上場企業の経営論点>事業ポートフォリオ

隣接領域への展開

隣接領域への展開は、自社の技術を横へ持ち出す方法から、事業ごと買ってくる方法へ変わった。前半の企業は資金より年月を費やしている。東レは1971年に炭素繊維の事業化へ踏み切り、黒字化まで約40年の赤字を引き受けた。SCREENホールディングスは写真製版の技術をウエハー処理へ転用し、ディスコは注射針を切る砥石を半導体用の薄さへ延ばしている。鉄道会社は技術ではなく場所を使い、東急は1922年から鉄道敷設と沿線開発を一体で回し、東日本旅客鉄道は駅ナカを鉄道外収益の柱に育てた。2000年代以降、この年月は対価へ置き換わる。キヤノンは2016年に6,655億円で東芝メディカルの買収に踏み切り、医療事業へ一度に参入した。隣へ移るのに要する時間を、研究所の年月から買収の対価へ置き換えている。

財務諸表のどこを見るか

セグメント情報のうち、売上高ではなくセグメント資産と設備投資額の配分を見る。新しい領域は売上が立つ前に資産と投資が先に動くため、経営が本気で寄せているかは資産の配分に現れる。研究開発費のセグメント別内訳も同じ読み方をする。買収で隣接へ移った場合は、キャッシュ・フロー計算書の子会社株式の取得による支出と、貸借対照表ののれん・顧客関連資産を突き合わせ、対価が何へ配分されたかを確かめる。全社費用として配賦されず残った額の大きさも見る。

2020年代

2026年 村田製作所 米Resonant社ののれん減損 XBAR技術の取得をねらった買収と、のれん438億円が消えた結末 2026年 阪和興業 「Go Beyond」策定 中期経営計画2028海外M&A・電池材料への攻めの投資転換 2025年 MIXI 豪PointsBet買収 スポーツベッティング事業者の取り込みによる海外市場への本格参入 2025年 SHIFT ライズコンサルへの出資 資本を投じての事業領域の拡張と、かつて手がけた領域への回帰 2025年 アマダ エイチアンドエフ買収 超大型プレス機と基板穴あけ加工機の2社を続けて取り込む連続取得 2025年 豊田合成 芦森工業をTOBで買収 シートベルト大手を傘下に収める完全子会社化 2025年 東日本旅客鉄道 高輪ゲートウェイシティ開発 品川車両基地跡地の再開発による、不動産を第3の柱とする布石 2024年 円谷フィールズHD ソフィアの子会社化 持株会社ごとの取り込みによる、エース電研の傘下入り 2024年 ロート製薬 ユーヤンサンの取得 三井物産と組んでのシンガポール漢方薬企業の取り込み 2024年 小野薬品工業 米Decipheraの買収 約24億米ドルを投じ、欧米で自ら薬を売る体を手に入れるという選択 2024年 フューチャー リヴァンプ買収でグループ化 連続買収による総合コンサルティンググループ化 2024年 電通総研 電通のシンクタンク譲受 コンサル子会社2社との統合と、シンクタンクの名を冠した商号への変更 2024年 ルネサスエレクトロニクス 米アルティウムの買収 設計ソフトウェアへの越境と、伝統的な半導体メーカーからの脱皮 2024年 セイコーエプソン 米Fiery社の子会社化 初の大型買収——ソフトウェアへの投資 2024年 浜松ホトニクス NKTフォトニクス子会社化 デンマーク企業の取り込みによるレーザ・ファイバ光学領域への事業拡張 2024年 豊田通商 台数依存からの構造転換 台数依存からの脱却と、売上10兆円規模の商社化 2024年 稲畑産業 丸石化学品など連続買収 自力成長からマジョリティ出資への方針転換と、大五通商・ノバセルの取り込み 2024年 第一ライフG エムスリーに対抗し買収 先行TOBへの対抗による、福利厚生代行最大手の取り込み 2024年 トーセイ 名古屋鉄道と資本業務提携 創業者に代わる筆頭株主の登場と、資本の後ろ盾の入れ替え 2024年 日本航空 鳥取三津子の非航空5割転換 新体制の発足と、空を運ぶだけの会社から離れる構造改革の始動 2023年 ローツェ イアスの子会社化 連続買収による半導体周辺装置とライフサイエンスへの多角化 2023年 壱番屋 竹井の買収 ラーメン・もつ鍋店の連続買収とカレーパン専門店の開業による業容の拡大 2023年 日本テレビHD スタジオジブリの子会社化 議決権42.3%の取得による子会社化 2022年 ペプチドリーム PDRファーマの子会社化 富士フイルム富山化学から引き継ぐ放射性医薬品事業の取得 2022年 ソニー ホンダとEV合弁を設立 連結の外に置いた折半出資の合弁へ技術を載せ、モビリティへ踏み出す 2022年 ライフネット生命保険 auじぶん銀行と業務提携 業務提携を足がかりとした団体信用生命保険事業への参入 2022年 島津製作所 日水製薬の買収 公開買付けによる取得と、体外診断薬・臨床検査領域への参入 2021年 森永乳業 Turtle Island Foods買収 海外買収への資金集中による、乳業の外への収益源の広がり 2021年 コスモス薬品 保険調剤へ本格参入 安売りの物販だけで来た店から処方箋を扱う側への転換 2021年 クスリのアオキHD フード&ドラッグ転換 食品スーパーの連続M&Aによる、売り場と品揃えの組み替え 2021年 ビジョナル 持株会社化とマザーズ上場 新設した持株会社の下への事業会社の再配置と株式公開 2021年 ENEOS HD 再エネのJRE買収 再エネ専業ジャパン・リニューアブル・エナジーの2000億円買収——石油依存からの脱炭素シフト 2021年 ルネサスエレクトロニクス 英Dialog社の買収 3度目の巨額M&Aに踏み切ったうえでの、車載依存からの脱却 2021年 東日本旅客鉄道 Suica軸の二軸経営へ転換 二期で六千七百億円を失った後の、二軸経営への組み替え 2021年 西日本旅客鉄道 長谷川一明の公募増資 JRグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換 2021年 ニトリ 島忠買収でホームセンター進出 同業ではない新業態の取り込みによる事業領域の広がり 2020年 レゾナックHD 日立化成の買収 自社より大きい相手を取り込み、レゾナックが生まれる(2020年成立) 2020年 ソニー フィナンシャルHDを完全子会社化 3,967億円を投じた公開買付けで上場子会社を取り込む 2020年 ナカニシ 米DCI社の子会社化 成長戦略を自力開発から海外M&Aへ切り替える方針の転換 2020年 サンリオ 辻信太郎から辻朋邦へ承継 創業60年で初のトップ交代と、第二の創業を掲げた構造改革

2010年代

2019年 ディップ AI・RPA事業「コボット」展開 求人広告一本だった事業への、採用後の業務までを担う領域の拡張 2019年 不二製油 世界3位ブラマーの買収 業務用チョコレートを手がける同業の取り込みと、規模の一気の拡大 2019年 リガクHD XwinSysの買収 イスラエル企業の取り込みによる、半導体量産ラインのX線計測への参入 2019年 LINEヤフー ZOZO買収で親子上場 4,007億円で議決権の過半だけを取り、ファッションECを時間ごと手に入れた選択 2019年 タダノ デマーグクレーン事業の取得 米テレックスからのドイツ生産拠点の集約 2019年 パン・パシフィック・インターナショナルHD ユニーの完全子会社化 PPIHへの改称——総合スーパー大手を呑み2兆円企業 2019年 三菱商事 蘭エネコの共同買収 中部電力との共同出資による約5,000億円の海外事業取得 2018年 JT プルームで加熱式参入 先行を許した市場への後発参入と、そこからの巻き返し 2018年 ZOZO ZOZOSUITへの投資撤退 採寸データを武器に自社ブランドへ踏み出し、海外事業からの撤退と特別損失で1年余りで畳んだ判断 2018年 富士紡HD GFIホールディングス買収 東京金型・藤岡モールドに連なる買収による、化成品事業の三本目の収益源への育成 2018年 クラレ 米カルゴン・カーボン取得 環境ソリューションを第3の柱に据える事業構成の組み替え 2018年 ADEKA 日本農薬の連結子会社化 1928年に分離した相手を公開買付けと第三者割当増資で51%まで戻す資本の再結合 2018年 FUJI ファスフォードテクノロジ買収 商号の「FUJI」への変更 2018年 ルネサスエレクトロニクス 米IDTの買収 車載・データセンター向けアナログ半導体の品揃えの増強 2018年 ワークマン ワークマンプラス展開 WORKMAN Plusによる作業服から一般客・アウトドアへの客層転換 2018年 マネックスG コインチェックの買収 NEM流出事件を起こした暗号資産交換業者の36億円での取り込み 2017年 メルカリ メルペイ設立で決済参入 スマホ決済への参入による、フリマと決済をつなぐ自社経済圏の構築 2017年 大塚HD 植物性食品デイヤフーズの買収 医薬に寄せず栄養事業を植物性食品へ広げた資源の振り分け 2017年 楽天G 完全仮想化でMNO参入 既存3社に挑む第4の携帯事業者としての自前網の構築 2017年 日本電気硝子 米PPGのガラス繊維事業取得 欧米3拠点(英国・オランダ・米国)の取り込みによるガラス繊維事業の海外展開 2017年 コマツ 米ジョイ・グローバル買収 米鉱山機械大手の取り込みによる製品群のフルライン化 2017年 日立建機 豪ブラッドケンの買収 鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツも交えた消耗部品事業の獲得 2017年 村田製作所 ソニーの電池事業を譲受 リチウムイオン二次電池の取り込みと、8年続いた構造改革の帰結 2016年 トリドールHD 丸亀製麺に次ぐ業態買収 持株会社への移行と、単一業態への依存からマルチブランド化への転換 2016年 ビジョナル HRMOSの投入とSaaS多角化 隣接市場への広がりによる成功報酬型からの収益源の分散 2016年 freee みずほ銀行とAPI連携 国内初のメガバンクとの接続と、北国銀行への会計データの開放 2016年 トレンドマイクロ TippingPoint事業取得 米HPからのネットワークセキュリティ参入 2016年 横浜ゴム YOHTを連続買収 オフハイウェイタイヤ事業への連続M&Aによる事業構成の転換 2016年 FPG 谷村尚永の小口化商品開始 信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化 2016年 IDOM 「IDOM」への社名変更 「ガリバー」からモビリティ事業への業容拡大 2016年 キヤノン 東芝メディカルの買収 6655億円を投じた買収と、医療事業への本格的な参入 2016年 ミズノ ミズノスポーツスタイル投入 競技用品偏重からの脱却と、街着向けブランドによるカジュアル領域への展開 2016年 ライフコーポレーション 「ビオラル」業態の創出 価格ではなく有機・自然派で選ばれる売り場を、店・商品・調達の三層で自前に抱える 2016年 SBIHD 米リップルとの提携 提携を足がかりとした暗号資産事業への参入 2016年 東京ガス ずっともプランで電力参入 電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売 2015年 MIXI フンザを115億円買収 モンスト一本足からの脱却を狙ったチケット売買事業への参入と、その閉鎖 2015年 THK TRWのL&S事業譲受 欧米にまたがる事業の引き受けによる海外基盤の獲得 2015年 ノジマ アイ・ティー・エックス買収 携帯電話販売代理店の取り込みによる第二の収益柱づくり 2015年 MTG SIXPADの発売 EMS機器を軸に、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築 2015年 光通信 ウォーターダイレクトの買収 中小企業向け営業チャネルに水・保険・電力を載せ替える多品目化 2014年 東レ 米ゾルテックを買収 買収を通じた産業用炭素繊維という新たな市場への進出 2014年 住友ベークライト 米Vaupellの買収 川澄化学工業の子会社化と併せた医療機器・航空機部品事業の構築 2014年 伊藤忠エネクス 大阪カーライフグループ買収 買収を足がかりとした、自動車ディーラー事業への本格参入 2014年 日本テレビHD Hulu日本事業の承継 事業承継による定額動画配信への参入 2013年 パーソルHD インテリジェンスHD買収 全株式取得による転職メディア・人材紹介事業の取り込み 2013年 神戸物産 ジー・コミュニケーション取得 クックイノベンチャーを受け皿にした外食10社の取り込みと外食への本格参入 2013年 クスリのアオキHD 全店調剤併設化 「併設率70%」を掲げた店舗機能の作り替えと医療分野への軸足移動 2013年 マネーフォワード クラウド会計への参入 個人向け一本足からの脱却と法人向けという二本目の柱の確立 2013年 ロート製薬 ADR-001の開発 他家脂肪由来の幹細胞製剤を手がける再生医療への参入 2013年 オリックス 蘭ロベコの買収 2400億円を投じた買収による資産運用事業への本格進出 2012年 関電工 銚子風力開発へ出資 風力発電会社への資本参加による、発電事業そのものへの進出 2012年 旭化成 米ZOLLを買収 22.1億ドルを投じた、クリティカルケア事業への参入 2012年 インターネットイニシアティブ 法人ストック型への転換 フロー型のISP接続に依存した収益構造からの脱却と事業モデルの組み替え 2012年 ジャストシステム タブレット教育スマイルゼミ投入 売り切りのソフト販売から家庭向け通信教育への事業の組み替え 2012年 MARUWA ヤマギワ株式を取得 企業再生支援機構からの全株式7億円での引き受け 2012年 豊田通商 仏CFAOの買収 買収による現地流通網の獲得を通じたアフリカ市場への進出 2012年 三菱HCキャピタル 米JSAの買収 Jackson Square Aviation の買収と航空機リースの本格化 2012年 三井倉庫HD 三洋電機ロジスティクスの取得 航空貨物・家電系物流子会社の連続取得による事業領域の拡張 2012年 日本テレビHD BS日本統合と持株会社移行 認定放送持株会社への移行と、地上波事業会社の分割設立 2011年 アドバンテスト Verigy買収 SoCテスタの取り込み──メモリからSoCへ、テスタ世界首位の確立 2011年 リコー HOYAからペンタックス買収 祖業であるカメラ事業の買い戻しと、手放していた事業の立て直し 2011年 イオン マルナカ2社を子会社化 中四国トップの食品スーパーの取り込みによる地盤の獲得 2011年 三井住友FG プロミスの完全子会社化 銀行が消費者金融を丸ごと抱えた再編 2011年 大和証券G本社 大和ネクスト銀行の設立 証券グループの銀行業参入 2011年 ANAHD エアアジア・ジャパン設立 格安航空(LCC)への参入と二ブランド体制の構築 2011年 ヤマダHD ヒノキヤグループの子会社化 住宅事業への参入と「くらしまるごと」への多角化 2010年 システナ カテナ吸収合併と商号変更 合併した二社を「システナ」の新社名の下に一体化する再編 2010年 円谷フィールズHD 円谷プロダクションの子会社化 映像コンテンツ版権元の取り込みによる、遊技機の外への収益源の広がり 2010年 LINE ライブドアの買収 63億円を投じた検索サービス「NAVER」への取り込み 2010年 住友商事 ジュピターテレコムの争奪 株式公開買い付けを通じた筆頭株主の座の確保と主導権の獲得 2010年 KDDI ジュピターテレコムへの資本参加 自社網の積み増しから327万世帯の顧客基盤の持分取得への転換

2000年代

2009年 ケイアイスター不動産 「はなまるハウス」投入 世帯収入300万〜500万円台の一次取得層に向けた規格型注文住宅への品揃え拡張 2009年 パーク24 マツダレンタカー取得 レンタカー事業の取り込みによるモビリティ事業への参入 2009年 サイバーエージェント ジークレストを完全子会社化 オンラインゲーム子会社の全株取得による課金事業の取り込み 2009年 GSユアサ 本田技研とブルーエナジー設立 完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入 2009年 パナソニック 三洋電機の買収 リチウムイオン電池と太陽電池の技術を、のれん5,144億円を積んで取りに行く選択 2009年 キヤノン 蘭オセの連結子会社化 「自前主義」を返上した初の大型買収 2009年 三井住友FG 日興コーディアル買収 金融危機に揺れるシティからの証券リテール基盤の取り込み 2009年 サンドラッグ ダイレックスの買収 ドラッグストアとディスカウントストアによる二業態体制への移行 2008年 野村不動産HD 東芝不動産の株式取得 ジオ・アカマツの全株式と65%の持分取得による商業・賃貸ビル事業の拡張 2008年 第一三共 印ランバクシーの買収 買収による事業構造の二本立て化と「複眼経営」への移行 2008年 楽天G イーバンク銀行を傘下化 200億円の出資による銀行の取り込みと、金融事業の中核への据え直し 2008年 住友重機械工業 独デマーグなど5社買収 欧州機械メーカーを続けて取り込む5社連続取得 2007年 山崎製パン 不二家の51%子会社化 資本参加と過半の取得による、同業大手の経営再建の引き受け 2007年 エーザイ 米MGIファーマの買収 約39億ドルを投じたバイオ医薬の取り込みによるがん領域の強化 2007年 富士フイルム 「アスタリフト」創設 写真技術の化粧品への転用と、スキンケアブランドによる新市場への進出 2007年 リクルートHD スタッフサービス買収 持株会社ごと取得する形での事業基盤の獲得 2007年 ダイフク ジャービス・ビー・ウェブ買収 技術提携先の取り込みによる空港システム事業への参入 2007年 THK リズム買収で輸送機器参入 同業の買収を足がかりとした新たな事業領域への進出 2007年 オンキヨー ソーテックの子会社化 パソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退 2007年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 長崎屋を買収しGMS参入 食品・大型店への進出と、MEGAドン・キホーテ業態の母胎づくり 2007年 ユナイテッドアローズ 三菱商事との資本提携 自己株式162万株の譲渡による資本・業務両面での結び付き 2007年 HOYA ペンタックスの買収 買収による事業ポートフォリオの入れ替えと収益源の組み替え 2007年 BIPROGY ケンブリッジの買収 ネットマークスへのTOBと合わせたサービス事業への転換 2007年 SBIHD 住信SBIネット銀行の設立 住友信託銀行との折半出資で銀行業へ入り、連結子会社にはしなかった選択 2007年 SBIHD ジャパンネクストPTS開業 米ゴールドマン・サックスとの折半出資で始めた私設取引システム(PTS)事業への参入 2006年 伊藤園 タリーズコーヒー日本を子会社化 運営会社フードエックス・グローブの株式取得による店舗網の取り込み 2006年 ホシザキ 米LANCER・GRAMの買収 二社同時買収による北米の飲料機器事業と欧州の冷蔵庫事業の取得 2006年 豊田通商 トーメンとの吸収合併 資本提携から完全統合へ進めた経営再建中の商社の取り込みと総合商社化 2006年 ファーストリテイリング 低価格GUの設立 主力ブランドより安い価格帯を担う新ブランドの立ち上げ 2005年 カカクコム 食べログの立ち上げ 価格比較に続く二本目の収益源としての、飲食店口コミ事業の育成 2005年 はごろもフーズ マルアイなど3社を取得 乾物メーカー3社の全株式を44億5000万円で取り込む買収 2005年 久光製薬 エスエス製薬の事業承継 吸収分割による医療用医薬品事業の譲り受けと品ぞろえの拡充 2005年 ゆうちょ銀行 日本郵政公社の投資信託募集業務開始 集めて運用するだけの稼ぎ方に、窓口で他社の商品を売って手数料を取る道を足した転換 2005年 メディパルHD パルタックの完全子会社化 日用品卸最大手を株式交換で取り込む医薬・日用品の二本柱化 2005年 ゼンショーHD MMD戦略の確立 M&Aによる多業態フードチェーンの構築 2005年 名古屋鉄道 中部国際空港線の新設 新空港の開港に合わせた常滑からの延伸と、空港アクセスの確保 2004年 S Foods ムラチクの完全子会社化 株式交換で全株を取り込んだうえでの、本体への吸収合併 2004年 マクニカHD マクニカネットワークス設立 ネットワーク事業の分社化による独立した運営体制の確立 2004年 サイバーエージェント アメーバブログ開始 ブログサービスの立ち上げによるメディア事業への参入 2004年 楽天G あおぞらカード買収 カード会社の取得による個人金融事業への参入と、後の自社ブランド化 2004年 楽天G 旅の窓口買収で経済圏構築 宿泊予約からDLJ証券にまで及んだ連続買収と、三領域にまたがる事業圏づくり 2004年 ピジョン 国立病院機構の保育受託 院内託児の一括請負による新規事業の柱づくりと、14年後の撤退 2004年 吉野家HD 米国産牛肉で牛丼販売休止 輸入停止を受けても代替調達に踏み切らず、主力商品を店頭から下げた選択 2003年 荏原製作所 ACT'95でガス化溶融炉参入 主力のポンプ事業に依存しない収益源づくりと、ダイオキシン規制下での環境事業への傾斜 2003年 東京建物 「Brillia」へブランド統一 郊外マンション分譲への参入と、市場別5ブランドの一本化 2003年 東武鉄道 東京スカイツリー建設に投資 1,430億円という巨額を投じた、新たな集客拠点への賭け 2003年 東北電力 東北水力地熱の子会社化 東北インテリジェント通信を含む2社の傘下入れによるグループ事業の再編 2003年 メイテックGHD 上海現地法人の設立 中国エンジニア育成・供給事業への進出 2002年 ユキグニファクトリー 五泉バイオセンター新設 競合主力のぶなしめじ・エリンギへの参入と生産拠点の増設 2002年 神戸製鋼所 神戸製鉄所で電力事業参入 製鉄所構内での石炭火力発電所の建設と、電力卸供給という収益源の確保 2002年 マネックスG DLJ破談後の信用取引参入 顧客保護を理由に見送ってきた貸株サービスの開始 2001年 ホクト 雪国まいたけへ対抗参入 まいたけ市場への参入と、赤字を織り込んだ値下げの継続 2001年 ロート製薬 「肌ラボ」でスキンケア参入 医薬品の発想を化粧品へ持ち込み、大衆薬への依存から抜ける 2001年 LINEヤフー Yahoo!BB参入 回線を持たずブランドと集客を出し、ISP料金の一部と加入インセンティブを得る 2001年 LIXIL トステムとINAX統合 純粋持株会社を受け皿とした住宅設備・建材2社の一体化 2001年 T&DHD 東京生命の破綻処理 破綻した生保の受け皿として太陽・大同が引き受けたT&Dフィナンシャル生命の源流 2001年 東日本旅客鉄道 Suica導入で決済拡張 交通ICから電子マネー・生活決済へ広げた事業領域の拡張 2001年 NSD 福島総合計算センターの子会社化 地域の計算センターの取り込みと、運用受託部門の切り出し 2000年 アスクル JASDAQ上場のEC先駆モデル インターネット受注に絞った法人向け販売モデルの確立 2000年 TIS コマツソフトの取得 金融に偏重した顧客基盤の是正を目的とした事業の取り込み 2000年 太平洋セメント エコセメントを事業化 都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立 2000年 京セラ 米クアルコムの端末事業承継 携帯電話端末事業の引き受けと、6期連続赤字という代償 2000年 IHI 日産自動車の宇宙航空事業取得 他社事業の取り込みを通じた航空・宇宙への軸足の移動 2000年 損害保険ジャパン 第一生命との包括提携 生保営業職員を通じた損害保険販売という新たな販路の獲得

1990年代

1999年 LINEヤフー Yahoo!オークション参入 ショッピング事業との同時展開と、分かれたEC二本柱の明暗 1999年 コナミG 遊戯王カードゲーム発売 紙のトレーディングカードによって拓いたIP収益の新機軸 1998年 カゴメ 生鮮トマト事業への参入 「農業への原点回帰」の旗の下での、自社菜園の全国展開 1998年 東京建物 高輪物件のSPC第1号登録 SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出 1998年 KDD テレウェイの吸収合併 同業他社の吸収と商号のKDD株式会社への変更 1997年 全国保証 住宅ローン保証事業に参入 公的融資保証から民間金融機関向けへの主力の移し替え 1997年 KDD ルートKDDの国内延伸 企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設 1996年 大東建託 大東ファイナンス設立で垂直統合 賃貸経営に付随する仕事を外へ出さずグループ内へ抱え込む囲い込み 1996年 ニップン ニップン冷食を設立 冷凍食品製造部門の切り出しによる専業体制の構築 1996年 ニッセイ同和損害保険 日本生命による設立 子会社ニッセイ損害保険の設立による損害保険業への新規参入 1996年 九州旅客鉄道 ジェイアール九州リーテイル設立 駅ビル・不動産・流通・介護へ広げた非鉄道事業の構築 1995年 イオン 大型SC開発に多角化 郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化 1994年 ニデック HDDモータへ集中 スピンドルモータ一本への絞り込みと、従来主力への依存からの脱却 1994年 ソニー PlayStation参入 家庭用ゲーム市場への進出 1994年 ユニ・チャーム 「ムーニーマン」の開発 パンツ型紙おむつを短期間で世に出した開発体制の確立 1994年 セコム セコム在宅医療システム設立 在宅医療への参入と、医療機関の経営を切り分ける議論への一石 1994年 第二電電 PHS事業への参入 地域別9社によるポケット電話会社の設立 1993年 リロG 「福利厚生倶楽部」開始 企業の福利厚生を代行する新事業による、第二の収益の柱づくり 1993年 飯野海運 カタールLNGに参画 インドネシアを含む複数プロジェクトへの参画による、液化天然ガス輸送への進出 1993年 第二電電 日本イリジウムの設立 米本社への218億円の出資と、2000年に終わった事業からの撤退 1992年 東海カーボン 東洋カーボンと合併 同年創業の同業との合流による、炭素製品国内首位の総合メーカーへの再編 1991年 三菱化学 バーベイタムの買収 光磁気ディスクの量産設備の新設と米国の記録メディア大手の取り込み 1991年 東京製鐵 岡山工場で熱延帯鋼へ参入 高炉独占品種だった熱延広幅帯鋼への電炉メーカーとしての量産参入 1990年 サンリオ サンリオピューロランド建設 紙とモノで稼いできた会社が616億円の固定資産を抱えるテーマパーク運営を選んだ判断 1990年 東日本旅客鉄道 アトレ・エキュート展開 駅ナカ・生活サービス事業による鉄道外収益の柱化 1990年 近鉄GHD 志摩スペイン村への投資 巨額投資と建物の全額評価減

1980年代

1989年 三菱樹脂 三菱商事と共同出資会社設立 光学式ビデオディスク事業への24億円投資と、新領域への足がかり 1989年 大塚HD 米ファーマバイトの取得 経営権の取得による健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得 1989年 日亜化学工業 青色LEDの開発着手 赤色系LEDの量産競争からの撤退と、窒化ガリウムという材料への賭け 1988年 長谷工コーポレーション 京都ブライトンホテル開業 本業の外へ1,000億円を投じたホテル・リゾートへの多角化 1988年 太陽誘電 CD-Rの世界初商品化 That''sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディア 1987年 古河機械金属 ユニックを買収 車載型クレーンを手がける会社の全株式取得と佐倉工場の開設 1987年 荏原製作所 藤沢工場で真空ポンプ生産 半導体製造装置分野への参入と、CMP装置の事業化 1987年 日東電工 米ハイドロノーティクス買収 米企業の取り込みを足がかりとした高分子分離膜事業への参入 1987年 タカタ 愛知川製造所でエアバッグ量産 運転席用製品の量産開始と、インフレータまで含めた内製化 1987年 九州旅客鉄道 経営安定基金3877億円で発足 国鉄分割民営化に伴う分離独立と、それを前提に組まれた事業設計 1987年 第二電電 関西セルラー電話を設立 全国8地域への分散設立による移動体通信への参入と、首都圏・中部圏の割り当ての譲歩 1986年 宝HD Tomatinを設立 焼酎が健在なうちに進めた海外酒類ブランドの取得 1986年 東燃ゼネラル石油 和歌山で電力卸売に参入 経営会議の組織風土の立て直しと、遊休地を収益源に変える新規事業の立ち上げ 1986年 日本長期信用銀行 イ・アイ・イへの支援打ち切り 取引開始から深入りし、1993年に至って関係を断つまでの経緯 1985年 旭化成 リチウムイオン電池を確立 吉野彰氏による基本構造の確立と、それを囲い込む特許戦略 1985年 富士通 脱IBM路線での多角化 互換路線に頼らない通信・AI・パソコンという新市場への同時攻勢 1985年 ユニ・チャーム 高原慶一朗の3000億円構想 本業の外へ事業を広げる多角化を軸とした、長期の企業規模拡大構想の策定 1985年 コナミG 任天堂プラットフォームへ参入 アーケード専業から家庭用ゲームへの事業領域の広がり 1984年 関電工 関電工へ商号変更 土木・空調管・原子力工事へ広げた業域と、総合設備業への転換 1984年 トクヤマ 東工場でシリコン製造開始 多結晶シリコンと乾式シリカの二本立てによる新分野への参入 1984年 ポーラ・オルビスHD オルビスの設立 通信販売の専業会社を別に立てることによる、販路の二本柱化 1984年 ニコン ステッパーへの参入 半導体露光装置を軸にした光学・半導体の二本柱の確立 1984年 ユニー サークルケイ・ジャパン設立 専業会社を立てる形をとったコンビニエンスストア事業への参入 1984年 三井住友トラストG 土地信託の受託第1号 国内初の事例を手がけたことによる、公有地分野への足がかりの獲得 1984年 第一勧業銀行 ハートファイナンス設立 都市銀行初となる消費者金融専門会社の設立と、取引先企業との提携ローンの導入 1984年 四国電力 STNetの設立 情報通信事業への参入を担う専業子会社の設立と新事業の立ち上げ 1983年 オリエンタルランド 東京ディズニーランド開業 開業がもたらした市場への衝撃と、国内レジャー産業への波及 1982年 コムシスHD 日本通信建設が光ファイバー参入 光ファイバーケーブル工事への早期参入 1982年 山崎製パン サンエブリーをデイリーヤマザキ化 自前のコンビニ網の構築による小売チャネルの内製化 1982年 ナカニシ 工業用切削機器へ参入 歯科用の高速回転技術を医療の外へ広げた新規事業の立ち上げ 1982年 ヨネックス ゴルフ事業への進出 商号のヨネックスへの変更と新素材クラブの発売 1981年 伊藤園 中国茶の独占輸入から缶入り化 無糖のウーロン飲料という新市場の開拓と、飲料業界への進出 1981年 キユーピー キユーピータマゴの設立 卵素材品の切り出しと、副産物を機能性素材に変えるファインケミカルへの進出 1981年 FUJI CP-1で実装機へ転換 工作機械専業から電子部品実装機への主力転換 1980年 AGC アミーバ的多角化 戦略型研究開発を核に置いた新規事業の相次ぐ立ち上げ 1980年 フジクラ 光ファイバ技術に投資 他社技術に頼らない独自方式の選択と、融着接続機の自社開発 1980年 パイオニア LDプレーヤーVP-1000発表 レーザーディスク事業への集中投資と、映像メディアへの進出

1970年代

1979年 大王製紙 「エリエール」で家庭紙参入 ティシューペーパーを起点とした紙おむつ・ナプキンへの品目拡大 1978年 三菱化学 ライフサイエンス分野へ再参入 生命科学の専門研究所の設立と、そこを起点とする研究体制の構築 1977年 ニチロ 北洋漁業の縮小で陸上転換 二百カイリ規制を受けた漁労依存からの脱却と、加工・畜産事業への軸足移動 1977年 マルハ 二百カイリ後の加工食品転換 遠洋漁業に依存した主力事業からの撤退と養殖への軸足移動 1976年 大和ハウス工業 石橋信夫が流通店舗へ参入 流通店舗事業への参入と非住宅多角化 1976年 東急不動産HD 東急ハンズを設立 不動産デベロッパーが自ら手がける、異業種である小売への参入 1976年 東燃ゼネラル石油 石炭液化分野へ進出 石油精製専業からの多角化と、エンジニアリング事業の立ち上げ 1976年 リクルートHD 「住宅情報」創刊 新たな情報誌を足がかりとした住宅・不動産分野への多角化 1976年 日本ビクター VHS開発で世界標準に 独自開発したVTR規格を他社へ広く供与して押し広げた標準化の戦い 1976年 KADOKAWA "犬神家の一族"で映画参入 東宝と提携した劇場映画の製作による映画事業への参入 1975年 ロート製薬 メンソレータム商標取得 倒産した近江兄弟社から看板ブランドを引き受けるという判断 1975年 赤井電機 ビデオ参入とVHS後発合流 家庭用ビデオへの参入と、規格争いで後発として陣営に付く選択 1975年 SCREEN HD ウエハー腐食機の自社開発 写真製版技術の転用による半導体製造装置への参入 1974年 セブン&アイHD セブンイレブンの創業 米国から持ち帰った小型店をフランチャイズ方式で広げる展開 1974年 三和HD 三和ドアー工業を合併 合併を機としたシャッター専業から建材総合メーカーへの脱皮 1974年 カシオ計算機 「カシオトロン」発売 デジタル電子腕時計での時計事業への参入と、事業領域の拡大 1974年 ファナック 産業用ロボット事業参入 NC装置の部品供給から自社開発の最終製品へ広げる立ち位置の転換 1974年 ピジョン 仲田洋一の育児用品総合化 哺乳器専業からの品目入れ替えと、育児用品の総合メーカーへの転換 1973年 日本電子 風戸健二の三事業部制移行 経営機構改革と三事業部制への移行 1972年 キリンHD キリンシーグラム設立で多角化 麒麟麦酒、独禁法分割論下の拡販自制とビール外への多角化 1972年 トヨタ紡織 自動車部品メーカーへ転換 定款への製造品目追加と、紡織を本業とする会社であることの返上 1972年 カシオ計算機 電卓「カシオミニ」発売 12,800円という個人が買える価格の設定と、電卓の大衆化 1972年 太陽誘電 「脱磁器コンデンサ」方針表明 主力製品への依存を断つ方針の表明と、新製品領域への多角化 1971年 東レ 「トレカ」の事業化 炭素繊維を事業に育てる決断と、黒字化まで約40年に及ぶ赤字の引き受け 1971年 三菱瓦斯化学 日本瓦斯化学工業との合併 三菱江戸川化学との合併で生まれた新会社の発足と事業基盤の一本化 1971年 積水化学工業 セキスイハイムで住宅参入 鉄骨系ユニット住宅を武器にした新しい事業の柱の立ち上げ 1970年 山崎製パン 米ナビスコとの合弁進出 日綿実業を加えた合弁によるビスケット事業への進出 1970年 日本触媒 SAP市場への後発参入 アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立 1970年 日本セメント 大型工場へ生産集約 小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策の実行 1970年 象印マホービン 電子ジャーの発売 自社開発の製品を足がかりに、魔法瓶専業から家庭用電気製品部門への進出 1970年 川崎汽船 自動車専用船PCCの実用化 フルコンテナ船の投入と、世界初となる専用船型による輸送の刷新

1960年代

1969年 オリンパス 内藤隆福の第三事業部新設 専任の事業部の新設による、腰を据えた本格展開への踏み出し 1969年 東京海上HD 山本源左衛門の積立保険発売 掛け捨ての補償に貯蓄性を足した長期商品への踏み出し 1968年 鹿島建設 霞が関ビル完成 超高層・耐震技術への先行投資と開発事業への進出 1968年 東洋紡 犬山工場のフィルム転換 パルプ主体の事業モデルからフィルムへの全面的な転換 1968年 帝人 未来事業本部を発足 繊維一本足からの脱却を掲げた新規事業探索の専門組織づくり 1968年 旭化成 水島コンビナート建設 売上高に匹敵する1000億円を投じた石油化学への本格進出 1968年 ディスコ 極薄砥石ミクロンカットの開発 注射針と万年筆で稼ぐ砥石屋が、まだ市場のない半導体用の薄さへ開発を向けた選択 1968年 コマツ 油圧ショベルに参入 後発での参入と、直販網で挑んだ総合建機化 1967年 日本特殊陶業 セラミックICパッケージ発売 自社技術を電子部品へ広げる非自動車領域への多角化 1967年 オムロン 阪急北千里駅の無人化 制御技術を社会インフラへ広げる社会システム事業と世界初の無人駅システム 1966年 東洋紡 呉羽紡績を吸収合併 ナイロン事業への足がかりを得るための同業大手の取り込み 1966年 川崎重工業 American Kawasaki設立 二輪車の米国販売会社の設立と、中・大型車に絞った北米市場への傾斜 1966年 日本瓦斯 新日本瓦斯の設立 関東の中堅都市ガス事業者を傘下に収めた、都市ガス事業への進出 1966年 東急 多摩田園都市の建設 鉄道の敷設と沿線の開発を一体で回す事業モデルの確立 1965年 堀場製作所 排ガス測定装置の事業化 自動車から出る気体を測る装置の製品化と、世への送り出し 1965年 ホリプロ 東京音楽出版の設立 放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用 1964年 クラフティア 九州電工ホーム設立で総合設備化 空調・管工事と水処理工事への参入による総合設備工事会社への転換 1964年 日本電気硝子 滋賀高月にCRT工場新設 ブラウン管ガラスへの後発参入と、専用工場による生産体制の確立 1964年 日本ガイシ 6対4構想で非碍子へ 第1次長期経営計画での「碍子6・非碍子4」構想の策定と周辺分野への多角化 1964年 セイコーエプソン "EPSON"ブランド制定 東京オリンピックの計時用プリンターを起点とした印刷機事業の立ち上げ 1963年 サントリーHD ビール市場への参入 主力が順風のうちに、勝ち目の薄い市場へあえて踏み出す選択 1962年 デンカ 青海工場でゴム国産化 国産技術によるクロロプレンゴムの企業化と、丸善石油化学コンビナートへの参加 1962年 汽車製造 後藤悌次が主導した多角化 車両専業という立ち位置からの脱却と、事業多角化への転換 1962年 NSユナイテッド海運 東邦海運と合併し新和海運に 日鐵汽船からの改称をともなう2社統合と、新社名での再出発 1961年 日油 川崎・千鳥工場で石化進出 連続赤字下で踏み切った新工場の建設と事業の柱の入れ替え 1961年 日本発條 トヨタ向けシート事業参入 豊田工場の新設と、完成車メーカー専用の生産体制の確立 1961年 SMC エア三点セット製造へ転換 焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化 1961年 日本航空電子工業 米ハネウェルと技術提携 海外大手との技術援助契約を足がかりにした航空機搭載機器への進出 1960年 江崎グリコ 総合食品化への転換 栄養菓子の一本足からアイス・チョコ・ガム・カレーへ広げた総合食品化 1960年 東海カーボン 米キャボット社と技術提携 カーボンブラック製造技術の導入と、知多工場の新設 1960年 日本製鋼所 アンケル・ベルクと成形機提携 技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大 1960年 コクヨ 黒田暲之助の鋼製家具参入 鋼製家具・ファイリング用品への参入と、協力工場生産によるコクヨ商標での販売

1950年代

1959年 山九 山九運輸機工に商号変更 機工・建設部門への進出と、株式上場による資本市場からの調達手段の確保 1959年 YKK アルミサッシへの参入 余ったアルミ合金の使い道として選んだ新分野への進出 1958年 大日本印刷 シャドーマスクの量産開始 フォトマスクへの展開を伴うエレクトロニクス分野への多角化 1958年 東宝 不動産活用委員会の設置 興行の場である劇場を不動産資産として運用する体制への移行 1957年 上村工業 めっき用化学品の製造開始 本社に薬品部を置いての、自社での薬品づくりへの踏み出し 1956年 味の素 協和発酵とMSG買取契約 うま味調味料の単品依存から総合食品企業への転換 1956年 東映アニメーション 日動映画買収し専属化 短編の外注先だった制作会社を長編漫画映画の自前スタジオへ改組 1956年 島津製作所 航空機器分野への参入 専門部門の新設による防衛装備品市場への足がかりづくりと、事業の柱の追加 1956年 日亜化学工業 阿南市で蛍光体原料開発 塩化カルシウムを主原料とする蛍光灯用蛍光体原料の開発と、日亜化学工業の設立 1955年 リコー リコピーによる市場参入 複写機を足がかりに据えた事務機市場への本格的な進出 1954年 豊田自動織機 S型エンジンで農機参入 手持ち技術の転用から踏み出した多角化と、そこで味わった躓き 1954年 ヤマハ ヤマハ音楽教室の開設 教室を通じて弾き手を育て、楽器需要そのものを作り出す市場の創造 1954年 山九 ユーゴスラビアへのプラント輸出 戦後の日本企業として初の受注と、一貫作業による海外進出の足がかり 1953年 信越化学工業 GEとの提携でシリコーン事業化 技術提携を足がかりとした事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え 1953年 三菱鉱業セメント 三菱セメントを設立 石炭に代わる事業の選定と、系列各社の共同出資による別会社方式での参入 1953年 豊田自動織機 トヨタ向けOEM生産参入 完成車の受託生産を通じた織機会社の構造転換 1953年 アズビル 米ハネウエルと資本提携 50対50の折半出資と、工業計器・空調制御機器・マイクロスイッチの包括的な技術導入 1953年 東京精密 空気マイクロメータの工業化 日本初の工業化と、切削工具から精密測定機器への主力の移し替え 1953年 岩谷産業 マルヰプロパンの発売 家庭用LPガスを全国へ届ける流通体制の構築と販売の転換 1952年 DIC 日本ライヒホールド設立 米国の化学メーカーと組んだ合弁による合成樹脂事業への参入 1951年 ニチレイ 木村鉱二郎の総合食品化 冷蔵倉庫業から「冷力を核とする総合食品企業」への転換

1940年代

1930年代

1920年代

1910年代

1900年代

1890年代

1870年代

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