2002年11月に日本電気は汎用DRAMを除く半導体事業[1]を会社分割で切り出し、川崎市にNECエレクトロニクスを100%子会社として設立した。翌2003年7月に東証一部に上場し[2]、親会社の持分低下と資本的な独立を並行で行った。2000年代初頭の世界的な半導体市況悪化で電機各社が半導体部門を社内に抱えきれなくなり、資本市場から独立して評価を受ける形の再編が各国で進んだ時期に重なった。国策として半導体を守るというよりも、各電機大手が自社のバランスシートを身軽にするための切り離しに近い性格を帯び、同年のエルピーダメモリ発足と並ぶ日本電機の半導体整理の象徴となった。
NECエレクトロニクスは国内製造子会社の再編と後工程の外注化を急ぎ、2004年に山形日本電気の後工程を台湾のASEに譲渡し[3]、2006年にアイルランドの後工程ラインを閉鎖するなど[4]、固定費の圧縮を繰り返した。しかしFY05の当期純損失は981億円、FY06が415億円、FY07も159億円で、上場後の数年はほぼ毎期赤字で、単独での持続可能性に疑問が残る状態が続いた。設計・製造の両面で電機大手系の半導体会社が抱える構造問題、すなわち高い固定費と分散した拠点群を短期間で切り崩しきれない重さを、そのまま引きずっていた。海外専業メーカーが設計と製造を分離するファブライトへ移行して身軽に競争していた時期と比べ、構造転換の遅れは明らかだった。
NECエレクトロニクスは財務再建と並行し、システムLSI事業で世界シェア獲得を狙う攻めの戦略も追求した。
2010年4月にNECエレクトロニクスは日立製作所[5]と三菱電機の半導体部門を源流とするルネサステクノロジと合併し、ルネサスエレクトロニクスが発足した。経営体制は旧ルネサステクノロジ社長の赤尾泰が新会社の社長に就き、旧NECエレクトロニクス社長の山口純史は代表権を持つ会長[6]に退いた。日本の大手電機3社の半導体部門を一つにまとめる例のない統合で、車載マイコンで世界シェアトップというポジションを手にした。同時に国内に20を超える製造子会社と開発拠点を抱え込み、重複する拠点を短期間で閉鎖する決断を下せないまま走り出し、統合による規模のメリットと固定費の重さが同居する組織ができあがった。車載顧客を共有する3陣営の営業ラインや設計拠点を一本化する作業だけでも、統合初期の経営帯域を奪った。
統合直後の2011年3月に東日本大震災が発生し、車載マイコンの主力工場である茨城の那珂工場が被災して数カ月停止した[7]。FY10の純損失は1,150億円、FY11は626億円、FY12は1,676億円と3期連続で赤字が続き、累計純損失は3,400億円を超えた。ノキアから譲受したワイヤレスモデム事業も不振で[8]、統合シナジーどころか危機の収束すら見通せない状態に陥り、完成車メーカーは車載マイコンの代替供給先を一斉に模索した。日本の半導体サプライチェーン全体に不安が広がり、トヨタは世界各国のティア1経由で別ベンダーの同等品を評価する動きを加速した。車載半導体の単一供給依存というリスクが業界の共通認識となった。
2013年9月に産業革新機構が中心となり、トヨタ自動車[9]・日産自動車・ケーヒン・デンソー・キヤノン・ニコン・パナソニック・安川電機を割当先とする第三者割当増資が実行された。産業革新機構が筆頭株主となり、車載半導体の供給不安を避けたい自動車・電機大手が相乗りする構図で、実質的な公的資金による救済となった[10]。以後『国有化されたルネサス』という表現がメディアで定着し、政府・自動車連合が一体で供給網を守る日本独自の再編の形が、半導体産業に刻み込まれた。再建を託された経営陣は、拠点再編と車載マイコン集中という復元プランを持ち、取引先の自動車各社からも短期の利益改善より供給安定を優先する合意を取り付けた。
再建の初手はリストラと事業整理だった。2013年に北日本・関西・九州の後工程3工場をジェイデバイスに譲渡し[11]、モバイル欧州・インド子会社をブロードコムへ売却[12]、翌2014年に前工程・後工程の製造子会社を2社に集約した。[13]FY13の営業利益は676億円で、統合以来初の本格的黒字となり、車載マイコンに経営資源を集中する縮小均衡モデルが一旦は成果を示した。経営体制も再建期に合わせて動き、2013年2月に赤尾の後任として鶴丸哲哉が社長に就任し、同年6月にはオムロン出身の作田久男が代表取締役会長兼CEOとして外部から招かれた。売上規模は縮み続け、稼げる領域で稼ぎ切る代わりに成長機会を自ら手放す構図が、次の体制への課題として残った。アナログ半導体やミックスドシグナルといった利益率の高い周辺領域を欧米勢に先行されるリスクが、この時点でボード内でも議論の対象になっていた。
2014年6月に遠藤隆雄が社長に就任し[14]、2016年に呉文精が後を継いだ。[15]この時期のルネサスは車載マイコン世界首位の地位のもとでFY14で営業利益1,044億円、FY15で1,038億円を計上し、黒字体質を取り戻した。しかしFY16の売上は4,710億円まで縮小し、リストラで黒字を絞り出す『縮みっぱなし』の構造にとどまった。自動車向けに依存する単一のポートフォリオでは、スマートフォン・データセンター・IoTといった成長領域の果実を取り込めず、経営の安定と引き換えに将来性を犠牲にする状態が続いた。自動車分野でも、ADAS向けSoCで台頭するNVIDIAやモービルアイに対し、マイコン中心のルネサスの立ち位置は守勢に回った。
転換点は2017年2月の米Intersil買収だった[16]。アナログ・パワー半導体の中堅プレーヤーを取得し、車載マイコン一本足からアナログ領域への進出を狙った最初の案件である。FY17の売上は7,802億円に回復し、営業利益率は10.1%まで改善したが、市場の関心は買収後のPMI(統合プロセス)が本当に機能するかに集まった。海外の独立系アナログメーカーを電機大手系の半導体会社が統合し切れた例はこれまで多くなく、日本企業流のマネジメントでシリコンバレー系の開発文化を束ねられるかを業界全体が注視した。設計責任者の多くを旧Intersil側に残す人事は、その懸念への答えでもあった。
データセンター向け処理の優先順位付けを担うタイミングデバイスを取り込み、通信・センサー・メモリインターフェースの成長領域をアナログ・ミックスドシグナル事業に加える狙いだった。両社が主戦場とするディープラーニング分野には踏み込まず、人の安全に直結する量産車向け領域は手放さない考えを示した。IDT買収は2019年3月に完了し、同年7月の柴田英利[17]への社長交代をまたいで引き継がれた。
2019年7月、産業革新機構出身で[18]CFOを務めてきた柴田英利がCEOに就任した。JR東海勤務を経て投資銀行・産業革新機構でM&A実務を積み、2013年にルネサスのCFOとして加わった柴田は、縮みっぱなしの状態から抜け出す必要性を繰り返し説き、リストラによる黒字確保ではなく買収と成長投資による拡大路線への転換を発表した。CFO出身のトップによる方向転換で、過去の負の遺産を整理する段から将来を取りに行く段へ経営のギアを入れ替える宣言となった。就任時点でIntersil・IDTと二件の買収の統合はまだ評価の途上にあり、柴田はその成否を見届ける前に次の買収へ動く決断を下し、社内には反対論も残った。取締役会は最終的に買収加速を支持し、路線転換が組織として共有された。
半導体市況の悪化でFY19の営業利益は62億円・純損失63億円となり、柴田は就任早々に苦境へ陥った。Intersil・IDTと買収を連打してきた負債を抱えたまま迎えた業績悪化で、攻めの投資を続ける柴田路線が景気後退時に財務体力へ重い負担を与えることを市場は実感した。格付け会社は複数回にわたり見通しをネガティブに変更し、社債スプレッドは上場同業他社より拡大するなど、財務市場の視線は厳しさを増した。柴田は決算説明会で成長投資を止めない姿勢を繰り返し示し、株主との対話で路線の維持を粘り強く説得した。
2021年8月に英Dialog[19] Semiconductorを買収した。同社はApple向けPMIC供給で知られる低消費電力ミックスドシグナル半導体の専業メーカーで、買収規模は約6,000億円である。Intersil、IDTに続く3つ目の買収で、ルネサスのアナログ・電源領域の層を一段厚くした案件だった。車載・産業に偏っていたルネサスのポートフォリオに民生機器・ウェアラブル向けの高効率電源という新しい領域が加わり、顧客ポートフォリオの分散という副産物も同時に手に入れた。特定完成車OEMに集中していた売上構造から、スマートフォンや各種家電を含む多層の顧客基盤へ切り替わる転機となり、景気サイクルへの耐性が理論上は高まった。Apple依存という別の集中リスクを内包するため、単一顧客比率の管理は統合後のガバナンス論点として浮かび上がった。
コロナ禍で半導体不足が世界的に深刻化するなか、ルネサスはFY21に売上9,939億円・営業利益1,738億円、FY22に売上1兆5,008億円・営業利益4,242億円という統合以来最高益を記録した。自動車・産業向けの旺盛な需要と円安が重なり、産業革新機構下での再建期とは別の企業のような収益モデルへ移行した。柴田自身は後に『5年ぐらい前にちょっと良くないねという状況があった』[引用元](決算説明会 FY25-3Q)と述べ、2020年前後のチャネル在庫過剰を反省点に挙げた。急激な需要増が反転したとき在庫が膨らむリスクを柴田は早い段階から意識し、後年の在庫政策はこの経験を前提に組み直された。結果として、Dialog買収で取り込んだ民生向けPMICの在庫動向が、同社の業績予想に対する市場の関心を強める材料にもなった。
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|---|---|---|---|---|
| 2002〜2013年分社から三社統合、そして3400億円赤字への道 | NECエレクトロニクスを設立 | ★★ | ||
| 東京証券取引所一部に上場 | ★ | |||
| 山形日本電気の高畠工場後工程を台湾ASEに売却 | ★ | |||
| 試作部門を分社化しNECファブサーブを設立 | ★ | |||
| 山形日本電気で300mmウェハ製造ライン量産稼働 | ★ | |||
| 中島俊雄 | NECセミコンダクターズ・アイルランド社の後工程ライン閉鎖 | ★ | ||
| 中島俊雄 | NECファブサーブのフォトマスク事業を大日本印刷へ譲渡 | ★ | ||
| 中島俊雄 | 九州・関西・山形の製造子会社を再編 | ★ | ||
| 赤尾泰 | NECエレクトロニクスとルネサステクノロジの経営統合(2010年成立) 2010年4月、NECエレクトロニクスを存続会社としてルネサステクノロジが合併し、ルネサスエレクトロニクスが発足した。NEC・日立・三菱電機の3系統の半導体部門を1社に束ねた再編で、マイコンで世界首位級の規模となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 赤尾泰 | ノキアのワイヤレスモデム事業を譲受 | ★ | ||
| 赤尾泰 | 営業黒字転落・純損失1,150億円 | ★★ | ||
| 赤尾泰 | 産業革新機構と主要顧客連合による1500億円出資の受け入れ 2012年12月10日、ルネサスエレクトロニクスが、産業革新機構と主要顧客8社を割当先とする総額1500億円の第三者割当増資を発表した経営判断。米投資ファンドKKRによる買収提案を退け、官民連合による救済を受け入れる形で決着し、2013年9月30日の払い込み完了により産業革新機構が議決権の69.16%を握る実質的な国有化となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 赤尾泰 | KKRの買収案を拒否 | ★★ | ||
| 純損失1,676億円 | ★ | |||
| 2014〜2020年縮小均衡路線から海外企業の買収路線への大転換 | 作田久男 | 営業利益676億円で黒字転換 | ★ | |
| 呉文精 | Intersilを子会社化 | ★★ | ||
| 呉文精 | 米IDT買収による車載・データセンター向けアナログ半導体の増強 車載マイコンで世界首位のルネサスが、通信・データセンター・車載向けのアナログ半導体を増強するため、2018年9月に米IDT(Integrated Device Technology)の買収を発表し、約7,300億円(約67億ドル)を投じて2019年3月に完全子会社化した経営判断。2017年のIntersilに続くアナログ強化の第2弾であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 柴田英利 | 社長交代(呉文精→柴田英利) | ★ | ||
| 2021〜2025年二軸経営への整理とEDAへの進出、調達の誤算 | 柴田英利 | 英Dialog Semiconductor買収による車載依存からの脱却と3度目の巨額M&A 車載マイコンで世界首位のルネサスが、電源制御ICと低電力通信ICに強い英Dialog Semiconductorを2021年2月に約49億ユーロ(約6,157億円)で買収すると発表し、同年8月に完全子会社化した経営判断。Intersil・IDTに続く3度目の巨額買収で、車載以外の産業・インフラ・IoT領域を一段と厚くする一手であった。 詳細を読む | ★★★ | |
| 柴田英利 | 営業利益4,242億円・売上1.5兆円 | ★ | ||
| 柴田英利 | 米アルティウム買収による設計ソフトウェアへの越境と「脱・伝統的半導体メーカー」 車載マイコン世界首位のルネサスが、電子回路のプリント基板(PCB)設計ツールを手がける米アルティウムを買収した経営判断。2024年2月15日に発表し、約91億豪ドル(約8,879億円)を投じて同年8月1日に完全子会社化した。半導体メーカーの製品拡充型買収を重ねてきた同社にとって、ソフトウェア企業の取得は性格の異なる案件であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 柴田英利 | RF事業売却・Renesas 365ローンチ | ★ | ||
| 柴田英利 | SiC事業を中断 | ★ | ||
| 柴田英利 | 通期売上1.32兆円・営業利益3,869億円 | ★ | ||
| 柴田英利 | タイミング事業を米SiTimeに譲渡発表 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(ルネサスエレクトロニクス)