隣接領域への展開
隣接領域へ参入する手段は、長いあいだ社内にしかなかった。買収が成立するには、売り手と買い手と価格の三つが揃わなければならない。しかし日本では売り手が欠けていた。上場企業の株式は取引先や主力銀行が保有して市場に出回らず、買い集められる株数は限られていた。事業部門だけを切り出して他社へ譲渡する手続きも定着していなかった。会社や工場を売却する判断は、そこで働く従業員を他社へ移す判断でもあり、長期雇用を前提にした慣行の下では提起しにくかった。
そのため、隣接市場へ参入しようとする企業が使える資源は、社内の研究所と既存の生産設備と保有する土地に限られた。参入の可否は、資金を用意できるかではなく、保有する技術がその市場で通用するかで決まった。初期の参入が資金よりも年月を費やしているのは、社内の資源しか使えなかったためである。東レは1971年に炭素繊維の事業化へ踏み切り、黒字化まで約40年の赤字を引き受けた。SCREENホールディングスは写真製版の技術をウエハー処理へ転用し、ディスコは注射針を切る砥石を半導体用の薄さへ発展させた。
一方、鉄道会社が使ったのは技術ではなく立地であった。東急は1922年から鉄道敷設と沿線開発を一体で回し、東日本旅客鉄道は駅ナカを鉄道外収益源に育てた。いずれも、参入から収益化までの年月を本業の利益で支えた。
売り手が欠けているという前提が変わったのは1990年代である。持ち合いが解けて外国人株主が増加すると、企業は資本の使い方を外部へ説明するようになった。1990年代半ばから、資本効率やキャッシュフローなど、使われていない資本の大きさを示す指標が相次いで導入された。同じころ持ち株会社の解禁を求める声が上がり、1990年代末には業界をまたぐ大型合併と、自動車と部品の大規模な再編が続いた。事業がM&Aの対象になれば、隣接領域への参入に要する年月を対価で置き換えられる。
キヤノンは2016年に6,655億円で東芝メディカルの買収に踏み切り、医療事業へ一度に参入した。東レが40年にわたって社内で説明し続けた赤字は、買収であれば買収価格として最初に確定する。つまり、年月で支払うなら説明の相手は社内で足りる。しかし対価で支払えば、回収の見込みを株主へ示さなければならない。
財務諸表のどこを見るか
セグメント情報のうち、売上高ではなくセグメント資産と設備投資額の配分を見る。新しい領域は売上が立つ前に資産と投資が先に動くため、経営が本気で寄せているかは資産の配分に現れる。研究開発費のセグメント別内訳も同じ読み方をする。買収で隣接へ移った場合は、キャッシュ・フロー計算書の子会社株式の取得による支出と、貸借対照表ののれん・顧客関連資産を突き合わせ、対価が何へ配分されたかを確かめる。全社費用として配賦されず残った額の大きさも見る。