東芝の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

集中させる先を、そのつど一つに絞ってきた。1965年に社長となった土光敏夫氏は事業部へ権限を委譲して採算の見える経営を敷き、2001年には世界一を築いた汎用DRAMから撤退してNAND型フラッシュメモリへ資源を集中させた。参入も撤退も、当時の市況に照らせば合理的な判断だった。2006年の約54億ドルでのウェスチングハウス買収も、温暖化対策と新興国の電力需要で原子力の新設が見込まれるなかの投資である。誤算は前提の側にあった。2011年の福島第一原発事故で世界の新設計画が凍結し、ウェスチングハウスが取得した建設会社で費用が膨張すると、2017年3月に同社は米連邦倒産法第11章を申請した。一つに絞る速さが競争優位の源泉だった会社で、前提が崩れたときの損失も一つに集まった。

免責事項およびポリシー