稼ぎ頭の半導体メモリ事業の売却と東芝メモリ(現キオクシア)の分離
債務超過と上場廃止の瀬戸際で、綱川智社長はみずから発明したNAND型フラッシュメモリ事業をどう手放したか
更新:
- 概要
- 2018年6月1日、東芝が半導体メモリ事業を分社した東芝メモリ株式会社の全株式を、米ベインキャピタルを軸とする日米韓連合の受け皿会社Pangeaへ約2兆3億円で譲渡し、売却を完了した経営判断。ウェスチングハウスの破綻で債務超過に陥り上場廃止の瀬戸際に立った東芝が、綱川智社長のもとで、みずから発明したNAND型フラッシュメモリ事業を手放して資本を立て直した。
- 背景
- 米原子力子会社ウェスチングハウスが2017年3月末に経営破綻し、東芝は原子力関連で1兆円を超える損失を被って債務超過へ転落した。2期連続で債務超過となれば上場廃止という規定を前に、限られた時間で巨額の資本をつくり出す必要に迫られた。その資金源として浮かんだのが、グループの利益の大半を稼ぐ半導体メモリ事業であった。
- 内容
- 2017年9月、東芝はベインキャピタル連合の受け皿会社Pangeaへ、東芝メモリの全株式を約2兆円で譲渡する契約を結んだ。合弁相手のウエスタンデジタルが差し止めを求めた係争や各国の独占禁止審査を越え、2018年6月1日に約2兆3億円で譲渡を完了した。東芝は3,505億円を再出資し、議決権ベースで40.2%を残した。
- 含意
- 売却により東芝メモリは連結対象から外れ、持分法適用会社となった。2019年3月期に純利益1兆133億円を計上して資本を積み増した一方、本業の営業利益は109億円にとどまり、最も稼ぐ事業を手放した東芝には特殊要因主導の黒字が残った。東芝メモリは2019年にキオクシアへ社名を改めた。
稼ぐ力を売って生き延びるという選択
この決断の中心にあるのは、上場を守るために、みずから最も稼ぐ事業を現金へ換えなければならなかったという逆説である。東芝が世界で初めて生んだNAND型フラッシュメモリは、危機のさなかでもグループの利益の大半を稼いでいた。その事業を、好況で高く売るのではなく、原子力事業の失敗に追われるなかで手放した。稼ぐ力そのものを差し出して延命した点に、この売却の重さがあったとみることができる。約2兆円という価格も、時間に追われた売り手が引き出せる上限に近かったのかもしれない。
もっとも、東芝はこの事業から完全には離れなかった。40.2%の議決権を残したことで、のちにキオクシアの企業価値が高まれば、それは東芝の再建を支える含み益となりうる余地を残した。手放したはずの虎の子が、形を変えて再び支えになるかどうかは、メモリ市況とキオクシアの成長にかかっている。原子力への傾斜が招いた債務超過を、メモリの売却で埋めるというこの判断は、東芝という総合電機が何を残し何を手放すのかを、みずから問い直す場面でもあった。その問いは、2023年の非上場化まで尾を引いていく。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
東芝が発明した虎の子──半導体メモリ事業
売却の対象となった半導体メモリ事業は、東芝が世界に先駆けて生み出した技術に根ざしていた。東芝の技術者だった舛岡富士雄氏は、電源を切っても記憶が消えない不揮発性メモリの新方式を考案し、東芝は1987年、NAND型フラッシュメモリを世界で初めて国際学会で発表した。1991年には世界に先駆けて量産を始め、小型・大容量で衝撃に強いこの半導体は、デジタルカメラやスマートフォンの記録媒体として世界へ広がった。メモリは、みずから開いた市場で東芝を支える柱へ育っていた[1]。
このメモリ事業は、危機下の東芝にとって数字のうえでも群を抜く収益源であった。2017年3月期の見通しでは、フラッシュメモリが稼ぐ営業利益は約3,700億円と、連結の利益の大半を占めた。売上高では全体の一部にすぎない事業が、営業利益ではグループを支える利益の柱であった。稼ぐ力がこの一事業へ偏っていた分、これを手放せば東芝の収益基盤は細る関係にあった[2]。
ウェスチングハウス破綻と上場廃止の瀬戸際
その虎の子に手をかけざるをえなくなった発端は、原子力事業の崩壊であった。米原子力子会社ウェスチングハウスは、買収した原発建設会社ストーン・アンド・ウェブスターで建設費が想定を超えて膨らみ、2017年3月末に米連邦倒産法第11章の適用を申請して経営破綻した。債務を保証していた東芝は原子力関連で1兆円を超える損失を被り、2017年3月期に9,657億円という巨額の最終赤字を計上した。同期末には自己資本が5,529億円のマイナスとなり、東芝は債務超過へ転落した[3]。
債務超過は、東芝を上場廃止の瀬戸際へ追い込んだ。東京証券取引所の規定では、2期連続で債務超過となれば上場廃止となる。翌2018年3月末までに自己資本をプラスへ戻せなければ、東芝は市場から退場する瀬戸際に立たされた。東芝は2017年12月に約60社を引受先とする6,000億円の第三者割当増資で当座の債務超過を解消したが、痛んだ財務を立て直すには、なお大きな資金が要った。その規模の資金を生み出せる資産は、最も稼ぐメモリ事業をおいてほかになかった[4]。
決断
東芝メモリの分社と2兆円での売却契約
2017年、東芝はメモリ事業の切り出しに動いた。同年4月、半導体メモリ事業を分社して東芝メモリ株式会社を設け、売却できる形に整えた。そして9月28日、東芝はベインキャピタルを軸とする企業連合の受け皿会社Pangeaとの間で、東芝メモリの全株式を約2兆円で譲渡する契約を結んだ。原子力で開いた財務の穴を、みずから発明したメモリ事業の売却で埋めるという判断であった[5]。
売却の座組みは、複数の資本を束ねた複雑なものであった。買収資金はベインキャピタルが2,120億円、韓国のSKハイニックスが3,950億円、HOYAが270億円、アップルやデルなど米国4社が約4,155億円を出資し、さらに金融機関からの借り入れ6,000億円を加えて構成された。東芝自身も3,505億円を再出資し、議決権ベースで40.2%を残した。稼ぎ頭を売って資金を得ながら、将来の値上がり益にも手を残す設計であった[6]。
ウエスタンデジタルとの係争と各国の独占禁止審査
契約はしたものの、売却の完了までには曲折があった。四日市工場でメモリを共同生産する合弁相手のウエスタンデジタルが、東芝メモリの売却は合弁契約に反すると主張し、国際仲裁裁判所に売却の差し止めを申し立てた。稼ぐ資産の売却が宙づりになりかねない事態であったが、2017年12月13日、東芝とウエスタンデジタルは全面的に和解した。両社は係属中の仲裁と訴訟をすべて取り下げ、四日市と岩手の新棟への共同投資などで協業を強める道を選んだ[7]。
残る関門は、各国の独占禁止当局による審査であった。半導体は世界の競争に関わるため複数の国の承認が要り、審査は当初想定した2018年3月の期限を越えて長引いた。最後まで残った中国の独占禁止当局が2018年5月に承認したことで、売却完了の前提がようやく整った。東芝は2018年6月1日に譲渡を実行すると公表し、契約から8か月余りを経て売却は最終段階に入った[8]。
結果
2018年6月の売却完了と資本の再建
2018年6月1日、東芝は東芝メモリの全株式のPangeaへの譲渡を完了した。譲渡価格は約2兆3億円にのぼり、特定子会社であった東芝メモリは東芝の連結対象から外れ、持分法適用会社となった。東芝は譲渡に先立つ3月29日に、東芝メモリからその他資本剰余金を原資とする特別配当約1,180億円も受け取っていた。危機の発端から1年余りで、東芝は稼ぎ頭の売却を現実のものとした[9][10]。
売却は、東芝の財務を一気に立て直した。メモリ売却が反映された2019年3月期は、投資活動によるキャッシュフローが1兆3,054億円のプラスとなり、現金同等物の期末残高は1兆3,355億円へ膨らんだ。純利益は1兆133億円、自己資本は1兆4,567億円まで積み上がった。ただし本業の営業利益は109億円にとどまり、この黒字が事業の稼ぎではなく売却という特殊要因で生まれたことを示していた。得た資金の多くは自己株式の取得など株主還元に充て、財務キャッシュフローは同期に6,450億円の流出となった[11]。
東芝メモリからキオクシアへ
売却後、事業は東芝の名を離れていった。東芝メモリは2019年7月に社名の変更を発表し、同年10月1日、日本語の「記憶」とギリシャ語で価値を表す「axia」を組み合わせた「キオクシア」へ社名を改めた。東芝が世界で初めて世に出したフラッシュメモリの事業から、東芝という名は消えた。四日市を拠点に世界のメモリ市場で競う企業として、旧東芝メモリは新たな名で歩み始めた[12]。
東芝は40.2%の議決権と持分を残し、みずから発明した事業から完全には手を引かなかった。売却で得た約2兆円と、この残した持分が、債務超過をくぐり抜けた後の東芝を支える資産となった。一方で、最も稼ぐ事業を切り出したことは、総合電機として抱えてきた事業の幅を細らせる方向にも働いた。増資で入り込んだ物言う株主との対立とあわせ、東芝はこの後、事業の分割案の迷走を経て2023年の非上場化へと向かう[13]。
- 戦後日本のイノベーション100選「フラッシュメモリ」(公益財団法人発明協会)
- EE Times Japan(2017年9月28日)「東芝、日米韓連合にメモリ事業を売却:日系企業の出資比率は」
- EE Times Japan(2017年11月9日)「東芝、メモリで大半の利益稼ぐ見通し:売却後に不安残す」
- 日本経済新聞(2017年12月5日)東芝の6,000億円第三者割当増資
- EE Times Japan(2017年12月13日)「東芝とWestern Digitalが和解、協業強化へ:売却へ前進」
- 日本経済新聞(2018年5月18日)「東芝メモリ6月1日付で売却 中国独禁当局が承認」
- 東芝 適時開示(2018年6月1日)「東芝メモリ株式会社の株式譲渡完了及び特定子会社の異動に関するお知らせ」
- 日本経済新聞(2018年6月1日)「東芝、メモリー事業の売却完了 日米韓連合に2兆円で」
- EE Times Japan(2018年6月1日)「東芝、東芝メモリの売却完了を発表:持分法適用会社に」
- キオクシア ニュースリリース(2019年7月18日)「東芝メモリ株式会社を『キオクシア株式会社』に社名変更」
- 東芝 有価証券報告書(2017年3月期・連結・米国会計基準)
- 東芝 有価証券報告書(2019年3月期・連結・米国会計基準)