英Dialog社の買収(2021年・ルネサスエレクトロニクスの決断)

更新:
論点 3度目の巨額買収に踏み切るか
ルネサスエレクトロニクス:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
3度目の巨額M&Aに踏み切ったうえでの、車載依存からの脱却

何をなぜ決めたか:3度目の巨額M&Aに踏み切ったうえでの、車載依存からの脱却

概要

車載マイコンで世界首位のルネサスが、電源制御ICと低電力通信ICに強い英Dialog Semiconductorを完全子会社化した経営判断。2021年2月8日に約4,886百万ユーロ(1ユーロ126円換算で約6,157億円)で取得することに合意し、同年8月31日に買収を完了した。取得原価は6,311億円で、インターシル・IDTに続く3度目の巨額買収となった。

背景

柴田英利社長のもとでリストラから拡大へ転じたルネサスは、インターシル・IDTのアナログ買収で製品構成を広げてきたが、なお車載マイコンが収益の主力であり続けていた。データセンターやIoTなど需要先の分散した領域を取り込み、自動車市況の波に左右されにくい収益構造へ移すことが課題であった。

内容

買収は英国法のスキーム・オブ・アレンジメントにより、72,387,613株の全株式を取得する形で実施された。資金は三菱UFJ銀行・みずほ銀行との7,354億円の借入枠で手当てし、うち2,700億円を取得日に実行した。2021年6月15日払込の公募増資で資本金・資本準備金がそれぞれ1,107億円増え、11月には13億5,000万米ドルの社債を発行して借入を置き換えた。

含意

買収完了はコロナ下の半導体不足と重なり、2022年12月期は売上収益1兆5,009億円・営業利益4,242億円の最高益となって、膨らんだ負債は利益で急速に圧縮された。のれんは2021年12月期末で1兆894億円に達し、翌期の確定処理で1,469億円が無形資産へ振り替わった。産業・インフラ・IoT向けの売上が車載を上回るまでになった。

いつ何が起きたか 8件
当時の取締役 6名

当時の取締役(2020年3月株主総会決議)

考察:3度の買収でポートフォリオを組み替えるという賭け
考察

考察:3度の買収でポートフォリオを組み替えるという賭け

この決断の性格は、インターシル・IDT・Dialogという3件を一続きの流れとして見たときに立ち上がってくる。かつて国の支援で救われ、リストラで黒字を絞り出していた会社が、わずか数年のあいだに計1兆7,032億円を投じ、車載マイコン一本足だった製品構成を電源・通信・アナログまで広げて組み替えた。守りで生き延びた会社が、自己資本を超える買い物を重ねて攻めへ転じた振れ幅に、この一連の判断の思い切りがうかがえる。Dialogはその総仕上げとして、車依存を数字で下げる役割を担った。

ただ、借入と増資を組み合わせて6,000億円超を賄う財務は、次の市況の山が来ることを前提にした綱渡りでもあった。相次ぐ巨額買収で膨らんだ負債は、コロナ下の半導体不足という追い風によって想定より速く圧縮されたが、その追い風は買収を決めた時点で約束されていたものではない。市況の谷に負債の重みを負う覚悟と、山が来るまで路線を曲げない胆力がそろって初めて成り立つ賭けであり、脱・車依存という成果の裏に、この財務戦略が抱えていた振れ幅の大きさも見えてくるといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

ルネサスエレクトロニクス:のれん・無形資産と総資産の推移

のれん(百万円)無形資産(百万円)
ルネサスエレクトロニクス:のれん・無形資産と総資産の推移
(百万円) のれん無形資産総資産 備考
2016年12月期 049,461873,241 IFRS移行日(2017年1月1日)の残高。インターシル買収前でのれんはゼロ
2017年12月期 190,603202,4021,136,000 2017年2月のインターシル買収でのれん190,603を計上
2018年12月期 187,230166,5241,055,235
2019年12月期 625,030414,5821,668,148 IDT取得でのれん445,976・無形資産320,276が加わる
2020年12月期 590,459364,7641,608,985
2021年12月期 1,089,452534,7782,426,301 Dialog・Celenoを取得。翌期の確定処理を反映した遡及修正後の額
2022年12月期 1,264,275488,8392,812,491 Dialogの確定処理でのれん121,448を無形資産などへ振り替え
2023年12月期 1,362,131421,8473,167,003
2024年12月期 2,256,169724,7684,490,436 Altium取得でのれん683,123・無形資産312,855が加わる
2025年12月期 2,239,337593,3244,177,163
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第16〜24期(連結財政状態計算書)
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第16〜24期(連結財政状態計算書)

ルネサスエレクトロニクス:産業・インフラ・IoTセグメントの売上収益と営業利益

外部顧客への売上収益(百万円)セグメント営業利益率(%)
ルネサスエレクトロニクス:産業・インフラ・IoTセグメントの売上収益と営業利益
(百万円) 外部顧客への売上収益セグメント営業利益 備考
2018年12月期 346,56980,547 自動車と産業・インフラ・IoTの2区分での開示が始まった期
2019年12月期 329,70559,063
2020年12月期 363,60989,702
2021年12月期 515,547167,071 Dialogは8月31日に取得したため、寄与するのは4か月分にとどまる
2022年12月期 845,881331,772 Dialogの通年寄与と半導体不足が重なり自動車の645,040を上回る
2023年12月期 799,338268,384
2024年12月期 636,760173,379 産業・インフラ市場の在庫調整で減収。自動車が再び上回った
2025年12月期 671,760169,404
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第17〜24期(連結財務諸表注記 セグメント情報)
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第17〜24期(連結財務諸表注記 セグメント情報)

買収の条件

買収の条件
科目 概要 備考
被取得企業の名称 Dialog Semiconductor Plc 事業の内容はミックスドシグナルなどのアナログICの開発、製造および販売
買収の合意 2021年2月8日 発行済普通株式および発行予定普通株式のすべてを取得することで合意
企業結合の法的形式 スキーム・オブ・アレンジメント 英国法に基づく手続。株主集会の承認と裁判所の承認により成立する
取得した株式数 72,387,613株 発行済株式数に対する割合は100.0%。異動前の所有株式数は0株
合意時の取得対価 約4,886百万ユーロ 1ユーロ126円換算で約6,157億円。2020年12月期の後発事象での開示額
企業結合日 2021年8月31日 英国時間では2021年8月30日。同日付で完全子会社となった
取得原価 631,075百万円 現金623,892百万円とリストリクテッド・ストック・ユニット7,183百万円
取得関連費用 4,589百万円 2021年12月期の販売費及び一般管理費に全額を計上
受け入れた資産の額 177,298百万円 引き受けた負債は62,237百万円、差し引く純資産は115,061百万円
のれんの金額(暫定) 519,618百万円 無形資産をDialogの簿価のまま置いた2021年12月期時点の暫定的な会計処理
のれんの金額(確定) 398,170百万円 2022年12月期の確定で121,448百万円を減額。前期の数値を遡及修正した
無形資産への配分額 146,963百万円 確定処理で振り替えた額。主なものは技術資産で、超過収益法により測定
確定処理の遡及影響 2021年12月期の営業利益が9,774百万円減 当期利益は7,725百万円、のれんは127,106百万円それぞれ減少した
買収資金の借入枠 7,354億円 2021年2月8日付ローン契約。三菱UFJ銀行・みずほ銀行が参加
実行した借入 2,700億円 2021年8月31日付タームローン。12月にシンジケートローン等へ借換
公募増資 192,252,800株 2021年6月15日払込。払込金額は1株1,151.70円、発行価格は1,174円
取得後の業績寄与 売上収益66,757百万円 取得日から2021年12月期末までのDialogの売上収益。当期利益は4,545百万円
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第19期(2020年12月期)【経営上の重要な契約等】【重要な後発事象】・第20期(2021年12月期)・第21期(2022年12月期)【連結財務諸表注記 7.企業結合】
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第19期(2020年12月期)【経営上の重要な契約等】【重要な後発事象】・第20期(2021年12月期)・第21期(2022年12月期)【連結財務諸表注記 7.企業結合】
当時の取締役 6名

当時の取締役(2020年3月株主総会決議)

参考文献

参考文献

参考
  • ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書「第19期(2020年12月期)【重要な後発事象】【経営上の重要な契約等】」
  • ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書「第20期(2021年12月期)【連結財務諸表注記 7.企業結合】」
  • ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書「第21期(2022年12月期)【連結財務諸表注記 7.企業結合】」
  • ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書「第20期(2021年12月期)【財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】【株式等の状況】」
  • ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書「第16〜24期(連結財政状態計算書・連結財務諸表注記 セグメント情報)」

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