収益源に変える新規事業の立ち上げ1984年四国電力STNetの設立情報通信事業への参入を担う専業子会社の設立と新事業の立ち上げ1977年ニチロ北洋漁業の縮小で陸上転換二百カイリ規制を受けた漁労依存からの脱却と、加工・畜産事業への軸足移動1970年川崎汽船自動車専用船PCCの実用化フルコンテナ船の投入と、世界初となる専用船型による輸送の刷新1968年旭化成水島コンビナート建設売上高に匹敵する1000億円を投じた石油化学への本格進出1966年東急多摩田園都市の建設鉄道の敷設と沿線の開発を一体で回す事業モデルの確立1964年日本電気硝子滋賀高月にCRT工場新設ブラウン管ガラスへの後発参入と、専用工場による生産体制の確立1963年サントリーHDビール市場への参入主力が順風のうちに、優位に立つ見込みの薄い市場へあえて踏み出す選択1961年日油川崎・千鳥工場で石化進出連続赤字下で踏み切った新工場の建設と主力事業の入れ替え1960年東海カーボン米キャボット社と技術提携カーボンブラック製造技術の導入と、知多工場の新設1959年YKKアルミサッシへの参入余ったアルミ合金の使い道として選んだ新分野への進出1956年東映アニメーション日動映画買収し専属化短編の外注先だった制作会社を長編漫画映画の自前スタジオへ改組1953年三菱鉱業セメント三菱セメントを設立石炭に代わる事業の選定と、系列各社の共同出資による別会社方式での参入1946年明治製菓ペニシリン製造の開始抗生物質の原末まで自前で生産する体制の構築と、戦災を受けた川崎工場の再起1926年東レ三井物産の出資で設立人絹事業への進出と、親会社の名を冠さない社名での設立

連続買収による事業領域の拡大28事例

2026年リンクアンドモチベーションSELFとの株式交換で企業向けAIを取り込みSELFBOTの取り込みとモチベーションクラウドの変革サービス化2026年コロワイドC-Unitedの買収珈琲館など3業態のカフェチェーン取得と業態ポートフォリオの拡充2026年加賀電子新光商事をTOBで買収純資産を下回る1株1,580円の据え置きと、下限引き下げによる72.45%の取得2025年大林組MWH機軸の積極M&A佐藤俊美体制の始動と、北米を軸とした買収攻勢への転換2025年アマダエイチアンドエフとビアメカニクス買収自前開発ではなく687億円の買収による超大型プレスと基板の微細穴明の獲得2024年フューチャーリヴァンプ買収でグループ化連続買収による総合コンサルティンググループ化2024年豊田通商台数依存からの構造転換台数依存からの脱却と、売上10兆円規模の商社化2024年稲畑産業丸石化学品など連続買収自力成長からマジョリティ出資への方針転換と、大五通商・ノバセルの取り込み2023年ローツェイアスの子会社化連続買収による半導体周辺装置とライフサイエンスへの多角化2023年壱番屋竹井の買収ラーメン・もつ鍋店の連続買収とカレーパン専門店の開業による業容の拡大2021年クスリのアオキHDフード&ドラッグ転換食品スーパーの連続M&Aによる、売り場と品揃えの組み替え2020年ナカニシ米DCI社の子会社化成長戦略を自力開発から海外M&Aへ切り替える方針の転換2019年不二製油世界3位ブラマーの買収業務用チョコレートを手がける同業の取り込みと、規模の一気の拡大2019年パン・パシフィック・インターナショナルHDユニーの完全子会社化PPIHへの改称——総合スーパー大手を呑み2兆円企業2018年富士紡HD東京金型とGFIの連続買収化成品事業を第4の柱に育てるための金型・射出成形の取り込み2016年トリドールHD丸亀製麺に次ぐ業態買収持株会社への移行と、単一業態への依存からマルチブランド化への転換2016年横浜ゴムATG・TWS・グッドイヤーOTRの連続取得オフハイウェイタイヤ事業への連続M&Aによる事業構成の転換2014年伊藤忠エネクス大阪カーライフグループ買収買収を足がかりとした、自動車ディーラー事業への本格参入2013年パーソルHDインテリジェンスHD買収全株式取得による転職メディア・人材紹介事業の取り込み2012年旭化成米ZOLLを買収22.1億ドルを投じた、クリティカルケア事業への参入2012年三井倉庫HD三洋電機ロジスティクスの取得航空貨物・家電系物流子会社の連続取得による事業領域の拡張2011年イオンマルナカ2社を子会社化中四国トップの食品スーパーの取り込みによる地盤の獲得2008年住友重機械工業独デマーグなど5社買収欧州機械メーカーを続けて取り込む5社連続取得2007年BIPROGYケンブリッジの買収ネットマークスへのTOBと合わせたサービス事業への転換2005年ゼンショーHDMMD戦略の確立M&Aによる多業態フードチェーンの構築2004年楽天G旅の窓口買収で経済圏構築宿泊予約からDLJ証券にまで及んだ連続買収と、三領域にまたがる事業圏づくり2000年TISインテックコマツソフトの取得金融に偏重した顧客基盤の是正を目的とした事業の取り込み1966年日本瓦斯新日本瓦斯の設立関東の中堅都市ガス事業者を傘下に収めた、都市ガス事業への進出

ブランドを軸とした隣接領域への展開24事例

2024年電通総研電通のシンクタンク移管コンサルティング子会社2社の統合と、シンクタンクの名を冠した商号への変更2023年日本テレビHDスタジオジブリの子会社化議決権42.34%の取得による子会社化2018年FUJIファスフォードテクノロジ買収商号の「FUJI」への変更2017年大塚HD植物性食品デイヤフーズの買収医薬に寄せず栄養事業を植物性食品へ拡大した資源の振り分け2016年IDOM「IDOM」への社名変更「ガリバー」からモビリティ事業への業容拡大2016年ミズノミズノスポーツスタイル投入競技用品偏重からの脱却と、街着向けブランドによるカジュアル領域への展開2015年MTGSIXPADの発売EMS機器を軸に、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築2012年MARUWAヤマギワ株式を取得企業再生支援機構からの全株式7億円での引き受け2011年リコーHOYAからペンタックス買収祖業のカメラを外から補い、品ぞろえと技術を埋める選択2010年円谷フィールズHD円谷プロダクションの子会社化映像コンテンツ版権元の取り込みによる、遊技機の外への収益源の広がり2006年伊藤園タリーズコーヒー日本を子会社化運営会社フードエックス・グローブの株式取得による店舗網の取り込み2003年東京建物「Brillia」へブランド統一郊外マンション分譲への参入と、市場別5ブランドの一本化1989年大塚HD米ファーマバイトの取得経営権の取得による健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得1988年太陽誘電CD-Rの世界初商品化That''sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディア1982年ヨネックスゴルフ事業への進出商号のヨネックスへの変更と新素材クラブの発売1979年大王製紙「エリエール」で家庭紙参入ティシューペーパーを起点とした紙おむつ・ナプキンへの品目拡大1976年KADOKAWA"犬神家の一族"で映画参入東宝と提携した劇場映画の製作による映画事業への参入1970年山崎製パン米ナビスコとの合弁進出日綿実業を加えた合弁によるビスケット事業への進出1966年川崎重工業American Kawasaki設立二輪車の米国販売会社の設立と、中・大型車に集中した北米市場への傾斜1964年セイコーエプソン"EPSON"ブランド制定東京オリンピックの計時用プリンターを起点とした印刷機事業の立ち上げ1963年サントリーHDビール市場への参入主力が順風のうちに、優位に立つ見込みの薄い市場へあえて踏み出す選択1960年江崎グリコ総合食品化への転換栄養菓子の一本足からアイス・チョコ・ガム・カレーへ拡充した総合食品化1904年三越デパートメントストア宣言座売りの全廃による陳列販売への転換1872年資生堂銀座の洋風調剤薬局で創業西洋医薬の店頭販売から化粧品メーカーへ広がった事業の起点

隣接領域の内製化20事例

2024年円谷フィールズHDソフィアの子会社化持株会社ごとの取り込みによる、エース電研の傘下入り2016年FPG1口1,000万円の不動産商品信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化2016年ライフコーポレーション「ビオラル」業態の創出価格ではなく有機・自然派で選ばれる売り場の、店・商品・調達の三層での自前化2014年伊藤忠エネクス大阪カーライフグループ買収買収を足がかりとした、自動車ディーラー事業への本格参入2013年神戸物産ジー・コミュニケーション取得クックイノベンチャーを買収主体にした外食10社の取り込みと外食への本格参入2005年ゼンショーHDMMD戦略の確立M&Aによる多業態フードチェーンの構築1996年大東建託大東ファイナンス設立で垂直統合賃貸経営に付随する仕事を外へ出さずグループ内で内製化する囲い込み1994年ユニ・チャーム「ムーニーマン」の開発価格競争を退け、パンツ型紙おむつを3段階で開発して市場の構造を変革1987年タカタ愛知川製造所でエアバッグ量産シートベルト専業からの参入と、ガス発生装置まで含む自社生産の体制1982年山崎製パンサンエブリーをデイリーヤマザキ化自前のコンビニ網の構築による小売チャネルの内製化1981年キユーピー卵黄レシチンでファインケミカルへ進出マヨネーズの卵を医薬品や化粧品の原料にも加工する事業の開始1980年フジクラ光ファイバと融着接続機への投資共同研究のファイバ技術とは別の、接続装置の自社開発1970年日本触媒SAP市場への後発参入アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立1968年旭化成水島コンビナート建設売上高に匹敵する1000億円を投じた石油化学への本格進出1965年ホリプロ東京音楽出版の設立放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用1961年SMCエア三点セット製造へ転換焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化1956年東映アニメーション日動映画買収し専属化短編の外注先だった制作会社を長編漫画映画の自前スタジオへ改組1929年伊藤忠商事呉羽紡績の創立繊維商社から工業(紡績)経営への進出1897年住友電工住友伸銅場を開設日本製銅の買収を足がかりとする銅線製造事業の立ち上げ1896年東京建物安田善次郎による設立月賦建築請負・担保貸付・売買仲介を1社で手がけた不動産金融の始まり

プラットフォームからの領域拡大15事例

2016年ビジョナルHRMOSの投入とSaaS多角化隣接市場への広がりによる成功報酬型からの収益源の分散2016年freeeみずほ銀行とAPI連携国内初のメガバンクとの接続と、北国銀行への会計データの開放2014年日本テレビHDHulu日本事業の承継持分の全部取得による定額動画配信への参入2010年LINEライブドアの買収63億円を投じた検索サービス「NAVER」への取り込み2007年SBIHDジャパンネクストPTS開業米ゴールドマン・サックスとの折半出資で始めた私設取引システム(PTS)事業への参入2005年カカクコム食べログの立ち上げ価格比較に続く二本目の収益源としての、飲食店口コミ事業の育成2004年楽天Gあおぞらカード買収カード会社の取得による個人金融事業への参入と、後の自社ブランド化2004年楽天G旅の窓口買収で経済圏構築宿泊予約からDLJ証券にまで及んだ連続買収と、三領域にまたがる事業圏づくり2001年東日本旅客鉄道Suica導入で決済拡張交通ICから電子マネー・生活決済へ展開した事業領域の拡張1994年ソニーPlayStation参入家庭用ゲーム市場への進出1988年太陽誘電CD-Rの世界初商品化That''sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディア1987年第二電電関西セルラー電話を設立全国8地域への分散設立による移動体通信への参入と、首都圏・中部圏の割り当ての譲歩1976年日本ビクターVHS開発で世界標準に独自開発したVTR規格を他社へ広く供与して普及させた標準化の戦い1975年赤井電機ビデオ参入とVHS後発合流家庭用ビデオへの参入と、規格争いで後発として陣営に付く選択1917年南満洲鉄道朝鮮国有鉄道の受託経営朝鮮総督府が管理する路線の引き受けと、鮮満両鉄道の一体運営

事業ポートフォリオのほかの論点

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