日本産業パートナーズ連合による約2兆円の買収受け入れと株式の非公開化

物言う株主との対立をどう収めるか——分割案の迷走の末に、島田太郎社長は市場からの退出を選んだ

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時期 2023年3月
意思決定者 島田太郎・取締役会 社長
論点 物言う株主との対立と非公開化
概要
2023年、東芝が日本産業パートナーズ(JIP)を中心とする国内連合による約2兆円の買収を受け入れ、TBJH合同会社による株式公開買付けの成立を経て、同年12月20日に東京証券取引所プライム市場などでの上場を終えた経営判断。島田太郎社長と取締役会が主導した。
背景
2017年の6,000億円増資で入り込んだ物言う株主との対立が長期化し、3社分割から2社分割へと揺れた再編案は2022年3月の臨時株主総会で否決された。会社の形が定まらないまま、経営の混乱が続いていた。
内容
JIPが設立したTBJH合同会社が1株4,620円・買付総額約2兆円で公開買付けを実施し、2023年9月に応募割合78.65%で成立した。ロームやオリックスなど国内20社超が出資し、メガバンクが融資を担った。
含意
1949年の上場から74年で、日本を代表した総合電機の株式が市場から姿を消した。単一株主のもとで東芝は非公開下の再建へ向かい、2024年に新中期経営計画「東芝再興計画」を掲げた。
筆者の見解

上場の規律と、非公開という静けさ

この決断の中心にあるのは、上場企業として不特定多数の株主と向き合う枠組みそのものを、東芝がいったん手放した点にある。会計不正と原子力事業の巨額損失で傷んだ経営に、物言う株主との対立と再編案の迷走が重なり、意思決定は長く漂流した。単一株主のもとで意見の対立を封じ、腰を据えて再建に取り組む——非公開化は、そのための時間を買う選択であったとみることができる。ただ、市場の規律から離れることは、外からの監視が働きにくくなることと表裏でもある。

74年におよぶ上場の歴史をたたむという判断は、企業統治のあり方をめぐる問いを残した。指名委員会等設置会社という先進的な統治形態を早くから採り入れた東芝が、その枠組みのなかで不正も混乱も防げなかった経緯を思えば、上場という規律だけで経営が正されるわけではないこともうかがえる。JIPのもとで掲げた「東芝再興計画」が実を結び、再び市場へ戻る日が来るのか。総合電機の栄光と解体をくぐり抜けた東芝の再出発は、非公開という静けさのなかで始まったばかりとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

物言う株主の流入と経営の混乱

東芝が市場からの退出へ向かう発端は、2017年末の緊急増資にさかのぼる。ウェスチングハウスの破綻で債務超過に陥った東芝は、2017年12月に約60社を引受先とする6,000億円の第三者割当増資を実施し、翌年3月末に債務超過を解消して上場廃止をかろうじて免れた。この増資で、旧村上ファンド出身者が設立したエフィッシモ・キャピタル・マネージメントが筆頭株主となり、経営に強く関与する物言う株主が株主構成へ一気に入り込んだ[1]

物言う株主との距離は、その後の経営を揺らし続けた。2018年に英投資ファンドCVC出身の車谷暢昭氏が会長CEOとして招かれたが、2021年4月に古巣のCVCが約2兆円規模の買収を提案すると、自己保身との批判が噴き出し、車谷氏は臨時取締役会で辞任に追い込まれた。物言う株主が発行済み株式のおよそ3割を握るなかで、経営陣と株主の対立は解けないまま推移した[2][3]

分割案の迷走と非公開化への転換

東芝が示した将来像も定まらなかった。2021年11月、東芝は事業を独立した3社に分ける再編計画を発表したが、株主の反対を受けて2022年2月には2社への分割案へ変更した。それでも2022年3月の臨時株主総会で、2分割案は賛成およそ4割にとどまって否決された。会社の形をどうするかという根本の問いに、東芝は答えを出せずにいた[4]

この混乱のさなかの2022年3月、M&A助言会社の出身で東芝デジタルソリューションズを率いた島田太郎氏が社長CEOに就いた。島田社長のもとで東芝はスピンオフによる分離案を撤回し、非公開化を含む戦略的選択肢の検討へと方針を転換した。上場を続けたまま株主との合意を積み上げる道は、すでに行き詰まっていた[5]

決断

JIP連合の買収を受け入れる

東芝が最終的に選んだのは、株式市場からの退出であった。2023年3月、東芝はJIPを中心とする国内連合による買収提案に賛同を表明した。買付総額は約2兆円にのぼり、投資ファンドが主導する日本企業の買収としては最大級の規模となった。上場を維持したまま物言う株主と向き合う構図を、株主構成そのものの組み替えによって解こうとする判断であった[6]

買収の担い手は、JIPが設立したTBJH合同会社であった。出資にはロームが3,000億円、オリックスが2,000億円、日本特殊陶業が500億円を拠出するなど国内20社超が名を連ね、三井住友銀行などのメガバンクが融資を担った。海外ファンドではなく国内資本で固めた座組みには、複雑な株主構成を整理し、再成長へ向けた時間を確保するねらいがあった[7]

公開買付けの成立

TBJH合同会社は2023年8月8日、1株4,620円で公開買付けを開始した。買付けは9月20日まで30営業日をかけて行われ、東芝は9月21日、公開買付けが成立したと発表した。応募割合は78.65%に達し、少数株主を締め出して完全子会社化するために必要な3分の2(約66.7%)の下限を上回った[8][9]

公開買付けの成立により、東芝の非公開化は動かないものとなった。残る株式は株式併合を含む所定の手続きを経て買い取られ、東芝はJIPを事実上の単一株主とする体制へ移る道筋が定まった。上場企業として不特定多数の株主と向き合ってきた歴史に、区切りをつける決断が確定した[10]

結果

74年の上場に幕と、非公開下の再建

2023年12月20日、東芝は東京証券取引所プライム市場と名古屋証券取引所プレミア市場での上場を終えた。1949年5月の上場から74年、証券コード「6502」で知られた日本を代表する総合電機の株式が、市場から姿を消した。単一株主となったJIPのもと、島田太郎社長が続投し、取締役には中部電力の勝野哲会長が加わった[11]

非公開化の後、島田社長は単一株主のもとでの再建に取り組んだ。上場していた時期は株主と意見が合わなかったが、株主が1社になったことでインサイダーとして同じ目線で話せると語った。2024年5月、東芝は非公開下で初の中期経営計画「東芝再興計画」を公表し、「再生(Regeneration)」を掲げて国内で約4,000人の人員削減と成長分野への集中を打ち出した。約5年以内での再上場も視野に入れた[12][13][14]

出典・参考